アーサーの解放とジョーカーの誕生


「ジョーカー Joker」

- トッド・フィリップス Todd Phillips -
<映画史に残る傑作誕生>
 映画の歴史に残る新たな傑作の誕生を喜びたいと思います。
 恐るべき悪のヒーローがいかにして誕生したのか?その過程を丹念に情け容赦なく積み上げる前半部は、観客にとって苦痛かもしれません。しかし、いじめられるだけのか弱き精神障害者だった彼が、ちょっとしたきっかけから反抗を開始。ゴッサムシティという環境によって、巨大な悪へと変貌して行く過程は、いつしか観客に快感をもたらすようになります。それは我々をに複雑な気持ちにさせるかもしれません。
 観客は、主人公のアーサーも感情移入することで「ジョーカーになる体験」を共有することになります。その意味でこの映画は、「ジョーカーを理解する」のではなく「ジョーカーを体験する」映画と考えるべきです。
 映画史に残る傑作のほとんどは、それまでにない新しいキャラクターの生き様を観客に体験させてくれる映画でした。
市民ケーン」は、新聞王と呼ばれたカリスマ的企業家ケーンの善悪様々な顔を、多角的に描き出すことで観客にケーンの人生を追体験させました。
独裁者」は、チャップリン演じるヒトラーのパロディー版と反戦の主張を行うコメディーの枠を壊したヒーローの二つを体験させてくれました。
タクシードライバー」では、精神を病んだベトナム帰還兵が狂った正義感によって残虐な殺し屋に変貌するという異常な体験をすることになりました。
イージーライダー」では、自由を求めて旅に出た若者が保守的な南部の人々にあっさりと殺されるという余りに情けない旅を追体験しました。
アラビアのロレンス」では、英国人でありながらアラブの文化に憧れ、植民地支配を行う白人として生きることを拒否した異色の英雄の苦悩を体験しました。
東京物語」は、子供たちを訪ねる老夫婦と共に旅をすることで、「家族」という伝統的なシステムの崩壊をいち早く体験させてくれました。
 そして「ジョーカー」は、これまで我々が体験することがなかった「ダークサイドに落ちて行く」過程を観客に体験させる数少ない成功作の一つとなりました。観客は悪の権化である「ジョーカー」に共感してしまった自分に嫌悪感を覚えるかもしれませんが、それは間違った感覚ではないと感じるかもしれません。
 この映画を見て、無差別殺人の実行を考える人がいないとは言えません。それとは逆に、だからこそ人は罪びとを許せるのだと思う人もいるかもしれません。その影響は人それぞれでしょう。思えば、娯楽映画として観客をヒーロー気分にさせる映画は数多くあります。でもその逆はそう多くありません。そして、そうした複雑な感情を観客にもたらすことができる数少ない映画の系譜に加わった新たなる傑作。それが「ジョーカー」だと思います。

<ベースとなった映画>
 どんな映画も過去の様々な作品の影響を受けているはずです。それが今までにない新しいスタイルの作品でも例外ではないはずです。そして、それら影響を与えてくれた作品が素晴らしい作品であればあるほど、生み出された作品は傑作となるはずです。「ジョーカー」にはその意味で、素晴らし過去作品の影響が見えるはずです。ここでは、先ずそこに注目してみます。
 こうして並べてみると、1970年代後半から1980年代にかけて撮られた作品の中でも、リアリズムに徹した傑作たちの映像を元にして、「ジョーカー」は作り上げられたとも言えそうです。

「モダン・タイムス Midern Times」
(1936年)
 チャップリンの作品中、唯一の近未来SF映画で、機械化が進んだ工場で働く労働者が主人公です。オートメーション化されたラインの中で働くチャップリンは、単純作業の繰り返しに精神を病んでしまい、精神病院に入院させられます。
 なんとか回復して退院したのですが、道端で拾った赤い旗を持って歩いていると、後ろからきたデモ隊の先頭に立ってしまい警察に逮捕されてしまいます。その後、彼は模範囚として釈放され、デパートの警備員として働き、愛する人と出会います。そして、彼女と夜中にデパートでデートをすることになり、ローラースケートの技を披露する場面。それがこの映画の中で、トーマス・ウェインのパーティーで上映されている映像です。
 チャップリンは笑いの中に狂気を潜ませたジョーカーの原点でした。
 そして、映画の中で歌われる「モダン・タイムス」の「スマイル Smile」はチャップリンの作曲による名曲です。実はこの曲は映画の中ではインストロメンタルのみで、歌詞はありませんでした。歌詞がついたのは、1954年のこと。ナット・キング・コールの歌でヒットして、その後は多くの歌手がカバーするスタンダードナンバーとなります。
 「笑い」の中に、悲しみや怒りや反抗心を込めて言葉を使うことなくコメディ映画の傑作を世に送り出し続けた「放浪紳士チャップリン」は、「モダン・タイムス」のラストでも自由を求めて旅に出ます。そして、ジョーカーもまた自由を求めて、旅に出ることになります。

「キング・オブ・コメディ The King of Comedy」(1983年)
 マーティン・スコセッシの隠れた名作。
 売れないコメディアンの主人公ルパート(ロバート・デ・ニーロ)は、母親と二人暮らしで、巨大な観客たちの写真を見ながらスターになった自分を妄想していました。ある日、偶然出会った大物コメディアンのジェリー(ジェリー・ルイス)に気に入られたと勘違いした彼は、すっかり舞い上がり彼の家に押しかけてしまいます。しかし、元々お笑いの才能などない彼はそこでジェリーに馬鹿にされてしまいます。怒ったルパートはジェリーを誘拐し、自分をテレビに出演させるよう要求します。
 ルパートはコメディアンのジョーカーでした。
 監督のトッド・フィリップスは、「ジョーカー」は主演のホアキン・フェニックスありきの映画だったと語っています。しかし、「キング・オブ・コメディ」を見ている人には、主役のホアキン・フェニックス以上に「ジョーカー」にはロバート・デ・ニーロが不可欠だったと思えるはずです。

タクシー・ドライバー Taxi Driver」(1976年)
 マーティン・スコセッシの代表作であり、20世紀映画史における最重要作品の一つと言える作品であり、ロバート・デ・ニーロの出世作でもあります。この映画がもっとも「ジョーカー」の雰囲気に近い映画のように思えます。
 「ジョーカー」において、主人公のアーサーがやせ細った上半身を見せながら、銃を手にしながら一人芝居を見せる場面。これはまさに「タクシー・ドライバー」の中の最も有名なシーン。主人公のトラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)が鏡の前で銃を構えながら、「You Talking To Me ?」と話しかける場面へのオマージュといしか考えられません。そう思うと、彼がニューヨークの下町ブロンクスをポケットに手を入れて歩く姿もまたトラヴィスに見えてきます。あの頃のロバート・デ・ニーロもまた今とは比べものにならないほどやせ細っていました。トラヴィスは、少女を働かせていた売春宿に完全武装して突入し、銃撃戦を繰り広げた後、少女を助け出します。そして、殺人者でありながら、英雄扱いされた彼は無罪となって自由の身となります。
 トラヴィスはまさに「モヒカン刈りのジョーカー」でした。(ちなみにトラヴィスにもモデルがいます。映画「if もしも....」の主人公ミック・トラヴィスです)

狼たちの午後 Dog Day Afternoon」(1975年)
 シドニー・ルメット監督の最高傑作の一つであり、主演のアル・パチーノにとっても最高傑作だったと僕は思います。(これでアカデミー主演男優賞を獲れなかったのは間違っていました)
 ニューヨークの下町ブルックリンの小さな銀行を舞台にした強盗団の立てこもり事件を事実に基づいて描いた実録犯罪映画。同性の恋人の性転換手術費用のために銀行強盗を計画した主犯ソニー(アル・パチーノ)は強盗に失敗し、行員たちを人質にして銀行内に立てこもることになります。ところが、ソニーの人間性と警察への反発心から、やじ馬たちは強盗たちの応援に回り始めます。ついには人質の行員たちまでもが、犯人たちに同情し始めます。実際に起きた有名な事件をリアリズムに徹して描いたこの作品のニューヨークの街と住人たちは、「ジョーカー」の中のゴッサムシティそのものです。
 ソニーは同性愛のジョーカーでした。
 同じアル・パチーノ主演でニューヨーク市警内の腐敗を描いた警察映画「セルピコ」も、この映画で描かれた街の汚れた雰囲気を見事に映し出したシドニー・ルメット作品です。

ネットワーク Network」(1976年)
 シドニー・ルメット監督黄金期の代表作。生放送のニュース番組を舞台に視聴率争いの中で起きた内容の過激化とスタッフたちの苦悩を描いています。視聴率を上げるための仕掛けが行きすぎて、ついには番組内で殺人事件が司会者が殺されてしまうという衝撃の結末をリアルに描いた作品。
 この映画の主人公ハワード・ビールはマレーとジョーカー両方を併せ持つ存在でした。
 ニューヨークを舞台に映画を撮り続けたニューヨーク派の巨匠シドニー・ルメットこそ、この映画の映像的な原点と言えるかもしれません。

カッコーの巣の上で One Flew Over The Cuckoo's Nest」(1975年)
 ミロシュ・フォアマン監督の代表作で、アカデミー作品賞など多くの賞を受賞した傑作です。
 1989年の「バットマン」でジョーカーを演じることで、ヒーロー映画における悪役像を大きく変えることになるジャック・ニコルソンが主演男優賞を受賞しています。
 この映画の主人公マクマーフィー(ジャック・ニコルソン)は、刑務所入りを逃れるため精神障害のふりをして精神病院に入院します。ところが、そこで行われている患者への虐待や人体実験のような治療法に反発し、精神病院からの脱走を試みるという物語です。
 この映画のマクマーフィーと原作者のケン・キージーは、1960年代末の反体制派の象徴、まさにジョーカーでした。

レニー・ブルース Lenny」(1974年)
 監督はミュージカル映画の振付師だったボブ・フォッシー。実在のスタンドアップ・コメディアン、レニー・ブルースの破滅的で破壊的な芸人人生をドキュメンタリータッチで描いたモノクロ映画の名作。彼は歯に衣着せぬ政治、社会批判で話題となりますが、警察からの圧力が強まり、しだいに追い込まれて行き、薬物の過剰摂取によってこの世を去ることになりました。
<解放された男ジョーカー>
 レニーもまた反体制の英雄としてジョーカー的人物なのかもしれません。しかし、レニーの麻薬とセックスに溺れた末路は、まったくジョーカーとは違います。考えてみると、ジョーカーは麻薬もセックスもアルコールも縁がなく、ある意味健康的な精神状態を保ち続けることで、より過激になって行きます。実は、去勢されていたアーサーは、おかしな薬から解放されることで正常になり、それがジョーカー誕生の原因となった。そう考えることもできます。
 実は、現代を生きる我々こそ、テレビ、ネット、ジャンクフードによって去勢された、アーサーなのではないのか?ジョーカーこそが正常な人間なのではないのか?そのことに薄々気づかされることで、観客は解放された気分になるのかもしれません。

<1980年代初めのニューヨーク>
 「ジョーカー」が描いているゴッサムシティの街は、1981年のニューヨークをモデルにしています。
<1980年>
 ロナルド・レーガンが大統領に当選。
<1981年>
 大統領に就任したレーガンが経済再生計画「レーガノミクス」発表。(2月)
 レーガン大統領狙撃事件発生。(3月)
 レーガン政権は、大企業への様々な優遇政策を実行。逆に教育、医療現場への予算を大幅に削減しました。この結果、アメリカでは急激に貧富の差が拡大することになりました。
 人口で1%(年収40万ドル以上)の人々が占める国民総収入の割合は、1970年代が7%だったのが1980年代には一気に20%に増大しています^-1(トマ・ピケティ「パリ白熱教室」より)
 こうして行われたレーガンによる弱者の切り捨て政策は、ゴミ収集車のストライキにより街中をゴミだらけにし、市民から思いやりの心すら奪うことになり、犯罪が多発する危険な街へと変貌させることになりました。
 ジョーカー誕生の物語は、ニューヨークの街が崩壊することで邪悪な都市ゴッサム・シティが誕生する都市崩壊の物語でもあるのです。

<不穏な音楽と音響>
 不穏な街で展開する悲劇の物語の背景で流れる音楽。その不気味さ緊張感、高揚感は、作曲者でもあるアイスランド出身のヒルドゥル・グーナドッティル Hildur Guthnadottir のチェロによって生み出されています。チェロの音だけが印象に残っているのですが、90人編成のオーケストラの弦楽器演奏が隠し味として流れています。さらに重要なのは、監督のトッド・フィリップスから渡されていた脚本だけをたよりに彼女が作曲を始めていて、それがこの映画に大きな影響をもたらすことになりました。
 映画の中の重要な場面、地下鉄でアーサーが女性にからんでいた3人のビジネスマンから暴行を受け、ついに銃で反撃し射殺してしまう場面。ある意味「ジョーカー誕生」の瞬間にアーサーが見せる不気味なダンス。それは行き詰まっていたホアキンが、作りたてのヒルドゥルの曲を聞きながらその場でアドリブで踊り出したことで生まれたのだそうです。素晴らしい音楽と素晴らしい演技者とのコラボレーションが生み出した不気味なダンスは、最後にはあの階段でのより美しくより不気味なダンス・シーンをも生み出すことになります。
 この作品は、音響もまた素晴らしいので是非映画館で見て下さい!

<ホアキン・フェニックス>
 監督のトッド・フィリップスは、この映画をDCコミックスの映画化作品にホアキン・フェニックスを登場させたのではなく、ホアキン・フェニックスの出演作品に合わせてDCコミックスを選んだだけだと言っていました。初めにホアキンという個性ありき、だったのです。
 ホアキン・フェニックス Juaquin Phoenix は、1974年10月28日プエルトリコの首都サンファンで生まれています。しかし、彼はヒスパニック系ではありません。彼の父親が新興宗教「神の子供たち」の宣教師でそのコミュニティがサンファンにあったために、そこで生まれたアメリカ人だったのでした。その後、家族は腐敗したその団体に嫌気がさして脱退。アメリカに戻りますが、貧困生活が続き、その中から兄のリバー・フェニックスが俳優として成功。弟のホアキンも俳優としての活動を始めることになりました。ところが、兄のリバーは映画界でスーパースターの座を獲得するものの薬物に溺れるようになり、ついには過剰摂取によってホアキンの目の前で死んでしまいます。その後、ホアキンは事件の取材攻勢に嫌気がさし、映画界、マスコミから離れることになりました。
 それでも一年後には映画界に復帰し、ガス・ヴァン・サントの「誘う女」(1995年)、リドリー・スコットの「グラディエーター」(2000年)、ジェームス・グレイの「裏切者」(2000年)、ナイト・シャマランの「サイン」(2002年)、テリー・ジョージの「ホテル・ルワンダ」(2004年)、ジェームズ・マンゴールドの「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」(2005年)など、次々に巨匠の作品に抜擢され、「ウォーク・ザ・ライン」では、カントリーの大御所ジョニー・キャッシュを演じてゴールデングローブ主演男優賞を受賞。
 ところが2008年、彼は突然、俳優を引退しラッパーに転向すると宣言し、世間を驚かせます。明らかに薬物中毒者に見える奇行を繰り返したりしたことで、彼はもう再起不能ではないかと言われることにもなりました。実は、それらの行動は彼の友人でもある俳優のケイシー・アフレックが撮影していたドキュメンタリー映画「容疑者、ホアキン・フェニックス」(2010年)のための演技だったことが明らかになります。ただし、その映画は全く評価されず、彼の行動は本当に演技だったのか?疑問視されることにもなりました。彼はやはり精神的にどこか狂ってしまっているのではないのか?そんな印象が消えることはありませんでした。
 映画界に復帰後、彼はそんな周囲の心配を払しょくするように活躍を続けますが、その役柄はどれも精神的にどこか「壊れかけている男」ばかりでした。

ザ・マスター The Master」(2012年)
(監)(製)(脚)ポール・トーマス・アンダーソン
(撮)ミハイ・マライメア・Jr
(編)レスリー・ジョーンズ、デヴィッド・クランク
(音)ジョニー・グリーンウッド(レディオ・ヘッド)
(出)ホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン、エイミー・アダムス、ローラ・ダーン、アンバー・チルダーズ、ジェシー・プレモンズ
 この作品で、彼は戦場でトラウマを抱え、新興宗教にはまって行く危険な男を演じています。彼の生い立ちを考えると宿命的な役柄だったと言えます。

her/世界でひとつの彼女 HER」(2013年)
(監)(製)(脚)スパイク・ジョーンズ
(撮)ホイテ・ヴァン・ホイテマ
(PD)K・K・バレット
(音)アーケード・ファイア
(出)ホアキン・フェニックス、エイミー・アダムス、ルーニー・マーラ、スカーレット・ヨハンソン、オリヴィア・ワイルド、クリス・プラット
 彼は妻との離婚調停中で寂しい心を抱えた孤独な人物でした。代筆ライターの仕事をしていた彼は寂しさを紛らわせるため、限りなく人間的な新発売のAI型OSを購入します。さっそくそのOS「サマンサ」を使いだした彼は、会話ができ心配りのできる「サマンサ」のキャラクターに癒されていつしか恋に落ちてしまいます。ここまでだと、よくある機械との恋物語に思えますが、繊細な主人公は「サマンサ」とのセックスまで始めてしまい、心のバランスを崩して行きます。・・・

インヒアレント・ヴァイス Inherent Vice」(2014年)
(監)(製)(脚)ポール・トーマス・アンダーソン
(撮)ホイテ・ヴァン・ホイテマ
(PD)K・K・バレット
(音)アーケード・ファイア
(出)ホアキン・フェニックス、ジョシュ・ブローリン、オーウェン・ウィルソン、リース・ウィザースプーン、ベニチオ・デル・トロ、ジェナ・マローン
 アメリカを代表するカルト作家トマス・ピンチョン原作の探偵小説の映画化。ヒッピー・ムーブメント時代のヒッピー探偵の捜査を描いたドタバタハードボイルド映画です。主人公のドックは、常にマリファナでハイというヒッピー崩れの孤独な私立探偵でした。

「ビューティフル・デイ You were never really here」(2017年)
(監)(製)(脚)リン・ラムジー
(原)ジョナサン・エイムズ
(撮)トム・タウネンド
(PD)ティム・グライムス
(音)ジョニー・グリーンウッド
(出)ホアキン・フェニックス、ジュディス・ロバーツ、エカテリーナ・サムソノフ、ジョン・ドーマン、アレックス・マネット
 戦争のトラウマに苦しみ自殺願望のある人探しの専門家ジョー。彼は売春組織のもとで働かされている上院議員の娘の救出を依頼されます。年老いた母親の看護をしながら娘の居場所を突き止めた彼はその救出に向かいます。まるで「ジョーカー」のプロトタイプのような作品です。ただし、この映画でホアキン演じるジョーは、金槌一本で敵を殺すマッチョな殺し屋でした。
 こうして振り返ってみると、ホアキンは「ジョーカー」を演じるために様々な人生のトラブルを体験し、様々なトラブルを抱える男を演じてきたかのようです。逆に言うと、だからこそトッド・フィリップス監督はホアキンのために「ジョーカー」の物語を用意したとも言えます。
 不気味な笑い方、見る者をイラつかせるタバコの吸い方、まったく笑えないジョークの数々、そしてあの美しく怪しいダンス・・・ホアキン・フェニックスが生み出したジョーカーのキャラクターは映画と共に永遠に生き続けることになるでしょう。

<ジョーカーというキャラクター>
 ジョーカーの生い立ちについて、原作であるDCコミックスに定説となる記述はありません。そのため、過去に登場したジョーカーの生い立ちも様々なようです。
 ジョーカーというキャラクターを世に知らしめるとこになったジャック・ニコルソンによるジョーカー。ティム・バートン監督による1989年の「バットマン」では、ジョーカーはバットマンの正体であるブルース・ウェインの父親(トーマス・ウェイン)を殺した強盗犯ジャック・ネイピアとして登場しています。その後、バットマンは大人になり、ジャックへの復讐を果たしますが、その時、ジャックは自分が使用していた薬品のタンクに落とされ顔が変形しています。それにより、あのジョーカーの顔ができあがったとされます。そして、今回の映画化では新たな説が登場します。これもまた素晴らしいアイデアです。

<トッド・フィリップス>
 この映画の監督トッド・フィリップス Todd Phillips は、1970年12月20日ニューヨークの下町ブルックリンで生まれています。この映画の舞台となった1970年代のニューヨークで彼は育ったわけです。
 彼はニューヨーク大学在学中にドキュメンタリー映画の作家として映画界での活動を開始。映画監督としての本格的なデビューは、ドキュメンタリー映画「全身ハードコア GGアリン」(1993年)です。その映画は、過激なパンクロックのミュージシャンを追い続けた作品でいきなり大きな話題となりました。
 アメリカにおいて、学内だけでなく後の政界や経済界にまで影響力をもつと言われる大学の友愛会組織(フラタニティ―)の内幕に迫ったドキュメンタリー映画「Frat House」ではサンダンス映画祭のドキュメンタリー部門のグランプリを獲得しています。
 そして、ハリウッド入りした彼は、次々にコメディー映画を撮り、2009年の「ハングオーヴァー!消えた花婿と史上最悪の二日酔い」を大ヒットさせコメディ映画界久々の巨匠誕生かと思わせました。ところが彼が撮り続けてきたのは、コメディ映画ではあっても一歩間違うとまったく笑えない危険な作品ばかりだったのかもしれません。
 思えば、「ハングオーヴァー」シリーズの第一作には、咬みつき攻撃で一躍悪役の仲間入りを果たすことになったマイク・タイソンが出演していました。彼ほど危険で暴力的でマッチョな笑えないコメディアンもいないかもしれません。

「ジョーカー Joker」 2019年
(監)(製)(脚)トッド・フィリップス
(製)ブラッドリー・クーパー、エマ・ティリンジャー・コスコフ
(脚)スコット・シルバー
(撮)ローレンス・シャー
(PD)マーク・フリードバーグ
(衣)マーク・ブリッジス
(編)ジェフ・グロス
(音)ヒルドゥル・グーナドッテル
(出)ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ、ザジー・ビーツ、フランセス・コンロイ、マーク・マロン、ビル・キャンプ
<あらすじ>
 ピエロの派遣会社で働くアーサーは、子供時代に受けた脳の損傷の影響で緊張すると笑いの発作に襲われることから、周囲から気味悪がられる存在で、定期的に診療を受けています。人付き合いも苦手なため、彼は職場でも浮いた存在でした。
 ある日、仕事中の護身用にと彼は同僚が銃をプレゼントされますが、それを病院に持ち込んでいて子供たちの前で落としてしまいます。そして、そのことが会社に明らかになり、彼は首になります。さらに医療費の予算削減により、薬を打ち切られることになります。家には高齢で寝たきりの母親もいて、彼はその介護もする必要がありました。こうして何をやってもダメな状況が続く中、彼は地下鉄に乗っていて、女性客に酔ってからむエリート・ビジネスマン3人組に暴行を受け、ついに銃を取り出して射殺してしまいます。
 絶望的な気持ちでいた彼に驚きの電話がかかってきます。それは彼がある店のステージで行ったパフォーマンス映像を見たテレビ司会者でお笑い芸人の大物マレーからの出演依頼でした。実はその時のパフォーマンスは完全にすべっていて、その受けなさ加減が面白すぎるということで呼ばれたのでした。憧れの存在であるマレーからの依頼に彼は出演をオーケーします。
 同じ頃、彼がピエロ姿で行った地下鉄内での殺人事件が話題となり、貧しきものたちの英雄に祭り上げられつつありました。そして、そんな殺人犯を追って警察は首になったばかりの彼を疑い出していました。・・・

 かつて、「タクシー・ドライバー」や「狼たちの午後」が時代を映し出したように、今回の「ジョーカー」もまた2010年代終わりのアメリカを映し出しているのかもしれません。2020年に行われる大統領選挙にこの映画は何某かの影響を与えることになるのでしょうか?

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