- ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン
The Jon Spencer Blues Explosion -

<ブルースへの旅>
 ロックが本当に好きで、ちょっとばかり探求心のある人なら、過去の名盤と呼ばれるものをいろいろと聴いてみたくなるのは当然です。そして、一枚聴くごとにさらにそのルーツとなる名盤をさかのぼって聴いてみたくなるのも人情というもの。こうして、一度ロックのルーツを探求する旅に出かけると、途中で引き返すのはなかなか困難になってくるかもしれません。そして、たぶん多くの人は、ボブ・ディランビートルズローリング・ストーンズバーズあたりに行き着きます。たいていの人は、そのあたりで探求の旅を終え、現代にもどってくるかもしれません。しかし、中にはさらにその探求の旅を続ける凝り性の人もいるでしょう。すると、彼はそこから先の旅が、それまでとはかなり違っていることに気づくはずです。
 フルカラーだった世界は、しだいにモノトーンの世界へと変わってゆきます。舞台も、ニューヨークやロスアンゼルスのような都会から離れ、少しずつ南へ、そして埃っぽい田舎街へと変わってゆくでしょう。それだけではありません。その先には、暗い闇のような世界が広がっています。見上げると、道端の木にかつてビリー・ホリディが「奇妙な果実」で歌った黒人奴隷の死体がぶら下がっているかもしれません。そして、近くの家ではドクター・ジョンが「魔女のシーズン」で歌った怪しげな黒魔術を使う女が得たいの知れない薬をグツグツと煮込んでいるかもしれません。
 そこは、ロックの本当の故郷、ブルースが生まれた世界なのです。

<ブルースの爆発>
 「ブルース・エクスプロージョン=ブルースの爆発」とは、よくぞつけたりです。彼らの音楽は、ブルースとパンク、ローリング・ストーンズとドイツが生んだ究極のインダストリアル・パンク・バンド、アインシュツルツェンデ・ノイバウテンの合体であり、ブルースの魂を現代に甦らせるものです。しかし、それはただ単にスタイルとしてのブルースとパンクの合体ではありません。それだけなら、デビュー・アルバムから3枚目の出世作「オレンジ」までで、ネタが尽きてしまっていたでしょう。しかし、彼らはその程度の底の浅いバンドではありませんでした。
 それは、彼らがボロボロになりながらもブルースの本質へと迫り、その魂をつかみ取ってきたという確信を持っていたからに違いありません。
 ロバート・ジョンソンエリック・クラプトンが、伝説の場所「クロスロード」で悪魔からブルースの魂を受け取って来たように・・・

<プッシー・ガロア>
 ブルース・エクスプロージョンの歴史を語るには、彼らの前身となるバンド、プッシー・ガロア Pussy Galoreについて語る必要があるでしょう。
 プッシー・ガロアは、ニューハンプシャー州からやって来たジョン・スペンサーがワシントンDCでジュリア・カフリッツ Jullia Cafritztoとジョン・ハッシル John Hassillとともに結成したバンドでした。(1985年のこと)その後、ギタリストとしてニール・ハガーティー Neil Haggertyが加わり、1986年にミニ・アルバム"Groovy Hate Fuck"を発表しました。その頃の音楽を僕は聴いていませんが、徹底したノイズ系パンク・サウンドでした。
 ドラマーを除く3人は、ヴェルヴェット・アンダー・グラウンド以来のガレージ・パンクの聖地、ニューヨークに向かい、ドラマーのボブ・パート Bob Partと後にジョン・スペンサーと結婚することになるクリスティーナ・マルチネス Cristina Martinezを加え5人編成になりました。
 しかし、ニューヨークという最良の舞台を与えられながら、彼らはまったく評価されませんでした。その間にも、ギタリストのニールは麻薬でボロボロの状態となり、ついには脱退、クリスティーナもバンドを去っていったのです。
 驚くのは、バンドのメンバーがこんな状態であり、もともとノイズをまき散らすフリー・フォームな・スタイルでありながら、バンド・リーダーのジョンは、けっして麻薬には手を出さなかったということです。(もちろん、フランク・ザッパだって、まったく麻薬を使用していなかったのですから、そんな考えは偏見なのですが・・・)彼は、まったく曇りのない目で、麻薬に溺れてしまった人間を見続け、時にはそんな彼らを助け出していたました。
 もしかすると、この頃の彼の生活こそ、クロスロードに立ち、悪魔との駆け引きを行う危険な日々だったのかもしれません。そして、そんな地獄に一歩手前のところから生還してきたことで、彼らはブルース・エクスプロージョンという確信犯的な名前を付ける自身を身につけたのでしょう。

<海の底から見る花火>
 あなたは、底まではっきりと見えるような美しい岩場の海に潜ってみたことがあるでしょうか?海底にころがるウニや貝、それに泳ぎ回る魚たちまでもが覗けるきれいな海は、本当に魅力的なものです。誰だって、ついつい海底まで潜りたくなってしまうものです。(泳げればですが・・・)しかし、この深さで海底まで息が続くだろうか?とか、岩や海草に足が引っかかったりしないだろうか?とか、いざとなるといらぬ恐怖心が襲ってくるものです。それでも、あなたにちょっとした勇気があり、冒険心がまさると、思いっきり息を吸いこんで潜り始めるかもしれません。
 そして、ついにあなたは海底にたどり着くでしょう。そこでもし、あなたが海の底から水面を見あげると、そこから見える波に揺らめく空の美しさに感動するはずです。その時、あなたは永遠とも思える至福の時を感じるかもしれません。
 ささやかではあっても、恐怖心にうち勝つことで得られる幸福感、それは一度知ると人生観を変えてしまうほどの力をもっています。もちろん、こういう瞬間は、海だけでなく誰にでも、どこででも起こりうることです。ただし、恐怖心に負けない冷静さと弱冠の勇気が必要かもしれませんが・・・。
 そして、ジョン・スペンサーの場合、彼がニューヨークという大都会のよどんだ海の底から見たものは、美しい空だけではなくそこで華々しく破裂する巨大なブルースの花火だったのでしょう。

<ブルース・エクスプロージョン>
 こうして、ジョン・スペンサーは、1992年 The John Spencer Blues Explosionをスタートさせました。メンバーは、ラッセル・シミンズ Russell Siminsのドラムスとユダ・バウアー Judah Bauerのギター、そしてジョンのギター&ヴォーカルでした。デビュー・アルバム"The John Spencer Blues Explosion"は、プッシー・ガロアの延長線上にありましたが、セカンド・アルバム"Extra Width"(1993年)では、ブルースの聖地とも言えるメンフィスでの録音を行い、よりブルースに接近、そしてサード・アルバム「オレンジ Orange」(1994年)で、ついにブルースの爆発実験に成功、その名は一気に世界中に轟くことになりました。
 とはいえ、ここまでの活躍は「ブルースとパンクの合体」というありそうでなかった組み合わせの魅力だけでも十分可能だったかもしれません。しかし、彼らのブルース・パワーが本当に発揮されることになったのは、それからでした。

<ブルース・パワーの底力>
 "Now I Got Worry"(1996年)では、ブレイク・ビーツなど、最新のファッションを身につけてみせましたが、"Acme"(1998年)では、再びシンプルでファンキーなブルースへと回帰。その間に発表された日本企画のライブ・アルバム"Controversial Negro/Live In Tucson"(1997年)もまたブルース・パワー全開の内容でした。
 当然のことながら、「ブルースの爆発」と名乗る彼らにとって、ライブは命です。彼らはライブのレパートリーを増やすために、アルバムを発表し続けていると言ってもよいのかもしれません。
 そのことは、彼らの今まで発表してきた曲の歌詞からもよくわかります。例えば、「オレンジ」の中の「スウェット」、「ブルースXマン」、「フレヴァー」。それに「アクメ」の中の「ブルースを語ろう」、「アタック」、「カルヴィン」。どの曲でも「ブルース・エクスプロージョンは最高だ!いっしょにロックン・ロールしようぜ!」と観客への力強い宣言が歌われています。これは完全にライブのために作られた曲といってよいでしょう。こんなに自分たちのこと、そして自分たちの歌っているブルースについての愛情を表現し続けているバンドは、他にちょっと思い浮かびません。

<爆発し続けるブルースへの愛>
 同じニューヨークのアンダー・グラウンド・シーン出身の先輩、パティ・スミスは、パンク時代の始まりとなった1975年から今に至るまで、常に原始ロックがもっていたエネルギーを青白い炎として、静かに燃やし続けてきました。だからこそ、彼女は偉大なミュージシャンと言われるのですが、ジョン・スペンサーは、もしかすると彼女に匹敵する存在になりうるかもしれません。もちろん、彼の場合は、青白い炎を燃やすのではなく、ブルースへの愛情を巨大な爆音とともに爆発させ、オレンジ色の美しい火花を散らせるという、かなりきつい作業を続けなければならないのですが・・・。
 それでも、ノーギャラでゲリラ・ライブをやってしまう遊び心(それも、サード・アルバムのタイトル「オレンジ」にちなんで「オレンジ」という名の店を会場にしてしまったり)と決して麻薬に手を出さない真面目さ、そして最高に気が合う二人の仲間の存在がある限り、まだまだ大丈夫に違いないでしょう。

<締めのお言葉>
「至高体験者とは、用意のエネルギー・タンクに大量のエネルギーを蓄えている人々のことである。退屈した惨めな人々とは、即座に用いるエネルギーを少量しか保てない人々である」

コリン・ウィルソン著 「至高体験」より 

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