「KEEPER キーパー」

- マル・ピート Mal Peet -

<ゴール・キーパーが主役>
 サッカー好きの僕としては、「キーパー」というタイトルにひかれてしまいました。読んでビックリ、面白い!「キーパー」とはもちろん「ゴール・キーパー」のこと。この本は、世界最高のブラジル人ゴール・キーパー、エル・ガトーへのインタビューを書き起こしたものというちょっと変わったスタイルの作品です。もちろん、エル・ガトーというゴール・キーパーは架空の存在です。
 それにしても、ゴール・キーパーの語りの何が面白いのか?そこで語られるのは、エル・ガトー(猫のこと)と呼ばれた伝説のゴール・キーパーが、ブラジル・チームのメンバーとしてワールドカップに出場し、見事決勝戦を征して優勝するまでの回想録です。そこまでの彼の人生が実に魅力的な逸話満載なのです。たぶんそれが単なるスポーツ根性ものなら正直どうということはなかったと思います。特に面白いのは、主人公がアマゾン奥地のジャングルの中で「キーパー」という名の正体不明の人物によって鍛えられた修行話の部分です。
 「キーパー」とはいかなる人物なのか?
 サッカーの神様なのか?
 サッカー史から消された伝説の名選手なのか?
 アマゾンに住むジャガーの化身なのか?
 それとも・・・?

<ゴール・キーパー>
 「ゴール・キーパー」というポジションはサッカー・プレーヤーにとって、どんな存在なのでしょうか?
 サッカーのポジションの中では、フォワードやミッドフィルダーに比べて、あまり積極的にやってみたいポジションではないはずです。
 どんなに強烈で正確なキック力をもっていても、PK以外でシュートを決めるチャンスはありません。(それもPK戦で一回りしても決着がつかない時ぐらいでしょうか)
 攻撃に参加することは可能でも、ハーフ・ラインを越えて上がることは、よほどのことがない限り許されません。
 キーパーのミスはほとんど失点につながり、それはそのままチームの敗戦に結びつく可能性があります。
 常に強烈なシュートにさらされ、ボールの代わりに蹴られる可能性も高い最も危険なポジションともいえます。
 どう考えても、自分からやりますとは言えないポジションです。
 ゴール・キーパーの中には、最初にサッカーを始めた頃、チームの中で一番背が高かったためにやらされ、そのままきてしまったという人が多いと思います。
 やるべき仕事も受身がほとんどなら、やりだしたきっかけも受身なのが、「ゴール・キーパー」という因果なポジションなのです。しかし、こうした後ろ向きの考え方を、ガトーの師匠「キーパー」はきっぱりと否定します。
 サッカーがへたで友達から仲間はずれにされていたガトー少年の才能を見抜いたキーパーは、彼の後ろ向きなプレースタイルに喝を入れます。そして、ゴール・キーパーになることを薦め、こう言います。
「君はクモだ。ゴールは君の保護を必要とする泣きどころではない。ゴールは罠だ。餌食をとらえる闘争の場だ」

<「キーパー」の教え>
 キーパーは自らの力で敵のボールを奪うことも可能であり、PK(ペナルティーキック)でさえ、こちらから仕掛けることで、自分の思い通りのところに蹴らせることが可能だと「キーパー」は言い切ります。
「じゃあ、キーパーは相手選手がペナルティー・キックをどこへ蹴るか決められるっていうこと?」
「ああ、実力のあるキーパーなら、それができる」

 そして、実際に彼がワールド・カップの決勝でそれを実証してみせたことを語ります。(どうやったのかは、本を読んでご確認ください!)
「できないと思うのは、ただ想像力が足りないからだ。信念がないから、できないと思うだけだ」
 なんだか、ここまでくるとほとんど「禅問答」のようです。
そう考えると、この本は「かもめのジョナサン」のサッカー版のようでもあります。(ただし、最後まで読むと「フィールド・オブ・ドリームス」のサッカー版のようでもあることがわかりますが・・・)サッカーについての「哲学」を語る本は数多くありますが、ゴール・キーパーに的をしぼり、なおかつここまで面白い物語に仕上げているとは、イギリス人作家のマル・ピートさん、なかなかやります。

<アニメ向けのお話>
 この本のあとがきによると、作者はこの本を最初はコミックの原作として書き始めたのだそうです。なるほど、これは是非、絵付きもしくはアニメで見てみたいものです。サッカーとバイクと読書が好きなこの本の作者マル・ピートはイギリス人。イラストレーターとして絵本なども書いているそうですが、この処女小説によっていきなり有名になってしまったようです。アニメ化してくれれば、子供たちも喜んで見るでしょうし、そうなれば一気にゴール・キーパーのなり手も増えること間違いなしです。
「キーパー」の素晴らしいお言葉をもうひとつ。
「優秀なキーパーは全身でセーブする。セーブ一本に全筋肉、全神経を使う。君もそうだ。が、それでは不十分だ。・・・・・しめた、と思った瞬間、すでに体は次の動作に備えなくてはいけない」

 この本のもうひとつのポイントは、主人公が修行を積むアマゾンのジャングルの存在です。かつて、ゴムの木によって巨万の富を生み出し、その奥地にヨーロッパの街並みを運び込むほどの勢いがあったアマゾン。ブラジルだけでなく地球全体にとっての生命の象徴でもある世界最大のジャングル。地球最大の一体の生命ともいえる把握不可能な巨大な水の流れであるアマゾン川。しかし、近年になり主人公の父親のような人々によって次々に伐採され日々失われつつある貴重な資源としてのアマゾンのジャングル。
 ガトー少年は、そのジャングルで育ち、その巨大なパワーを吸収しながら育ちました。
 森の中で遊び回るガトー少年に彼の叔父さんアンクル・フェリシアーノはこう言い聞かせていました。
「森を信じることだ。おそれ敬う心がなくてはいけない。お前が森を探検するんじゃない。森がお前の心を試すんだ」

 そして、ある日彼はジャングルの中で「選ばれし者」となったのです。

<ゴール・キーパーに捧ぐ>
 サッカー史にその名を残す20世紀サッカーを代表するプレーヤーでありFCバルセロナの黄金時代を築いた名監督でもあるヨハン・クライフは、ゴール・キーパーの仕事についてこう言っています。
「ゴール・キーパーは攻撃のリズムを刻むために重要な存在である」

 クライフが目指した「トータル・フットボール」においては、ゴール・キーパーは攻撃の起点として非常に重要な存在でした。手近の選手にボールを渡し、じっくりとパスを回させて攻撃を組み立てさせるのか。すぐに大きく蹴りだし、敵の裏に回るフォワードにシュートをさせるのか。常にフィールドを全体を見渡すことができるキーパーは、ボールをとった時点で次にどんな攻撃をすればよいのか、その作戦を指示しパス出しをしなければなりません。プレーを止めてリズムを変えることのできる唯一のプレーヤーとして監督に匹敵する役目を果たすことも求められます。
 改めて、サッカーの奥深さを感じさせてくれた楽しくて勉強にもなる素晴らしい小説です。サッカー・ファン必読!

<あらすじ>
 ワールドカップ・サッカーの決勝戦でゴールを守り、PK戦を征して優勝したばかりの英雄エル・ガトー。故国ブラジルの英雄のインタビューを行なうためサッカー記者のパウル・ファウスティノはある夜、エル・ガトーとの単独インタビューを行ないます。今まで一度も語られたことがないという謎に包まれた彼の生い立ちは、到底信じられない内容でした。
 アマゾン奥地で森林伐採の仕事につく貧しい家に生まれた彼は、ジャングルを探検している最中、暗い森の中にサッカー場を見つけます。驚く彼の前に謎の人物が現れ、彼にゴール・キーパーをやるように言います。
 こうして、謎のコーチ「キーパー」によるゴールキーパー修行が始まりました。厳しい訓練の後、「キーパー」の教えによって一流のゴール・キーパーに成長した彼は地元のサッカー・チームのメンバーに入れてもらった後、一気にプロの一流チームにスカウトされ、故郷のアマゾンを離れることになりました。
 なぜ、「キーパー」は彼を選び、彼にプロ・サッカー選手への道を歩み出させたのか?そのことが不思議だったガトーは、インタビューの終わり近くになって偶然手に取った古い写真を見て驚きます。それはそれまでの彼の疑問を解くものでした。・・・・・

「KEEPER キーパー」 2003年
マル・ピート Mal Peet(著)
池央秋(訳)
評論者

20世紀文学全集へ   トップページへ