虚構の芸術、映画にさらなる虚構を埋め込んだ傑作

「軽蔑 Le Mepris」

- ジャン=リュック・ゴダール Jean-Luc Godard -

<私的映画の傑作>
 日本には「私小説」という独自の小説ジャンルがあります。特に明治から昭和にかけて、ヨーロッパからもたらされた「小説」という文学スタイルの導入時、数多くの「私小説」が書かれ、それは日本の小説の独自性の源となりました。(いい面、悪い面ありますが・・・)
 それと同じように、自らの生き様、心模様を映像化した作品群、「私映画」とも呼ばそうな作品が数多く生み出されたのがヌーヴェルヴァーグ期のフランスでした。「映画」という表現手段を、その原点にまで戻って再構築しようとしたヌーヴェルヴァーグの作家たち。彼らが、そのスタートを自らの心象風景の映像化から始めようとしたのは、原点回帰としては当然のことでした。彼らには、お金もなかったので身近なところから映画の題材を見つける必要もありました。
 ジャン=リュック・ゴダールの「勝手にしやがれ」は、その究極の形だったといえます。その場、その場でセリフをつけながら撮影するという手法は、ある意味、その時々のゴダール自身をフィルムに焼きつける作業だったともいえるでしょう。同じように、クロード・シャブロルフランソワ・トリュフォーも、同じように自らの心象を映像化。さらには、監督自らの分身を映画の中に登場させたりしています。(トリュフォーは自ら演じることもありました)ゴダールのこの作品は、そんな「私的映画」をより高度に、より芸術的に構築した作品だったといえます。
 より詳しく見るために、先ずは映画の簡単なあらすじから振り返ります。

<あらすじ>
 主人公ポール(ミシェル・ピッコリ)の本業は戯曲作家でしたが、映画の脚本も書いていて、アメリカの映画製作者プロコシュ(ジャック・パランス)に撮影中の映画の脚本を書き直す依頼を受けます。それはドイツ出身の巨匠フリッツ・ラング(本人)が撮影中のギリシャ神話「オデュッセウス」の映画化作品の脚本でした。撮影中のフィルムの試写を見て、難解過ぎて一般の観客には理解されないと判断したプロコシュは、ポールに脚本のリライトをさせようと考えたのです。贅沢好きな妻カミーユ(ブリジット・バルドー)のために、お金になる映画の仕事を受けるようになっていたポールは、乗り気ではないものの仕方なくその仕事を受けることにします。そころが、そんな彼に妻のカミーユは突然、あなたを軽蔑しています、と言い放ち、距離を置き始めます。
 お金のために仕事をしているから自分は嫌われたのか?と考えたポールはリライトの仕事を断ろうとしますが、彼女は仕事は受けるべきだといいます。それどころか、彼女はポールと共に、プロコシュのカプリ島にある別荘に遊びに行くと言いだします。そのうえ、その美しい別荘で彼女は夫の前でプロコシュとのキスを見せつけます。嫉妬に燃えるポールはついに銃を持ち出してしまいます。しかし、カミーユは彼をおいてプロコシュと共に車で出発してしまいます。そして、悲劇が・・・・・。

<二重、三重、四重構造>
 この映画には、様々な仕掛けが用意されていて、それによって二重三重の深みのある構造が生み出されています。特筆すべきは、映画のストーリーとそこに登場する人物や物語が上手くシンクロしていることです。この作品のオープニングで映画の撮影が行われていますが、それは「映画」の虚構性を示しているだけでなく、さらなる二重三重の虚構が隠されていることを示唆しているのでしょう。
<フリッツ・ラング>
 この映画の中で、「オデュッセイア」を撮っている監督のフリッツ・ラングは、実在の映画監督を本人が演じています。
 彼はドイツ映画の黄金期にSFの名作「メトロポリス」やサイコ・サスペンスの原点「M」や長編犯罪映画の傑作「ドクトル・マブゼ」などの名作を撮った後、第一次世界大戦後ユダヤの血を引いていたためにアメリカへと移住。その後は、ハリウッドでギャング映画の傑作「暗黒街の弾痕」やフィルム・ノワールの元祖「飾り窓の女」など犯罪映画のヒット作を数多く撮り、B級娯楽映画の巨匠として高い評価を受けることになりました。しかし、この映画の撮影時、彼はもう過去の存在となっていて、この映画への出演後はもう映画を撮ることなくこの世を去っています。(1976年8月2日死去)
 彼はハリウッドで生きて行くために、娯楽映画の新しい世界を切り開いた先駆者と言われています。そんな彼はヌーヴェルヴァーグの監督たちにとって、アルフレッド・ヒッチコックと並ぶ英雄として尊敬されていました。この映画のフリッツ・ラングとポール、二人にゴダール自身が投影されているのは明らかです。
<オデュッセイア>
 この映画で映画化されている「オデュッセイア」は、ギリシャ神話の有名なお話です。イタケ―の英雄オデュッセウスが、国を離れて様々な土地で戦争を行い帰国。しかし、自分の不在中に妃のペネロペがしていた不倫を知り、その相手に報復を行うという物語です。
 この物語について、監督のフリッツ・ラングは映画の中で、オデュッセウスは戦争に出発する前からすでに妻に愛想をつかされていて、そこから逃げるために戦場へと向かったのだと指摘します。それは、妻の不貞を知りながらも、その相手との仕事へと向かい、密かに銃を用意したポールの物語と重なっています。
<軽蔑された監督>
 ゴダールの出世作「勝手にしやがれ」のヒロインは、ジーン・セバーグが演じていましたが、当初、その役はアンナ・カリーナのために用意されていました。しかし、まだ無名の監督だったゴダールの誘いを彼女は断り、仕方なく彼は同じく無名だったジーン・セバーグをヒロインに抜擢したという経緯があります。そして「勝手にしやがれ」の世界的な大ヒットにより、一躍時の人となったゴダールは再びアンナ・カリーナにアタック。彼女を自分の作品に出演させることに成功。彼を主役に「女は女である」(1961年)、「女のいる舗道」(1962年)を撮り、ついには彼女との結婚にこぎつけました。ところが、そんな幸せもつかの間、妻となったアンナ・カリーナはある日突然、もうあなたのことは好きじゃない、と彼の元を離れて行きました。元々、ゴダールのしつこすぎる性格が、彼女にはうっとうしかったようで、女優として成功してしまった彼女には、ただただストーカーのような男に見えてきたようです。
 「なぜ俺が捨てられなければならないのか?」そんな思いの中、彼はこの作品を撮ったわけです。
 元々この映画には、フランスを代表する作家アルベルト・モラヴィアの原作小説があったのですが、あまりにもゴダールの境遇と重なっています。(多くの芸術作品は、恨みや妬み、嫉妬をエネルギーに生まれてきたのかもしれません)
<ハリウッドから来た製作者>
 「勝手にしやがれ」の世界的なヒットにより、スター監督となった彼は、世界中から注目されることになり、この作品にはハリウッドなどから100万ドル近い資本が入ることになりました。そのためにやって来たのが、ハリウッドの映画プロデューサー、ジョーゼフ・E・レヴィーンでした。彼は日本映画の「ゴジラ」(1956年)をアメリカに輸入したり、「冬のライオン」(1968年)でアカデミー賞を獲得したり、「卒業」(1967年)を大ヒットさせたり、戦争超大作「遠すぎた橋」(1977年)を作り上げたりとまさに商売人のアメリカ人映画製作者です。当然、彼は映画をアメリカでもヒットさせようと考えていたので、製作現場でもゴダールにいろいろと注文をつけていたようです。
 「勝手にしやがれ」のように撮影しながらセリフを当てるようなアドリブ任せの映画作りは、ハリウッド映画で許されるわけがありません。そのため、ゴダールはこの作品の撮影を前にしっかりとした脚本を準備することになりました。もちろん映画のストーリーを勝手に変えることは許されなかったはずです。それだけではなく、ヒットのための変更も製作者側の指示によって行われていたようです。例えば、オープニングのベッドシーンでいきなり登場するブリジット・バルドーのヌード(背中とお尻まではありますが・・・)は、観客へのサービス・カットとして後から追加されたのだそうです。確かに、セックス・シンボルとしてマリリン・モンローに匹敵する存在だった当時の彼女の美しさは、そこまでして見せるに値する美しさではありましたけど・・・。

<美しい眺め>
 この作品の見どころは、美しいバルドーのヒップラインだけではありません。デジタル・リマスターされた映像からは、この作品の色彩へのこだわりも見え、様々な色の使い方や絵画的なカットの美しさにも感嘆させられます。例えば、ポールの家のソファーの綺麗な朱色とそこに横たわるバルドーが巻いているバスタオルの朱色。額縁のようなドア越しに見えるベッド上のバルドーとポールの姿も絵画のように南イタリア、カプリ島の海の眺めは、それ以上に美しいです。
 そして、この映画のもう一つの主役ともいえるのが、ポール夫妻が招かれた別荘です。イタリアの作家・ジャーナリストで有名なクルツィオ・マラパルテが知人の石工と共に設計・建築したその別荘マラパルテ邸からは、崖下30mに真っ青な海が見えます。その建築物の屋上は、まるでタイタニック号の舳先のように海につき出す絶景ポイントもになっています。建物の中も窓から見る海の眺めは、額縁に収められた絵画作品に見えるように工夫されています。
 自然と建築が生み出した芸術作品ともいえるマラパルテ邸は、実際に21世紀の今もカプリ島の海の上に立っているそうです。(残念ながら、実際に住むには適していると思えませんが・・・)

<ゴダールの挑戦>
 アメリカ人製作者によって、口出しをされ、きっちりとした脚本を準備して臨んだ撮影ですが、ゴダールらしい演出もあります。
 例えば、オープニングのベッドシーンでは、画面が青や赤一色に突然変ります。ジョルジュ・ドルリューによる音楽も、いい曲なのになぜか使われ方が、唐突です。会話の合間を縫うように、しつこいぐらいにテーマ曲がかかり、不思議な雰囲気を作っています。イタリアとスペインで公開されたバージョンでは、あえて別の作曲家によるジャズ・テイストの曲に変えられているとのこと。たぶん、よりお洒落でポップな仕上げにしたかったのでしょう。
 この作品は、印象的な音楽と美しい景色と魅力的なバルドー、それらを背景に語られる詩の朗読を見ている感覚になれる作品でもあります。

 そうそうもうひとつ、彼は映画の常識を破る展開を仕掛けています。それは、アントン・チェーホフの有名な言葉「チェーホフの銃」へのアンチです。
「誰も発砲することを考えもしないのであれば、弾を装填したライフルを舞台上に置いてはいけない。」
 さて、どうなるかは見てのお楽しみ!

「軽蔑 Le Mepris」 1963年
(監)(脚)ジャン=リュック・ゴダール
(原)アルベルト・モラヴィア
(撮)ラウール・クタール
(製)カルロ・ポンティ、ジョルジュ・ド・ボールガール、ジョーゼフ・E・レヴィーン
(編)アニエス・ギュモ
(音)ジョルジュ・ドルリュー、ピエロ・ピッチオーニ(イタリア・スペイン版のみ)
(出)ミシェル・ピッコリ、ブリジット・バルドー、ジャック・パランス、フリッツ・ラング、ジョルジア・モル

ジャン=リュック・ゴダールの他の作品
「気狂いピエロ」   「さらば、愛しき言葉よ」

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