「ケリー・ギャングの真実の歴史 The History of the Kelly Gang」

- ピーター・ケアリー Peter Carey -

<豪州製「ボニー&クライド」>
 オーストラリア版の「俺たちに明日はない」と言ってしまえば簡単ですが、「俺たちに明日はない」以上に「歴史」を感じさせる重厚で興味深い実録小説です。
 冒頭にいきなり、最初で最後の壮絶な銃撃戦が描かれて、いっきいに読者を引き込みます。その描写が凄い!知らずに読むと、いったいどの時代のどの場所のお話なんだかさっぱりわからないでしょう。僕には、そのシーンがまるでSF映画を見ているように思えました。それほど、この銃撃戦は不思議なのですが、それは物語全体についてもいえそうです。そんな凄い描写の後、物語はいっきに過去へ、その銃撃戦の主役だった人物、ケリー・ギャング団のボス、ネッド・ケリーの少年時代へともどります。

<鉄の国、豪州の象徴>
 なぜ、冒頭の銃撃戦がSF映画を見ているように思えたのか?というと、主人公が銃撃戦にのぞむ姿が、まるでアイアンマンかロボコップのように描かれていたからです。特に彼らが用いていた鉄製の鎧はまるで宇宙人のように大仕掛けで近未来的です。そして、今ではそんな彼らの鎧姿はケリー・ギャングのトレード・マークだけでなく、オーストラリアの歴史をも象徴する存在になっているようです。
 2000年に行われたシドニー・オリンピックの開会式、そこで放映されたオーストラリアの歴史イメージ映像の中にも実はそんな彼らの鉄製鎧の姿が映し出されたといいます。鉄鉱石の採掘によって経済の近代化を達成したオーストラリアにとって、「鉄」は発展の象徴であり、その歴史の中の英雄としてケリー・ギャングの存在があったといえそうです。アメリカにおける「ボニー&クライド」や「デリンジャー」、日本における石川五右衛門など、どの国にも存在する反体制の英雄がケリー・ギャングなのです。

<不思議な世界の西部劇>
 この小説を読んでいてSFともいえる不思議な感覚を憶えたのは、もうひとつ理由がありました。それはこの物語が展開する西部劇のようなドラマの舞台が、テキサスでもなくネバダでもコロラドでもない場所で、聞いたことのない地名ばかりが出てくることです。もちろん、それは小説の舞台がオーストラリアであるためなのですが・・・。そのうえ、主人公たちが追手から逃れて旅をする中で食料として狩りをするのが、なんとカンガルー!旅の途中でカンガルーやオポッサムの丸焼きなんて、さすがは有袋類の生存地です。考えて見ると、20世紀の歴史の中で、そこにはもうひとつの世界(イギリス系白人移民による)がSFにおける平行宇宙のように存在してきたわけです。
 別の惑星に発展したかのようなもうひとつの世界を表現するのもまた、小説ならではの魅力です。

<オーストラリアの歴史>
 ここでは、この小説をより楽しめるようにオーストラリアの簡単な歴史を紹介したいと思います。
 先住民であるアボリジニーの人々が暮らしていたオーストラリアの大地にイギリス人が移住し始めたのは18世紀末のこと。したがって、そこはアメリカよりもずっと新しい国ということになります。
 1788年にイギリスがシドニーを占領。オーストラリアは、イギリスからの犯罪者の島流し先となり、彼らに開拓させることで一石二鳥の新たな英国領となりました。(日本にとっての北海道に近い存在かもしれません)
 その後、1800年代に入ってもオーストラリアは犯罪者の島流し先として扱われますが、1850年にそれを大きく変える出来事が起きます。それは金鉱の発見です。ほぼ同じ時期、1848年にアメリカのカリフォルニア州で金鉱が見つかり「ゴールドラッシュ」が始まったのと同じように、オーストラリアにも一攫千金を夢見る人々がどんどん押し寄せることになります。彼らのほとんどは犯罪者ではなく自由移民と呼ばれるかたぎの移民たちでした。そうした移民たちの変化に合わせ、1953年、イギリスはオーストラリアの囚人移民制度を廃止。ここから本格的にオーストラリアへの移民が始まることになります。
 この時期を境にオーストラリアへの移民層が大きく変化したことから、国民の間には犯罪者とその家系とそうでない自由移民家系との間に対立関係が生じることになります。1840年代までは人口の過半数が流刑囚だったと言われています。(犯罪者の家系に対する差別)
 その後、政府はセレクト法という移民に対し土地を与える法律を定めます。その法律のおかげで小規模ながらも農家を営む移民が増えることになりました。ところが、それ以前の時代に土地を占拠していた「スクウォッター」と呼ばれる大規模牧羊業者は小規模農家の土地を買収したり、騙し取るなどしたため、両者の間で対立が深まってゆきました。(小作農に対する差別)
 主人公のネッドは、その中の小規模農家の息子であると同時に犯罪者として追放された父親の子供であったため、差別の対象となり、家族は土地を奪おうとする大規模農家の横暴にも苦しめられます。こうした状況はオーストラリア国内各地に共通することでした。そのため、そうした大規模農家の側に立つ警察や政府への反感はネッド以外の大衆全体にも広まっていました。彼とその一味が大衆から英雄として扱われ、その人生が伝説として語り継がれるようになったのにはそうした下地があったのです。

 21世紀に入った1901年、英国領オーストラリア連邦が成立。いよいよ国家としての形がととのうようになり、現在にいたる白人中心の国オ−ストラリアが誕生することになります。

<ケリー・ギャングたち>
 この小説の主人公エドワード・ケリー(通称ネッド・ケリー)が生まれたのは、1854年のことですから、オーストラリアへのイギリスからの移民が急激に増える時代と重なっていたことになります。しかし、犯罪者以外の移民が増えたといっても、その多くは本国で食べてゆくことができなくなり仕方なくオーストラリアに渡った貧しい農民が中心であることに変わりはありませんでした。そして、その中にはイギリスの植民地として苦しい生活を強いられていたアルランドからの移民が数多く含まれていました。特に1845年から1847年にかけてアイルランドは歴史的な大飢饉に見舞われ、多くの飢えた人々が母国を捨てて、アメリカやオーストラリアへと渡ってゆきました。そして主人公のネッドはこのアイルランド移民の子供だったわけです。
 ケリー・ギャングの物語は、こうしたオーストラリアの歴史における英雄伝説として、様々な作品の中で語り継がれてきましたが、この小説はそれらをできるだけ事実に基づいて再現したものといえます。

<物語の構成>
 ケリー・ギャングの記録は、ネッド・ケリーがまだ見ぬ娘にあてた長い長い手紙のかたちをとって書かれています。そのために、物語は単なる記録ではなく、より主観的で具体的なものとなり、読む者をケリー・ギャングの仲間に引き込むことに成功しています。読者は彼の手紙を読むうちにいつしか彼に感情移入してしまうはずです。
 イギリスの植民地だったアイルランドの人々は、ほとんどがカトリック教徒でした。さらにその多くが貧しい農民だったもあり、プロテスタント系のイギリス人からは差別の対象となっていました。当然、そうした差別の構図はオーストラリアにおいても同様で、アイルランド人は職場や学校、どこでも差別されるようになり、追い込まれた人々が犯罪に手を染めることにもなりました。そのうえ、こうした事実が「アイルランド人=犯罪者」という先入観を生み出すことになります。こうした負の連鎖は延々と続き、アイルランド人は警察によって常にマークされるだけでなく、重要な犯罪事件の容疑者として常に疑われるだけでなく、単にいじめの対象として逮捕されたりして、それが犯罪へと走らせる原因ともなりました。これはアメリカにおける黒人が受けていたのと同じような扱いといえます。
 そして、この小説の主人公ネッドもまたアイルランド人であり犯罪者の子供として警察から不当な扱いを受けることになり、それが彼を犯罪の道へと向かわせることになったのです。

<作者ピーター・ケアリー>
 この小説の著者ピーター・ケアリー Peter Carey は、1943年オーストラリアのメルボルンで生まれています。モナーシュ大学では有機化学と動物学を専攻する理系の学生でした。しかし、彼は卒業後、メルボルンの広告代理店に就職しコピーライターとして働きながら文章を書くことを学ぶようになり、小説を書き始めます。
 1974年、彼は短編小説集「The Fat Man in History」で作家デビューすると、着実に小説家として評価を高めてゆきます。1988年「オスカーとルシンダ」により英国圏の文学賞として、最も有名なイギリスのブッカー賞を受賞した彼は、その後も活躍を続け、2001年この作品で二度目のブッカー賞を受賞。
 二度のブッカー賞受賞は、南アフリカの作家「恥辱」などの著者J・M・クッツェーに次ぐ二人目の快挙でした。名実ともに英国圏を代表するだけでなく世界的な作家の仲間入りをしたといえます。
 ちなみに、ブッカー賞を二度受賞している作家二人は、オーストラリアと南アフリカの作家で、他に過去の受賞の中には、オーストラリア人ではD・B・C・ピエールとトマス・キニーリー、トリニダードからはインド人作家V・S・ナイポール、スペイン生まれのカナダ人作家ヤン・マーテル、カナダの作家マーゲレット・アトウッド、アイルランドの作家ロディ・ドイル、ナイジェリアの作家ベン・オクリ、エジプト、カイロ生まれのペネロピ・ライブリー、日本生まれのカズオ・イシグロ、インドの作家アルンダティ・ロイとサルマン・ラシュディ、キラン・デサイ、アラヴィンド・アディガ、それにイギリス人ではあってもシンガポールやモロッコで育ったというイアン・マキューアン、スリランカ出身のマイケル・オンダーチェ、やはり南アフリカの作家でナディン・ゴーディマーなど、イギリス本国とは異なる土地出身の作家が最近ではほとんどなことに驚かされます。英語圏の文学といっても今やその作品は単純な英国内での英語の文学ではなく他の地域の影響を強く受けたグローバルなものが主流になっているということなのでしょうか。

<あらすじ>
19世紀半ばのオーストラリア。イギリスから流刑されてきたアイルランド系の囚人の子供として生まれたネッド・ケリーは、6人の兄弟たちとともに育てられました。貧しい小作農だった彼らは常に食べ物に困っており、ある日彼は家族に食べさせようと近所の家の牛を盗んでしまいます。牛泥棒を追って警察が彼の家に来たため、彼の父親は息子の代わりに逮捕されてしまいます。そのために獄中生活の厳しさが原因で父親は健康を崩し、出所後あっさりとこの世を去ってしまいます。しかたなく、6人の子供を育てるため、母親はもぐりの酒場を始め、父親の代わりになる男を家に迎え入れます。しかし、ネッドはその男が気に入らず、母親もそんな息子をもてあましてしまい、山賊のバリー・パワーに預けてしまいます。こうして、15歳にして山賊の助手となった彼は馬泥棒として今後こそ逮捕されてしまいます。
 出所後、ネッドはメアリーという美しい女性と知り合い恋におちます。しかし、幸福な時期は長くは続かず、彼は彼女をめぐるいざこざから警官を撃ってしまい、警察に追われることになります。いつの間にか、彼は弟のダンも含め、友人たちも巻き込んでしまい、彼らとともに銀行強盗をしながら逃亡生活を送ることになってしまいます。そして、その途中ついに彼は警官を射殺してしまいます。ところが、そんな凶悪犯の彼でありながら大衆の多くは彼を支持します。いつしか彼は反体制の英雄として伝説の存在になりつつあったのです。彼はそうした状況を知ると政治家に自らの境遇を理解してもらおうと手紙を書き続けました。しかし、警察は密告者からの情報を入手してついに彼らの居場所を突き止めます。そして、最後の壮絶な銃撃戦が始まることになります。彼らの運命やいかに!?

「ケリー・ギャングの真実の歴史 The History of the Kelly Gang」 2000年
(著)ピーター・ケアリー Peter Carey
(訳)宮本陽子
早川書房

<追記>(2015年4月)
 ネッド・ケリーの伝説は今まで何度か映画化されているようです。以下の2作はどれもなかなか見応えがありそうです。

「太陽の果てに青春を Ned Kelly」 1970年
(監)(脚)トニー・リチャードソン
(脚)イアン・ジョーンズ
(撮)ジェリー・フィッシャー
(音)シェル・シルバースタイン
(出)ミック・ジャガー(初主演作!)、クラリッサ・ケイ、マリアンヌ・フェイスフル
「長距離走者の孤独」などで知られるイギリスの名匠の初期作品であり、ローリング・ストーンズのミック・ジャガーが初主演した貴重な作品。

「ケリー・ザ・ギャング Kelly the Gang」 2003年
(監)グレゴール・ジョーダン
(原)ロバート・ドルー
(脚)ジョン・マイケル・マクドナー
(撮)オリヴァー・ステイプルトン
(出)ヒース・レジャー、オーランド・ブルーム、ジェフリー・ラッシュ・ナオミ・ワッツ
豪華な俳優陣による作品にも関わらず日本未公開なのは題材が日本向けではなかったからでしょう。でも、悪くない作品のようです。DVDあり。

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