反権力の映画を撮り続ける闘う英国紳士


- ケン・ローチ Kenneth Loach -

「わたしは、ダニエル・ブレイク」、「大地と自由」、「ケス」・・・
<20世紀英国最後の巨匠>
 ケン・ローチ、英国が生んだ20世紀最後の巨匠は、カンヌ国際映画祭だけでもパルム・ドール2回、審査員賞3回、国際批評家連盟賞3回、エキュメニカル審査員賞2回を受賞している英国を代表する巨匠です。ただし、彼に対する英国での評価は、実は英国内で大きく分かれていて、保守派を中心に批判の声もかなりあることは日本ではほとんど知られていません。それは、彼が常に左派よりの視点から映画を撮ることで政府を批判し、時には当時反政府勢力だったIRA(アイルランド解放戦線)を支持してきたからです。彼は50年に渡り、変わることなく英国政府に対する「VS(ヴァーサス)」であり続けてきました。
 ドキュメンタリー映画「ヴァーサス/ケン・ローチ 映画と人生」を参考にして、なぜ彼がそこまで反権力にこだわり続けてきたのかを考えてみたいと思います。

 世の中の状況を伝えられたら - それで十分だ
 人と人とのシンプルなつながりと共に - 人間を撮る
 人々の暮らしについての映画を作るなら政治は不可欠だ
 ドラマ性や対立の要素となる
 ケンは世の中の実情を映し出したいんだ
 社会には2つの相反する力が - 働いている
 偉大な活動家か 取るに足らない不快な映画監督か
 リアリズムの達人か 行きすぎたマルクス主義者か

 天才か虫けらか

<ケン・ローチ>
 ケン・ローチ Kenneth Loach は、1936年6月17日イギリス中部ウォリックシャー州ヌニートンで生まれました。父親は工場で働く職人気質の労働者で、けっして裕福な家庭ではありませんでした。高校を卒業後、彼は空軍に入隊し、2年間従軍した後、オックスフォード大学のピーターズカレッジに入学。そこで彼は弁護士を目指して勉強を始めます。ところが、在学中、演劇の魅力にはまった彼は、コメディー劇団「ザ・オックスフォード・レヴュー」に参加。俳優、演出家として活躍し、弁護士の夢を捨ててしまいます。そして、大学卒業後は英国国営放送BBCに入社し、テレビ番組の演出家として働くことになります。
 当時のBBCは、BBC2という新たなチャンネルを増やしたばかりで、その分、番組が増えるために人材が不足していました。そこで入社したばかりの彼にも、番組の企画から演出までが任されることになったようです。そこで彼が企画したのが、それまでBBCでは作られてこなかった労働者階級の日常を描いた社会派のドラマでした。時代は1960年代半ば。それまでイギリスを支配し続けていた貴族階級に対し、労働者が反旗をひるがえし、労働運動が勢いを増す時代でした。そんな過激な時代が、彼に多くの描くべき題材を与えてくれたのでした。
 1966年に彼が演出したテレビ番組「キャシー・カム・ホーム」は、ホームレスの女性とその子供の暮らしを描いたドキュメンタリー・タッチのドラマでした。それまでのテレビ・ドラマでは、扱われなかった題材だったことから、この番組は大きな話題となりました。翌1967年、彼は映画「夜空に星があるように」を撮り、映画監督としてデビューを果たします。そして1969年、彼にとって初期の代表作と言われる名作「ケス」を発表します。

「ケス KES」 1969年
(監)(脚)ケン・ローチ
(製)(脚)トニー・ガーネット
(原)(脚)バリー・ハインズ
(撮)クリス・メンゲス
(音)ジョン・キャメロン
(出)デヴィッド・ブラッドレイ、リン・ペリー、コリン・ウェランド、フレディ・フレッチャー
 貧しい家庭に生まれ学校でもいじめられている少年と彼が飼う鷹ケスとの友情を描いた作品です。リアリズムに徹したこの作品は、公開の前、内容が地味すぎるとして全国で6か所の映画館でしか公開されませんでした。しかし、出演する子供たちの自然な演技やリアリズム描写の素晴らしさが口コミで広がり、予想外のヒットとなり、英国アカデミー賞作品賞、監督賞にノミネートされることにもなりました。急激に変化しつつあった時代は彼の作品を求めていたのでした。(1969年といえば、あの「ウッドストック・コンサート」が開催された年です)
 この作品の後、彼はその後の彼の作品に大きな影響を与えることになる脚本家ジム・アレンと出会います。バリバリの左翼の脚本家ジム・アレンは、労働運動や政治問題にも詳しく、彼のその後の作品になくてはならない存在となります。
 「ザ・ビッグ・フレイム」(1969年)、「ザ・ランク・アンド・ファイル」(1971年)などの作品は、社会改革の現場をリアルに描いた作品です。しかし、撮影に使用される会社にとっては、迷惑になる内容なので、撮影に協力を得ることは困難でした。そこで彼らは撮影の際、脚本などの資料を出資者であるBBCや撮影協力してくれる工場などに見せないままゲリラ的に撮影を進めていたといいます。
 1977年の「ザ・プライス・オブ・コール」は、炭鉱労働者の厳しい現状を描いた作品でしたが、この作品を完成させた頃から、左派的な映画に対する風当たりが強まりはじめます。不況にあえぐ英国では、社会全体が保守化し、かつてのような労働運動を許さない空気になりつつありました。そして、その結果として、超保守的な政治家マーガレット・サッチャーの時代を迎えることになります。
 1979年の作品「ブラック・ジャック」で彼はカンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞し、ヨーロッパ各地で高い評価を得ますが、母国イギリスではまったく評価されず、興行的にも大赤字となり、いよいよ彼は映画の製作に行きずまります。さらに追い打ちをかけるように、彼は家族と共に交通事故に巻き込まれ、彼と妻は生き延びたものの、5歳の次男と祖母を同時に失ってしまいます。彼はそのショックからしばらく抜け殻のような状態になりました。

<サッチャー政権との闘い>
 1979年サッチャー政権の誕生に対抗するように、彼は労働運動の指導者である組合の幹部たちが、政府への協力をすることで見返りを得ていたことを告発するテレビのドキュメンタリー映画を企画します。しかし、組合の上層部から圧力がかかり、放送局が制作を中止してしまいます。放送局に対し、サッチャー政権は放送局の運営資格取り消しを匂わせることで、番組の内容を自主規制させることができたのです。
 こうして、彼は政府からにらまれることになり、1980年代に入るとまったく映画を撮れなくなります。すでにサラリーマンではなくなっていた彼は、映画を撮るどころか妻子を養うことすら厳しくなってしまいます。仕方なく彼はテレビの製作会社で雇われ演出家として働くことになり、様々な雇われ仕事をこなし始めます。その中には、彼にとっては屈辱的ともいえるマクドナルドやネスレなど大衆からの搾取によって利益を生み出してきた世界的巨大企業のCMの制作も含まれていました。

 政治的な対立の潮流の中では
 映画は波に揺られる浮きでしかなく流れは止められない。
 私の小さな声などみんなの大声にかき消される
 やる価値があるか分からない。


<サッチャー時代の終わり>
 1990年、サッチャーが辞任し、それまでの保守的な政治の流れが大きく変わります。そのおかげで再び、彼は作品を製作・発表することが可能になり、何より彼にとって最大のスポンサーだったBBCからの出資を得ることができるようになりました。こうして彼は新たな作品「ブラック・アジェンダ 隠された真実」(1990年)を発表。カンヌ国際映画祭で国際審査員賞を受賞し、見事に復活を遂げます。そして、次々と作品を発表し始めます。
「レイニング・ストーンズ」(1993年カンヌ国際映画祭審査員賞
「リフ・ラフ」(1994年カンヌ国際映画祭批評家連盟賞ヨーロッパ映画賞作品賞
「レディバード・レディバード」(1994年ヴェネチア国際映画祭エキュメニカル審査員賞

「大地と自由 Land and Freedom」 1995年(カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞
(監)ケン・ローチ
(製)レベッカ・オブライエン
(製総)サリー・ヒビン、ヘラルド・エレーロ、ウルリッヒ・フェルスベルグ
(脚)ジム・アレン
(撮)バリー・アクロイド
(美)マーティン・ジョンソン
(音)ジョージ・フェントン
(出)イアン・ハート、ロサナ・パストール、イシアル・ボジャイン、トム・ギルロイ、マーク・マルティネス
 この作品で彼はスペイン国内を二分した悲劇の戦争「スペイン内戦」を描きました。
「スペイン内戦を取り上げたのは、歴史の転換点だからだ。もし、それが違う道をたどっていたら、今の世界も違っていた。
 また同じ状況になったら戦うであろう人々を集めた。ファシズムと戦った民兵たちの役にね。
 彼らは女性も男性もみなとてもハッピーな人たちだった」

ケン・ローチ

 スペイン内戦には、ジョージ・オーウェルのようにイギリスからも義勇兵が訪れていて、多くの左翼、知識人がファシズムとの戦いに参加しました。それだけに、この戦争におけるファシズムの勝利はその後、長く続くことになる第二次世界大戦の前哨戦として暗い影を落とすことになる重要な戦争でした。
スペイン内戦について

<ケン・ローチ映画の秘密>
 他の作品もそうですが、彼の映画撮影は基本的に物語を時系列にそって順番に撮影して行くようです。そのうえ、出演する俳優も撮影スタッフも、完成した脚本を渡されない場合が多いといいます。そうなると、撮影はスタッフ全員が映画の結末を知らずに進められることになります。おまけに彼の撮影現場においては、映画監督の決まり文句である「アクション!」、「カット!」はなく、いつ撮影が始まったのかもわからないまま、自然に俳優たちは映画の世界へ入り込むようになっていました。
 例えば、「大地と自由」でも、重要な登場人物であるブランカが射殺されてしまうことは、前日まで本人にすら知らされていませんでした。
「彼女(ブランカ役)を呼び、申し訳ないが君にはここで撃たれると告げた。
 彼女は死にたくないと言った。二人は感情的になった。
 誰にも知らせていなかったから、彼女の死にみんな驚いていた。」

ケン・ローチ

 確かにこの方法なら、たとえ素人俳優でも深く感情移入することができそうです。(彼は多くの俳優に素人を使います)もちろん、効率を考えれば、この撮影手法は非効率的なので、現代の撮影現場ではほとんど許されない手法です。

「麦の穂をゆらす風 THE WIND THAT SHAKES THE BARLEY」 2006年
(監)ケン・ローチ
(製)レベッカ・オブライエン
(製総)アンドリュー・ロウ、ナイジェル・トーマス
(脚)ポール・ラヴァーティ
(撮)バリー・アクロイド
(美)ファーガス・クレッグ
(編)ジョナサン・モリス
(音)ジョージ・フェントン
(出)キリアン・マーフィ、ポードリック・ディレーニー、リーアム・カニンガム、オーラ・フィッツジェラルド、メアリ―・オリオーダン、ローレンス・バリー
 カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞したこの作品で描かれたのは、イギリスが長年にわたって抱えていたアイルランド紛争です。しかし、彼の描き方がアイルランド独立のために戦い続けたアイルランド解放戦線(IRA)に好意的すぎるとして、英国国内の保守派は彼に対し批判的でした。長年にわたり、イギリスが植民地として支配していたアイルランドから富を収奪してきたことから考えれば、彼の描き方はけっして偏ってはいないはずですが・・・。

 2009年の「エリックを探して」は、それまでの彼の作品とは異なり、サッカー界のスーパースターであるエリック・カントナを中心としたファンタジー映画です。マンチェスター・ユナイテッドの中心選手としてイギリスでの人気が高かったフランス人カントナが、なぜか一般人である主人公の前に現れるコメディ・タッチ。それは、彼が自由に映画を撮れるようになった余裕から生まれたのかもしれません。
 2012年の「天使の分け前」では落ちこぼれの不良青年が同じような境遇の友人たちと共にアンティーク・ワインの商売で一攫千金を目指すというこれもコメディ・タッチの物語です。この作品でも彼はカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞しています。しかしこの後、2014年の作品「ジミー、野を駆ける伝説」を最後に彼は引退を発表しました。多くのファンはその引退を早すぎると、彼の復帰を望みましたが、その願いは意外に早く実現します。
 それは皮肉なことに、彼や彼のファンが嫌う保守派の政権が誕生し、彼らがサッチャー政権時代を思わせる福祉予算の大幅削減を行ったおかげでした。そして、彼の復帰作であり、最高傑作ともいえる作品「わたしは、ダニエル・ブレイク」(2016年)が誕生することになりました。

「わたしは、ダニエル・ブレイク I,Daniel Blake」 2016年
(監)ケン・ローチ
(製)レベッカ・オブライエン
(製総)パスカル・コシュトゥー、グレゴワール・ソルラ・・・
(脚)ポール・ラヴァーティ
(撮)ロビー・ライアン
(PD)ファーガス・クレッグ、リンダ・ウィルソン
(音)ジョージ・フェントン
(出)デイヴ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズ、ディラン・フィリップ・マキアナン、ブリアナ・シャン、ケイト・ラッター
<あらすじ>
 この映画の主人公ダニエルは、心臓疾患のため、医者に仕事をしてはいけないと診断されます。そのため、彼は仕事をやめますが、生活するために生活保障の申請をしなければなりませんでした。ところが、苦労して申請したものの、彼の申請はあっさりと却下されてしまいます。しかし、医者に働くなと言われていたため、たまたま仕事が見つかっても働けないという馬鹿げた状況にはまりこみます。なんという理不尽な制度!ついにダニエルは弁護士の助けを得て裁判に訴えることになります。
 しかし、その裁判の当日になって悲劇が・・・。
 主人公のダニエルを演じたコメディアンのデイヴ・ジョーンズはこの映画が初出演だったようですが、文句なしの演技です。どうみても、普通にいそうな頑固おやじそのもの。主演女優も、スター性がまったく感じられないおばさんっぽいごく普通の女性です。(失礼ですが・・)さらに映画に登場する貧困者支援所にいた人々はみなその施設を実際に利用している人々とのこと。どうりでリアルなはずです。こうしたリアルな日常を切り取る作業こそ、彼が50年間にわたり続けてきた仕事です。
 素晴らしいのは、彼の作品がただただ厳しい現実を見せつけるだけではなく、時には笑いがあり、時には感動があったり、人々の優しさにほっとできたりすることです。彼の作品は、メロドラマではあっても、そこに「悪人」は登場しません。人々はみな優しく一生懸命生きています。にもかかわらず、なぜ彼らは苦しまなければならないのか?
 それは、「悪人」ではなく政治が生み出してきた「システム」(政治、社会、経済、教育、宗教などの)がまったく人間的な心をもたない「冷たい」ものだからなのです。かつて、村上春樹は「エルサレム賞」受賞の際、こう語りました。

 壁はあまりに高く、強大に見えてわたしたちは希望を失いがちだ。しかし、わたしたち一人一人は、制度にはない、生きた精神を持っている。
 制度がわたしたちを利用し、増殖するのを許してはならない。制度がわたしたちをつくるのではなく、わたしたちが制度をつくったのだ。

村上春樹

<ダニエル最期の言葉>
 ダニエルは、裁判のための証言用に文章を残していました。

 私は依頼人でも顧客でも ユーザーでもない。
 怠け者でもたかり屋でも物乞いでも泥棒でもない
 国民保険番号でもなく エラー音でもない
 きちんと税金を払ってきた
 それを誇りに思っている。 
 地位の高い者には媚びないが隣人には手を貸す
 施しは要らない
 私はダニエル・ブレイク
 人間だ 犬ではない
 当たり前の権利を要求する
 敬意ある態度というものを
 私はダニエル・ブレイク
 一人の市民だ
 それ以上でも以下でもない


<参考>
「ヴァーサス/ケン・ローチ 映画と人生 The Life And Films of Ken Loach」
 2016年
(監)ルイーズ・オズモンド
(製)レベッカ・オブライエン

 彼には二面性がある
 とても上品で礼儀正しい人物と見られることが多い
 全く無害に見えるだろう
 牧師のお茶会にでもいそうだ
 だが実際はイギリス史上最も左翼的な映画監督だ
 紳士的だがな

現代映画史と代表作へ   映画スタッフ検索へ   トップページヘ