逆境を越え、イラン映画を世界に発信した巨匠


- アッバス・キアロスタミ Abbas Kiarostami -

<イランから世界へ>
 アッバス・キアロスタミ Abbas Kiarostami は、1940年6月22日イランの首都テヘランに生まれています。家が裕福ではなかったこともあり、交番の交通課で働きながらテヘラン大学の美術学部に通って勉強しています。
 1960年、広告会社に就職し、CMの映像やグラフィック・デザインを担当。
 1968年、友人に誘われて共同で児童青少年知育協会に映画の製作部門を創設。そこから多くの質の高い映画が生み出されることになり、イラン映画の質を向上させることになります。(1994年に活動は終了しています)
 1970年、彼自身も短編映画「パンと裏通り」で監督としてデビューし、その後は子供向けの教育映画を中心に撮りながら、一般向けの長編映画を撮り始めます。
 1979年に起きた「イラン革命」により、イランは急激な保守化が進みます。そのため、映像表現への検閲が厳しくなり、その対象とはなりにくい子供向けの映画を撮ることでなんとか映画を撮り続けます。こうして「友だちのうちはどこ?」(1987年)や「ホームワーク」(1989年)が生み出されることになりました。これらの作品では、子供役以外でも素人を採用し、演技なしの自然な演技を引き出すことに成功しています。それはある意味イラン版のネオ・リアリズモともいえる試みだったといえます。

「友だちのうちはどこ?」 1987年
(監)(脚)アッバス・キアロスタミ
(製)アリ・レザ・ザリン
(撮)ホマユン・パイヴァール
(出)ババク・アハマッドプール、アハマッド・アハマッドプール
 学校から間違って持ち帰ってしまった同級生のノートを届けるため、隣町の家を探しに行くという半日間のロード・ムーヴィー。ほんのわずかの旅でありながら、リアルで冒険心に溢れた初期の代表作。ジグザグ道3部作の一作目。
 すべてが素人の俳優陣の演技が素晴らしい!特に主人公の少年のあまりのトロさにイライラさせられますが、あれは演技か?彼の個性か?どちらにしても、監督の手腕は凄い!そんな彼の命が危険にさらされることに・・・・「そして人生はつづく」に続きます。
 実に素朴で単純なストーリーなのにそこには映像的、ドラマ的な仕掛けがあるのです。そこに描き込まれたイランの古い家族制度、教育制度にイライラさせられますが、当時、イラン国内ではそれが教育映画として通用していたようです。これは監督の計算ずくの仕掛けであり、告発手法の奥の手だったようです。縛りが多くても映画は撮れることの証明。でも、やはり自由に映画を撮れることの方が幸せなのも間違いない事実です。

 1987年、日本で初めて公開されたイラン映画ともなった「友だちのうちはどこ?」は、世界各国で高い評価を受け、彼の名前は世界中に知られることになりました。政治、宗教的に厳しい状況だったイランにおいて、彼は国内だけでは公開が困難だったような実験的な作品でも海外での高い評価のおかげで可能になっていました。これは実に幸いなことだったといえます。  


「クローズ・アップ」 1990年
(監)(脚)アッバス・キアロスタミ
(撮)アリ・レザ・ザリンダスト
(出)ホセイン・サブジアン、ハッサン・ファラズマンド、モフセン・マフマルバフ
 実際に起きた監督詐称事件を再現映像とドキュメンタリー部分を区別せずにまとめた実験的な作品。登場人物も実際の人物が演じていて、犯人になりすました監督はモフセ・マクマルバルが演じています。様々人々の映画への愛にあふれた作品。

「そして人生はつづく」 1992年
(監)(脚)アッバス・キアロスタミ
(撮)ホマユン・パイヴァール
(出)ファルハッド・ケラドマン、プーヤ・パイヴァール
カンヌ国際映画祭ロッセリーニ賞
「映画は私たちの夢なのだ。それは暗い人生に向かって時折開かれるひとつの窓なのだ」
アッバス・キアロスタミ

 1987年に「友だちのうちはどこ?」でロケを行った地域が1990年に起きた大地震で大きな被害を受けました。地震の後、キアロスタミ監督はカメラと共にロケ地を再訪。当時の出演者たちの消息を訪ね歩きます。こうして被災地を巡りながらドキュメンタリータッチの映画を完成させました。
 悲惨な地震の後でありながら、生き残った人々は次なる人生に向けて「これも神の思し召し」と前向きに生きています。瓦礫の合間から見える風景も美しく、崩れた建物の窓の向こうに見える丘の眺めなど、まるで絵画のようです。キアロスタミ監督は、あくまでも前向きに明るく被災者たちをカメラに収めています。
 「友だちのうちはどこ?」にも出演していたおじさん俳優が、撮影中、ここは実は自分の家ではないと暴露してしまうのには笑えました。単なるリアリズムに見える映像ですが、美しい画面の裏側にはやはりしっかりとした計算があるようです。
 地震当日、テレビではイタリアでワールドカップのブラジル対スコットランドの試合が行われていました。地震で家が壊れ、テントで暮らしているのにワールド・カップを見るためにテレビを復旧させようとする努力に驚き!でも、それが生きる喜びの一つになるなら、それはそれで素晴らしいことと考えるべきでしょう。
「そして人生はつづく」
 被災地を巡る主人公の車が山間の坂道を必死で登る姿はそのまま長く厳しい人生を表しているようです。その意味で、この作品はロード・ムーヴィーの傑作でもあります。
 この作品を観る前にやはり「友だちのうちはどこ?」を見ておいた方が良いと思います。  

「オリーブの林をぬけて」 1994年
(監)(製)(脚)アッバス・キアロスタミ
(撮)ホセイン・ジャファリアン、ファルハッド・サバ
(出)ホセイン・レザイ、モハマッド・アリ・シャバーズ、タヘレ・ラダニアン
 「そして人生はつづく」の撮影現場を映画化したドキュメンタリー映画のように見えますが、これもまた演出によるもの。その映画の中の1エピソードだった地震の翌日に結婚式を挙げた新婚カップルの逸話を基にしたラブ・ストーリーです。ほんのわずかなエピソードが、映画史に残る複雑な構造へと構築し直され、見る者を驚かせ、感動させます。
 映画の内容があまりにのどかなために、その構造の奥深さ、複雑さが見逃されてしまうかもしれません。でも、そう見ることも、それはそれで間違っていないのかもしれない?深読みはせず、素朴なカップルの純粋なラブ・ストーリーとして見るべきなのかもしれない、そんな気にもなりました。
 映画の中には「友だちのうちはどこ?」の主人公だった少年も登場し、「そして人生はつづく」の主人公だった監督や前述のカップルの場面も何度も何度も登場。2作品が様々な形でこの映画と入れ子構造をなしていて、目が離せなくなります。さらにいうと、後に映画監督としてデビューすることになる助監督のジャファール・パナヒも登場しているので、ご注意を!
 映画とは?リアルとは?愛とは?人生とは?多くのことを考えさせてくれる名作です。 
「友だちのいえはどこ?」、「そして人生はつづく」、「オリーブの林をぬけて」3部作がこれで完成。是非、続けて見てください!TUTAYAさんが、発掘良品コーナーに揃えてくれています。

「桜桃の味」 1997年
(監)(脚)アッバス・キアロスタミ
(撮)ホマユン・パイヴァール
(出)ホマユン・エルジディ、アブドルホセイン・バゲリ、アフシン・バクタリ
カンヌ国際映画祭パルムドール受賞 
 自殺を実行しようと決意した主人公が、自分の死体を埋めてもらうための助けを探す不思議なドラマです。最初はクルド系の軍人に断られ、次に戦乱が続いたアフガニスタンから来た出稼ぎ労働者とイスラム教の神学生に断られ、最後はトルコ人の剥製師のおじさんに決まります。いずれもイラン人ではない異邦人というのがミソ。
 そもそも主人公はどこまで自殺する気があったのか?そして、主人公は結局自殺を実行したのか?
 ラストには様々な疑問が残りますが、タイトルの「桜桃の味」が「生きる意味」を象徴しているように主人公はきっと「生きる」ことを選択したのでしょう。
 映画は、砂と土と岩からなる「不毛の世界」で展開しますが、ラストには緑の世界を背景に楽しそうな兵士と撮影クルーの映像が加えられています。ちょっと不思議な展開ですが、「生きる喜びに溢れた世界」に変わったことは間違いありません。
 シンプルかつリアルな作品でありながら、どこか神話のようなお話です。(そもそも主人公が何故自殺しなければならないのか?そこがまったく説明されないのも寓話的です) 

 1995年、彼が書いた脚本の「白い風船」(1995年)はジャファール・パナヒ監督によって映画化され、カンヌ国際映画祭で新人賞、国際批評家連盟賞をもたらしています。
 1999年、「風がふくまま」でヴェネチア国際映画祭審査員賞受賞します。

「風が吹くまま」 1999年
(監)(製)(脚)アッバス・キアロスタミ
(撮)マームード・カラリ
(出)ベ―ザード・ドーラーニ、ファルザド・ソラビ、バフマン・ゴバディ
 田舎の村で行われる葬式の珍しい儀式を撮影するため、密かに村に滞在するTVクルー。ところが死にそうだったお婆ちゃんがなかなか死なず撮影ができない状態に。
 イライラが募るディレクター・・・しかし、いつしかその村の美しさと優しい村人に癒され始めます。すると、彼の間の前で崩落事故が発生。駆け付けた医師との会話とその背景が最高の見せ場になっています。
「天国はもっと美しいって言うけれど、天国から戻って来て、天国が美しいかどうか教えてくれた人なんているかい?」
「僕はそんな素晴らしい(けれど当てにならない)約束なんかより、今の方がいいさ」

 風に揺れる麦の穂と向こう側に見える緩やかなカーブの山の姿が実に美しい風景です。  

 2003年、小津安二郎へのオマージュ作品「5five- 小津安二郎に捧げる-」

 彼は世界各国で映画作家のためのワークショップを開催するなど、次世代の作家育成のためにも貢献しています。 

「・・・いわゆる映画というものを知る前からわたしはすでにフィルムを知っていた。当時、わたしたち小学生はみんなフィルムの断片を集めてアルバムを作っていたのだ。ちょうど切手帖のように。わたしは俳優の名前も知らずにたくさんの男女の映像を手にしていた。・・・これらの映像 - その大部分が俳優のクローズアップだった - はわたしのアルバムにたどりつくまでに多くの人々の手を渡った。ただひとつ、切手帖とちがったのは、フィルムを見るためにはそれを光にかざさなければならないということだ。」
アッバス・キアロスタミ(1994年)

 2006年7月4日、パリで癌のため死去。享年76歳でした。

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