「地図になかった世界 The Known World」

- エドワード・P・ジョーンズ Edward P, Jones -

<驚きと感動の大河小説>
 このサイトでは、週に二、三冊のペースで読んだ本の中から、これはと思う作品をでご紹介させてもらっています。「さすがは名作!」と思うものや「もう古いかなあ?」と思うものなど様々ですが、「これはやるなあ!」と未知の作品に驚かされることはそうはありません。しかし、物語のスケールの大きさ、驚きと感動のラスト、生き生きとした人物の描写など、この作品にはいろいろな面で、驚かされ感動させられました。これは文句なしにお奨めの小説です。特に、アメリカの黒人音楽や文化に興味のある方には、是非読んでいただきたいと思います。
 ただし、この小説は、時間軸と語りの視点が頻繁に変わるため、読者は頭の中に自分なりの年表を準備しないとわかりずらいかもしれません。登場人物のリストが最初につけられているので、人物名を覚える必要はないかもしれませんが、それでも人物の相関関係が分かりづらいので、そのあたりも要注意です。とはいえ、物語の展開はスピーディーで、サスペンス小説のようにスリリングだったり激しい暴力描写があったり、感動的なホーム・ドラマでもあったりと、エピソードごとに異なるスタイルで読者を楽しませてくれます。
 黒人作家(映画、音楽も含め)たちによる人種差別に関する作品はどれも熱い思いが込められ、その重さに部外者である日本人の我々は圧倒されてしまいがちです。しかし、そうした過去の作品群に比べると1951年生まれの著者による2003年発表のこの小説は、ちょっと違う印象を覚えました。それは、この小説が黒人であることの重さから、少しだけ自由になっているのではないかということです。
 21世紀になって1850年代を振り返ったこの小説は、長い歳月が過ぎたことを感じさせると同時に、150年前のアメリカ草創期をおとぎ話の世界のように描くことで「歴史」としての小説というよりも、「物語」としての小説を感じさせます。史実に忠実なことよりも、物語性を重視したことでより面白い小説に仕上がっています。実際、著者は1850年代のヴァージニア州について膨大な資料を集めたものの、そのほとんどそれを読むことなくこの作品を書き上げたということです。

<二つの地図>
 この小説には二つの大きな地図が登場します。ひとつはドイツの実在の地理学者マルティン・ヴァルトゼーミュラーが描いた世界地図。この地図は、初めて「アメリカ」という地名が登場したことで知られています。(もちろんそれは実在の地図です)そこに描かれた南北アメリカの地図は不正確で、なおかつそこには「アメリカ」は国名として書かれていたわけではありませんでした。そして、その地図には「知られている世界 The Known World」とタイトルがつけられていて、それがこの小説の原題ともなっています。
 しかし、この小説最大の感動は、もうひとつの地図によりもたらされます。そして、その地図こそ、「The Known World」と呼ぶに相応しいものです。この小説は、その地図の解説書として書かれたのではないか?そう考えることも可能かもしれません。この小説の主人公ともいえるその地図は、アメリカ中東部ヴァージニア州のある一部にすぎまでんが、そこには当時のアメリカが凝縮され存在していました。

<処女地ヴァージニア>
 考えてみると「ヴァージニア=処女地」とは、まさにこの小説にぴったりの名前です。この小説の舞台として著者がその州を選んだことには、意味があるわけです。それはこの小説のテーマにこの土地がぴったりだったということです。ということで、先ずは「ヴァージニア州」とこの物語の時代背景について調べてみました。

 アメリカに最初に黒人奴隷がもたらされたのは、1619年のこと。それはあの有名な清教徒たち(ピルグリム・ファーザーズ)が乗るメイフラワー号がコッド岬に上陸する1年前のことです。アメリカにおける黒人奴隷の歴史は実はアメリカ建国の歴史よりも長いのです!(アメリカの独立は1776年ですからまだまだ先のことです)そして、その最初の奴隷たちが上陸した土地は、イギリス王室の直轄領となり、その名前はあのエリザベス女王にあやかってヴァージニアと名づけられました。(「処女王」からとられたのです)ヴァージニア州は、その意味で「アメリカの故郷」であると同時に黒人奴隷たちの「悲しき故郷」だったのです。
 さらにこの州は、イギリスが建設した最初の街、ジェームスタウンがある州であり、アメリカ最初の大統領ジョージ・ワシントンの出身地であり、白人と最初に結婚した先住民ポカホンタスの出身地でもあります。様々な意味で、そこはアメリカの原点なわけです。
 もうひとつこの小説にとって重要なのは、この土地がアメリカ南部の州の中で最北に位置しているということです。そのため、アメリカにおける黒人奴隷解放の動きは、この土地を境に南部と北部に分かれることになり、複雑な立場に州民は立たされることになりました。そして、北部へと逃亡する奴隷たちにとっては、そこが重要な中継地点ともなりました。
 1852年、ストー夫人の「アンクル・トムの小屋」が発表され、奴隷解放運動は白人層にも広がり始めます。1854年には奴隷廃止論者を中心とする共和党が設立され、それが一つの政治の流れとして発展してゆきます。
 そして、1855年、この小説の主人公である黒人奴隷を所有する自由国人のヘンリー・タウンゼンドがこの州のマンチェスター郡の自らの農場でこの世を去り、ここからこの小説の物語が始まります。

<あらすじ>
 ここでこの小説のあらすじを紹介しておきます。前述のとおり、この小説は時間軸をいったりきたりしながら進むので、ざっとあらすじを把握しておくのもいいかもしれないからです。(邪道かもしれませんので、ここは読まなくても良いので・・・)

 南北戦争を前にしたアメリカ中東部ヴァージニア州マンチェスター郡、そこで地元の名士として知られる白人農業主ウィリアム・オリンズは、多くの黒人奴隷を所有していました。その中でも、優秀な家具職人のオーガスタスは彼のお気に入りでした。そして、オーガスタスが自ら貯めたお金で自由の身になると、彼の独立を援助します。しかし、オーガスタスの息子ヘンリーはウィリアムの元に残されました。
 自分の息子のようにヘンリーをかわいがるウィリアムは、彼を黒人女性教師ファーン・エルストンのもとに通わせ教育を受けさせます。その後、ヘンリーはオーガスタスが稼いだお金により、自由を獲得し、農園主となり、カルドニアという女性と結婚します。しかし、一人で農園を管理するのが難しいと考えたヘンリーは、そのことをウィリアムに相談します。すると、彼は自分が手に入れたばかりの黒人奴隷モーゼスをヘンリーに購入させ、彼を使って農場の拡大を目指すように進言します。

「いいか、一軒の家とちょっとした土地だけで我慢するな。欲しいものは掴まえるんだ。ヘンリー、外に出れば、何にも持ってない白人の男たちがいる。もっと前に踏み出して、あいつらが持っていないものを手に入れたっていい。それのどこが悪い?神さまは天におられて、ほとんどの時間はこっちを気にしていないんだ。人生の秘訣はな、神さまが本当にこちらを気にかけているのがいつかを知って、必要なことはみんな神さまの背中でやることだ」

 そして、彼は黒人が奴隷を所有するからには、奴隷たちに対しては、主人として自覚を持って対応するよう厳命します。奴隷制は、黒人であるなしの問題ではなく法的な問題に過ぎないのだと彼は説明します。

「法律はおまえが奴隷の主人であることを守ってくれるはずだ。おまえを守ることになっても、法律が尻込みすることはない。その保護はここから始まり」、と言って今度は最初に指したところから一メートルほど離れた地点を指した。「だが法律は、おまえが何者であり奴隷が何者であるのかをわきまえていることを求めている。おまえが奴隷よりずっと黒い肌をしていたとしても関係ない。法律にはそこには見えない。おまえが主人だということ、法律が知りたいのはそれだけだ。・・・」

 ところが、せっかく自由の身にしてやったはずの息子が同じ黒人を奴隷として所有し始めたことを知ったオーガスタスは、息子との縁を切ってしまいます。こうして、ヘンリーの黒人農園主としての人生の再スタートが切られますが、その人生はあっさりと終わりを迎えてしまいます。彼は病に倒れ、妻のカルドニアを残してこの世を去ってしまったのです。
 新たな農園主となったカルドニアは、同じく黒人奴隷でありながら奴隷監督という立場に立たされたモーゼスを使うことで農園を切り回してゆきます。そんな彼女を助けてくれる数少ない身内。それは白人農園主ウィリアムが黒人の内縁の妻との間につくった黒人の姉弟ドーラとルイス、それと彼女の弟カルヴィンでした。
 しかし、彼らは彼女とはまったく別の生活を別の土地でしていたため、しだいに彼女は農園の中で孤立してゆきます。そして、農園の周辺で行方不明事件などが起き、白人保安官ジョン・スキフィントンは、その対応に追われることになります。
 カルドニアの農園と奴隷たちの運命は?

<黒人による奴隷所有>
 1855年時点、舞台となったマンチェスター郡には34世帯の自由黒人たちが暮らしていて、そのうちの8世帯が奴隷を所有していたという記録が残されています。
 黒人が奴隷を所有するとは驚きですが、当時の時代背景を考えれば、それほど不思議なことではないのかもしれません。この小説の登場人物である家庭教師ファーン・エルストンは、小説の中で記者のインタビューンにこう答えています。

「わたくしたちは皆、法律と神に許されたことだけをいたします。法律と神を信じる者はそれ以上のことはいたしません。そうでしょう、フレージャーさん?あなたは神と法律がお許しになる以上のことをなさるの?」
「しないように心がけていますよ、エルストンさん」
「ほらね、フレージャーさん。その点ではわたくしたちは同じです。わたくしは家族を所有したことなどありません。所有しただなんて人様に言ってはなりません。わたくしは、わたくしたちは、けっして所有などしておりません。わたくしたちが所有したのは・・・・・」。
 彼女はため息をついた。彼女の言葉は数秒後よりずっと乾いた喉をのぼってくるようだった。
「奴隷です。それはもう起きてしまったこと、わたくしたちがしたことです」。


 当時のアメリカにおいては、人種差別とは別に法律としての奴隷制度が存在しており、それは「人種」とは関わりのない「契約」にもとづく「法的関係」という別ものと考えていたということなのでしょう。その法律には人間は平等であり、その尊厳は守られるべきであるという発想がなかったわけです。(シェークスピアの「ベニスの商人」と同レベルだったということでしょうか)
 人種差別の原点は、実は「肌の色の違いからくる違和感」ではなく「奴隷制」という身分差別から始まったと言われています。逆にいうと「奴隷制」がなかった時代には、黒人は「肌の色」によって差別されるということはなかったのです。そう考えると、黒人が黒人を奴隷として所有するという行為は、法律という名のもとで常識の範囲内だったということかもしれません。これは「法律」が異常だったということなのですが・・・そのことに気づく人は少なかったということです。

<人と人との関係>
 人と人との関係がいかにもろく不条理なものか。この小説はその厳しい現実を描いています。しかし、それとは対照的に人と大地との関係について、この小説は愛情深く幸福なものとして描いています。そのことが、この小説を絶望感から救い、新たな土地へと旅立った人々の存在が明日への希望として描かれることになります。

・・・奴隷であれ自由の身であれ、彼はその地所で土を食べる唯一の男だった。奴隷の女たち、とりわけ身ごもっている女たちは、ある不可解な欲求から、玉葱パンや林檎パンや豚の脂肉からは摂取できない何かを体に取り入れるために土を食べた。彼が土を食べるのは、地力の強いところや弱いところを見つけるためであり、また食べることを通して、彼の小さな世界のなかで唯一、自分の命とほぼ同じくらい大切なものと結びつくことができるからだった。

<様々な視点からの物語>
 この小説のもうひとつ重要な特徴は、物語を語る視点が様々な人々の立場に移動しながら展開してゆくことです。そして、著者はどの視点に立つ人にも平等に愛情を注いでいることが感じられます。もちろん、白人たちの中には、差別に疑問を感じながらも自分ではどうすることもできずにいる優しい人もいました。しかし、彼らには、自分たちの思いを正直に語るための精神的なバックボーンのようなものがありませんでした。本当は、宗教や法律がその役目を果たすべきでしたが、当時は宗教も法律も奴隷制を支持していたのです。だからこそ、リンカーンの奴隷解放宣言は価値があり、逆に暗殺されるほど、白人層に衝撃を与えたということでもあるのでしょう。

「誰かがこういうことを言おうとしたときにな、黒んぼの側に立ってるなんてことを言われねえでも言える方法がなきゃいけないんだよ。人ってのは、何か・・・何か光みてえなものの下に立っていられるべきなんだ。なんの仕返しもなく、自分が知ってることを表にできるようなさ。そういうランタンみてえなものがなきゃいけないんだよ、ジョン。・・・」

<奴隷制終焉の歴史>
 架空の土地を舞台にした小さな奴隷農場の歴史は、そのままアメリカにおける奴隷制度の終焉の物語とも言えます。そこで死んだ人、そこから逃亡した人、そこから出られなかった人、そこを守り続けた人・・・その土地に関わったすべての人々の記憶は巨大な一枚の地図に収められ、見る側に永遠にその記憶から生まれた物語を語り続けるのかもしれません。
 アメリカの歴史に興味のある方に是非読んでもらいたい小説です。そこには「奴隷制」という過去の犯罪行為を生んだアメリカの精神性が21世紀アメリカの問題点も未だに影響を与え続けていることがしっかりと描かれています。

 黒人が奴隷を所有していたという事実の他にも、この小説には驚くような当時の現実が紹介されています。
(1)逃亡奴隷を罰するため、出血多量で死なない程度に耳を切り落とすプロの耳そぎ屋がいた!
(2)自由黒人を誘拐して、それを奴隷として売り払うグループが存在し、それが窃盗犯としか処分されていなかった!
(3)この物語のもとになった現在の芸能誌や写真誌にあたるゴシップ・ネタを売りにする小冊子が存在した! 

「地図になかった世界 The Known World」 2003年
(著)エドワード・P・ジョーンズ Edward P.Jones
(訳)小澤英実
白水社

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