「誰も知らない」

- 是枝裕和 Koreeda Hirokazu -

<幸運な受賞>
 主演の柳楽優弥がカンヌ映画祭で史上最年少の主演男優賞を受賞するという快挙を成し遂げなければ、この映画を見た人はそう多くはなかったでしょう。この映画は、その点では幸運に恵まれた作品といえると思います。
 実際に1988年に東京の西巣鴨で起きた子供置き去り事件をモデルとした悲劇は、題材が重すぎて普通なら映画化されないはずです。もちろん、監督自身、この映画をヒットさせようとは思ってはいなかったと思います。たぶん僕もこの映画を見るまで、是枝監督の存在を知らず、カンヌの受賞がなければ見ることはなかったでしょう。(それもレンタルDVDでやっと見たのですが・・・)事件の悲劇的な結末を知っているだけに、正直見始めるのもちょっと気が重い感じでした。
 ただし、まだ見ていない方は、そんなに気合を入れなくても大丈夫だと思います。見始めると、最後まで目が離せなくなるはずです。それに驚くことに、この映画はけっして後味が悪くないのです。なぜ、そんな悲惨な結末を迎えながらも、生きることに対する希望を感じるのか?
 少なくとも、是枝監督が、この映画を撮りながら「人生はそれでもやっぱり生きるに値する!」という思いや願いをこめていることは確かです。

<是枝裕和>
 是枝裕和は、1962年6月6日東京生まれです。1987年に早稲田大学の文学部を卒業した彼は、テレビ番組の制作会社テレビマン・ユニオンに入社。「ニュース・ステーション」などの制作で知られるこの会社でドキュメンタリー番組を演出し始めます。この時代に演出した番組「しかし・・・福祉切り捨ての時代に」では、1991年のギャラクシー優秀作品賞を受賞するなど、ドキュメンタリー番組の世界で高い評価を得ました。テレビ界で一時代を築いたテレビマン・ユニオンはその後、映画の製作にも乗り出し、それを機に彼に映画を監督するチャンスが巡ってきました。

「幻の光」 1995年
(監)是枝裕和
(企)(プロ)合津直枝
(原)宮本輝
(脚)荻田芳久
(撮)中堀正夫
(音)チェン・ミンジャン
(出)江角マキコ、内藤剛司、浅野忠信、木内みどり、柄本明、赤井英和、寺田農、大杉蓮

 少女時代に祖母の家出を止められなかったことを思い悩み続けている主人公のゆみ子は、大人になり結婚。夫と息子とともに暮らしていましたが、ある日突然、夫が自殺してしまいます。再び身内の悲劇に責任を感じることになった彼女は、奥能登の小さな村に住む民雄と再婚しますが、・・・・・。

 監督デビュー作となたこの作品で、彼はいきなりベネチア映画祭の金のオゼッラ賞(脚本賞)をはじめ、バンクーバー国際映画祭のドラゴン&タイガーヤングシネマ賞(新人賞グランプリ) 、シカゴ国際映画祭のグランプリ(ゴールドヒューゴ賞)ジョルジュ・サドゥール賞の審査員特別賞などを獲得。一躍国内を飛び越えて海外で注目を集める監督となりました。

「ワンダフルライフ」 1999年
(監)(脚)(編)是枝裕和
(撮)山崎裕
(音)笠松泰洋
(出)ARATA、小田エリカ、内藤剛司、谷啓、伊勢谷友介、由利徹、木村多江、山口美也子、阿部サダヲ、白川和子、香川京子

 死んだ後、天国に行く前の7日間に死者の思い出を一つだけ選び出し、それを撮影して最後に上映会を開き、それをもって天国に旅立たせる。そんな不思議な施設に来た死者とそのスタッフの物語。彼らは死ぬ前の最後の思い出として何を選ぶのか?「死」を見つめなおすことで「生」の素晴らしさを描いた人生賛歌!

 この作品もまたナント三大陸映画祭でグランプリを獲得しています。

「DISTANCE/ ディスタンス」 2001年
(監)(脚)(編)是枝裕和
(撮)山崎裕
(出)ARATA、伊勢谷友介、寺島進、夏川結衣、浅野忠信、りょう、遠藤憲一、津田寛治、木村多江
 オウム真理教による地下鉄サリン事件をモデルに、ある新興宗教による大量殺人事件の被害者家族と元信者との偶然の出会いを描いた異色作。この作品はカンヌ映画祭に正式出品作に選ばれました。

 そして、2004年、「誰も知らない」が再びカンヌ映画祭に正式出品され、見事に柳楽優弥が主演男優賞を受賞。一気に彼の名は世界中に知られることになりました。
「誰も知らない」 2004年
(監)(プロ)(脚)(編)是枝裕和
(撮)山崎裕
(音)ゴンチチ
(出)柳楽優弥、北浦愛、木村飛影、韓英恵、YOU、串田和美、加瀬亮、平泉成、木村祐一

 ドキュメンタリー映画出身の監督らしくディティールにこだわる彼は、この映画の撮影の際、物語の季節変化にこだわり、あえて物語の進行に合わせて撮影行い、そのために撮影だけで一年を要したといいます。
 この映画の脚本の初稿を書き上げてから最終稿まで15年という歳月が流れるほど、じっくりとディテールが描きこまれましたが、撮影が始まるとその後は、俳優たちのアドリブも採用され、ごくごく自然な演技が展開されました。彼ら俳優たちは、スタッフも含めて一年かけてじっくりと家庭を築け上げたといえます。
 音楽を担当したゴンチチが演奏する優しいギターの音色も重いはずの映画に明るさと優しさを与え、観客に希望を与えています。

 考えてみると、「ワンダフルライフ」は、死んだ人間が自らの人生を振り返り、思い残すことなく「天国」へと旅立つ過程を描いていました。そこでは、「死」すらもまた新たな旅立ちとして前向きに捕らえれていました。
 2008年の「歩いても歩いても」は、長男の命日に集まった家族がすごした一日を淡々と描いた作品で、いつもよりはずっと軽い内容になっていましたが、なにげない家族の対話から見えてくる彼らの歴史に観客は思わず自分の家族のことを重ねて見てしまうはずです。

 もうひとつ彼の仕事として忘れてならないのは、新たな才能の発掘と育成に関わるものです。伊勢谷友介の初監督作品「カクト」(2002年)や西川美和の「蛇イチゴ」(2003年)、「ゆれる」(2006年)、海南友子のドキュメンタリー映画「ビューティフルアイランズ」(2009年)など、彼が育てた監督たちのその後の活躍も楽しみです。
 世の中における様々な問題を目をそらすことなく真正面から描き出しながら、そこに明日への希望を見出す。そんな今の日本に最も求められている作業を続けている数少ない監督はそれでも自らの分身を着実に増やしつつあります。

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