もうひとつの世界から帰った男


「コウモリの見た夢 The Reluctant Fundamentalist」

- モーシン・ハミッド Mohsin Hamid -
<不気味な小説>
 世界の崩壊に向かう止めようのない変化が続く21世紀の今。そんな中、心の崩壊をもたらしつつある悲劇的な恋。主人公が体験した二つの悲劇を、自らが淡々と語ります。話が進む中で、何かが起きそうな緊張感がしだいに高まります。殺人、爆弾テロ、戦争、誘拐、暴力、犯罪・・・どれが起きても不思議ではない雰囲気です。
 ただし、緊張感を生み出す主人公は、けっして過激な宗教家ではなく、彼の周囲の人々も差別主義者ではなく、良い人ばかりです。たぶん、主人公さえ我慢を続けていれば、平和なまま時は過ぎていったかもしれません。そう考えると、この小説にはイライラさせられるかもしれません。それが普通の感覚といえます。
 あなたはこの小説を読んで主人公にどこまで感情移入できるでしょうか?この作品は、あなたの現代社会に対するアウトサイダー度を計る試金石ともなりそうです。

 こうした紛争をつないでいくと、一本の糸が浮かび上がってきます。対テロ戦争という名の下でアメリカの国益を共有する集団のために事態が進展していたんです。テロリズムとは、兵士の制服を着ていない殺戮者による、組織的かつ政治的な動機を持った殺戮、と定義されていました。人類にとってこれが唯一の最重要課題であるなら、そうした殺戮者が暮らす国に住む僕たちの命には巻き添えで死ぬ以上の価値がないということになる、と僕は思い至りました。こうすれば、アメリカはアフガニスタンとイラクにおいてあれほど多くの死者をもたらしても正当化できるし、多数の命を犠牲にしてもインドを巧みに使ってパキスタンに圧力を掛けることも正当化できるんだ、と僕は論理的に結論づけました。

<パキスタンのジレンマ>
 9・11同時多発テロ事件以後、主人公であり著者の母国パキスタンは、微妙な立場に置かれていました。イスラム教の国ということで、国民の反米感情は高いのですが、政治的にはアメリカとの関係を重視していました。その理由は、パキスタンはヒンドゥー教の国インドから宗教的な問題で分離独立して以後、常に敵対関係にありました。何度もインドとの戦闘状態になっていたため、対インドのための軍事力を同盟国であるアメリカに頼らざるを得なかったわけです。
 逆にアメリカにとっては、イスラム過激派が集まり紛争が絶えないアフガニスタンを抑え込むためにパキスタンは重要な前線基地となっていました。そのため、アメリカはパキスタン政府とは友好関係を保っておきたかったはずです。国民感情的にお互いに嫌悪し合う国でありながら友好関係を保つだけに、そこにはねじれた感情が潜んでいたといえます。
 思えば、こうしたねじれた感情こそ、「戦争」ではなく「テロ」を生み出す最大の原因なのかもしれません。

<著者、モーシン・ハミッド>
 この小説の著者モーシン・ハミッド Mohsin Hamid は、1971年にパキスタンの古都ラホールに生まれています。父親は大学教授で、父親がアメリカのスタンフォード大学に留学したため、彼は3歳から9歳までサンフランシスコで過ごしました。その後、彼は18歳になってアメリカにもどり超名門のプリンストン大学に入学し、なんと首席で卒業したそうです。(天才中の天才や!)この頃、彼はプリンストンでジョイス・キャロル・オーツやトニ・モリスンなどの作家から直接、創作の指導を受けたといいます。
 卒業後、一度パキスタンにもどりますが、23歳の時、彼は再びアメリカにもどり、ボストンのハーバードロースクールに入学。26歳で卒業すると彼はニューヨークの世界的な経営コンサルティング会社、マッキンゼーに入社。企業向けの経営コンサルタントとして働き始めます。まさにエリート中のエリートです。
 この小説の主人公と違うのは、この後、彼は毎年3か月の有休休暇をもらい執筆活動を行い、30歳になって仕事を辞めロンドンに移住。専業作家となったことです。2000年発表の処女作「Moth Smoke」は、1990年代のパキスタンを舞台として小説でパキスタンとインド両方でベストセラーとなりました。
 彼のこの小説の第一稿を2001年の7月に書き上げていたそうです。しかし、9月にあの同時多発テロ事件が起きてしまい、そのまま発表するわけにはいかないと判断した彼は大幅な書き直しを行い、それから6年の歳月をかけてこの作品を完成させました。

・・・アメリカは前を見ている国だ、という思いが僕にはずっとありました。だからアメリカが後ろを向く決意をしたことに、僕はかつてない衝撃を受けていました。ニューヨークの生活は、突如として、第二次世界大戦当時を描いた映画の中の生活のようになっていました。外国人である僕は、テクニカラーではなくざらついて白黒で観られるべきセットの中で、周りを見つめているような気がしました。・・・

<構成の工夫>
 ただ単にパキスタン人から見たアメリカ社会への批判を描くのではなく、それを一人のイスラム教の青年による独り語りだけで表現するという構成が利いています。読者は著者から物語を聞かされるようにして小説世界に引き込まれ、アメリカナイズされていたはずの青年が少しづつイスラム原理主義の世界へと向かうのを見守ることになります。このなすすべのない心の変化は、主人公の恋人の心が崩壊して行く様ともリンクしているようです。
 作品の中でも言及されている小説、「華麗なるギャツビー」(スコット・フィッツジェラルド)と「闇の奥」(ジョセフ・コンラッド)との類似性も気になります。「華麗なるギャツビー」のヒロイン、デイジーのあまりにももろ過ぎる心。そして、そんな彼女を愛し続ける主人公ギャツビーの無垢な愛情とその悲劇的な結末。
 「闇の奥」のクルツは、ラスト近くになり、夜の闇の中で語る主人公と重なります。ラホールの闇が「地獄の黙示録」のクルツ(マーロン・ブランド)が密かに闇と不気味に重なって感じられます。アメリカ軍の優秀な軍人が混沌としたジャングルの奥地で反アメリカ、反西欧文明の世界を作り上げたように、主人公もまたイスラム原理主義に基ずく反アメリカの世界を構築しようとしています。アメリカが自国の文化を強要すればするほど、この動きは強まるだろう。そんな強烈な主張が突き付けられています。

<あらすじ>
 パキスタンの古都ラホールを訪れていたアメリカ人が街の喫茶店でパキスタン人青年チャンゲーズから話しかけられます。ラホール生まれの彼は、アメリカで名門のプリンストン大学に入学し、そこを首席で卒業後、ニューヨークの超一流コンサルティング会社に入社。アメリカ経済の頂点に位置する企業で活躍し始めます。しかし、そんな恵まれた人生を歩む彼の人生を狂わせるでき事が起きます。2001年の同時多発テロ事件です。事件の衝撃は、イスラム系のアメリカ人である彼に様々な影響を与えることになります。そのうえ、彼のアメリカ人の恋人が事件をきっかけに精神を崩壊させて行くことになりました。
 いつしか彼自身もパキスタンの政情不安やイスラム社会に対するアメリカ人の差別と偏見により、少しずつ投資家(ファンダメンタリスト)としての自分に疑問を感じるようになります。ついには仕事を辞め、アメリカを捨てて故国パキスタンにもどる道を選択します。
 大学でファンダメンタリスト(原理主義者)として著者たちにアメリカを止めるための授業を行い始めます。

・・・正直に言えば、今まであなたにお話をしてきた出来事の細部の多くも、今では思い出せないんです。でも、事の次第には間違いありません。僕は結局のところ、あなたに一つの歴史をお話ししているわけで、歴史というのは、おそらくアメリカ人であるあなたもご承知のように、それを語る者の語り方が物を言うのであって、細部の正確さは、さして重要ではないんです。・・・

「コウモリの見た夢 The Reluctant Fundamentalist」 2007年
(著)モーシン・ハミッド Mohsin Hamid
(訳)川上純子
武田ランダムハウス・ジャパン

 この小説は映画化もされています。日本未公開で未見ですが・・・内容は結構かわっているようです。
「ミッシング・ポイント The Reluctant Fundamentalist」 2012年
(監)ミ―ラー・ナーイル
(脚)ウィリアム・ウィーラー
(撮)デクライン・クイン
(出)リズ・アーメッド、リーヴ・シュレイバー、ケイト・ハドソン、キーファー・サザーランド

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