「凶悪」
- 白石和彌、山田孝之、新潮45編集部 -
<凶悪な映画の魅力とは?>
重くて暗くて残虐なシーンばかりの犯罪映画をなぜ人は見たがるのでしょう?
正直、僕は積極的にゾンビ映画を観たいとは思わないし、スプラッタ映画も観たいとは思いません。なので凶悪な殺人事件をリアルに描いたというこの映画を観るのも、気が進まない部分がありました。でも、見始めたら一気に引き込まれました。それはなぜなのでしょう?
考えてみると、なぜ人は「ロミオとジュリエット」や「タイタニック」など、主人公の死で終わるとわかっている作品に魅力を感じるのでしょう?
それは単に人の不幸が蜜の味だからでしょうか?
多くの人がこの映画に引き込まれるのは、怖いもの見たさからでしょうか?その疑問について考えながら、この映画を観ていました。
<実録犯罪映画>
この映画は、実際に1999年ごろに起きた殺人事件「茨城上申書殺人事件」をもとにしています。そして、あくまでもフィクションとして製作されています。とはいえ、この映画では実際の事件をほぼ忠実に再現しているようです。
(1)石岡市で起きた「先生」によるネクタイによる絞殺と焼却炉による死体の焼却処分
(2)北茨城で起きた高齢者の生き埋め事件と土地の転売詐欺
(3)日立市で起きたウォッカによる偽装殺人と保険金詐欺
ただし、これらの事件を新潮社の調査記事に基づいて再現しただけなら、この映画は安っぽいテレビのドキュメンタリー風映画にしかならなかったでしょう。この映画が成功した最大のポイントは、事件を忠実に描く中に、事件を調査する記者の視点を導入したことにあります。「事件」がどんなに凶悪で暴力的で異常なものだったとしても、それを見つめる人間の心が揺れ動かなければ、映画を観る観客の心を揺れ動かすことはできない。そのことを強く意識させる作品です。
オープニングから始まる残虐な一連のショッキングな事件映像と同じ事件を記者が明らかにしてから改めて見せる映像。この構造によって、観客は無意識のうちに事件の謎を解こうと思うことになります。上手い作りです。
<凶悪な心>
あなたはこの映画であまりに残虐な殺人や死体処理作業を観て気分が悪くなるかもしれません。でも、人間は慣れるものです。殺人犯の告白を聴いているうちに、あなたもいつの間にか笑っているかもしれません。これは少々不気味な体験です。(須藤が新たな殺人を告白しながら、「あれ、これって先生と関係ないか!」と笑う場面は実に可笑しい)
あくまでもクールにリアルにドライに事件を再現することで、人はそれぞれの感じ方でビビったり、笑ったり、不気味に感じたりすることが可能になったのです。以外なのは、主人公である記者の強過ぎる正義感にあなたは違和感を覚えるかもしれません。(主人公の家庭環境がその気持ちを強める効果を発揮します)そしてラスト・シーンでその違和感が何かを「先生」が示してくれます。
真面目過ぎる主人公への共感よりも、「先生」の興味本位の殺人参加や「須藤」の単純素朴で昔気質の暴力に共感を覚える人もいるかもしれません。それは全然おかしくない感覚です。この映画が観客の気分を不快にさせるのはそのせいかもしれません。
でもそんな不快な気分になるために、なぜ人はお金を払うのでしょうか?
リアルなスプラッタ映画として怖いもの見たさからなのでしょうか?
それは、自らの心の奥底に潜む闇の部分を覗き見したいからなのでしょうか?
他人の死を見ることで、自らの生を確認したいのでしょうか?
一つ言えるのは、この映画を観ることで、観客は自分と「凶悪犯」との違いがあいまいになることかもしれません。
特に、認知症が悪化した母親を施設に入所させることになる主人公とその母親を殴ってしまったと告白する妻の心にみえてくる薄っすらとした憎しみの心が、保険金を賭けて父親の殺人を依頼した家族とどれほど違うのか?なんとも微妙なところです。
<リアリズム演出>
この作品の優れているところは、「凶悪」事件の詳細をけっしてエログロのスプラッタ映画にせず、だからといって暴力描写を自主規制するわけでもないギリギリのバランスを上手くとっているところにもあります。
そして、よりリアルに見せるために見事な演技を見せてくれる俳優陣の活躍も見逃せません。それぞれの暴力の質の違いが際立っています。
「先生」ことリリー・フランキーの「冷たく狂った遊び半分の暴力」
「死刑囚」ピエール瀧の「怒りに満ちた本気の暴力」
「記者」を演じる山田孝之の「強すぎる正義感が生み出した心の暴力」
「保険金殺人」を依頼した妻を演じた白川和子の「静かで不気味な暴力」
「認知症」の母親を演じた吉村実子の「かわいいのに怖い女の暴力」
「介護に疲れた嫁」を演じた池脇千鶴の「ささやかな苦渋に満ちた暴力」
やつれ果てた白川和子とふくよかな吉村実子、クールなリリー・フランキーと熱いピエール瀧の対比がまた上手い。
<山田孝之>
これだけ重い内容ながら、撮影現場はリリーさんとピエール瀧によって、意外なほど明るいものだったんでしょうね。でも、そんな中でスタジオの隅で山田孝之だけはストイックに脚本に見入っていたのではないかと思うのですが・・・。
思えば、この映画が公開された後、2014年に主演の山田孝之は山下敦弘監督の映画「己斬り」の撮影中、突然、自分の演技に自信を失い俳優を休業すると宣言することになります。そして、10年間の休業に入り、自らの生き方を見直すために自分が感動した漫画の舞台、「赤羽」に住んで自分を見つめ直すという作業を始めます。そうして生まれたのが、不思議なテレビ・ドキュメンタリー「山田孝之の東京北区赤羽」(2015年1月~)でした。どうやら休業宣言も、そのドキュメンタリーのための仕掛けだったようですが、とはいえ、彼が自分の演技について思い悩んでいたのは確かだったのではないか?そんな気はします。そのきっかけの一つは、「凶悪」への出演だったのかもしれません。そのぐらい、この映画は俳優としての彼に強い影響を残したのではないかと思うのです・・・。
どんな役柄でもカメレオンのようにこなせるリリー・フランキーやピエール瀧のような天才肌の俳優に対して、山田君はとことん真面目に役柄にのめり込むタイプの俳優だと思います。それだけに「凶悪」のような映画は彼になんらかの影響を残したのではないかと思うのです・・・。でも、そんな直球勝負の俳優として彼には今後も活躍してほしいと思います。
ひげが似合う俳優ナンバー1の山田孝之は、思えば、同じひげが似合う俳優として世界的大スターとなった三船敏郎と似ています。もしかすると、その生真面目さも世界の三船と似ているのかもしれません。
彼の今後の活躍を期待します。(山田君、朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」の頃から応援していますよ!)
「凶悪」 2013年
(監)(脚)白石和彌
(脚)高橋泉
(原)清朝5編集部「凶悪 - ある死刑囚の告白」
(撮)今井孝博
(音)安川午朗
(出)山田孝之、ピエール瀧、リリー・フランキー、池脇千鶴、白川和子、吉村実子、小林且弥、米村亮太郎、斉藤悠
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