「最後にして最初の人類 Last and First Men」

- オラフ・ステープルドン Olaf Stapledon -

<伝説的SF小説>
 1930年代から1940年代にかけて、二度の世界大戦の混乱の中、今や伝説的SFと呼ばれる作品「スター・メイカー」(1937年)、「オッド・ジョン」(1935年)、「シリウス」(1944年)、そして本作を発表したオラフ・ステープルドンは数多いSF作家の中でも異色中の異色といえる存在です。
 この本の翻訳者は解説の中で彼のことを「科学時代の幻視者」と呼んでいますが、これは見事な表現だと思います。彼は自らこの作品は予言の書ではなく神話であると宣言しているのですが、確かに本書はSFと呼ぶにはスケールが大きすぎる内容です。

「・・・この本の目的は単に芸術として言祝ぐべき絵空事を創造しようというのではない。成し遂げなくてはならないのは、ただの歴史でもなければ絵空事でもない。神話なのである。まことの神話とは、ある一定の文化(現存しようが消滅していようが)の宇宙のなかにあって、その文化のなかでこそ可能となる最上級の賛美を、豊かに、そしておそらく多くの場合悲劇的に表現するような神話である。・・・」

 SF(空想科学)小説とは、現実の世界がどう変わってゆくかを「科学」の分野を中心に予測し、それによって、時には未来への警鐘を鳴らし、時には現状の変革を求める、20世紀に発展した文学の一ジャンルです。しかし、幻視者である作者が生み出した本書はそうした未来予測が可能な範囲をはるかに越えた時代まで描き出しており、ファンタジーもしくは神話と呼ぶべき存在だといえます。
 どれだけスケールが大きい物語なのかを、「目次」と簡単な「あらすじ」からみてみましょう。

<あらすじ>
<第一章 分裂したヨーロッパ>
<第二章 ヨーロッパの没落>

 ここでは、ヨーロッパにおける英仏戦争、露独戦争などによって、ヨーロッパが崩壊し、新興国のアメリカによって支配されるまでが描かれています。

<第三章 アメリカと中国>
 ヨーロッパを支配したアメリカに対し、アジア圏の国々の中から中国がその対抗馬として浮上。日本やアフリカ諸国とともに二大勢力圏を確立します。

<第四章 アメリカと化した惑星>西暦2500年ごろ
 中国などの反対勢力を倒したアメリカはついに世界国家を設立します。(第一次世界国家)
 しかし、石油、石炭の枯渇をきっかけに世界は暗黒時代に突入。戦争と毒ガス兵器の使用がその崩壊を早めます。

<第五章 第一期人類の凋落>現在から10000年後
 エネルギー源を失った人類は、その文明を失い、いっきに過去へと退行してしまいます。そんな中、南米のパタゴニア地方で生き延びた人々が少しずつ文明を再興させ禁断のエネルギーとして封印されていた物質の元素からエネルギーを得る方法を実用化させます。(核エネルギー)
 しかし、その使用法を誤ったことで巨大な爆発が起き地上のほとんどの生命が失われてしまいます。生き残った人類は北極探査船に乗っていた隊員35名だけでした。

<第六章 過渡期>
 35人だけになった人類は生きてゆける土地をさがしながら航海を続けます。途中で二手に別れた一行のうちヨーロッパに着いた人々はそのまま野生化し、類人猿へと退化してしまいます。しかし、もう一方のグループの子孫はアジアへとたどり着き、そこで長い年月をかけて再び文明を築き上げ始めます。

<第七章 第二期人類の興隆>
 新たな人類(第二期人類)はそれまでの人類よりも巨大化し、寿命も200歳近くにまでのびていました。彼らはアフリカで出会った猿族を滅ぼしたり、かつての人類が残した古代の書物を発見したりしながら新たな文明社会を築き上げてゆきます。

<第八章 火星人>現在から1000万年後
 雲とゼリーの中間のような身体をもちテレパシーによって精神的につながりもつ集団生命体である火星人が地球に襲来。ダイヤモンドを崇める彼らは地球人がダイヤモンドを奴隷化していると考え、攻撃を仕掛けてきます。

<第九章 地球と火星>
 火星人はダイヤモンドの解放と水を奪うために何度となくちきゅうを攻撃しますが、人類は強力な電磁波によって彼らを倒す方法を発見。ついに火星人の滅ぼしてしまいます。しかし、火星人の体内に潜んでいたウィルスによって人類もまた致命的な被害をこうむることになります。

<第十章 荒野の第三期人類>
 第二期人類の一部で北大西洋の島に住んでいた人々が特殊な進化を遂げることで、かろうじて生き残り、第三期人類としての道を歩み始めます。文明のほとんどを失った彼らは狩人として生きながら新たな社会を築き上げ始めます。それでも長い年月を経て彼らは再び新たな文明社会を作り上げ、「科学」をよみがえらせます。

<第十一章 人間の自己改造>
 第三期人類は黄金時代を迎えますが、その中にさらなる人間の完成を目指す動きが生まれます。彼らは「超脳」と呼ばれるより高度な脳を生み出すための研究を進めてゆきます。こうして、誕生した「巨大脳」は宇宙全体の探査や過去の研究、さらに核エネルギーの利用方法も復活させてしまいます。
 かつて火星人がもっていたテレパシー能力をもつ脳が開発され、脳だけからなる第四期人類が誕生しました。社会システムのすべてを制御していた「巨大脳人類=第四期人類」によって支配される側になった第三期人類は反乱を起こしますが、逆に絶滅させられてしまいます。しかし、唯一の人類となった第四期人類もまた自分たちの限界に気づきます。それが、肉体や原始的な脳を持たないことからくることに気づいた彼らは過去の人類がもっていた肉体と火星人がもっていたテレパシー能力をもつ第五期人類を生み出します。

<第十二章 最後の地球人>現在から5億年後
 黄金時代を迎えた第五期人類は自らの記憶をさかのぼることで過去へと旅する方法を発見します。しかし、そうした過去への旅は過去の悲劇を追体験する旅でもあり、彼らはそのおかげで精神的に暗い存在へと変わって行くことになりました。ところが、そうした精神的な悩みを吹き飛ばす事件が起こります。それは月の軌道が突然変わり地球に近づきつつあることがわかったのです。このままでは月は地球の引力によって破壊され、地球にはその破片が大量に降りかかり、生命の多くは死滅の危機に瀕するはず。
 こうして、人類はついに地球という惑星を捨て別の惑星へと旅立つことになり、その行く先として金星が選ばれることになります。

<第十三章 金星の人類>
 地球とはまったく異なる環境を改造しながら人類は金星での生活を始めます。そして、その地に順応した第六期人類が誕生することになります。彼らはさらなる進化の道を求め、空を飛ぶ能力をもつ新たな種である第七期人類を生み出します。
 飛ぶことを生きがいとする第七期人類もまた黄金時代を築きますが、その中で飛ぶ能力を持たない奇形人類は地上で自分の文明を築き、飛行装置まで開発。ついには戦争のすえ第七期人類を絶滅へと追いやることになります。
 そして、彼らはより優秀な第八期人類へと進化します。ところが彼らは太陽が変化し、白色矮星になりつつあることを発見。そうなれば金星には生物が住めなくなるため、新たな移住先として海王星に向かうことになります。

<第十四章 海王星>現在から10億年後
 海王星の環境に適応するため人類は第九期人類へと自らを改造してゆきます。ところが、彼らは海王星で生きてゆくことができませんでした。それでも、知能を失い退化してしまった一部の種だけがかろうじて生き延びることができました。そして、そこから再び人類の長い進化の歴史が始まります。

<第十五章 最後の人類>現在から15億年後
 海王星で生き続けた人類は、その後第十八期人類にまで進化。彼らは宇宙の真理を「音楽」と考える芸術を愛する人類となり、その本質に迫ろうと新たな覚醒を目指します。

<第十六章 人間の最後>現在から20億年後以降
 太陽は白色矮星の段階となり、さらに星の終わりに近づいてきたため、太陽系で生物が生きることは不可能な時が確実に迫りつつありました。最後を迎えつつある人類は、移住の道をあきらめ、最後の時を迎えつつ、人類の種子となる物質をつくり、それを終末の時に宇宙へと蒔く準備を進めます。
 こうして、人類の20億年を越える長い旅が終わることになります。

<時代を先取りした多彩なテーマ>
 こうしてストーリーの概要だけみても、この作品のスケールの大きさはわかると思います。当時すでに発表されていたH・G・ウェルズの「宇宙戦争」(1898年)、「タイムマシン」(1895年)、「モロー博士の島」(1896年)ではそれぞれ「異星人との戦争」、「時間旅行」、「人体改造」が描かれていましたが、それらのテーマはすべてこの作品に登場しています。(ただし、ステープルドンはこれらの本を読んではいなかったそうえすが)その他にも、「他の惑星への移住」「太陽の崩壊」「月との衝突」「巨大コンピューター」「エネルギー資源の枯渇」「核兵器による人類の滅亡」「超能力の利用」などなど、まだ1930年という時代にこれだけのアイデアが盛り込まれていたことは驚きです。
 ノストラダムスの大予言よりも、よほど具体的な予言の書といえるでしょう。なぜ科学者でもない人物が、これだけの知識と予言を一冊の書物に収めることができたのでしょう?この本の作者オラフ・ステープルドンとはいかなる人物だったのでしょうか?

<オラフ・ステープルドン>
 オラフ・ステープルドン Olaf Stapledon は、1886年5月10日イギリスの港町リバプールに生まれています。父親は当時世界的な貿易港だったリバプールでも有数の海運会社の経営者で、彼の名前「オラフ」は北欧神話に登場する王の名からつけられたそうです。生まれてすぐに家族とともにエジプトに渡った彼は6歳までそこで育ちました。しかし、エジプトでの生活に耐え切れなくなった母親が彼を連れてイギリスに帰ったため、その後15歳になるまで彼は大好きだった父親のいない家庭で育てられることになります。
 父親がいないこともあり母親から異常なまでの愛情を注がれた彼は成績優秀な模範生として学生生活を送ります。そして、親に反抗することもなく、放蕩することもなく、平穏無事な人生を歩んでゆくことになります。
 1905年、オックスフォード大学に入学した彼は近代史を専攻。科学の分野にも興味をもち、フランシス・ゴールトン、A・ワイスマン、G・L・メンデスらの遺伝学者の仕事を研究。そうかと思えば、ジャンヌ・ダルクについても研究するなど、幻視、遺伝学、宗教、神、進化などあらゆるジャンルに興味をもっていました。大学卒業後、彼は教師や事務職につきますがどれも長続きしませんでした。資産家の御曹司であらゆることに興味をもつ学級肌の彼に普通の仕事は無理だったのでしょう。
 1914年、第一次世界大戦が始まります。多くの若者が戦場へと向かう中、彼は反戦主義者だったため兵士になることはありませんでした。しかし、仲間の多くが戦場へと向かうことでジレンマを感じた彼は救護部隊の運転手として戦場に向かう道を選択します。この時に彼が所属したフレンズ救護部隊には、当時世界中から多くの人道主義者たちが参加しており、その民主的な雰囲気は彼に新たな理想の世界像を思い描かせるきっかけになったと言われています。(作品としては後の「オッドジョン」にその影響が大きい)

「・・・現在、平和と国際的統合へ向けての比類なく真摯な気運が起こっている。運に恵まれた理知的に統御されれば、その気運は勝利するかもしれない。・・・・・しかし、この本では、この偉大な気運が水泡に帰してしまうような事態を描いてみた。わたしはこの気運では相次ぐ戦争を阻止できないと考えている。・・・・・そうならねばよいのだが!国際連盟、あるいはさらに堅固な全世界的機構が手遅れにならないうちに勝利せんことを!・・・・・」
(本書イギリス版初版のまえがきより)

 1920年、34歳になった彼は労働者教育協会とリバプールの大学公開講座で、産業史、文学、哲学、心理学などを担当。この仕事を彼はその後ずっと続けることになります。
 1925年、リバプール大学で哲学の博士号を取得。大学の講師になろうとするもののなかなか就職できず、そんな中、彼は本書を執筆。1930年に発表します。かなり難解な内容にも関わらず、この小説はヒットし文学界全体から高い評価を得ました。当時は、SF小説に対する偏見もなく最新の文学スタイルとして、最新の科学と哲学を盛り込んだ高度な文学として現在以上に高く評価されていたようです。
 その後、彼はミュータントものの名作「オッドジョン」(1935年)、本書の続編的作品「スターメイカー」(1937年)、高度な知性を持つ犬族の歴史を描いた「シリウス」(1944年)を発表。誕生したばかりのSF小説の世界における初期の金字塔を築いたこれらの作品は現在でもその価値を失っていません。
 ただし、ハヤカワSF文庫としていち早く発表されていた「シリウス」と「オッドジョン」が読みやすく娯楽性も高いのに対し、本作と「スターメイカー」はかなり難解で物語として面白いとは言いがたい作品かもしれません。要注意!

<遠大な物語への挑戦>
 本作もそうですが、彼はとにかく長いスケールの物語を書くため、細部の物語をはしょってしまうことになるようです。それぞれの一部分だけでも十分一冊の本が書けそうなのですが、彼はそうして小分けに作品を書くことが好きではないのでしょう。それは、彼が物語よりも、人間よりも、宇宙の摂理や哲学を描くことに興味をもっていたからかもしれません。もしくは、元々喰うのに困ることのない作家だったので、作品を量産する必要がなかったせいでしょうか?それとも、平穏無事な生活を送り続けたことから、時間をもてあましていたからでしょうか?
 ちなみに、「指輪物語」の作者J・R・R・トールキンも、彼と同じオックスフォード大学出身の学者で平穏無事な生活を送る中でコツコツと長い長い物語を書きました。長い長い物語を生み出すには、あきずに作業を続けることのできる落ち着ける環境が必要なのかもしれません。
 そして、戦乱が続く時代の中、人類はこのままでは間違いなく地球を破滅に追いやるだろうと考えていた彼は、人類は何らかの進化を遂げる必要があると感じていたともいえます。そして、当時ヨーロッパは第二次世界大戦を前に一触即発の危機にあり、人類の平和への取り組みが最も必要とされる時でした。人類にとって「精神的な進化」が必要とされる時期だったのです。

「人類は、種としての歴程における重大局面のひとつに陥りかけているように思われる。人間の全未来が、いや、そもそも人間に未来などあるのかどうかが、今後半世紀に起こる諸事件の展開しだいで決まるのだ。陳腐な言い方であるが、人間は自らの環境と本性を制御する危険を新たな道具を掌中にしつつある。人間は事物の成り立ちのなかでどのような役割を担うことになるのかについて新しいヴィジョンを得ようと、また新たな種としての目標を見いだそうと手探りで進みつつあるのか、それがおそらく判然としないのだろう。・・・
 この本の最初の数章で、アメリカはあまり面白くない役を担わされている。わたしは荒削りなアメリカ人気質がアメリカ文化のもっとも有望なものをことごとく打ち砕く様子を描いてみた。これが現実の世界で起こらぬよう祈りたい!」

(アメリカ版初版のまえがきより)

 彼には人類は危機を乗り切れるという信念があり、だからこそ、はるか未来まで人類が進化し続けてゆく様を幻視したかのように長い長い人類進化の変遷を描いてみせたのかもしれません。この小説は彼の他の作品同様悲劇的なエンディングといえます。しかし、いつかは訪れる「死」の時に、いかに幸福な心でいられるか。それこそが、人生の目的であると考えるなら、この小説の結末は十分にハッピー・エンドといえるとものだと思います。
 それを彼は人類全体の目的であり、宇宙全体の目的でもあると考えていたのかもしれません。
 さらにいうと、この小説の結末は地球上で今まで書かれてきたすべての物語や今後書かれるであろうすべての物語に究極の「ハッピー・エンド」を用意したともいえます。
なんと壮大なハッピー・エンドでしょう!

「・・・それでも確かなことがひとつあります。少なくとも、人間そのものが音楽であり、その壮大な伴奏、すなわち嵐や星たちを生み出す音楽を創造する雄々しい主旋律なのです。その限りでは人間そのものが万物の不滅の形式に潜む永遠の美なのです。人間であったとは、なんとすばらしいことでしょう。ですからわたしたちは、心の底からの笑いと平安を胸に、過ぎ去りし日々とわたしたち自身の勇気に感謝を捧げつつ、ともに前進すればいいではありませんか。どのみちわたしたちは、人間というこの束の間の音楽を美しく締め括ることになるでしょうから。・・・・・」


「最後にして最初の人類 Last and First Men」 1930年
オラフ・ステープルドン Olaf Stapledon (著)
浜口稔(訳)
国書刊行会

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