「ラスト・ワルツ The Last Waltz」 1978年

- ザ・バンドとその仲間たち The Band & Friends
マーティン・スコセッシ Martin Scorsese -

<ロックの終わり>
 ロックの時代の終わりを告げたアーティストは、ボブ・ディランジョン・ライドンレニー・クラヴィッツなど、数多いのですが、ロック・ファンそれぞれにとって、「ロックの終わり」についての考え方があるはずです。(もちろん、ロックは終わってなどいないという考え方も含めて)
例えば、オルタモントのストーンズ・ライブで起きたヘルス・エンジェルスによる黒人青年刺殺事件(1969年)こそ「ロックの死」であるとするのは、ウッドストック世代を中心とするロック・ファンでしょう。1975年頃、ニューヨークとロンドンを中心に始まった「パンクの時代」こそ、「ロックの終焉」を象徴するものだと考える人も多いはずです。また、1980年の12月の「ジョン・レノンの死」こそ「ロックの死」そのものだったと感慨にふける方も多いかも知れません。
 さらに、映画「アメリカン・グラフィティー」の中で主人公の一人が「バディー・ホリーが死んで、もうロックン・ロールは終わりだ!」と言っています。これは1959年のことです。(ドン・マクリーンは、このバディー・ホリーの死を名曲「アメリカン・パイ」の中で「アメリカの死」とまで歌っています)
 そんな「ロックの終わり」について語るとき、もうひとつ忘れてはならない存在、それがザ・バンドのラスト・コンサートであり、そのドキュメンタリー映画「ラスト・ワルツ」ではないでしょうか。

<たかがバンド、されどザ・バンド>
 とは言っても、それは元々ザ・バンドという、ほとんどヒット曲をもたないカナダ出身の地味なカントリー・ロック系バンドの解散コンサートであり、「ロックの死」などなんの関わりもないライブでした。しかし、このライブが行われた1976年と言えば、まさに前述のパンク時代の始まりの時期に当たり、60年代から70年代にかけて活躍してきたバンドの多くがこの時期に一つの選択を迫られていたと言えるかもしれません。それは、60年代の古いスタイルのロックにこだわり続けるのか、70年代に完成されたコマーシャルなロックによって売上を伸ばすか、それとも80年代に向けたパンクへと衣替えするのか、そんな選択でした。
 そんな中、「解散」という選択肢を選んだ数少ないバンドの一つがザ・バンドだったわけです。(他にも解散の道を選んだバンドはありましたが、その後再結成しなかったバンドは数少なく、レッド・ツェッペリンぐらいかもしれません)

<映画「ラスト・ワルツ」>
 映画「ラスト・ワルツ」は、彼らの解散コンサートの映像とインタビューを組み合わせたかたちで構成されています。インタビューでは、ザ・バンドの生い立ちから解散に至るまでの歴史が、それぞれのメンバーによって語られます。
 インタビュアーは、監督のマーチン・スコセッシが自ら担当。ライブ・ツアーよりも、レコーディング・アーティストとしての生き方を選びたかったというやり手のリーダー、ロビー・ロバートソンやその後の生き方を見失ってしまい自殺の道を選ぶことになるリチャード・マニュエルなど、メンバーそれぞれの個性が明らかにされます。
もちろん、コンサートの映像は文句なしに素晴らしい出来映えです。それもそのはず、カメラマンはなんと総勢7人、その中にはその後超一流のカメラマンとして数々の名作を撮ることになるラズロ・コバックス、ビルモス・ジグモント、マイケル・チャップマンらがいました。
 画面を分割したり、細かなカットを組み合わせたりというありがちなライブ映像の手法をとらず、カメラはあくまでシンプルにザ・バンドとゲストたちをとらえています。ただしそこで使用されたフィルムは膨大な量だったようで、そのフィルムをいかにして一本の作品につなげて行くかが、監督スコセッシの使命だったようです。

<マーティン・スコセッシのこだわり>
 と言っても、さすがは「タクシー・ドライバー」で数々の映画賞を獲ったばかりの監督だけのことはあります。彼はただ単にカメラマンたちにフィルムを回させていただけではありませんでした。彼はコンサート以前に300ページにも及ぶ台本を用意し、コンサートの2日前にはリハーサルまで行っていたのです。当然、それぞれのカメラマンの位置や動きもそこには記されていたようです。だからこそ、この映画はそれ以前のライブ映画とはまったく異なるドラマチックな作品に仕上がっていたのでしょう。
 おまけに、スコセッシ監督は、以前1970年製作の有名なロック・ムービーの2本「ウッドストック」と「エルビス・オン・ツアー」で編集を担当していました。したがって、自らが監督として何をすればよいのか、充分に把握していたと思われます。
 このコンサートが行われた会場に作られた舞踏会の会場のようなセットにも、重要な意味があります。そのもとになったのは、イタリアの巨匠ルキノ・ビスコンティの名作「山猫」の舞踏会の会場です。この映画は、イタリアの貴族文化の終焉を1時間近い伝説的な舞踏会の映像で象徴的に描いた作品です。そんな一時代の終わりの場面を、「ロックの終わり」に重ねて見せていたわけです。なんと深いことか・・・。ビスコンティの代表作「山猫」も是非ご覧ください!

<映画「ウッドストック」はスコセッシが実質的監督>
 「告発の行方」などで知られる映画監督のジョナサン・カプランはこう言っています。
「映画「ウッドストック」を監督したのは編集のマーティン・スコセッシだ。マイケル・ワドリイ監督のことを悪く言うつもりはないけど、彼は基本的にステージのセンター・カメラを担当していただけで、『おい、こっちだ。この画を抑えろ。こいつ、瞑想のセッションをやるそうじゃないか。誰か行って撮ってこいよ』みたいなことを言っていたのは、マーティンだった」
 どうやらスコセッシ監督はすでに十分経験済みだったようです。

<映画監督とライブ映画>
 このコンサートにヴァン・モリソン出演することを知り、喜んで監督を引き受けたというスコセッシ監督は、誰よりもこのライブを楽しんだ人物でもありました。だからこそ、彼は7人ものカメラマンを雇いあらゆる角度からこのライブを獲らせたのでしょう。この作品以前、コンサートのドキュメンタリー映画を劇映画畑の一流監督が撮るということはありませんでした。その点でも、この作品は画期的であり、この後「羊たちの沈黙」ジョナサン・デミの「ストップ・メイキング・センス」、「帰郷」「チャンプ」ハル・アシュビーの「ザ・ローリング・ストーンズ Let's Spend The Night Together」、それに「愛と青春の旅立ち」テイラー・ハックフォードの「チャック・ベリー、ヘイル・ヘイル・ロックン・ロール」などが生まれることになります。
 好きなアーティストの映画を撮れるということは、音楽好きの映画監督にとって、アカデミー賞に匹敵する喜びかもしれません。

<偉大なる出演者たち>
 大事なことを忘れていました。この作品が時代の象徴となったのは、ザ・バンドを中心とする70年代ロックのオール・スターたちが舞台上にずらりと勢揃いしたせいでもあります。
 ボブ・ディランエリック・クラプトンヴァン・モリソンニール・ヤングジョニ・ミッチェルドクター・ジョンマディー・ウォーターズ、ロニー・ホーキンス、ポール・バターフィールド、ニール・ダイヤモンド、エミール・ハリス、ザ・ステイプルズ、リンゴ・スター、ロン・ウッド、・・・。
 コンサートの最後に全員で歌われる「アイ・シャル・ビー・リリースト」(いつの日か自由に)は、彼らウッドストック世代が作り上げた70年代ロック・シーンに捧げる別れの歌だったのかもしれません。
 この作品については、映画だけでなく音楽だけのCDもまた超お薦めです。それぞれのアーティストたちが聞かせてくれる曲は、どれもみな個性的であり魅力的です。このアルバムで気に入ったアーテイストへと、はまって行けば、もうあなたはアメリカン・ルーツ・ロックの世界にはまったも同然です。

<本物のラスト・ワルツは?>
 実はこのページを作った後、ロック・ビジネス界最大の大物プロモーター、ビル・グレアムの伝記を読みました。彼はこの映画の字幕では、スタッフの一人にしか位置づけられていないのですが、実はそのコンサートのほとんどを仕切っていました。このライブの後、彼とザ・バンド(ロビー・ロバートソン)とはちょっともめたようです。
 ビルによるとこの映画「ラスト・ワルツ」は単に舞台上のコンサートをとらえただけでの映像で、実際の「ラスト・ワルツ」はそれとはまったく別のものだったとのだそうです。それは、ザ・バンドのメンバーにご苦労さんを言うために集まった人々がミュージシャンたちとともに楽しむためのパーティーだったというのです。だからこそ、舞台の下で踊ったり、食事したりする観客にもスポットをあてるべきだったというのです。確かに、この映画は舞台の下をほとんど撮影していませんでした。この辺は、どっちが正しいのか、一概に判断はできませんが、舞台上とは別のドラマも見てみたかったは確かです。入場料金はたった10ドルで七面鳥の料理やお酒などふんだんに用意されていたそうです。こればっかりは、映画ではなく体験してみたかったものです。
「スクリーンに映し出されたのは、単なるコンサート・フィルムでしかない。「ラスト・ワルツ」はコンサートじゃなかった。あれは一生の思い出になる夜だった。・・・」
ビル・グレアム

「ラスト・ワルツ The Last Waltz」 1978年公開
(監)  マーチン・スコセッシ Martin Scorsese
(製)  ロビー・ロバートソン Robbie Robertson
(撮監)マイケル・チャップマン Michael Chapman
(撮影)ラズロ・コバックス LaszloKovacs
     ビルモス・ジグモント Vilmos Zsigmond
     デヴィッド・マイヤーズ David Myers
     ボビー・バーン Bobby Byrne
     マイケル・ワトキンス Michael Watkins
     ヒロ・ナリタ Hiro Narita
(編集)イウ・バン・リー Yeu-Bun Yee
    ジャン・ロブリー Jan Roblee
(コンサート・プロデューサー)
    ビル・グレアム Bill Graham

20世紀映画劇場へ   トップページへ