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映画「ラスト・ナイト・イン・ソーホー Last Nght In Soho」

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エドガー・ライト Edgar Wright -
<ジャンル分け困難な作品>
 エドガー・ライト監督の作品は今までも、ジャンル分けが難しいものばかりでした。
 前作の「ベイビー・ドライバー」は、「ザ・ドライバー」などカーアクション作品へのオマージュ満載でしたが、車が主人公のミュージカル映画でもありました。あえて言うなら「カーアクション・クライム・サスペンス・ミュージカル」でした。
 そして、今回の「ラスト・ナイト・イン・ソーホー」は、ホラー・サスペンスの巨匠ブライアン・デ・パルマヒッチコックへのオマージュ作品でしたが、そこにタイムリープの要素を加えたパラレル・ワールドものでもあります。あえて言うなら「サイコ・ホラー・ゴーストバスター・タイムリープ・ミュージカル」でしょう。
 とにかく彼の作品ほど、ジャンルの枠を越え、サブカル情報が満載で解説しごたえのある作品はないかもしれません。
 この作品で彼は、ブライアン・デ・パルマやアルフレッド・ヒッチコックなどサイコ・サスペンス映画の巨匠の域に迫ったと評価されるでしょうが、次回作ではまたもや新たなジャンルへの挑戦に向かうのではないでしょうか?次回作も楽しみです!

<表の顔と裏の顔>
 60年代末のサンフランシスコがフラワームーブメントの聖地として世界をリードしていたように、60年代初めのロンドンもまた文化の発信源として世界をリードしていました。そんな魅力的な時代を描くことは、映像作家として幸福なことかもしれません。しかし、彼はそうした時代の輝かしい表の顔を、単純に描くことで満足する監督ではありません。
 この作品で楽曲も使用されている映画「Beat Girl」のストーリーのように、華やかな街の裏側に引きづり込まれた女性たちの悲劇を下敷きに、ロンドン最大の繁華街ソーホーの街の表と裏両方の顔を合わせ鏡のように描くこと。それがこの作品のテーマになっています。
 そのために、合わせ鏡の両側に位置する存在として二人の若手女優が選ばれ、さらにはその二人に対する合わせ鏡ともなる存在として、60年代から活躍するベテラン俳優も選ばれています。

<ベテラン俳優の過去の顔>
 エロイーズを追い回す謎の老人を演じているのが英国の名優テレンス・スタンプです。
 彼の出世作とも言えるウィリアム・ワイラー監督の「コレクター」(1965年)は、蝶々の収集家の青年が女性を監禁しコレクションしようとするサイコ・ホラーの原点的名作でした。そのコレクター役を演じた彼は、「サイコ」のアンソニー・ホプキンスに匹敵する強烈なイメージをその後もつことになります。今回の映画でも、彼のそんな過去の顔を知っていると、その怪しさが倍増するはずです。(逆に怪しすぎるなあ、と僕は思ってしまいましたが・・・)
 エローズが引っ越すことになった借家の大家さんを演じたのは、この作品が遺作になってしまった女優ダイアナ・リグです。
 彼女は1961年放送開始のテレビドラマ「おしゃれ㊙探偵」のヒロインを演じ、それまでなかった女性のヒーロー像を生み出しました。1969年の「女王陛下の007」では、ボンド・ガールに抜擢され、60年代を代表する英国人女性俳優となりました。
 エロイーズの母親を演じてるリタ・トゥシンハムは、英国ニューウェーブの代表的監督トニー・リチャードソンの代表作「蜜の味」で主役の少女を演じていました。さらにこの時代を象徴するザ・ビートルズの大ヒット映画「ビートルズがやって来るヤア!ヤア!ヤア!」の監督リチャード・レスターの代表作「ナック」(1965年)でも彼女は主役を演じています。

<60年代ファッション>
 主人公がファッションの専門学校に通うだけに当時のファッションもまたこの作品の見どころです。当時のソーホー、特にカーナビ―・ストリート周辺は、英国だけでなく世界のファッション界をリードする地域でもありました。
 サンディが着ていたピンク色のノースリーブ・ワンピースは、当時人気だった「テント・ドレス」と呼ばれるスタイル。ミニ・スカートのブームは、1965年以降のことなので、その直前ですがスカート丈はすでに短くなっていたのでしょう。
  女性二人が共に着用する白いビニールのトレンチコートも当時の流行です。それまで英国ファッションと言えば、貴族階級のご婦人たちのために高級なシルクやウール、毛皮などを使用していました。しかし、60年代に入り若者たちが中心のファッションが登場すると、ビニールや綿素材など安価な素材を用いて流行を常に追いかけるファッションが主流となります。その象徴の一つがビニール製のコートでした。
 ヘア・スタイリングの世界に革命を起こしたヴィダル・サスーンもこの時期にロンドンで活躍を開始しています。彼はボブ・カットに代表されるシンプルで活動的な若者のためのヘア・スタイルを生み出して行くことになります。彼が「サスーン・カット」と呼ばれるスタイルを生み出し大人気となったのが、1963年頃のことでした。

<歌詞とドラマのシンクロ>
 この映画で使用されている楽曲の歌詞とストーリーとのシンクロ具合は、まるで映画のために作られた曲かと思えるほどです。前作「ベイビー・ドライバー」も、サイモン&ガーファンクルの同名曲から映画のタイトルをとったように今回もまた同名タイトルの曲が使われましたが、それはタイトルだけではなく中身まで影響を受けています。
 エドガー・ライトが、ある時、クエンティン・タランティーノに「ラスト・ナイト・イン・ソーホー」っていう曲があるの知ってるかい?と言われたのがきっかけだったとか!そこからこの映画のイメージが作りだされることになったのでした。

<実はタイムリープではない?>
 この作品は一般的には「タイムリープ」ものと言われていますが、僕はそうではない気がしています。
 強い怨念をもつ亡霊が自分を殺した犯人を罰するため感受性の強い人間を選び、その人物の夢を操ることによって犯人を明らかにしようとした。そのために過去の夢を見させていたと思うのです。したがって、時間旅行をしたわけではないのです。
 ただし、その亡霊というのは単に彼女が住む部屋で殺された人物の亡霊ということではなく、ソーホーの街並みに刻み込まれたかつての住人たちの記憶や歴史の暗部の総体なのかもしれません。そう考えると、この映画の主人公は二人の女性ではなく、1960年代のロンドンの記憶(歴史)そのものと言うべきなのかもしれません。

<選曲について>
 1964年のロンドンを舞台にするために選ばれた曲は、当然ながら1964年のヒット曲が中心になっています。ただし、そこには当時すでにヒット曲を連発していたザ・ビートルズの曲は選ばれず、あえて二人の主人公のような若い女性シンガーたちの曲をドラマの展開に合わせて選んでいます。
 なかでも全英ナンバー1など、この時期に大ヒットした曲を選んでいるのは、この作品における楽曲の役割は、観客の心を時を超えた旅にいざなうタイムマシンとしての働きだからです。
 当時を象徴するポップ界のヒットメーカー、バート・バカラックとハル・デヴィッドによるコンビ作品。モッズたちに絶大な人気があったモータウンやスタックスなどのアメリカ製R&Bのカバー作品。これらの曲は一瞬で聞く者を1960年代のロンドンへと移動させる力があるのです。

<60年代スウィンギング・ロンドン>
 この作品の舞台となっている1964年のロンドンは、様々なジャンルのカルチャーにおいて当時世界の最先端を行く街でした。音楽ではビートルズのブレイクが始まった時期。ファッション界ではロンドン発信のファッション、ミニ・スカートが世界的ブレイクとなる一年前。映画界では、リチャード・レスターが「ビートルズがやって来るヤア!ヤア!ヤア!」でデビューした年。
 カリスマ的人気ファッション・カメラマン、デヴィッド・ベイリーが活躍し、多くのアーティストの肖像写真集「ボックス・オブ・ピンナップス」の出版を準備。テレビでは若者向けの音楽番組として一世を風靡する「レディ・ステディ・ゴー」が前年に放送を開始し、英国全土にロンドンのカルチャーを発信。
 世界の若者たちに影響を与えることになる文化が、この街のソーホー地区を中心に生み出されていました。
 さらに詳しく知りたい方はここから!
「世界を変えた1960年代英国文化革命」

<映画に使用されている曲>
曲名  演奏  作曲・作詞  発表年
「愛なき世界
A World Without Love」
ピーター&ゴードン
Peter & Gordon 
ポール・マッカートニー
(クレジットにはJ・レノンも)
1964年
当時、ピーター・アッシャーの妹がポール・マッカートニーと付き合っていた。
その縁でポールからの曲提供を受けての大ヒットで全英、全米ナンバー1となった。
「Wishin' And Hopin'」  ダスティ・スプリングフィールド
Dusty Springfield 
バート・バカラック
ハル・デヴィッド
1964年
オリジナルは、バカラックの妻でもあったディオンヌ・ワーウィックのB面曲。
ダスティのカバー・バージョンが全米6位のヒットなった。
「Don't Throw Your Love Away」 ザ・サーチャーズ
The Serchers 
Billy Jackson
Jimmy Wisner
1964年
サーチャーズはビートルズと同じリバプール出身のバンド。全英1位で全米でも16位のヒット。
オリジナルは、米国のR&Bグループ、The UrlonsでシングルのB面だった曲。 
「Beat Girl」 映画音楽 
「狂っちゃいねえぜ」
ジョン・バリー
John Barry 
1960年
映画「狂っちゃいねえぜ」(1960年)
(監)エドモンド・T・グレヴィル(出)ジリアン・ヒルズ、デヴィッド・ファーラー、クリストファー・リー
両親に反抗し、家を出た少女がロンドンで街のワル(クリストファー・リー)に利用されてしまう青春映画
「Starstruck」  ザ・キンクス
The Kinks 
レイ・デイヴィス
Ray Davis
1968年
モッズの人気バンドだったキンクスのアルバム
「The Kinks are the Village Green Preservation Society」からのシングル曲 
「Your My World」  シラ・ブラック
Cilla Black 
Umberto Bindi
Gino Paoli
Carl Sigman
1964年
ジョン・レノン、ポール・マッカートニーの楽曲「Love of the Loved」でデビュー。
60年代を代表する女性歌手、女優、司会などのエンターテナー。 
「Wade In The Water」 グレアム・ボンド・オーガニゼーション
The Graham Bond Organization 
バート・バカラック
ハル・デヴィッド
1964年
グレアム・ボンド、ジンジャー・ベイカー、ジャック・ブルース、ジョン・マクラフリン、ディック・ヘックストール 
豪華なメンバーからなる英国のジャズ、R&Bバンドのライブ・アルバム「Live at Klooks Kleek」より
「Anyone Who Had A Heart」 シラ・ブラック
Cilla Black  
バート・バカラック
ハル・デヴィッド 
1964年
オリジナルは、1963年ディオンヌ・ワーウィックのシングル(全英1位全米8位)
このカバーもヒットし、この年全英1位となりました。 
「I've Got My Mind Set On You」 ジェームズ・レイ James Ray  Rudy Clark 1962年
ワシントンDC出身の黒人R&Bシンガーの代表曲
1987年にジョージ・ハリスンがアルバム「クラウド・ナイン」でカバー。シングルとして全米ナンバー1!
「恋のダウンタウン Downtown」  ペトラ・クラーク
Petula Clark 
トニー・ハッチ  1964年
60年代を代表する女性ポップシンガー最大のヒット曲。全英2位全米1位の大ヒット 
「Love Is Like A Heat Wave」  ザ・フー The Who  ホランド=ドジャー=ホランド 1965年
オリジナルは、1963年マーサ&ザ・バンデラスのシングルで全米4位のヒット
このカバーは、ザ・フーのセカンドアルバム「A Quick One」収録 
「パリのあやつり人形
Puppet On A String」 
サンディ・ショー
Sandie Shaw 
ビル・マーティン
フィル・コウルター 
1967年
ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト優勝曲で全英1位の大ヒット
60年代のイギリスを代表する歌姫として、ヨーロッパ全土で活躍。
「Spanish Blues」  グレアム・ボンド・オーガニゼーション
The Graham Bond Organization 
1964年
ライブ・アルバム「Live at Klooks Kleek」より 
「ダンス天国
Land of 1000 Dances」 
ザ・ウォーカー・ブラザース
The Walker Brothers
クリス・ケナー
Chris Kenner
1965年
オリジナルはニューオーリンズのR&Bシンガー、クリス・ケナーのシングル(1962年)
多くのカバーさあるが、アメリカではウィルソン・ピケットのカバーが大ヒット。
「私の家に幽霊がいる
There's A Ghost In My House」 
R・ディーン・テイラー
R. Dean Taylor 
ホランド=ドジャー=ホランド 1967年
カナダ出身のモータウンのシンガーのシングル
ノーザン・ソウルのブームもあり、1974年に再発されて全英3位のヒットなった。 
「Happy House」  スージー&ザ・バンシーズ
Siouxsie And The Banshees 
Siouxsie Sioux
Steven Severin
1980年
80年代活躍したカリスマ的な女性ヴォーカルのスージー中心のニューウェーブ系の英国のバンド
目の周りを黒く塗るメイクがトレード・マーク(ラスト近くのエロイーズのメイクがこれ!)
アルバム「Keleidscope」収録
「恋のウェイトリフティング
Always Something There To Remind Me」
サンディ・ショー
Sandie Shaw  
バート・バカラック
ハル・デヴィッド
 
1965年
オリジナルは、1963年ディオンヌ・ワーウィックのデモ録音。
ルー・ジョンソンが1964年にシングルヒットさせた。(全米49位) 
サンディ・ショーのカバーは見事に全英1位となった。
「エロイーズ Eloise」 バリー・ライアン Barry Ryan  Paul Ryan
(バリーの双子の兄弟)
1968年
英国のポップシンガーによる全英2位の大ヒット。当時としては非常に珍しい5分50秒という長い曲 
「ソーホーの夜
Last Night In Soho」
デイヴ・ディー・グループ
Dave Dee,Dozy,Beaky,Mitch & Tich 
Alan Blaikley
Ken Howard 
1968年
60年代に活躍した英国のポップ・ロックバンドによる全英8位のヒット曲
バンドもこの曲もあまり知られていない・・・僕もまったく知りませんでした。 


「ラスト・ナイト・イン・ソーホー Last Night In Soho」 2021年
(監)(製)(脚)エドガー・ライト Edgar Wright
(製)ニラ・パーク、ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー
(脚)クリスティン・ウィルソン=ケアンズ
(撮)チョン・ジョンフン
(衣)オディール・ディックス=ミロー
(編)ポール・マクリス
(美)スティーヴン・プライス
(出)トーマシン・マッケンジー、アニャ・テイラー=ジョイ
マット・スミス、ダイアナ・リグ、シノーヴ・カールセン、マイケル・アジャオ、テレンス・スタンプ、リタ・トゥシンハム

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