人生という名の荒野を旅する少年と馬の物語


「荒野にて Lean on Pete」
「さざなみ 45 years」

- アンドリュー・ヘイ Andrew Haigh -
<人生という名の荒野にて>
 「人生」という名の「荒野」を旅する少年と馬の物語です。また一つ青春映画、ロードムービーの傑作が登場しました。ここまで主人公の運命にハラハラ・ドキドキ心配させられた映画は久しぶりでした。ピートが事故に遭うシーンでは思わず「あっ!」と叫び、ラスト近く主人公と叔母さんが再開するシーンでは「チャーリーに幸あれ!」と思わず祈ってしまいました。
 ケン・ローチ監督の「ケス」、荒野を旅する少年を描いた「イントゥ・ザ・ワイルド」、馬と貧しい青年を描いた「ザ・ライダー」などの作品を思い出す方も多いと思います。

<アンドリュー・ヘイ>
 アメリカの原風景のような荒野を背景にこの作品を撮った監督のアンドリュー・ヘイ Andrew Haigh はイギリス人です。1973年3月7日ノースヨークシャーで生まれた彼は、映画監督としては珍しく編集の専門家から監督になった人物です。
 同じイギリスの巨匠リドリー・スコット監督の代表作「グラディエーター」(2000年)、「ブラック・ホーク・ダウン」(2001年)で編集補佐を務め、その後も様々なタイプの作品の編集補佐を務めています。主な作品は、シェカール・カプール監督の「サハラに舞う羽根」(2002年)、、ケヴィン・レイノルズ主演の「モンテ・クリスト伯」(2002年)、ジャッキー・チェンのヒット作「シャンハイ・ナイト」(2003年)、マイク・ニューウェル監督の「モナリザ・スマイル」(2003年)、さらにはリドリー・スコットの「キングダム・オブ・ヘブン」(2005年)、ピーター・ウェーバー監督の「ハンニバル・ライジング」(2007年)、ハーモニー・コリン監督の「ミスター・ロンリー」(2007年)など、多くの作品に関わっています。
 2009年「Greek Pete」で長編映画を初監督した彼は、2010年の「ウィークエンド」で英国インディペンデント賞など様々な賞を獲得し、一躍その名を知られることになりました。自らもゲイであることを告白している彼が撮った「ウィークエンド」は同性愛の男性カップルを描いた青春映画でしたが、次作「さざなみ」は、ストレートの高齢カップルを描いた恋愛ドラマとなり、これもまた高い評価を受けています。

「さざなみ 45 years」 2015年
(監)(脚)アンドリュー・ヘイ
(製)トリスタン・ゴリハー(製総)クリストファー・コリンズ、リジー・フランク他
(原)デヴィッド・コンスタンティン
(撮)ロル・クロウリー
(PD)サラ・フィンリー
(出)シャーロット・ランプリング、トム・コートネイ、ジェラルディン・ジェイムズ、ドリー・ウェルズ
ベルリン国際映画祭銀熊賞(男優賞、女優賞)
<あらすじ>
 英国の田舎町に住む老夫婦は、もうすぐ結婚45周年を迎えようとしていました。週末に記念パーティーを控える夫の元に謎の手紙が届きます。その後、かつて夫の恋人だった女性のことを思い出した夫は、古い写真も探すなど心がどこかへ行ってしまいます。二人の間に何があったのか?妻は夫の心の奥にあるものに不信を抱き始めます。
 「さざなみ」のように主人公の主婦の心に生まれた夫への疑いの心を丹念に描いたこの作品は、心理サスペンス映画であり、夫婦の愛の物語でもあり、主人公二人の演技合戦の場でもありました。静かでありながら、熱く燃える心の奥深くを描いた名作です。

<小説「荒野にて」>
 「荒野にて」の原作者ウィリー・ヴローティン Willy Vlautin は、1967年ネバダ州生まれの作家兼シンガーソング・ライターです。元々は、この映画にも登場するポートランドの街で活動していたロックバンド Richmond Fountain のヴォーカル&ギタリストとして活躍。(彼らの曲はこの映画にも使用されています)バンドは2016年に解散し、その後はThe Delines のメンバーとして音楽活動を続けています。
 彼は音楽活動と並行して、小説を発表しています。2007年に「The Motel Life」で作家デビューを果たし話題になり、この作品は2012年に「ランナウェイ・ブルース」として映画化されています。その後も、「Northline」(2008年)、「Lean on Pete」(2010年)、「The Free」(2014年)、「Don't Skip Out On Me」(2018年)とコンスタントに小説を発表し続けています。偶然、この本を読んだアンドリュー・ヘイはこの作品に惚れ込みすぐに映画化を決意しました。

<孤独な青春>
 この作品とケン・ローチ監督の「ケス」が似ているのは、少年と動物(鷹)との友情を描いた動物ものの映画だからというわけではありません。二作品に共通しているのは、少年が二人とも、貧しい家庭に生まれた社会的弱者であり、親からの愛情も受けられず、周囲にも友だちがいない孤独な存在だということです。自分が孤独だからこそ、少年は自分と関りのある動物を友だちのように愛するようになったのです。思えば、アンドリュー・ヘイ監督は、「ウィークエンド」では二人の同性愛の若者が社会から孤立してしまう姿を描き、「さざなみ」では夫だけでなく周囲の住人たちからも孤立する主婦を描いています。孤立した状況の中、いかにして主人公が社会と関りを持とうとするのか?その苦闘を描くのがこの監督の最重要テーマのようです。
 そうしたテーマを映像化するために、監督はカメラにも工夫を凝らしています。「孤独」を、画面上の映像からもわかるようにと、カメラは常に主人公をひいて撮影し、彼が厳しい大自然の中にポツンと孤立していることを強調しています。
 さらに監督は、原作小説の舞台であるオレゴン州を車で3か月間かけて走りながらロケハンを行い、アメリカ北西部の荒野を体感し、ロード・ムービーを撮るためのインスピレーションを得たようです。懐かしのロード・ムービーのような映像に時代が、20世紀に戻ったような感覚になります。

<チャーリー・プラマー>
 この作品の主人公チャーリーを演じたのは、この作品での素晴らしい演技によりヴェネチア国際映画祭で新人俳優賞(マルチェロ・マストロヤンニ賞)を受賞したチャーリー・プラマー Charlie Plummer です。
 彼は、1995年5月24日にニューヨークで生まれた都会っ子で、撮影時は映画の主人公とほぼ同じ年でした。父親が映画プロデューサーで、母親が舞台女優だったことから、子供時代からテレビ・ドラマに出演する機会があり、2012年には青春映画「Not Fade Away」で映画俳優としてデビュー。2015年のフェリックス・トンプソン監督の「King Jack 」でトライベッカ映画祭観客賞を受賞し、早くからその演技を高く評価されていました。この作品が発表された2017年にはそれ以外にもリドリー・スコット監督の「ゲティ家の身代金」、リチャード・ギア主演の「冷たい晩餐」にも出演していてまさに売れっ子俳優です。
 マッチョとは程遠い彼の雰囲気は、これまでのアメリカンスター俳優とは異なるタイプですが、ティモシー・シャラメと並ぶ次世代の俳優としてブレイク間違いなしでしょう。
 もう一人のこの作品にリアリティーをもたらしている俳優として、ベテランのスティーブ・ブシェミも忘れてはいけないでしょう。スティーブ・ブシェミ Steve Buscemi は1957年12月13日にニューヨークのブルックリン生まれ。こちらも都会生まれの役者ですが、長い間、生意気な若造や口ばっかりのチンピラばかりを演じてきました。(タランティーノ監督の「レザボア・ドッグス」のミスター・ピンクなど)
 アクターズ・スタジオで演技を基本から学んできた彼は、30代に入ってからインデペンデント系監督の下で輝きを放ち続けてきました。ジム・ジャームッシュ監督の「ミステリー・トレイン」(1989年)、コーエン兄弟の「ファーゴ」(1996年)と「バートン・フィンク」(1991年)、そうかと思えば、娯楽アクション大作「コン・エアー」(1997年)、「アルマゲドン」(1998年)などから、アニメ映画「モンスターズ・インク」(2001年)、「ボス・ベイビー」(2017年)などでは声優としても活動しています。

「荒野にて Lean on Pete」 2017年
(監)(脚)アンドリュー・ヘイ
(製)トリスタン・ゴリハー(製総)ベン・ロバーツ、リジー・フランク他
(原)ウィリー・ヴラウティン
(撮)マグルス・ヨンク
(PD)ライアン・ウォーレン・スミス
(編)ジョナサン・アルバーツ
(音)ジェームズ・エドワード・バ―カー
(出)チャーリー・プラマー、クロエ・セヴィニー、スティーブ・ブシェミ、トラヴィス・フィメル、スティーブ・ザーン、エイミー・サイメッツ 
<あらすじ>
 16歳のチャーリーは父親と二人暮らしで、お金がないために高校には通っていません。父親の収入も不安定なため、彼もお金を稼ごうと近所の競馬場で手伝いのアルバイトを始めます。馬を扱ったことがなかった彼ですが、ベテランの競走馬ピートとはすぐに仲良くなり、地方開催の競馬大会にも同行するようになります。
 しかし、年老いて走れなくなってきたピートは、メキシコに売られそこで殺処分となると知らされ大きなショックを受けます。同じ頃、父親が不倫相手の夫によって射殺されてしまった彼は行き場を失っています。唯一の友だったピートとの別れに耐えきれなくなった彼は、ピートを厩から出し、昔お世話になっていた叔母さんの住む町に向かうことにします。住む場所の定かではない叔母さんを探しながら、馬と一緒の旅は荒野を進む悲惨なものとなります。

「荒野にて」の使用曲
曲名  演奏  作曲  コメント 
「Through The Eyes of Love」 メリサ・マンチェスター
Melisa Manshester 
マーヴィン・ハムリッシュ
Marvin Hamlisch 
映画「アイス・キャッスル」(1978年)主題歌
アカデミー歌曲賞受賞曲 
「La Poderosa」  Malisa Salcide  Xocoyotzin Herrera  
「Ayudame」  アリー・デ・ペーニャ
Alih De Pena 
Enzo Villaparedes
Daniel Indart 
ドミニカ出身のアーティスト 
「Si Te Quiero」 ルビア・ロサ
Lluvia Rosa
Damny Richard Osuna
Jonathan Merkel
「Don't Touch Me」  ジェニー・シーリー
Jeannie Seeley 
Hank Cochran ペンシルバニア出身
女性カントリーシンガー 
「Yes Mr. Peters」  Roy Drusky
Priscilla Mitchell 
Larry Kolberrr
Steve Karliski
ロイ・ドラスキーはアトランタ出身
カントリーシンガー 
「Haggard And Jones」  プレンティス・ゴールドウィン
Prentis Gordwin 
Prentis Gordwin  カントリーのシンガー、作曲家 
「Live Fast, Love Hard, Die Young」  ファーロン・ヤング
Faron Young 
Joe Allison  ルイジアナ出身のカントリー歌手
「Movies Aout Cowboys」  Larry Dean, Jon Sloan  Larry Dean, Jon Sloan   
「Loneliness of Hurt」  ドニー・オーウェンス
Donnie Owens 
Cray, Donald Owens  50年代に活躍のカントリー歌手、作曲家
「Need You」のヒットが有名 
「Oh Singer」  ジェニー・C・ライリー
Jeannie C Riley 
Margaret Lewis
Myra Smith 
60年代に活躍した女性カントリー歌手
テキサス州スタンフォード出身 
「Callng All Hearts」  サンフォード・クラーク
Sanford Clark 
Charlene Harrs
Jimmy Lloyd 
50年代に活躍したロカビリー歌手
オクラホマ州タルサ出身 
「Just Like Z's Blues」  ブレンダン・マッキニー
Brendan McKinney 
Brendan McKinney 現在活躍中のブルース歌手
フィラデルフィア出身 
「Pardon Me Bout I'm Goin Back Home」 エディ―・M
Eddie M
Eddie M カリフォルニア出身の黒人サックス奏者 
「Still Want You」  ブランドン・フラワーズ
Brandon Flowers 
Brandon Flowers  ロックバンド、ザ・キラーズのヴォーカル
ラスベガス出身の歌手、作曲家 
「The Heart Wants What It Wants」  セレーナ・ゴメス
Selena Gomez 
S.G.Antonia Armato
Timothy J.Price
Dvid Jost 
現在活躍中のメキシコ系女性歌手
2014年全米6位の大ヒット曲
「Say You Love Me」  ジェシー・ウェア
Jessie Ware 
Ben Ash, Benjamin Levin
Edward Sheeran
英国ロンドン出身の女性歌手
2014年のヒット曲 
「Stop Desire」  ティーガン&サラ
Tegan & Sara 
Tegan R. Quin
Sera Keirsten Quin 
カナダ出身の女性インディー・ポップ
姉妹のデュオ
「Three Snakes Leaves」  Limb  Rob Honey
Sam Cooper他
現在活躍中のエレクトロ・ダンスグループ
2015年のヒット曲
「Little Misadventure」  Cut Yourself In Half  George Quinn
Michael Peater他 
現在活躍中の英国のロックバンド 
「Quiero Ser」  Vic De Leon  Danny Richard Osuna  現在活躍中のメキシコ系歌手・作曲家 
「The World's Greatest」  ウィル・オールダム
Bonnie Prince Billy 
R. Kelly  ケンタッキー州ルイビル出身
カントリー系シンガーソング・ライター
「Easy Run」  リッチモンド・ファウンテン
Richmond Fontaine 
Willy Vlautin
Sean Oldham 
映画の舞台オレゴン州ポートランドのバンド
オルタナ系ロックの4ピースバンド
原作小説の作者が所属していたバンドの曲!

「さざなみ」の使用曲
曲名  演奏 作曲  コメント 
「My Autumn's Done Come」 Lee Hazlewood Lee Hazlewood  50年代に活躍。オクラホマ出身のシンガーソングライター
ナンシー・シナトラ「にくい貴方」の作者として有名
「I Only Want To Be With You」 ダスティ・スプリングフィールド
Dusty Springfield
Ivor Raymondo
Mike Hawker
英国の女性ポップシンガーのデビューヒット
邦訳は「二人だけのデート」(1963年) 
「Nobody Knows」  Chipper Jethy Chaplin
Harry G.Keywerth他
 
「Symphony No.2 in C Major」    カール・M・フォン・ウェーバー
Carl Maria von Weber
ドイツロマン派初期の作曲家
1807年発表の交響曲 
「Stagger Lee」  ロイド・プライス Lloyd Price Lioyd Price 1958年R&Bシンガー、ロイド・プライスの代表曲 
全米1位となり多くのシンガーがカバー
「Tell It Like It Is」  アーロン・ネヴィル
Arron Neville
Lee Diamond
George Davis 
ニューオーリンズの大御所ネヴィルブラザースの中心
1966年の大ヒット曲
「To Sir With Love」 ルル Lulu  Don Black
Mark London
シドニー・ポワチエ主演「いつも心に太陽を」(1967年)
映画と共に主題曲として大ヒットした名曲 
「Young Girl」  ゲーリー・パケット
Gary Puckett & The Union Gap 
Jerry Fuller  アメリカのポップバンド
1968年のヒットで全米15位
「Piano Concerto in A Minor
16 I アレグロ」 
(Piano)Rovin Hutt エドヴァルド・グリーグ
Edvard Grieg 
ノルウェーの作曲家による唯一のピアノ協奏曲 
「Comment Disaient」    フランツ・リスト Franz Liszt  
「Rondo in D Major K.102」    ウォルフガング・A・モーツァルト
Wolfgang Amadeus Mozart 
モーツァルトの輪舞曲ロンドニ長調
「Romance in D Flat」    ジーン・シベリウス
Jean Sibelius 
フィンランドの作曲家によるピアノ曲
ロマンス変ニ長調 
「Happy Together」  ザ・タートルズ
The Turtles
Garry Donner
Alan Gordon
アメリカのロックバンド
1967年全米8位の大ヒット 
「Symphony No.25 In G Minor
KV185」 
  ウォルフガング・A・モーツァルト
Wolfgang Amadeus Mozart
1773年作曲の交響曲第25番
「煙が目にしみる」
Smoke Gets In Your Eyes 
ザ・プラターズ
The Platters 
Kern/Harbach  1933年ミュージカルのための曲として発表
プラターズのカバーが大ヒットし、スタンダードとなった 
「Go Now」  ムーディー・ブルース
The Moody Blues 
Larry Banks
Milton Benett 
1965年デビューアルバムからのシングル
全英1位、全米10位の大ヒット 

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