「リーヴィング・ラスヴェガス Leaving Las Vegas」 1995年

- マイク・フィッギス Mike Figgis & ニコラス・ケイジ Nicolas Cage -

<批判が多い名作>
 普通映画を見ると「あの結末は納得できない!」とか「あそこは先が読めてしまった」とか「あのシーンの光の使い方は最高だった」などといった批評や疑問などが、いろいろと出てくるものです。しかし、この映画に関しては、そうではないようです。
「なんなの!お金を払ってわざわざ落ち込む気がしれない」とか「ニコラス・ケイジの演技と音楽、撮影は確かに素晴らしい。でも僕にはちょっとね・・・。」とか「アル中男が可愛い娼婦と出会って、死ぬ前に良い思い出を作りましたっていう、『マッチ売りの少女アルコール依存症版』、それだけのことじゃないの」などなど。この映画については、意外に批判の声が聞かれます。
 この映画は、あの娯楽映画大国アメリカでアカデミー賞の主演男優賞をとったのを初め、ニューヨークとLAの批評家協会における作品賞まで受賞しています。こうした、実績のある作品なだけに見る人の期待も大きく、その分反発も大きかったのかもしれません。実は僕の場合、この映画の評判はきいていたものの、話しが暗そうなので敬遠していた口でした。
「映画とは何のためにあるの?」
ある意味この映画は、そんな根本的な問題にまで立ち返らせてくれる作品です。最近、すっかりこういう非娯楽映画が興行的に製作されなくなり、珍しくなった分、その衝撃は大きかったのかもしれません。(昔はこういう映画、そう珍しくはなかった気がします)

<異色の監督>
 この映画の監督だけでなく、脚本、音楽まで担当したマイク・フィッギスはイギリス人です。実は彼はロキシー・ミュージックの原点とも言われているザ・ガス・ボードのメンバーでした。まだ大学生だったブライアン・フェリーと後のロキシーのベーシスト、グラハム・シンプソン、それに後にザ・スミスをプロデュースして有名になるジョン・ポーターもいたというこのバンドで、彼はギターとトランペットを担当していました。しかし、その後彼はロキシー結成の頃、バンド活動を止め、演劇や映画の世界へと方向を変えました。
 1987年に監督した映画「ストーミー・マンデイ」にはスティングが出演しており、その時からの友情により「リーヴィング・ラス・ヴェガス」ではスティングがノー・ギャラで音楽に参加。ジャズのスタンダード・ナンバーを3曲歌っています。さらにドン・ヘンリーの「Come Rain or Come Shine」もいい味を出しており、これらの歌ぬきにこの映画は語れないでしょう。
 ちなみにこの映画には、ジョン・レノンの息子、ジュリアン・レノンと渋くて甘い声で有名なソウル・アーティスト、ルー・ロウルズがゲスト出演しています。それと映画「ファイブ・イージー・ピーセス」などで有名な映画監督のボブ・ラフェルソンも出ているそうですが、・・・どこに出ていたのかは?どうやら、彼を愛するファンには映画界、音楽界に多いようです。

<原作者ジョン・オブライエン>
 この映画の原作者ジョン・オブライエンは、まさにこの映画の主人公と同じ様な生き方をした小説家でした。(この映画の主人公は脚本家でしたが)彼の自伝的な小説でもあるこの作品の映画化権を売った直後に、彼は自らその命を絶ったそうです。やはり事実は小説よりも、映画よりもドラマチックでした。
 かつて、レイ・ミランドという名優と巨匠ビリー・ワイルダー監督による名作映画「失われた週末」という作品がありました。この映画はその現代版とも言えるかも知れません。この映画でも、主演のレイ・ミランドはアカデミー主演男優賞を獲っています。(ついでながら、ジョン・レノンがかつてオノ・ヨーコと離れ、酒浸りの生活をしていた時期のことを「失われた週末」と呼ぶのはそこから来ています)
 それともう一本「熱い賭け/ザ・ギャンブラー」という映画があります。ジェームス・カーンが主演したこの映画は、ギャンブルにのめり込んでしまった大学教授(J.カーン)がしだいにそこから抜け出せなくなり、ついには大学のバスケット部の試合で八百長を仕組まされるのはめになるという、これまた完璧に救いようのない作品でした。
 面白いのは、この映画も舞台がラスベガスであること。そして、監督がチェコ生まれでイギリスのフリー・シネマ・ムーブメントで活躍したカレル・ライスだったことです。この作品もまた監督のイギリスにおける知名度と実績がなければ、とうていアメリカでの映画化は不可能だったのです。

<映画の存在価値>
 僕は「楽しくなければ映画じゃない」とは思っていません。第一「タイタニック」も「ロミオとジュリエット」も「ゴッド・ファーザー」も「風と共に去りぬ」「ワイルド・バンチ」「市民ケーン」「シド&ナンシー」・・・名作の多くは悲劇です。「楽しくても、悲しくても、怖くても、ばかばかしくてもいいけど、映画館を出るときに、さあ!明日もがんばるぞ!という気持ちにさせてくれれば、それで良い」これが僕の映画に対する考えです。
「世の中にはあんな悲惨な人生もある、そう考えたら僕なんかまだまだがんばれるはずだ」
「世の中には努力すれば、あんな奇跡も起こりうるんだ。そう考えたらまだまだがんばれる」
「イヤーよく笑った。さて明日からまた真面目にがんばるか」とか、いろいろあるでしょう。
じゃあ、「リーヴィング・ラスヴェガス」を見て、明日への活力がわくかって?

<この映画の存在価値>
 幸福な心の状態にある人は、音楽や映像、役者の演技を客観的に見ることで楽しめることでしょう。(こんなに音楽が心の中に浸み入る映画も珍しいです。そして、エリザベス・シューは可愛いくて、色気もあって、痛々しくて、・・・素敵です)
 しかし、心が寂しい状態にある人にとって、この映画はきつすぎるかもしれません。客観化できずお酒が欲しくなるかもしれません。(でも、そうして涙を流すことで、心の中をすっきりさせられるかもしれません)
 もしかすると、幸福でもなく、かといって大きな悲しみを抱えたことのない人にとって、この映画は最も時間の無駄と感じられるのかもしれません。
 もちろん、感じ方は人それぞれです。
 さて、あなたはこの映画見てどう感じましたか?

<蛇足ですが・・・>
 たぶん、この映画を見て「お酒をひかえよう」と思った人はいないでしょう。しかし、アルコール依存症が「アルコールによる自殺」と限りなく等しいということが、よく理解できました。ある意味、飲酒運転もまた「アルコールによる自殺」と同義かもしれません。気をつけましょう。

「リーヴィング・ラスヴェガス Leaving Las Vegas」 1995年公開
(監)(脚)(音) マイク・フィッギス Mike Figgis
(製作)      リラ・カゼス Lila Cazes、アニー・スチュワート Annie Stewart
(製作総指揮) ペイジ・シンプソン Paige Simpson、スチュアート・リーガン Stuart Regan
(原作)      ジョン・オブライエン John O'Brien
(撮影)      デクラン・クイン Declan Quinn
(出演) ニコラス・ケイジ Nicolas Cage、エリザベス・シュー Elisabeth Shue
      ジュリアン・サンズ Julian Sands、ジュリアン・レノン Julian Lennon
      ルー・ロウルズ Lou Rawls、ボブ・ラフェルソン Bob Rafelson
マイク・フィッギス(ニューヨーク批評家協会作品賞、ロスアンゼルス批評家協会作品賞、監督賞)
ニコラス・ケイジ(アカデミー最優秀主演男優賞、ゴールデングローブ最優秀主演男優賞、ニューヨーク批評家協会主演男優賞、ロスアンゼルス批評家協会主演男優賞)
エリザベス・シュー(ロスアンゼルス

「熱い賭け/ ザ・ギャンブラー」 1974年(日本公開1976年)
(監督) カレル・ライス Karel Reisz
(製作) アーウィン・ウィンクラー Irwin Winkler、ロバート・チャートフ Robert Chartoff
(脚本) ジェームス・トバック James Toback
(撮影) ヴィクター・J・コンペル Victor J. Komper
(音楽) ジェリー・フィールディング Jerry Fielding
(出演) ジェームス・カーン James Caan、ポウル・ソルヴィノ Paul Sorvino
      ローレン・ハットン Lauren Hutton、アントニオ・ファーガス Antonio Fargas
      バート・ヤング Burt Young

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