対立から融和へと歩み出す人々

「判決、ふたつの希望 The Insult」

- ジアド・ドゥエイ Ziad Doueiri -
<貴重な社会派の名作>
 社会派の名作は数多くありますが、それらすべてに共通することは、テーマとなる複雑な社会問題を観客に分かりやすく理解させることに成功していることです。とはいえ、そうした社会派の作品がヒットしたり、話題になるのはなかなか難しいことです。まして、その映画が日本ではなく別の国が舞台にしていて、取り上げている社会問題が日本人には理解しずらいとしたら、いよいよ観客には楽しみづらいこことになります。
 この作品は、日本から遥か離れた中東の小国レバノンを舞台にしています。その国がどんな国なのか?政治・経済・民族・宗教はどうなっているのか?僕も、ほとんど未知の国だったことがわかりました。というわけで、駆け足でレバノンについて学んでおくと映画を倍楽しめると思うので、ここで少々お勉強していただければと思います。
 ただし、この作品は、レバノンという国についての知識がなくても、十分に楽しめるように作られています。そこがこの作品の素晴らしいところです。それが可能になったのは、この作品の物語構造の上手い仕掛けにあります。
 この作品は、ごくごく小さなご近所トラブルから始まります。そんなどこの国でも、どこの街でも、どこの家でもありそうなトラブルが、傷害事件に発展。主人公が務める会社もからむ訴訟へと発展。一時は、関係者の死亡事故にまでなりかけることで、裁判は全国的な注目を集めます。ついには中東難民の問題、過去の内戦、民族・宗教対立がからむ大掛かりな社会問題となり、国内・国外世論を二分するところまで発展してしまいます。
 地理的歴史的知識が不十分でも、この展開が観客を主人公の二人、もしくはその妻たちに感情移入させ、一気に作品の世界に引き込んでくれるのです。さらに映画が進むと、次々に新たな事実が明らかになり、観客の心は何度の動かされます。
 パレスチナ難民を差別していた主人公もまた内戦の被害者だったことが明らかになることで、いつしか観客は裁判の行方を客観的に判断できなくなって行きます。映画のタイトルである「判決、二つの希望」はなかなか良い邦題だと思います。

<あらすじ>
 主人公のトニーは、地元レバノン生まれの自動車整備工場のやり手経営者です。結婚したばかりの妻のお腹の中にはもうすぐ生まれる赤ちゃんがいます。
 ある日、彼は自分たちが住むマンションの改修工事に来た作業員の頭にベランダから水をかけてしまいます。それは、ベランダの排水設備がいい加減だったせいでした。そこで工事監督のヤーセルはベランダに排水設備を取り付けてくれますが、トニーは勝手に部屋に入って工事を行ったことに腹を立て、排水パイプを破壊してしまいます。トニーの行為に腹を立てたヤーセルは、激怒してしまいトニーを「ゲス野郎!」とののしってしまいます。
 パレスチナ難民の流入を認めない右派政治家の支持者でもある差別主義者のトニーは、パレスチナ難民の労働者を嫌っていたため、すぐにヤーセルに謝罪を求めます。もめ事を大きくしたくない会社の幹部も、ヤーセルに謝罪させようと説得。ヤーセルは、上司と共にトニーのもとへ向かいます。ところが、その謝罪の場でトニーは、「お前たち難民はシャロンに皆殺しにされればよかったんだ!」とののしります。その言葉にヤーセルは切れてしまい、トニーに殴りかかり、彼の肋骨を折ってしまいます。
 ところが無理に仕事場に戻ったトニーは、怪我の影響で仕事場で倒れてしまいます。そして、倒れている夫を見てショックを受けた身重の妻が早産。未熟児として生まれた赤ん坊が一時、危篤状態となります。
 こうして事件は、法廷の場に持ち込まれることになり、多額の損害賠償をめぐるだけでなく政治的にも社会的にも大きな意味をもつ裁判になって行きます。その裁判は、単なる傷害事件ではなく、レバノン人保守派とパレスチナ難民と彼らの支持者の間で続いていた対立の代理戦争として国を二分することになったのでした。
 裁判が進む中で、トニーもまた内戦の際、爆撃によって家を失った難民だったことが明らかになったり、両陣営の弁護士が親子だったことが分かるなど、次々に事態は変化して行きます。そんな中、二人の関係もまた微妙に変化し始め、彼らの周囲の人々もまた変わり始めます。さて、裁判の判決はどうなるのでしょうか?

<ジアド・ドゥエイ>
 この映画の監督ジアド・ドゥエイ Ziad Doueiri は、1963年10月7日レバノンの首都ベイルートに生まれています。1975年に始まったレバノン内戦の時代に青春を過ごした後、20歳の時、アメリカに留学し、サンディエゴ州立大で映画の学位を取得。卒業後は、ロサンゼルスで映画の仕事につき、クエンティン・タランティーノ監督のカメラ・アシスタントとして「レザボア・ドッグス」(1991年)や「パルプ・フィクション」(1994年)、「ジャッキー・ブラウン」(1997年)などの撮影に参加。
 内戦終結後、レバノンに帰国して、1998年「西ベイルート」で長編映画デビューを果たします。
 2004年の「Lila Says」は、スペインのヒホン映画祭で男優賞、脚本賞を受賞。
 2012年の「The Attack」は、イスラエル人俳優を起用してイスラエルで撮影を行い、サンセバスチャン国際映画祭で審査員特別賞を受賞。しかし、残念ながら、レバノン国内では、この作品は未公開のままです。

<レバノン共和国>
正式名称「レバノン共和国 Lebanese Republic」
<面積>10.452平方キロ(岐阜県と同じくらい)
<人口>約610万人(アラブ系95%、アルメニア系4%、その他1%)
<首都>ベイルート
<言語>アラビア語
<宗教>キリスト教(マロン派、ギリシャ正教、カトリック、アルメニア正教など)イスラム教(シーア派、スンニ派、ドルーズ派など)
<歴史>
16世紀 イスラムの大国オスマントルコの支配下にありました。
1920年 キリスト教(カトリック)の国フランスの委託統治領となり、キリスト教が広まります。
1943年 第二次大戦後、フランスから独立
1975年 レバノン内戦(第五次中東戦争)
 元々様々な宗教が危ういバランスを保つことで成立する国でした。しかし、中東戦争の勃発や難民の流入などにより、そのバランスは崩れてしまいます。
 そんな情況の中、ベイルートのキリスト教会をPLO支持者(イスラム教)が攻撃。これがきっかけとなり内戦が勃発します。宗教の対立が、そのまま政治的な対立となり、社会を分断することになりました。
1978年 イスラエル軍(ユダヤ教)がレバノンに侵攻
1989年 ターイフ合意がなされ国民和解憲章が成立(ターイフは調印式が行われた都市の名前)
 イスラム教スンニー派とキリスト教マロン派が議会の議員数を平等に分け合うことを決定。バランスの取れた政治体制を生み出した。ただし、それ以外のイスラム教諸派にとっては、納得できない部分もあり、それが火種となって残りました。
1990年 1975年からの内戦が終結
2000年 イスラエル軍が南レバノンから撤退
2005年 シリア軍(イスラム教)がレバノンから撤退
2006年 ヒズボラとイスラエル間の戦闘開始(ヒズボラは、1982年に結成されたレバノンのイスラム教シーア派政治政党で「神の党」という意味)
 政界における宗教的なバランスを保つため、議会一院制128議席をキリスト教、イスラム教2派に均等に配分。しかし、パレスチナ難民の受け入れなどによって、イスラム教徒の人口が増え続けているため、バランスは崩れ続けています。それが宗教間の対立を深め、ついには内戦へと発展したのでした。
 ユダヤ教の国イスラエル、その他のイスラム教国々に挟まれ、国内的にも18の宗教からなる複雑な国レバノン。中東が内戦やテロ事件で混沌とするたびにその影響を受け、かろうじてバランスを取り続けてきた奇跡の国。
 それらのことを知った上でこの映画を見てもらえると、より奥深く見られると思います。

「判決、ふたつの希望 The Insult」 2017年
(監)(脚)ジアド・ドゥエリ
(製)アントゥン・セナウィ、ジャン・ブレア、ラシッド・ブシャール、ジュリー・ガイエ、ナティア・トリンチェフ
(脚)ジョエル・トゥーマ
(撮)トンマーゾ・フィオッリ
(編)ドミニク・マルコンブ
(音)エリック・ヌヴー
(出)アデル・カラム(トニー)、カメル・エル・バシャ(ヤーセル)、カミーユ・サラメ(ワジュディー弁護士)、リタ・ハイエク(シリーン)、クリスティーヌ・シューイリ(マナール)、ジャマン・アブード(ナディーン)
ヴェネチア国際映画祭 男優賞受賞(カメル・エル・バシャ)

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