笑いを武器にホロコーストに挑んだ男

「ライフ・イズ・ビューティフル LA VITA E BELLA」 1998年

- ロベルト・ベニーニ Roberto Benigni -
<世界大戦を描いた二本の映画>
 この年、第二次世界大戦下のヨーロッパを映画いた二本の映画がアカデミー賞の話題をさらいました。一本はアメリカ映画、スティーブン・スピルバーグの「プライベート・ライアン」です。この作品はアカデミー賞の監督賞、編集賞、撮影賞、音響賞、音響効果編集賞を受賞。戦争映画の歴史に新たな一ページを刻む傑作でした。特にオープニングから20数分にわたって展開されるオマハ・ビーチを舞台としたノルマンディー上陸作戦の場面は、映画史に残る名場面として永遠に語り継がれることでしょう。それは最新のテクノロジーによる視覚効果、音響効果による戦場の再現と手持ちカメラによる不安定で臨場感のある映像の組み合わせが実現したバーチャルな戦場体験でした。このシーンで飛び交う弾の弾道が見えるのには驚かされましたが、この弾の動きと空を切る音は完全にシンクロしているのだそうです。(デジタル技術の発展が生み出した奇跡です)怖いほどの臨場感はこうしたこだわりが生み出したのでしょう。正直、僕はこの最初の20分で乗り物酔い状態になってしまいましたが、戦場を実際に体験した兵士の受けたトラウマの深さはその何十倍にもなるのでしょう。
 あそこまで壮絶な戦場をリアルに再現してしまっては、そこに本筋となるドラマを盛り込んでもみんな吹き飛ばされてしまったでしょう。この場面がオープニングに置かれているのは、その意味でも正解だったのかもしれません。この映画は、ライアンという名の兵士を探す兵士たちの苦労をとうして、戦争とはいかに無意味に人の命を奪ってしまうものなのかを描き出しているのですが、もしかすると戦場をありのままに再現してみせたオープニングの20分だけで、もう「戦争」のすべてを語りつくしていたのかもしれません。
 1945年にリアリズムの手法によって戦争の悲劇を描き出した「無防備都市」から50年がたち、ついに映画はテクノロジーの進化によるリアリズムによって戦場をバーチャル体験させることが可能になったのです。こうなると、これからの戦争映画は戦争を観客に追体験させるのではなく、そこに何か新しい要素を持ち込まなければ、もう作る意味がなくなるかもしれません。しかし、映画において必要なのは、リアリズムだけではありません。逆に戦争をリアルに描くのではなくまったく別の視点から描き、それでもなお観客に戦争を体験させ、感動させることができるなら、それはリアリズムとは異なる別のスタイルの映画として高く評価されるべきでしょう。そして、この年公開の「ライフ・イズ・ビューティフル」こそ、そんな珍しいタイプの戦争映画でした。

<ホロコーストをコメディで描く>
 この映画は戦場以上に悲惨を極めたナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺(ホロコースト)を描いた作品です。しかし、戦時下において一部の一般市民が差別され、迫害され、虐殺されるという例は、過去のどの戦争でも起きており、誰もがそうした異常事態に巻き込まれる可能性があります。(もちろん、旧ユードスラビアで起きた悲惨な民族紛争は記憶に新しいところです)ポーランドが生んだ巨匠ロマン・ポランスキー監督作品「戦場のピアニスト」は、そうした状況に置かれた一人のピアニストを徹底的にリアリズムの視点で描いた傑作でした。しかし、そうした状況をリアリズムで描いた映画は数あれど、この映画「ライフ・イズ・ビューティフル」のようにコメディという手法によって「ホロコースト」を描いたことは実に画期的なことです。それは1942年にチャップリンが自らヒトラーを演じた歴史的名作「独裁者」以来の危険な賭けだったといえます。しかし、ロベルト・ベニーニは見事にその無謀な賭けに勝利しました。

<ロベルト・ベニーニ>
 この映画の監督であり、主演兼脚本家のロベルト・ベニーニは、生粋のイタリア人です。この映画の以前に、ジム・ジャームッシュの代表作のひとつ「ダウン・バイ・ロー」に出演していたので、すでに彼の名は一流のコメディアンとしてイタリア以外でも知られていました。しかし、この映画によって彼は英語以外の言語圏の俳優として初めてアカデミー主演男優賞を獲った俳優として歴史に刻まれることになりました。そして、その片言の名スピーチによって、記録としてだけでなく多くの人の心にも刻まれることになりました。
「これはとんでもない間違いです・・・・・わたしは知っているありったけの英語を使い尽くしました・・・・・わたしの感謝の気持ちをどのようにして、のこらず表現することができるでしょう・・・・・なにひとつ表現できないので、わたしのからだは打ち震えています」
ロベルト・ベニーニの受賞スピーチより

 ロベルト・ベニーニは、1952年10月27日イタリア北部トスカーナ地方のミゼリコルディアという町に生まれました。彼の父親は鉄道員でしたが1943年ドイツ軍によって逮捕され、ドイツ北部ベルゲン・ベルゼンの強制収容所に連行されました。危うく命を落とすところでしたが、終戦によって命拾いし無事帰国することができました。彼はそのおかげでこの世に生まれ出ることができたのです。映画には、この時の父親の体験が多分に生かせれているのでしょう。
 1966年、彼は聖職者になるため神学校に入りましたが、演劇の道へと方向を転換。ローマの劇場で役者として活動し始めます。(カトリックの神父を目指した映画人としてはあのマーティン・スコセッシがいますが彼もまた途中で挫折した人です)二枚目でもなく背も低い彼は役者としてはなかなか芽が出ませんでしたが、コメディーにおいてはそのキャラクターが幸いし成功します。特にチョーリ・マリオという人気キャラクターを生み出すと、イタリアを代表する舞台のコメディアンとしての活動がメインになります。
 1979年、彼はコスタ・ガブラス監督の「女性の光 My Wonderful Life」、ベルナルド・ベルトルッチ監督の「ルナ」に出演。映画界でも注目の存在となります。1983年には、初監督作品「きみはわたしを混乱させる」(日本未公開)を発表。早くも監督としての才能を認められます。1984年には、ロベルト・ベニーニ同様「イルポスティーノ」を主演、監督した芸人のマッシモ・トロイージと共同監督、共演で「泣いてられない」(日本未公開)を発表。この後彼は前述の「ダウン・バイ・ロー」に出演し、片言の映画で世界中の映画ファンを魅了。(その後、彼は同じジム・ジャームッシュの「ナイト・オン・ザ・プラネット」(1991年)にも出演しています)
 1988年、再び自らが監督した映画「小さな悪魔」はイタリア国内で国産映画としての興行収入ナンバー1となる大ヒットとなりました。1991年にも「ジョニーの事情」で監督、主演をこなし、ハリウッドから招かれてブレーク・エドワーズ監督の「ピンク・パンサーの息子」(1993年)に出演するなど、忙しく活躍。そして、1998年、満を持して彼にとって生涯の代表作となるであろう「ライフ・イズ・ビューティフル」を発表したのです。

<「ライフ・イズ・ビューティフル」>
 世界中で多くの人々が感動したこの作品は、公開当初本国イタリアをはじめヨーロッパ各地でかなりの批判を浴びたそうです。
「ナチス・ドイツによるユダヤ人の大虐殺をコメディーとして描くとは何事だ!」
「あの時代に家族を失った人々にとって、その事実を『笑い』というオブラートに包むことは死者への冒涜ではないか!」


 こうした批判があったのも、仕方がないかもしれません。
それは悲惨なホロコーストを描いた数ある映画の中に「笑い」をもって、それを取り上げた作品がそれまでほとんど存在しなかったことからも明らかでしょう。ただし、この映画はそうした批判はあったものの多くの観客に指示され世界的な大ヒットとなりました。
「世界の名作シネマを読みなおす」(いそっぷ社)の中で著者のセシル・ベルジュはこう書いています。
「・・・・・かれは強制収容所の地獄から息子を救おうとした父親の物語によって、おとぎ話や寓話で語れないテーマがないことを教えてくれた。」

 確かにホロコーストという歴史上まれに見る悲劇を笑いに満ちた寓話によって描くことができるなら、地球上のどんな悲惨な出来事も同じようにして描き出すことが可能に違いありません。例え、どんな悲惨な状況のもとで生きることになったとしても、想像力を働かせることでそれを自分の中で、より良いものへと変えることのできる力。これこそが芸術のもつもっとも意義ある力なのかもしれません。
 映画「ショーシャンクの空に」の中でティム・ロビンスが刑務所に響き渡らせたオペラのなんと力強く美しかったことでしょう。しかし、こうした想像力による抵抗にも限界があるのが現実です。「未来世紀ブラジル」では主人公の心の糸は最後にプッツリと切れてしまい、彼は自らの心の中の世界へと逃げ込んでしまうことでしか、生きてゆけなくなってしまいました。
 そう考えてみると、芸術とはこうした危機的状況もしくは、それぞれの人間が抱える精神的危機から逃れるために必然的に生み出されたものだとも思えます。ゴッホが自らの抱える精神的な病からあの特徴的な画法を生み出したように。ジョン・レノンが母親に対する愛情と憎しみの感情から名曲「マザー」を歌ったように。ジェームス・ディーンが大人に対する不信から「反抗する青春像」を演じるようになったように。ガープが強すぎる母親の存在から抜け出すために小説家になったように。スパイク・リーが黒人のアイデンティティーを確立するために作品を発表し続けているように・・・多くの芸術家は何かの危機から自らの精神を救い出すために芸術にその身を捧げ、その中から歴史に残る傑作を生み出してきたのです。
 ただし、けっしてそれは優れた芸術家にだけいえることではありません。そして、この映画のように、危機的状況だけが生み出すものでもありません。なんの事件もなく、つまらない仕事を一日中続けているごく普通の人々にとっても、そんな日常を興味深く、感動に満ちたものへと変えることは可能なはずです。そして、そんな精神的なスイッチの切り替えを行うためのきっかけとなりうるのが芸術との出会いなのだと思います。もちろん、その中でも映画は飛び切り役に立つジャンルではないでしょうか。

「ライフ・イズ・ビューティフル LA VITA E BELLA」 1998年公開
(監)(脚)(出)ロベルト・ベニーニ
(製)エルダ・フェッリ、ジャンルイジ・ブラスキ
(脚)ヴィンセンツォ・セラミ
(撮)トニーノ・デリ・コリ
(美)(衣)ダニーノ・ドナーティ
(音)ニコラ・ピオヴァーニ
(出)ニコレッタ・ブラスキ、ジョルジオ・カンタリーニ、ジュスティーノ・デュラーノ

<あらすじ>
 グイド(ロベルト・ベニーニ)は1938年にトスカーナのアレッツォで本屋をやるために田舎からでてきました。機知に富み物知りの彼は最初に勤めたグランド・ホテルでボーイとして働いていて、その街で教師をしているドーラ(ニコレッタ・ブラスキ)と知り合います。彼女に恋してしまった彼は、彼女を別の男性との婚約パーティー会場から連れ去って結婚。二人はジュズエ(ジョルジオ・カンタリーニ)という男の子を授かり、三人で本屋を営みながらの幸福な生活を送り始めます。ところが、第二次世界大戦が始まるとユダヤ人への差別が始まり、ユダヤ人のグイドは本屋を続けることができなくなります。しかし、そうした厳しい状況を知り、ジュズエが不安に感じることを嫌ったグイドはそれを隠そうといろいろな嘘によってゴマかし続けます。それでも状況は日に日に悪化してゆき、ついに彼はジョズエとともに強制収容所に送られることになってしまいました。そして、ユダヤ人ではないドーラまでもが彼らを追って自らも収容所に入ります。
 次々にユダヤ人たちが虐殺されてゆく中、グイドは自分たちにも死の危険が迫っていることをジュズエに知られまいと新たな嘘を考え出しますが、連合軍による解放が間じかに迫ったある夜、ついに彼らは処刑されることになります。そこで彼がジュズエに命じた最後の作戦とは?

<1998年の代表作>
「アフリクション 白い刻印 Affriction」(監)ポール・シュレイダー(ジェームス・コバーンがアカデミー助演男優賞
「いつか来た道」(監)ジャンニ・アメリオ(出)エンリコ・ロー・ヴェルソ(ヴェネチア映画祭金獅子賞
「ヴァンドーム広場」(監)ニコール・ガルシア(出)カトリーヌ・ドヌーブ(ヴェネチア映画祭女優賞
「ヴェルヴェット・ゴールドマイン Velvet Goldmine」(監)(脚)トッド・ヘインズ(主)ユアン・マクレガー(音)カーター・ヘインズ
(ブライアン・イーノ、ロキシー・ミュージックT−レックスなど)(カンヌ映画祭芸術貢献賞受賞)
「うちへ帰ろう」(監)スティーブン・メイラー(脚)デヴィッドリー・ウィルソン(出)アリー・シーディ、タイン・デイリー
「永遠と一日」(監)(脚)テオ・アンゲロプロス(主)ブルーノ・ガンツ(カンヌ映画祭パルム・ドール受賞)
「映画史」(監)ジャン=リュック・ゴダール(ドキュメンタリー映画)
「エリザベス」(監)シェカール・カブール(脚)マイケル・ハースト(撮)レミ・エイドファラシン(出)ケイト・ブランシェット、ジェフリー・ラッシュ
オール・アバウト・マイ・マザー(監)(脚)ペドロ・アルモドバル(撮)アフォンソ・ベアト(出)セシリア・ロス、マリサ・バレデス
「キャスティング・ディレクター」(監)アンソニー・ドレイザン(出)ショーン・ペン、ケヴィン・スペイシー(ヴェネチア映画祭男優賞
「黒猫・白猫」(監)エミール・クストリッツァ(脚)ゴルダン・ミヒッチ(出)バイラム・セヴェルジャン(ヴェネチア映画祭監督賞
「恋におちたシェイクスピア Shakespeare In Love」(監)ジョン・マッデン(アカデミー作品賞、グウィネス・パルトロウ、ジュディ・デンチがアカデミー主演、助演女優賞
シャンドライの恋 Besieged」(監)ベルナルド・ベルトリッチ(音)レッシオ・ブラド Alessio Vlad(日本公開は2000年)
「シン・レッド・ライン」(監)(脚)テレンス・マリック(原)ジェームズ・ジョーンズ(撮)ジョン・トール(出)ショーン・ペン、エイドリアン・ブロディ、ジム・カヴィーゼル
「SLAM」(監)(脚)マーク・レヴィン(主)ソール・ウイリアムズ(カンヌ映画祭カメラ・ドール受賞)
「セレブレーション」(監)(脚)トマス・ヴィンターベア(カンヌ映画祭審査員賞受賞)
「天使が見た夢」(監)(脚)エリック・ゾンカ(エロディー・ブーシェ、ナターシャ・レニエがカンヌ映画祭主演女優賞をダブル受賞)
「トゥルーマン・ショー」(監)ピーター・ウィアー(脚)アンドリュー・ニコル(撮)ピーター・ビジウ(出)ジム・キャリー、エド・ハリス
 (音)ショパン作曲の「ピアノ協奏曲第一番」第二楽章
「ニコラ」(監)クロード・ミレール(原)エマニュエル・カレール(カンヌ映画祭審査員賞受賞)
「プライベート・ライアン Saving Private Ryan」(監)スティーブン・スピルバーグ(アカデミー監督賞受賞)
「ヘンリー・フール」(監)(脚)(音)ハル・ハートリー(カンヌ映画祭脚本賞受賞)
「もうひとつの世界」(監)(脚)ジュゼッペ・ピッチョーニ(撮)ルカ・ビガッティ(出)マルゲリータ・ブイ、シルヴィオ・オルランド
「モンタナの風に抱かれて」(監)(出)ロバート・レッドフォード(原)ニコラス・エヴァンス(脚)エリック・ロス、リチャード・ラグラベニーズ(出)クリスチャン・スコット・トーマス
「ライフ・イズ・ビューティフル La Vita E Bella」(監)ロベルト・ベニーニ(ベニーニがアカデミー主演男優賞カンヌ映画祭グランプリ受賞)
(本当にこの映画には泣かされ、笑わされました)

「愛を乞うひと」(監)平山秀幸(原)下田治美(脚)鄭義信(出)原田美枝子、中井貴一、小日向文世
「犬、走る DOG RACE」(監)(脚)崔洋一(原)丸山昇一(脚)鄭義信(出)岸谷五朗、大杉漣
「愚か者 傷だらけの天使」(監)(脚)阪本順治(脚)田村竜(音)鈴木茂(出)真木蔵人、鈴木一真、大楠道代、大杉漣
「学校V」(監)(原)(脚)山田洋次(原)鶴島緋紗子(脚)朝間義隆(出)大竹しのぶ、小林稔侍、黒田勇樹
「カンゾー先生」(監)(脚)今村昌平(原)坂口安吾(脚)天願大介(撮)小松原茂(出)柄本明、麻生久美子、松坂慶子
「がんばっていきまっしょい」(監)(脚)磯村一路(製)周防正行(原)敷村良子(出)田中麗奈、清水真実
「絆 - きずな-」(監)根岸吉太郎(原)白川道(脚)荒井晴彦(撮)丸池納(出)役所広司、渡辺謙、麻生祐未
「CURE キュア」(監)黒沢清(製)加藤博之(出)役所広司、萩原聖人、うじきつよし
「攻殻機動隊 Ghost in the Shell」(監)押井守(ビデオ版が発売されアメリカで売上トップに)
「時雨の記」(監)(脚)澤井信一郎(脚)伊藤亮二(撮)木村大作(出)吉永小百合、渡哲也、林隆三
「中国の鳥人」(監)三池崇史(原)椎名誠(脚)NAKA雅MURA(撮)山本英夫(出)本木雅弘、石橋蓮子、マコ・イワマツ
「HANA-BI」(監)(脚)北野武(音)久石譲(出)ビートたけし、岸本加世子、大杉漣(ヴェネチア映画祭金獅子賞

<1998年の出来事>

地球温暖化防止ブエノスアイレス会議
第24回主要先進国首脳会議(バーミンガム・サミット)
<アメリカ>
ケニア、タンザニアのアメリカ大使館が同時爆発テロの標的となる
クリントン大統領の不倫疑惑が発覚
NY株史上2番目の下げ幅を記録
中米をハリケーンが襲い、死者不明が3万人を越える。
ブラジルで森林火災(3万平方キロ焼失)
マグワイアが大リーグホームランの新記録70本を達成(後に薬物の使用が明らかになったのでその価値は?)
<ヨーロッパ>
ロシアの通貨、ルーブルが急落し取引停止に、全閣僚が解任される
北アイルランドで和平合意、しかし、すぐに爆弾テロ事件発生
ダイムラー・ベンツがクライスラーと合併
総選挙でドイツ社会民主党が勝利、シュレーダー政権誕生
サッカーWカップ・フランス大会でフランスが初優勝
<アジア>

インド、パキスタンが地下核実験を実施
インドネシアで暴動発生、スハルト大統領が辞任に追い込まれる
パプア・ニューギニアで津波災害
中国長江、東北区で大洪水
韓国大統領に金大中氏が就任
韓国で日本の大衆文化解放が始まる
北朝鮮、弾道ミサイルを発射
<日本>
NPO法成立
和歌山のカレー毒物混入事件発生
山一証券前会長ら証券取引法違反で逮捕される
黒沢明監督死去
長野冬季オリンピック(ジャンプ団体が金メダル)
パラリンピック開催

<芸術、文化、商品関連>
「アムステルダム」イアン・マキューアン著(ブッカー賞受賞)
「チャーミング・ビリー」アリス・マクダーモット著(全米図書賞)
映画「タイタニック」がアカデミー賞11部門独占
ジョナサン・アイヴ、デザインによるアップル社「i Mac」発売
ユニクロ原宿店オープン
<音楽関連>
グラミー賞にラテン・ロック/オルタナティブ部門が新設される(ラテン系ポップス・ブーム本格化)
宇多田ヒカルを筆頭にMisia、Sugar SoulなどR&Bアーティストのブーム到来
巨大な野外音楽フェス、「フジ・ロック・フェスティバル」がスタート

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