「イギリスから来た男」 1999年

- スティーブン・ソダーバーグ Steven Soderbergh
テレンス・スタンプ Terence Stamp -

<ライミー The Limey>
 スティーブン・ソダーバーグ監督にとってこの作品は、彼の代表作となった「エリンブロコビッチ」と「トラフィック」を撮る直前の作品にあたります。行きつ戻りつする時間軸の動かし方やクールさに徹し、説明を排除した映像による語りの重視は、すでに完成品に近いものがあります。
 「The Limey」というこの映画の現代の意味は、かつて世界の海を制覇していたイギリス人の船乗りたちが長い船旅の途中、栄養不足によって壊血病になることを防ぐため、常にライム(Lime)を噛んでいたことから生まれたイギリス人に対するあだ名なのだそうです。常に差別する側にいたかのように思えるイギリス人も、アメリカの経済発展とともにその栄光の座を奪われ、あだ名で呼ばれることになったのです。そんな可笑しなコックニー訛りの英語を話す「謎のイギリス野郎」が、ザ・フー The Whoの「The Seeker」(求道者)をバックに、アメリカン・ドリームの象徴ともいえる街ロスアンゼルスにやって来るところかた、この映画は始まります。

<テレンス・スタンプ>
 この映画の主人公ウィルソンを演じるのは、イギリスの名優テレンス・スタンプ Terence Stampです。1939年7月22日生まれの彼を有名にしたのは、なんといっても猟奇的変質者を主人公とする作品の先駆けとなった名作「コレクター」(1965年)です。ウィリアム・ワイラー監督のその作品で彼はカンヌ映画祭の主演男優賞を受賞。映画史にその名を残しました。その後も、フェデリコ・フェリーニの「悪魔の首飾り」(オムニバス映画「世にも怪奇な物語」のひとつ)でのアルコール中毒のイギリス人俳優。パゾリーニ監督作品「テオレマ」などのイタリア映画や「スーパーマン」、「スターウォーズ エピソード1」などの娯楽映画の悪役など幅広い活躍を繰り広げています。
 ただし、1971年の「ランボー 地獄の季節」以降、テレンス・スタンプは出演する映画に納得できないものが多いと、インドに旅に出かけ、そこで修行に日々を過ごし、7年近くイギリスを離れていたといいます。ある日、彼に電報が届き、「マーロン・ブランドと共演できるから急ぎロンドンに戻れ」とあったため、彼は修行僧の衣装のままロンドンに戻ったといいます。その作品が「スーパーマン」でした。まさかの大作娯楽映画に彼が満足できたかどうかはともかく、マーロン・ブランドとの共演だけでも復帰する意義はあったと彼は思ったようです。ある意味、ダニエル・デイ・ルイスを思わせる俳優ということで、彼に対する映画界におけるリスペクトは絶大のようです。(日本では三上博史が彼の大ファンで、21世紀に入って対談が実現した時、感動で涙が止まらなかったとラジオ番組で語っていました)
 この映画で彼が演じているのは、娘の交通事故死に疑いをもち、その真相を調べるためイギリスからやって来た刑務所から出所したばかりの男です。初めから、この映画は彼を主役として考えられていたらしく、そのイメージは彼にぴったりです。同じような世代のイギリス人俳優では、ショーン・コネリーもいますが、彼では紳士すぎるし、アンソニー・ホプキンスでは狂気度は十分でも身体の切れが足りないでしょう。

<「夜空に星があるように」>
 彼の存在感を生かすため、もうひとつこの映画には画期的な工夫があります。映画の中に何度も登場する主人公の青春時代の思い出、その場面の若かりし主人公が本人にそっくりなのです。どう見てもテレンス・スタンプにしか見えないと思っていたら、なんとそれは彼が1967年に主演した映画でした。タイトルは「夜空に星があるように Colours」。監督はイギリス・インディペンデント映画界の巨匠ケン・ローチです。彼ならではのドキュメンタリー・タッチの映像は、1967年という時代を見事に捕らえており、この映画にぴったりとはまっています。そのうえ、若かりしテレンス・スタンプが「自由」について歌う「Colours」は、この映画のエンディング・テーマともなっており重要な役割を果たしています。

<時間軸の移動>
 「トラフィック」など彼の映画の多くで用いられている過去と現在が交互する時間軸の移動は、この映画でも重要な役割を果たしています。
 主人公の娘が犯罪者である父親に対し「悪いことをするなら警察に電話するから!」と脅かす場面は、最後に彼の追っていた殺人犯(ピーター・フォンダ)の告白とダブっていることに父親は気づきました。かつて娘が自分を愛していたからこそ、その言葉を言ったことを知っていた彼は、この時初めて、自分が殺そうと思っていた相手もまた娘から愛されていたのだということを理解してしまいます。それでも彼は殺せるのか?
 このことを説明するために、子供時代の娘の映像が何度も登場していますが、なかなかこのあたりはわかりにくかったかもしれません。パーティーに忍び込んだ父親がピーター・フォンダを射殺しようとする場面は、何パターンも示され、それが少しずつ違うというのは、なかなか面白いアイデアでした。(でも、ちょっと余計だったかもしれません・・・)

<絶妙の配役>
 基本的なストーリーとしては、この映画はよくある父親による子殺しへの復讐劇ということで、けっして目新しいものではありません。それを新鮮なものにしているのが、父親が元銀行強盗であり、娘を愛するがゆえに何をするかわからないという特殊な設定でしょう。刑務所から出てきたばかりで見知らぬ国アメリカに来た彼は、世間知らずであると同時に失うもののない怖いもの知らずであることから凄腕の追跡者となりえたのです。こうして、彼の行動はハリウッド映画によく出てくる人物像とは異なり予測不能となりました。
 そして、もうひとつこの映画の隠し味があります。主人公が追う大物音楽プロモーター役のピーター・フォンダと彼を守る護衛チームのリーダーを演じるバリー・ニューマンの存在です。ピーター・フォンダはあの「イージー・ライダー」のキャプテン・アメリカとして有名な1970年代を代表する俳優。そして、バリー・ニューマンといえば、もう一本のニューシネマの代表作「バニシング・ポイント」の主人公コワルスキーを演じた俳優です。ニューシネマを代表する英雄がなんと20世紀の終わりに夢の共演を果たしたというわけです。
 悲劇の死を遂げたはずの二人の伝説的英雄は、実は生き延びていてその後、社会的な成功を得てLAに豪邸を建てていた。そんなパラレル・ワールドでのドラマと考えることもできるのです。「バニシング・ポイント」のコワルスキーは海兵隊出身で元警察官という設定でしたから、ボディー・ガードにはぴったりです。もちろん、キャプテン・アメリカが音楽プロモーターになるのも、ありうることです。そう考えると、パーティーのシーンにお抱え弁護士の役でジャック・ニコルソンが出ていたかもしれません。
 ピーター・フォンダが若い恋人とのドライブ中に自分が若かった頃、バイクに乗って旅をしていた思い出を語るシーンもあります。そして、彼女が60年代のサンタナのサイケデリックなポスターを見ながら、「60年代の当時は黄金の日々だったんでしょ?」と聞くと、彼はこう答えています。
「確かに60年代は黄金の日々だったが、正確にいうとそれは66年から67年までの間だけだな」

 映画の後半は、「イージー・ライダー」、「バニシング・ポイント」と同じようにロード・ムービー的展開を見せます。二人の俳優の出演からこうしたドラマの展開が生まれたのか、それとも脚本に合わせて二人が選ばれたのか?ちょっと気になるところです。でも、もともとがミュージック・ビデオ出身で、1963年生まれのソダーバーグ監督にとって、60年代末は憧れの時代のはず。当然、彼にとってゲバラ同様、キャプテン・アメリカもまた大切な英雄だったのでしょう。

「60年代ヒッピー・ムーブメントの残党たちのもとにやって来た今世紀最後のブリティッシュ・インベイジョン」
そんなキャッチ・コピーが浮かびました。

 単純にサスペンス・アクション映画としても楽しめますが、こうやって深読みしながら見られる映画は、最近なかなかない貴重な存在です。

「イギリスから来た男」 1999年公開
(監)スティーブン・ソダーバーグ
(製)ジョン・ハーディ、スコット・クレイマー
(脚)レム・ドブス
(撮)エドワード・ラックマン
(音)クリフ・マルティネス
(出)テレンス・スタンプ、ピーター・フォンダ、ルイス・ガスマン、バリー・ニューマン、レスリー・アン・ウォーレン、ジョー・ダレッサンドロ

<あらすじ>
 娘の謎の死を調べるためにイギリスからアメリカへと渡った父親(テレンス・スタンプ)、彼はつい最近まで銀行強盗の罪で服役していた。娘が付き合っていた音楽プロデューサー(ピーター・フォンダ)の家に侵入した彼はすぐにその男が娘を殺したのではないかと疑い始めます。しかし、そんな彼の動きを知ったプロデューサーの護衛は逆に殺し屋を送ります。本当に娘は殺されたのか?それはなぜだったのか?その真相を知った父親は、・・・。

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