「大いなる陰謀 Lions for Lambs」 2007年

- ロバート・レッドフォード Robert Redford -

<予想外の作品>
 実はレッドフォード監督作品は、ほとんど見てきた僕ですが、この映画を見たいという気がおきずにいました。アメリカによるイラク攻撃の失敗と新たなアフガニスタン攻撃の内幕を暴露した映画ということで、今さらアメリカの裏側は見飽きたしなあ、と思いDVDが出ても借りる気にならずにいました。ところがDVDの予告編をたまたま見た中学三年生の長男が、面白そうだから見たいと言い出したので、それじゃあと借りて見ることにしました。
 めったに自分で見たいとはいわない長男は、「ヴァンテージ・ポイント」のようなひねりのきいたアクションものが好きなので、この作品も陰謀がらみのハイテク戦争映画というふうに予想していたのかもしれません。ところが見てみてびっくり、予想は見事にはずれてしまいました。さすがはアメリカの映画界を背負う大物監督です。あっという間の1時間半でした。(ちなみに、「ヴァンテージ・ポイント」も近頃珍しくなった1時間半の作品でした。お金をかけずアイデア勝負でも良い映画は作れるという良いお手本です)

<3本立ての映画>
 1時間半という短い映画にも関わらず、この作品は3つの物語が別々に進行する3本立ての物語です。3つの物語に関連はありますが、最後に1つの物語に集約するというわではありません。あえていうなら、2時間の映画に足りない残りの30分を使って観客が3つのストーリーに組み立てることを期待されている作品なのかもしれません。

(1)「失笑ブラック・コメディー」
 野心家のアーヴィング上院議員(トム・クルーズ)と記者のジャニーン(メリル・ストリープ)の対話からなる一つ目のストーリーは、「失笑コメディー」と呼べるかもしれません。実際、トム・クルーズの台詞にあきれて笑わされる場面が何度もありました。ベトナムやイラクで繰り返されてきた愚かな過ちを反省することなく再び実行しようとするある意味前向きな姿勢は、そうやって新天地を築き上げてきたアメリカ国民の行き方そのものなのかもしれないと妙に納得させられたりもしました。この映画のタイトルは、第二次世界大戦でドイツ人兵士が勇敢なイギリスの兵士のことを「羊のように愚かな指導者に率いられた勇敢な兵士 Lion For Lambs」言ったことからきています。

(2)「戦争アクション&アメリカにおける戦争システムの暴露映画」
 もうひとつの物語は、そんなライオンのように勇敢で正義感にあふれた二人の兵士を主人公とする「「戦争アクション」です。しかし、この物語は兵士の悲劇的な死だけを描くのではなく、彼らがなぜその戦場に向かうことになったのかを過去へとさかのぼって掘り下げています。
 ベトナム戦争の時は、徴兵制によって若者たちは行きたくなくても強制的に戦場へと向かわされていました。それに比べ、現在のアメリカには徴兵制はなく志願した兵士だけが兵士として戦地に向かっています。さすがは自由と民主主義の国アメリカと言いたいところですが、やはりそこには裏があります。アメリカという国の若者たちの多くは、例え戦争に疑問を感じていても、戦場に向かわざるを得ない仕組みになっているのです。それはアメリカがもつ富める者と貧しい者による二極化した社会構造が生み出した特殊な状況が原因になっています。
 アメリカの場合、貧しい階層の若者は自力で大学に入学することは不可能に近いことになっています。よほどの天才か努力家なら入学金免除という場合もあるかもしれませんが、そうでなければ、大学に入学するためにはローンを組んで大学に入学。その後、借りたお金を卒業後に返してゆくことになるわけです。そのためには、彼らは卒業後、すぐに仕事について働き出さなければなりません。彼らには卒業後に放浪の旅に出たり、別の学問を学ぶ道に進んだり、社会活動に参加したり、将来の道を模索する道を選ぶために迷っている暇は与えられないのです。しかし、軍隊に入れば彼らは除隊後に大学に入る学費が補償されます。こうして、貧しいために大学に入れない若者の多くが軍に入隊する道をあえて選択することになるわけです。自由の国アメリカの軍隊はかつては富める者も貧しい者と同様に徴兵されるシステムになっていました。(もちろん、お金を使った逃げ道がなかったわけではありませんでしたが・・・)しかし、現在の制度では金持ちは戦場に行く必要がなくなったわけです。
「自由の国、アメリカ万歳!」
 こうして、戦場に向かった優秀な兵士には、より危険な任務が待ち受けているのです。

(3)「青春学園人生ドラマ」
 そして、そんな優秀な生徒を軍隊につれて行かれた大学の教師(マレー教授=ロバート・レッドフォード)と恵まれた環境に育ちながら彼の期待を裏切り学業の道を捨てようとしていた現役大学生(トッド=アレン・ガーフィールド)がもうひとつのドラマの主人公です。これはまさに「青春学園ドラマ」です。
 政治学を学び、現実に行われている政界の愚かな政争を理解し始めた学生が政治家になる夢を捨てる気になるのも責められない気がします。逆に政治システムを上手く使って偉くなろうと目論むアーヴィング上院議員のような野心家よりはよほど信用できます。しかし、それでは世界は永遠に変らないし利用されるだけだ!、そう熱く語るマレー教授の姿をウザッタク感じる人も多いかもしれません。
 こう書いている文章もかなりウザイかもしれませんが、そんなことを気にしていては大切なことは伝えられない、そんなことを考えながら、いつも文章を書いているつもりです。数多くの問題点を指摘した後、この映画は具体的な解答を示してはくれませんが、人それぞれ何かの考えは見えてくるはずです。もし、何も見えてこないとしたら、その人はまだ社会との関わり方が足りなすぎるのかもしれません。
 考えてみると、この映画は3つの舞台装置を用意すれば、十分に舞台劇として成り立つほど、アクション・シーンの少ないハリウッド映画です。
A.アフガニスタンの山頂でゲリラと対峙する二人の兵士による対話
B.上院議員の執務室で話をする議員と記者の対話
C.教授の部屋でディベート風の激論を闘わせる教師と生徒の対話。
 この三つで十分でしょう。今時これほど動きの少ない映画も珍しく、前述の映画「ヴァンテージ・ポイント」とは実に対照的な存在です。「ヴァンテージ・ポイント」は副大統領暗殺事件を何人もの視点からドラマ化したものでしたが、全員がその現場にいたというのがミソでした。それに対し、この映画はアフガニスタンへの米軍侵攻作戦を別々の視点、それもまったく別の場所、別の立場から見ているというのがミソなわけです。
 当初、レッドフォードは監督を受けるかどうか迷ったそうです。娯楽映画にはならないこの作品は題材としてはかなり難しいように思えたのでしょう。多くの観客がストーリーを予想してしまいそうな題材の作品にいかに観客の心をひきつけさせるか?そこで、この3つのドラマの同時進行という形式が利いてくるのです。観客は、それぞれのドラマを見ながら登場人物がどう関わってくるのか、常に別のドラマが気になることで緊張感が高くたもたれ、飽きることがありません。映画が進むにつれ、無名の存在だったはずの取り残された二人の兵士の人間性が明らかになり、観客は二人の救出作戦の成功を強く願うようになり、さらに緊張感が高まることになります。
 この時同時進行で、その作戦がイラク戦争の失敗をカムフラージュするために仕組まれた馬鹿げた計画だったことも明らかにされます。こうして、愚かな政治家のために死んでゆく兵士たちの悲劇を浮かび上がらせることで、それを報道せずにいるマスコミやそうした事実に関心をもとうとしない若者たちの責任にも目が向けられる客観的な視点も示され、この映画を見ている観客自身にも責任があることを感じさせる見事な作りになっています。

<2008年大統領選挙への影響>
 この映画を、オバマ対マケインの大統領選挙における反共和党キャンペーン映画であるという見方もできるでしょう。ロバート・レッドフォードは昔から民主党の支持者であり、この映画自体もユナイテッド・アーティスツ社の経営陣の一人となったトム・クルーズの存在があったからこそ作られた作品でもあるようです。ハリウッド左派によるキャンペーン映画なのは間違いないでしょう。しかし、こうした映画製作が可能だというのもまたアメリカならではのことです。
再び「自由の国、アメリカ万歳!」

<若者たちに見せたい映画>
 ところで中学三年生の息子がこの映画を見てどう思ったか?
意外なことに、息子はこの映画最後までじっと見ていました。ちょっと驚きでした。
学校で勉強をしている中で「何でこんなことを勉強しなきゃいけないの?」とは誰もが感じるものです。そんな中学生、高校生、大学生に是非見せたい作品です。(もちろん、9・11以降のアメリカ・イラク戦争の歴史をある程度は理解していなければならないでしょうが・・・)

<役者たちの名演技>
 トム・クルーズ演じる上院議員のインチキっぽい政治家ぶりは、気持ち良さそうで実に板についています。彼にはこうした自信たっぷりの役がぴったりですが、たぶん宗教家としても有名な彼は本当にこんな感じの自信家なのでしょう。
 メリル・ストリープの貫禄たっぷりの演技はさすがです。9・11の衝撃に我を忘れ、大企業の傘下になったことでマスコミとしての使命である批判精神を失い、サラリーマン化することで危険を冒せなくなってしまった記者の苦悩と後悔。もうこれ以上過ちは犯せないという決意の表情。さすがはアカデミー賞の常連です。
 大学教授を演じる監督のレッドフォード、かつてはポール・ニューマンのような師匠役に学ぶ若造役だった彼が生徒に一生懸命語りかける姿は、若手映画人のためにサンダンス映画祭を主催する指導者としての彼のこれまでの生き方を知っていると余計に説得力を感じます。
 60年代末に学生だった彼は初めはこの映画の主人公のように政治に無関心で社会意識などまったくなかったそうです。それが変ったのは彼がヨーロッパを旅行している時に目にしたパリの5月革命でした。学生運動から始まったフランスの反政府運動は国内の政治をひっくり返すほどの社会運動に発展し「5月革命」と呼ばれるほどのパワーをもつに至っていました。彼の作品に早くから社会意識の高い作品が多かったのは、そうした彼の考え方が反映されていたからなのです。しかし、そんな彼も9・11の後、ブッシュ大統領の暴走を止められなかったことを後悔しているのでしょう。なんとしても、アメリカを変えたいという彼の熱い思いをじっくりと感じて下さい。

「大いなる陰謀 Lions for Lambs」 2007年公開
(監)(製)ロバート・レッドフォード
(製)(脚)マシュー・マイケル・カーナハン
(撮)フィリップ・ルースロ
(編)ジョー・ハッシング
(音)マーク・アイシャム
(出)ロバート・レッドフォード、トム・クルーズ、メリル・ストリープ、マイケル・ペーニャ

<あらすじ>
記者のジャニーン(メリル・ストリープ)は、次期大統領候補のひとりとも言われる野心家の上院議員アーヴィング(トム・クルーズ)に呼ばれ彼の元を訪れます。彼は現在進行中のアメリカ軍の新しい作戦について語り始め、それを大々的に記事にするよう要求しました。抑え込んでいたはずのアフガニスタンの反政府勢力が再び勢いを取り戻しつつあること。イラクからゲリラがイランを経由してアフガニスタン入りしていることがわかったこと。
 そこでゲリラの侵入ルートでもあるアフガニスタン北部の山岳地帯にある拠点を抑えるため、米軍の特殊部隊が攻撃に向かっているというのがその主旨でした。彼はイラクでの失敗を認め、だからこそ次に進まなければならないのだと力説しました。
 同じ頃、アフガニスタンの現地でヘリで攻撃地点に向かっていた特殊部隊は予期せぬ攻撃に合い二人の兵士を残したまま撤退してしまいます。二人の兵士、アーネスト(マイケル・ペーニャ)とアリアン(デレク・ルーク)は山頂に孤立しゲリラとの睨み合いが始まります。さらに同じ時刻二人の兵士の母校では彼らの担当教授でもあったマレー教授(ロバート・レッドフォード)が一人の生徒を呼び出し、彼の授業態度について将来の生き方について話し合いもしていました。教授は彼に才能がありながら将来のためにアメリカ軍に入隊する道を選んだ二人の学生の話し合いをし始めました。 

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