ロンドンの街の歴史・名所・地図
Welcome to London !


<ロンドンの地図と各地域の歴史と名所>


(注)地図内それぞれの地区名からリンクしてあります!

                                                                           
                                                                                     
   ウ              ホ                                          
                                                               
                                                                               
                   リ                          ク                
                                  K                                            
                                                                                     
                                                             
                                                                                   
                                                               
                                                           
                                                                               
                                                                               
                                                   
    T       W                L                      
                                  B                B     T                
                             D                           B      
                                        E                                      
                                                                             
                                             
                                                                                   
                                                                           
                                           ウ                  
                                                                           
                                                                                     
     ↓                                                    

 大ロンドン
 紀元前54年、ケルト人たちの土地だったブリテン島にジュリアス・シーザー率いるローマ軍が上陸。
 ケント周辺から北上しましたが、テームズ川まで来たところで進軍を停止し、ローマへと帰国しました。
 紀元47年、再びやって来たローマ軍がロンドン周辺に初めて木製の橋を建造しました。
 その橋の周辺がロンドンの街の元になるローマ軍の居住地となりました。
 紀元100年頃、ケルト人からの攻撃からの防備のため石の城壁 が東西と北側につくられました。
 (南側はテームズ川に守られていました)
 その後、ケルト人はブリテン島を守るために、大陸のアングロサクソン人に助けを求めます。しかし、アングロサクソン人はブリテン島が気に入ってしまいます。
 そのため、彼らはケルト人を北部(スコットランド、ウェールズ)に追いやり、ここからブリテン島の中世が始まったとされます。
 1665年、ペストの流行により、当時のロンドンの人口の1/6にあたる8万人が犠牲になりました。
 1666年9月2日、「ロンドン大火」が発生します。出火はシティにあったパン屋の竈だったと言われています。4日間燃えつづけた火事で市街地の4/5が焼失。
 当時の家はほとんど木造だったので、ほとんどの家が焼け落ち、セントポール大聖堂も焼失。この後、ロンドンの街は石造りの建造物だけになります。
 ロンドンとは、現在の「シティ」のことで、現在でもシティは独立した存在として市長が存在しています。
 1863年、世界最古のロンドンの地下鉄が運行開始。現在は12路線、268駅総延長400キロとなっています。
 映画「チューブ・テイルズ」(1999年)は地下鉄を舞台にしたオムニバスの作品です。(ユアン・マクレガー、ジュード・ロウなどが出演)
 1965年に大ロンドン市となり、32の区とシティからなる現在の形になりました。
 1986年、サッチャー首相はロンドンを含む6つの大都市圏議会を廃止します。(経費削減が名目だが労働党潰しでもあった)
 市庁舎だったカウンティ・ホールだけでなく、多くの施設が売却されました。しかし、14年後に労働党のトニー・ブレア首相が誕生し、大ロンドン市庁舎が復活。
 2002年には、ノーマン・フォスターのデザインによる現代建築の市庁舎が完成します。(ロンドン塔の迎えがわに)
現在のロンドン
 現在のロンドンの原点となったのは、1944年に発表された「グレイター・ロンドン」計画です。
 その目的は2つありました。
(1)戦災復興と中心部への人口集中の解消。
(2)中心部、郊外部、緑地帯、田園地域に分割し、中心部の再開発と周辺の田園への移住促進
 多民族の街であるロンドンには、それぞれの民族が固まって住んでいる地域があります。
アラブ系が多いのは、中西部のベイズウォーター
西インド系(カリブ海の島々)が多いのは、南東部のブリクストン
バングラディッシュ系が多いのは、タワー・ハムレッツ(シティの東部地域)
ポーランド系が多いのは、ランべス
イラク系が多いのは、北部のバーネット地区

 ウエストミンスター
バッキンガム宮殿
 1837年、ヴィクトリア女王即位の年に正式の宮殿となった建造物。
元はバッキンガム公ジョン・シェフィールドが1705年に建てた私邸バッキンガム・ハウ。
1716年、ジョージ3世が王妃のために買い取り、クイーンズ・ハウスと呼ばれることになりました。
ジョージ4世が建築家のジョン・ナッシュに指示し宮殿として改築させました。
この時につくられた凱旋門は地下鉄の駅名にもなった「マーブル・アーチ」として現在も残っています。
ウエストミンスター・パレス
 「ウエストミンスター」とは「西の寺院」という意味です。
 アングロサクソン最後の王となったエドワードがシティの西側に建築を始めたノルマン様式の宮殿(オールド・パレス)がもとになっています。
 当時、ロンドンの首都はウィンチェスターで、ロンドンが首都になったのはノルマン人の王ウィリアムがイングランドを征服した1066年からです。
 1099年、ウイリアムの息子2世がオールド・パレスを増築した「グレート・ホール」が現在のウエストミンスター・ホールです。
 1265年に行われた「議会」は、議会制民主主義の原点と言われています。
  現在のものはヘンリー3世によるゴシック様式のもので、1834年の火災の後で再建されたものです。(設計はチャールズ・バリー)
 1066年以降、王室の戴冠式の場として使用され、17人の君主が眠る場所でもあります。(作曲家のヘンデルも)
 第二次世界大戦でも爆撃され、破壊されましたが、ほぼ元通りに再建されました。
「建物を形作るのは我々だが、その建物が後に我々を形作ることになる。議員全員を収容するような議場にしてはいけない。
下院での優れた議論の真髄は軽快にやり取りができる対話スタイルにある。そのためには、小さな議場と打ち解けた雰囲気が欠かせないのである」
テート・ギャラリー 
 1897年、ナショナル・ギャラリーの別館としてオープンした美術館。
 ナショナル・ギャラリーと違い、イギリスの絵画を中心に展示。J・M・W・ターナーの作品を多数見ることができます。

セントジェイムズ 
トラファルガー広場 
 ジョージ4世の騎馬像が立つロンドンを代表する広場は、元々王室の馬小屋「ロイヤル・ミューズ」があった場所でした。
 馬小屋がバッキンガム宮殿に移設されたため、広場となりました。
 トラファルガーの海戦でナポレオンのフランス軍に勝利したことを記念して、ネルソン提督の記念碑が建てられました。
ダウニング街10番地 (首相官邸)
 1730年代に建てられた建造物。初代首相のウォルポールがジョージ2世から与えられた建物に住んだのが最初とされています。 
ザ・マル
 バッキンガム宮殿とトラファルガー広場を結び、女王など皇室関係者がパレードを行う儀式用の道路。 

シティ
 City of London 中世まではシティ=ロンドンでした。人口は1万1500人程度でしたが、現在では33万人が金融業などで働く地域となりました。
 ウィリアム征服王が11世紀にロンドンに進軍し、市民を見張るためシティの東側城壁にロンドン塔を建設しました。
 16世紀末には金融・国際取引の中心地となりました。
 1571年、王立取引所設立。
 1600年に、東インド会社設立。 
ロンドン塔
 1078年、ウイリアム征服王が築いたホワイト・タワーを中心に歴代の王によって増築されてきた。
 王室造幣局、王室天文気象観測所、財宝庫、武器庫、金庫、そして牢獄として利用されてきました。
 リチャード2世、ヘンリー6世、トマス・モア、アン・ブリン、トマス・クロムウェル、エリザベス1世などが幽閉されていました。
 「ミドル・タワー」、「バイウォード・タワー」、「セント・トマス・タワー」、「ウェイク・フィールド・タワー」、「ブラディー・タワー」、「ホワイト・タワー」
タワー・ブリッジ 
 1886年、サー・ジョン・ウルフ・バリーとホレイス・ジョーンズによって建設されたゴシック様式の塔をもつ跳ね橋。
 博物館としても公開されています。
ロンドン橋
 シティとサザークを結ぶテームズ川に2000年以上前に最初にかけられた橋でした。
 石造りの橋になったのが13世紀で、建設費や維持管理費を稼ぐために、橋の上に商店や家を建てさせ家賃をとった。
 1722年、通行をスムーズにするため、左側通行を施行し、これが後のイギリスにおける基準となります。
 1862年、鉄製の橋となりましたが、当時のテームズ川は世界最大の船舶通行量を誇る川でした。 
 1972年、コンクリート製の現在のものになりました。
セントポール大聖堂 
 1710年に完成したクリストファー・レンにより「ロンドン大火」の後、35年かけて建築されました。数少ないバロック様式の教会。
 宗教施設と同時に出版業など商業の場としても利用。シェイクスピアの本もここから世に出たといわれます。
 第二次世界大戦でのロンドン空襲の際、チャーチルの指示により消防隊が徹底的に消化活動を行い、無事、焼けることなく残りました。
王立取引所 
 「王立」といっても、建設者は民間の銀行家トマス・グレシャムという貿易と銀行業で財をなした人物です。
 ロンドンの繁栄のためには、オランダのアントワープのように経済の中心となる取引所が必要と考えた彼の提案がシティに承認されます。
 1571年に訪れたエリザベス女王によって王立取引所という公的な名前を与えられることになりました。
 2階には商店を誘致し、複合商業施設としてロンドン市民の人気スポットになりました。
 2度の火事によって、1991年に改築され現在の施設となりました。
「レドンホール市場」
 映画「ハリー・ポッター」でダイアゴン横丁を訪れるシーンに登場する市場
「バラ・マーケット」
 ロンドン・ブリッジ駅近くのマーケットで食材に特化しています。安さではなく有機野菜などこだわりの食材が中心。 
ブリック・レーン・マーケット 
 シティの東、インド、バングラディッシュ、パキスタン系移民の街のマーケット。食料品だけでなく、様々な中古品も安い。

ソーホー
 中世に王家の狩猟場だった場所。狩りの掛け声から「ソーホー!」となったといいます。
 18世紀以降、移民たちが住み始め、それぞれの国の料理を出す店が増えて、ロンドン有数の繁華街となった。
 20世紀にはいると、映画館が並ぶ、歓楽街となりました。
大英図書館 
 もとは大英博物館の読書室だったものが1913年に独立して大英図書館になりました。1998年に移動して現在の場所になりました。
 蔵書数は1億5000万以上。多くの作家たちが、ここで調査・著作活動をしていたことでも有名です。
 オスカー・ワイルド、トマス・ハーディー、バーナード・ショー、H・G・ウェルズ、カール・マルクス、レーニン
 一時図書館で職員として働いていたことで有名なのは、日本が生んだ生物学研究者、南方熊楠です。 
大英博物館 
 1759年開館。医師で骨董蒐集家だったハンス・スローン卿の遺志で、彼の遺品を中心に誕生しました。
 エジプトで発見された「ロゼッタ・ストーン」や数多くのミイラなど見どころはいっぱいあります。
 博物館前にあるパブ「ミュージアム・タバーン」も有名です。
ロンドン大学
 ロンドン大学本部は大英博物館に隣接した場所にあります。設立は1836年で、オックスフォード、ケンブリッジ大学に次ぐ長い歴史です。
 12万人の学生を抱える英国最大の大学です。
 元は、宗教色を排したユニバーシティー・カレッジと国教派のキングス・カレッジが合併してロンドン大を構成することになりました。
 1878年、女性に学位を与えた大学でもあり、カレッジごとにまったく異なる大学でもあります。
ナショナル・ギャラリー 
 1824年、絵画コレクターのジョン・アンガースタインが亡くなり、議会下院がコレクションを買い上げて美術館での展示を決議したのが始まり。
 ルネッサンス前から後期印象派のヨーロッパ絵画約2000点を展示。
 ボッティチェリ、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ティッツィアーノ、ラファエロ、ティントレットなどイタリア絵画が特に充実しています。
グローヴ座 
 1949年、シェイクスピア時代のグローヴ座を復元するためのプロジェクトがスタート。しかし、実現には到らず。
 アメリカの俳優・演出家のサム・ワナメイカーの主導で再開し、彼の死の翌年、1994年にオープン。
ウエストエンド周辺の劇場 
「ドゥルリー・レイン」(1812年)大型のミュージカル劇場
「ロイヤル・オペラ・ハウス」(1732年)ヘンデルのオペラなどを上演した国立のオペラ・ハウス。元は「コヴェント・ガーデン劇場」
「イングリッシュ・ナショナル・オペラ」では、英語に翻訳されたオペラの上演を行っています。
「ハー・マジェスティ―ズ」(1705年)イタリア・オペラ中心の劇場
「シアター・ロイヤル・ヘイマーケット」(1720年)
その他、「リリック」、「アポロ」、「ギルグッド」、「クィーンズ」などがあります。
マーキー・クラブ
 1958年、オックスフォード・ストリート165にオープン。
 1964年、ウォーター・ストリート90番に移転。60年代はロック。70年代半ば以降はパンク。80年代はヘヴィ・メタルのバンドが活躍。
 1988年にチャリング・クロス・ロード105に移転。
 2008年、コヴェント・ガーデンに移転後、50年の歴史に幕を下ろしました。
カーナビ―・ストリート 
 高級店、デパートが並ぶ通りで、リージェント・ストリートの裏手にあります。60年代サブカルチャーの発信地として有名になりました。
 家賃が安かったので、多くのアーティストたちが住んでいました。ジミ・ヘンドリックスも住んでいた! 
「バブアー」防水キルティング・ジャケットのブランド
「ハンター・ブーツ」レインブーツの老舗ブランド
「アクアスキュータム」トレンチコートで有名な高級ブランド
「アレキサンダー・マックィーン」キャサリン妃のウエディング・ドレスをデザインしたブランド
「ヴィヴィアン・ウエストウッド」パンク・ファッションを牽引したブランド
「フレッド・ペリー」1960年代モッズ・ファッション御用達のブランド

ホルボーン
コヴェント・ガーデン 
 13世紀初め、ジョン王の時代、ウエストミンスター寺院の修道院付属の菜園として使用されていたことから命名された庭。(修道院=Covent)
 1536年、ヘンリー8世による修道院と所有地の解体により没収され、ベッドフォード家の所有となりました。
 1630年に再開発が始まり、1671年には野菜、果物の卸売り市場が開かれるようになり、劇場やコーヒーハウスも周辺に登場します。
 19世紀に入り、市場には屋根がかかり、青果市場が中に入り、アンティーク・ショップ、ロイヤル・オペラハウス、ファッション関連の店なども開店。
 1974年、テームズ川南側に移転し青果市場もなくなります。1980年にはショッピング街として再出発しています。
 映画「マイフェア・レディ」で主人公のイライザが花売りをしていたのが、この場所です。
ウォータールー橋
 1815年、ナポレオンの「ワーテルローの戦い」での勝利を記念して作られた橋。
 映画「哀愁」(1940年)の舞台で、「恋するシェイクスピア」(1998年)にも登場しています。
キングス・クロス駅
 映画「ハリー・ポッター」の9と3/4番線がある駅。外観として使われているのは、セント・パンクラス駅だということです。 
カムデン・マーケット
 キングスクロスの北西にあるカムデンタウン駅近くの市場。
 若者向けファッションのマーケットが5つほどあります。
 カムデン・ロック、ステイブル・マーケット、カムデン・バックストリート・マーケット、カムデン・ロックヴィレッジ、インバネス・ストリート 

メリルボーン 
リージェンツ・パーク
 1812年にジョージ4世の指示により、ジョン・ナッシュが設計を担当しました。ロンドン北西部にあるロンドン市内最大の公園です。 
シャーロック・ホームズ博物館
 ウエストエンドを南北に走る道「ベイカー・ストリート」の221Bにシャーロック・ホームズの住む家があったとされています。 
ロンドン玩具模型博物館
 古いビクトリア調の建物の中に鉄道模型やドールハウスなど、様々なおもちゃを展示。(パディントン駅近く)

ケンジントン 
ハイドパーク、ケンジントン・ガーデン
 1728年、ジョージ2世の王妃キャロラインがハイドパークから分離させて作った300エーカーの庭がケンジントン・ガーデン。
 「ケンジントン・ガーデン」は、「ピーターパン」の作者サー・J・M・バリの散歩場所でした。その聖地としてピーターパンの銅像があります。
 映画「ネバー・ランド」の撮影もここで行われました。
 1851年、ハイドパークにはロンドン万博のシンボルとなったジョセフ・パクストン設計の「クリスタル・パレス」が建てられました。
 クリスタル・パレスは、1936年にクリスタル・パレス・パークに移設されましたが、火事によって焼失しました。
ヴィクトリア&アルバート・ミュージアム 
 1852年に設立された装飾美術(デザイン、ファッション、工芸など)専門の美術館。
 400万点を越えるコレクションを所蔵していますが、元々は、1851年開催のロンドン万博の利益によってコレクションされたものから始まりました。
 美的センスを国民に広める「教育」を目的につくられたといいます。展示の仕方も、そのためにあえて手で触れるように工夫されています。
自然史博物館
 1858年に大英博物館自然史部門の長だったリチャード・オーエン卿が計画し、独立が決まりました。
 1880年アルフレッド・ウォーターハウスの設計によって開設されました。
 ハンス・スローン卿は、標本や人工物など8万点を所有していましたが半分は自然史関係の標本類でした。それがもとになって開設されました。 
地質学博物館
 1935年設立の博物館。地質学研究をリードしてきた英国の誇る研究資料が展示されています。様々な宝石のコレクションも見ごたえあり。 
科学博物館
 地質学博物館に隣接した博物館。機械工学、物理学、医学関係を中心に発明、発見の歴史を紹介・展示。 
ロイヤル・アルバート・ホール
 1871年完成の音楽ホール。ガラス製のドームをもつ円形で8000人収容。ボブ・ディランの伝説的ライブなど、様々なライブを開催する場所。 
楽器博物館
 ロイヤル・アルバート・ホールの南にある楽器に関する博物館。王立音楽学校内にあります。 

チェルシー 
スタンフォード・ブリッジ 
 チェルシーFCの所有するサッカー・スタジアムで、マンチェスター・ユナイテッドの「オールド・トラフォード」に次ぐ収容人数です。
<参考>チェルシー以外の、ロンドンにあるサッカー・スタジアムとしては
 エミレーツ・スタジアム(アーセナルFC)、ホワイト・ハートレーン(トッテナム・ホットスパーFC)
 クレイヴン・コテージ(フラムFC)、ロフタス・ロード・スタジアム(クイーンズ・パーク・レンジャーズQPR) 
国立陸軍博物館 
 陸軍を中心に英国の軍隊の歴史を紹介。武器だけでなくジオラマ、軍服、軍人の肖像画なども展示。 

サウスバンク 
テート・モダン 
 2000年、もとは発電所だった建物を利用して作られた美術館。
 テート・ギャラリーから分かれてモダンアートを中心に展示しています。 
 1969年にできたマーク・ロスコ寄贈の「シーグラム壁画」((シーグラム・ビルのレストラン用30点のうち9点)によるロスコ・ルームも見ることができます。
ナショナル・シアター
 1848年に国立劇場の建設が提案されるも、長く実現せず、1903年に具体的なプランが提案。1962年初代ディレクターにローレンス・オリヴィエが就任。
 その後、ロイヤル・シェイクスピア・シアターの創設者ピーター・ホールが就任し、1976年に新劇場が開設されました。
(1)リトルトン劇場(1976年)890席の近代的な演劇会場
(2)オリヴィエ劇場(1976年)1160席のギリシャ野外劇場風の演劇場
(3)コッテスロー劇場(1977年)400席の実験演劇場
ロンドン・アイ
 ロンドンのシンボルとなった1999年開業の巨大観覧車 
映像博物館
 中国の影絵(紀元前3000年)から現在に至る映像技術の歴史を展示・解説。
戦争博物館
 1917年設立(当時はクリスタル・パレス内)1914年以降、英国とその植民地における戦争についての品々や資料を公開。 
庭園史博物館 
 1981年に解説された博物館。チャールズ1世に仕えた宮廷の園丁トレードスキャント父子の功績を讃えて設立されました。 

グリニッジ 
グリニッジ天文台 
 1675年、イングランド国王チャールズ2世が作った公園。
 現在は天体観測は行われていないが、グリニッジ標準時(Greenwich Mean Time GMT)の基準になっています。
 1924年2月5日、グリニッジ天文台が発した時報から使用。(現在は原子時計による協定世界時)

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