砂漠の独裁国家が古き良き楽園だった頃


「リビアの小さな赤い実 In The Country of Men」

- ヒシャーム・マタール Hisham Matar -
<悲劇の国リビアから>
 このサイトを作るにあたって、いくつかこだわっていることがあります。その中のひとつに、「できるだけ多くの国のアーティストや作品を取り上げること」というのがあります。世界中どこに行っても、素晴らしい作品はあるし、そうした作品との出会いはこの上ない喜びを与えてくれます。(ジャミロクワイの「Traveling Without Mooving」!)
 そんなわけで、ここではリビア出身の作家による小説を紹介します。「アラブの春」により混乱状態となったリビアでは、2014年以降、内乱状態が続き無政府状態になっています。1969年のカダフィ大佐の登場により、それまで比較的安定し豊かだったリビアは、狂信的なイスラム教国となり、そこから現在に至る混乱が始まりました。この小説は、そんな危険な指導者カダフィの登場時期、リビアにおける混乱の始まりを描いた小説です。
 先ずは、当時のリビアの状況から振り返ってみましょう。

<カダフィ登場>
 1969年9月、リビアの陸軍青年将校ムアンマル・アル・カダフィ大佐が、同志の兵士たちと共にクーデターを起こします。不在だったイドリース国王の王宮や政府の施設と共に放送局も占拠。自らが革命評議会議長に就任し王制を廃止して共和国化を進めます。
 1973年、「文化革命」を宣言し、西欧のイデオロギーを排除したイスラムの教えに基づいた社会体制を築き始めます。そのために、西欧的民主主義思想をもつ多くの文化人や政治家を公職から追放し、西欧文化の書物だけでなく反イスラム的に本の焚書も実行します。
 1976年には独裁者カダフィをピラミッドの頂点とする直接民主主義体制(自称)である「ジャマーヒーリーヤ」を確立。
 彼が起こしたクーデターはほぼ無血で実行されましたが、その後、反体制派を拉致、監禁、拷問、そして処刑という「恐怖支配」によって黙らせたことで世界中から批判されるることになりました。
 著者の父親は、元外交官で貿易業者として成功していましたが、革命評議会の監視対象となりました。そのため、家族でエジプトに亡命しますが、1990年に父親はカイロの街中で拉致され、トリポリに強制送還されました。1995年以降、父親からの連絡は途絶えたままということです。
 著者は、その後、エジプトに亡命し、15歳の時、単身英国に留学し、大学に通います。卒業後は、建築事務所で働き始めるものの詩作に熱中するようになり、事務所を閉めて石工などのバイトをしながら作家活動を続け、この小説を発表するに到りました。
 この作品は、「ある場所を生き生きと描いた作品」に送られる文学賞、英国王立文学協会オンダーチェ賞を受賞しています。

<青春文学の傑作>
 著者は革命が始まる前の古き良きリビアで育ち、少年から青年へと混乱の中を成長することになります。その意味で、この小説は混沌とした国リビアの首都トリポリを舞台にした青春小説ということもできます。
 時にはまだ幼い主人公の行動にイラつきながらも、サスペンスの要素に引っ張られ読み進む手は止まりません。そのうちに、主人公がまだ9歳の子供なのだと考えると、あまりに早すぎる体験が続くことに悲しみと怒りをおぼえながら、一気に読み終えます。彼の心が、しだいに運命によって、変えられることが悲しすぎます。

 そのときのことは、ずっとあとまでぼくの心に残った。自分の運命の鍵を握っている人 - 移民局の職員とか大学の教授とか - と顔を合わせるたび、あの日、服従という陰気な処世術を初めて覚えたときの気持ちがよみがえった。もしかしたらあの経験のせいで、ぼくは権威に服従することにしばしば不面目な喜びを見出すようになったのかもしれない。・・・

 今やリビアはこの小説の時代が楽園に思えるほど混沌とした状況にあります。しかし、その時代に生きた記憶を小説として描いた著者の思いは、この作品によって未来へと残されることになりました。
 残念なことに、2010年以降のリビアを描く家族の物語が誕生するのはいつのことになるのか?文学作品を読むことすら困難な時代、社会に生きる人々のことを思えば、我々日本人はなんと幸福なことでしょうか!

・・・部屋に閉じ込められているあいだ、わたしは彼のことを考えた。彼のことを考えると強い気持ちになれた。心のなかでこう思ったの。『こんなこと平気よ。だってあの人とわたしは同じ世界にいるんだもの同じ川や海や山のある世界にいるんだもの』って。なんて愚かだったのかしら。そして自分に言い聞かせていたの。
『彼がどこにいようと、親たちがどんなにふたりを引き離そうと、わたしたちが同じひとつの空をみて、同じひとつの月をみて、同じひとつの太陽に温められるのを止めることはできない』ってね。そういう永遠なものをみると、嬉しくてたまらなくなった。太陽や、雲や、空の青さをみていると、親たちの罪になんか負けないっていう気持ちになれた。でも結局、勝ったのは親たちだった。わたしが頭のなかにためていた物語の登場人物たちは、そのあと急速に存在感を失って、シェヘラザードさえわたしを裏切ったわ。いまではもう、わたしは詩か新聞記事より長いものは読めない。本を読むには、とてもたくさん、信じる力がいるの。


<最後に>
 ぼくはいま、あの夏を思い出している。生まれる育だった街から遠くへやられるまえの、最後の夏を。1979年。あの夏は太陽がどこにもあふれていた。トリポリの街は日を浴びて静かにかがやいていた。人も動物もアリも、必死で陰をさがした。灰色の陰は天から救いのように、白くまぶしい世界にぽりぽりと刻みこまれていた。だが、ほんとうの救いにやってくるのは夜になってからだ。・・・

 この本を読み終わってから、改めてこの冒頭の文章を読むと、革命評議会という凶暴な力から逃れようとする人々の悲劇かここに象徴的に描かれていたことに気づかされます。素晴らしい書き出しです。

「リビアの小さな赤い実 In The Country of Men」 2006年
(著)ヒシャーム・マタール Hisham Matar
(訳)金原瑞人、野沢佳織
ポプラ社 

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