「僕はマゼランと旅した I Sailed with Magellan」

- スチュアート・ダイベック Stuart Dybek -

<「記憶の旅」>
 「僕はマゼランと旅した I Sailed with Magellan」不思議なタイトルの小説です。しかし、「旅」は「旅」でも、過去への「記憶の旅」を描いたこの小説は、人生という名の冒険の旅を描いた異色のノスタルジックな青春小説といえます。そう考えると、このタイトルはなかなかよくできています。そして、その旅は彼の故郷でもあるシカゴの街から始まります。

「街へ足を踏み出すことで、もうひとつの生活を僕たちは手に入れることができた- 学校に代わる、家族に代わる、テレビによる世界に代わるもうひとつの生活を。街は僕たちを自由な気分にしてくれた」
スチュアート・ダイベック

 記憶の旅をつなぐのは様々な思い出の品や建物や風景や音楽です。なかでもこの小説にとって、音楽の存在は大きく、音楽ファンにはたまらない小説だと思います。参考までに、小説中に登場するアーティストの名前や曲名をざっと上げて見ましょう。
 エンリコ・カルーソービング・クロスビー、フランク・シナトラ、ジーン・クルーパ、メル・トーメ、マイルス・デイヴィスベニー・グッドマンビル・ヘイリー、レイ・チャールズ、ベートーベン、ドリス・デイ、エル・グラン・コンボ、ジョン・コルトレーン、シューベルト・・・
 「オールドマン・リバー」、「ハウンド・ドッグ」、「アイル・ビー・シーイング・ユー」、「シング・シング・シング」、「聖者が街にやって来る」、「ロック・アラウンド・ザ・クロック」、「瞳は君ゆえに」、「ハート・アンド・ソウル」、「スケッチ・オブ・スペイン」、「テキーラ」、「ハート・ブレイク・ホテル」、「至上の愛」、「アベ・マリア」、「ユー・アー・マイ・サンシャイン」・・・
「記憶のなかでは、何もかもが音楽に合わせて起こる気がする」
テネシー・ウィリアムズ「ガラスの動物園」より

 この小説が単なるノスタルジック小説の枠を超えているのは、過去の記憶を単に思い出すだけでなく、より積極的に過去を現在によみがえらせようと試みているせいでしょう。そのことは、作品の中の登場人物カミールが書いた作文にも表わされています。

「ディケンズが私たちをかつてのロンドンに連れ戻してくれるのなら、私たちだってディケンズを、今日のシカゴに連れてこられるのはではないでしょうか?」
「ブルー・ボーイ」より

 そして、カミールだけでなくこの小説の主人公であるペリーも少年時代は、やはり様々な夢を見ることで、世界を創造していました。「夢見ること」と「思い出すこと」、その区別は子供にとって、もしかすると意味がないのかもしれません。

「自転車、カーディガン、橇。そんな何でもない品物が、記憶や夢によって救い出され、子供のころの象徴となるのはなぜなのか、誰にわかるだろう?忘却へと拡張していく代替宇宙としての子供の頃、物質ではなく記憶こそが世界創造の素材である子供のころ。・・・」
「ブルー・ボーイ」より

 この小説は記憶の旅を続ける中で、少年ペりーが少しずつ大人になり、「夢見ること」と「思い出すこと」の意味や価値が変化してゆくことを体感しながら成長してゆく物語だともいえます。

「夢見るのも思い出す行為の一種だと思わないか?
 だったら記憶だって夢の一種じゃないか?」

「ケ・キエレス」より(ペリーの弟ミックの言葉)

 主人公の兄弟ペリーとミックの少年時代から、彼らの青春時代へ、物語は進んでゆきます。(けっして順番どおりではなく、行ったり来たりですが・・・)そして、物語のバックには時代を象徴するヒット曲が流れると同時に、彼らにとってのヒーローやヒロインたちも登場します。それは例えば、こんな顔ぶれでした。
 ポパイ、ターザン(ジョニー・ワイズミュラー)、マーロン・ブランド、ブリジッド・バルドー、フレッド・アステア、バート・ランカスター、デボラ・カー、ジャック・ケルアック、ドストエフスキー、プルースト、フロイト、サルバドール・ダリ、ジェームス・ディーン、リー・ストラスバーグ、フランツ・カフカ・・・

「どこまでものびてゆく道、その広大さのなかで夢見ているあのすべての人々」
ジャク・ケルアック「スティーブ・アレン・ショー」より

 そして、ペリーは一人旅に出たり、仲間と冒険に出かけたり、恋をしたりしながら青春時代を迎え、故郷を離れて行きます。そんな青春時代の失恋の思い出もまた忘れられないものです。特に男は、なぜかいつまでも過去の恋人の思い出を引きずるものです。それがどんなに過去の思い出でも、いつでも昨日のことのように失恋の痛みは思い出せるものです。人によっては、生涯その思い出から離れられない場合もあるくらいです。恋の痛みは、常に現在進行形なのかもしれません。(少なくとも、新たな恋に悩まされるまでは・・・)

「いまもまた、ローレルを白昼夢に見たい誘惑はあったが、彼女と最後に会ったときの体験があまりに屈辱的だったので、彼女のことを考えると胸が痛んだ。あのころ僕はまるっきり夢のなかで生きていて、突然目が覚めたときには、自ら引き起こしたことの被害の大きさを見てとるのがやっとだった。・・・」
「蘭」より

 恋の痛みは、失恋の痛みだけとは限りません。失敗すらできなかったことについての痛みも、また忘れられない場合があります。時が過ぎてゆくと、失恋の悲しみは笑い話として消えてゆきますが、失敗すらできなかった思い出は、その重みが増してくることがあります。誰にでも、そうした「しなかった思い出」があるはずです。これこそ、人生において最も後悔される思い出の一つかもしれません。

「若さゆえの自由にもかかわらず、初恋ゆえの気ままさにもかかわらず、運命のせいで、業のせいで、運の悪さのせいで - 何だって同じことじゃないか? - 僕たちは、しない、ということをひとつの驚異に仕立て上げたのだった。そしてなお、僕たちはしなかった。僕たちはしなかった。ただの一度もしなかった。」
「僕たちはしなかった」より

 しかし、こうした「記憶の旅」は、年を重ねるうちに少しずつ苦痛になってゆくかもしれません。過去の思い出が愛せるか、懐かしめるかもまた人それぞれ違うからです。

「いままでの人生で為してきたよき行いに
 大きな幸福を感じる瞬間がある
 でもやがて いままで犯してきたすべての過ちに
 心から悔恨する瞬間が訪れる」

「ケ・キエレス」より

 「記憶」が過去を現在によみがえらせるための装置であることは、人間にとってどんな意味があるのでしょう?
 ノスタルジックな思い出は、現実のつらさを忘れさせる鎮痛剤の役割を果たすために存在するのでしょうか?
 それとも未来を変えるために必要なエネルギーをもたらすために存在するのでしょうか?

「にわかに、彼ははっきりと悟る、記憶とは過去がその力強いエネルギーを伝導するための回路なのだと。そうやって過去は、愛しつづけるのだ。・・・・・」
「マイナー・ムード」より

 この小説は、主人公ペリー(たぶん著者)の青春時代の思い出を中心に描かれていますが、最も印象に残る登場人物は、主人公ではなく彼の叔父さんのレフティではないでしょうか。彼の悲劇的な人生は、この小説のバックに流れる音楽のようにペリーの人生にも影響を与え続けています。そして、この小説全体におけるクライマックスもまたレフティの破滅直前の様子を描いた章「マイナー・ムード」のように思えます。
 彼が愛する楽器を奏でながら、精神を崩壊させ、ついにはもうひとつの世界へと旅立ってゆく場面は、最高の名場面です!

 ナ・ズドローヴィエ、俺の可愛いコンセルティーナ。
 ウィスキーの香りを、彼女が優雅に吸い込むのをレフティは見守る - ドではじまって一口すすり、レ・ミ・ファ・ソとゆっくりのぼっていって、震え気味のラ・シに達する。そして、ショットグラスを何度も空にした末に、彼女をそっとベッドから抱き上げる、そして二人は、一緒に奏でているメロディに合わせて、二人でたったいま思い出したいにしえのダンスに合わせて踊っているのだ。
 こんな夜中に、もし表を歩いている知らない人たちがいたら、彼らは立ち止まって耳を澄ます。犬のように彼らは耳をそばだて、夜の闇を背に、首をうしろに倒して冷たい空気を吸い込む。吐く息が羽毛のようにたちのぼる。彼らの目は消えゆく星座のかすかな筋に据えられている。いま立ち止まったここは、暗い、アメリカの都市の街路だけれど、怖がる必要はないことを彼らは知っている、なぜなら今夜、空気は危険ではなく音楽を運んでいるのだから。
 ナ・ズドローヴィエ、知らない人たち。
 ナ・ズドローヴィエ、音楽。
 やがて、ため息の長いディミエンドのなか、コンセルティーナは静かに、安らかにわが身をたたんで、甘いウィスキーの息を吐き出し、レフティは彼女と並んで枕に頭を横たえ、ベッドカバーで自分と彼女を覆って、目を閉じる、舟歌のように、眠りが彼を運び去る。

「マイナー・ムード」より

 過去への旅は人によっては無意味なものかもしれません。前へ進むのが人生の意義であり、過去を振り返るのは、その敗北を忘れるための代償行為にすぎない。そう考える人も多いでしょう。しかし、それならなぜ人間は悲劇的な事件の記録を残したり、失恋を描いた文学を残し、悲しみに満ちた音楽を歌い続けるのでしょうか。ほとんどの名作といわれる芸術作品は過去のものです。どんな芸術作品もそれが完成したり、パフォーマンスが終了した時点で、過去のものとなります。しかし、それでもなおそれらの作品は我々に感動や生きる喜びを与え続けてくれます。
 そして、もうひとつ重要なこと。それは、過去とはもう定まったもので変えられないものなのか?ということです。
 もし、「過去」が不確かなもので変更の余地があるものだとしたら・・・それは「未来」と同様、魅力的に見えてくるはず。実際、間違いのない「過去」など、存在するのでしょうか?もし、絶対に間違いのない「過去」が存在するとしたら、それはその出来事を実際に体験した本人の「記憶」の中だけにあるのではないでしょうか。もちろん、そうなれば同じ出来事を体験した別の人には、異なるもうひとつの「過去」があるはずです。
 「過去」を知ることは、思い出すことは、非常に困難なことですが、だからこそ魅力的でもあるのです。

「仮定してみよう 未来を予知できないのと同じに
 過去もまた思い起こせぬものであり
 思い出すためにぼくらは
 神殿をおとずれるか、
 タロットを読む場末のジプシーをたずねるか、
 あるいは占星術師にみてもらって
 星々の配列によって
 いわば歴史を予報してもらわねばならないと。

 写真などというものもなく
 しかし、外国人の祖母たちは
 ティーバッグに浮かぶ皺を読むことで
 ぼくたちの幼年時代をとりもどすことができる・・・・・」

スチュアート・ダイベック

<スチュアート・ダイベック>
 この小説の著者スチュアート・ダイベック Stuart Dybek は、1942年にシカゴで生まれています。彼が、デビュー作となった第一短編集「Childhood and Neighbourhood」を発表したのは1980年。40歳を前にしたデビューという遅咲きの作家といえます。日本で彼の名前が知られるようになったのは、さらに遅く、1990年発表の第二短編集「シカゴ育ち The Coast of Chicago」が日本で出版されてからのことです。
 彼の場合、大学教授として文学を教えながらの作家活動ということで作品の数が少ないのも特徴です。
 この作品は2003年発表の作品集ですが、短編集とはいえ、一つの長編小説のような物語性をもっていて、それぞれの物語が微妙につながっています。
 以下に、そのつながりがわかるように「あらすじ」を書いて見ました。参考にしていただくと、より楽しめると思います。

タイトル 主な登場人物 お話のあらすじ
「歌」 レフティ、ペリー(少年
シド・ソブリン(ジョニー・ソブリンの兄)
ミセス・カンディド
レフティ(サックス)とペリー(歌)がコンビで流しをしながら近所のバーを回っていた頃の思い出
ブラスバンドのパレードの逸話(指揮者はシド・ソブリン)
「ドリームズ・ヴィルからライブで」 ミックとペリーの兄弟(少年 夜のベッドにて、兄弟が想像の国「ドリームズ・ヴィル」の旅をするお話
お隣のヤヌシュとカシュカ。兄弟の両親、サーとマムズの関係
「引き波」 サーと息子たち(ミック、ペリー)(少年 3人で湖へ泳ぎに行った思い出。
「胸」 ジョー・ディトー(殺し屋)
ジョニー・ソブリン(裏切り者)
ジップ(バーの経営者)
テオ(元プロレスラー)
レフティ
ホワイティからの依頼でジョニーを殺しにゆくジョー。彼は部屋に「おっぱい写真」を集めている。
しかし、なぜか彼の仕事をかつての恋人たちの幻?がじゃまをする。
レフティとテオは謎の裏情報により競馬で一儲け。このお金がコートのポケットに・・・
テレビの大リーグ中継でレフティが試合に乱入。彼の精神の崩壊を示唆
「ブルー・ボーイ」 チェスター、ラルフィーのポスコジム兄弟
カミール・エストラーダとペリー
サーと息子たち(ミック、ペリー)(少年
不治の病で守護聖人とされたラルフィー
ラルフィーに捧げる作文を書いた文学少女のカミール
サーの葬式と3人でクリスマスツリーを買いに行った思い出
「蘭」 ぺリーと友人たち(エンジェル、ストッシュ)(高校生
ローレル(ぺリーの恋人)
3人はメキシコへの旅を実現させるため資金稼ぎに覚醒作用をもつという蘭を取りに行く
ぺりー(高校生)と年上の恋人ローレルとの別れ
「ロヨラ・アームズの昼食」 ペリーとナターシャ(ペリーの恋人)(青年
ドゥーリン(ペリーの友人)
一人暮らしを始めたペリーとメロディの恋。家具のない質素な部屋での昼食
「僕たちはしなかった」 ペリーとジン(ペリーの恋人)
青年
「僕たちは鏡の前でした
 光のなかでもした 闇のなかでも
 水のなかでも 高い草のなかでも僕たちはした。」

イェフダ・アミハイ(イスラエルの詩人)
 ジンとペリーが湖のほとりでSEX。途中に溺死体を発見して中断。二人の関係は急に悪化
「ケ・キエレス」
(お前、何の用だ?)
ミック(ペリーの弟)(青年
ミルサ(ミックの恋人)
猫のレオン
懐かしい家を久しぶりに訪ねたミック
その家に住むメキシコ系の若者の吸う煙草の火
火事で焼け死んだ猫とその時の彼女ミルサ
「マイナー・ムード」 レフティ
レフティの祖母
精神を病んでしまったレフティが部屋で愛する楽器コンセルティーナを奏でながら、幻の世界へ・・・
かつて風邪をひいた彼を看病してくれた母親のハーブ治療の香りを思い出す
「ジュ・ルヴィアン」 ペリー(高校生 レフティ叔父さんの葬儀を抜け出したペリーは、デパートで謎の女性を見かける
「レフティは自分をPOD(医者の囚人 Prisoner of Doctors)と呼んだ。
朝鮮半島でも叔父さんはPOW(捕虜 Prisoner of War)だったんだな、
逃げることを夢見て、もしアメリカに帰れたら何をするかあれこれ思案していたんだな、
と考えたことを僕は覚えている。
 野球を観に行くとか、温かな冬のコートを買うんだとか、そんなささいなことを夢見て、
それがこうして帰ってきたいま、ふたたび囚われの身になっている。」

デパートの香水売り場で見かけた女性にその香水(ジュ・ルヴィアン)をプレゼントしようと追いかけるペリー。ポケットには謎のお金(レフティが競馬で当てた賞金)
しかし、彼女はコールガールだった


僕はマゼランと旅した I Sailed with Magellan」 2003年
(著)スチュアート・ダイベック Stuart Dybek
(訳)柴田元幸
白水社

<追記>
「スチュアート・ダイベックの小説の中で、路地はいつも異次元への入口だ。いやむしろ、路地そのものが異次元だと言うべきか。路地において、少年たちは神話的世界を見出し、みずからその世界に棲む存在に変身する。」
柴田元幸(著)「ケンブリッジ・サーカス」(2011年)より

「『かつて育ったシカゴの街を歩くと、僕はいつも、現在だけでなく過去を歩いている』とスチュアートは言う。『それこうやって、君が育った町を歩きながら、僕はいまこの町を、かつての君の目で見ようとしているんだ』。そうやって彼は、他人の目に見える世界を思い描くことを通して、あの一連の素晴らしい小説を書いてきたのだろう。」
柴田元幸(著)「ケンブリッジ・サーカス」(2011年)より

20世紀文学大全集へ   トップページへ