「国のない男 」 A Man without a Country

- カート・ヴォネガット Kurt Vonnegut -

<最後のエッセイ集>
 「国のない男」は、2005年に発表されたカート・ヴォネガットの遺作となったエッセイ集です。小説でないのは残念ですが、その分彼の2005年時点の「熱い思い」が直接的に語られており、彼の生き様の総集編的内容にもなっています。彼が語りたかったこと、書きたかったこと、叫びたかったこと、怒りたかったこと、嘆きたかったことが、彼独特の簡潔な文章によってまとめられています。
 もとはといえば、僕がこうして延々と長いエッセイ集?を書くようになったきっかけは、彼の本を読み、彼の文章にひかれ、思わずその文章を書き写し集めてみようと思ったことでした。その後、僕は他の本からも名文、名言を集めるようになり、それをバインダーに保存するようになっていました。そのバンダーの中身は、後に自著「音魂大全」の「締めのお言葉」に使われるようになり、自分自身で文章を書いてみることにもつながってゆきました。
 もう彼の新しい文章を読むチャンスはないと思うと非常に残念です。そして、彼のような物言いができる人が世の中から消えてしまうことを恐れます。それだけに、是非、ここで再び彼の最後の文章とともに21世紀最初の世界を振り返ってみたいと思います。あの9・11同時多発テロ事件を体験した後、いかに彼が怒り、悲しみ、落ち込んだことか。この本は、いつになく母国アメリカへの批判が多くなっていますが当然かもしれません。まずはこの本の主題ともいえる文章から・・・。

<愚かなアメリカへの批判>
「まだ気づいていないかもしれないから言っておこう。
 フロリダで、恥知らずな不正選挙があった。数千人のアフリカ系アメリカ人の人々が不法に選挙権を剥奪されたのだ。その結果、われわれは世界からどう見られているだろうか?傲慢で、にたにたして、あごを突き出し、無慈悲で、ぞっとするほど”強力な武器”を持った戦争マニアだ - まさに敵なしと言っていい。
・・・・・
 選挙で選ばれたわけではないわれわれの指導者たちは、何百万人もの人々に対してきわめて非人間的な扱いをしてきた。それも、宗教や人種の違いを理由にして。われわれは好き勝手に、そういう人々を痛めつけ、殺し、拷問し、刑務所に放りこんできた。
それが簡単でいい。
・・・・・
 われわれはわれわれの兵士たちに対してもきわめて非人間的な扱いをした。宗教や人種のせいではなく、社会的階層が低いという理由で。貧乏人はどこにでも送り込んでしまえ。どんないやなことでもやらせればいい。
それが簡単でいい。
・・・・・
 というわけで、わたしには国がない。よるべきは図書館員、よるべき新聞はシカゴのIn These Timesくらいだ。われわれはイラクを攻撃する前、ご立派な<ニューヨーク・タイムズ>紙は、イラクに大量破壊兵器があると断言した」


 彼のアメリカ政府に対する怒りは、かつてないものでした。

「サイコパス。これ以上にぴったりとくる言葉がなさそうな種類の人たちがいる。エンロンとかワールドコムといった企業の上層部だ。彼らは私腹を肥やす一方で、社員や投資家や国に多大な損害を与えながらも、自分たちは清廉潔白なつもりでいる。
・・・・・・
 こういう多くの冷酷なサイコパスがいまや、アメリカ政府の中枢を握っている。病人ではなく指導者のような顔をして。彼らはいろんなものを統括している。報道機関も学校も。われわれはまるでナチス占領下のポーランド状態だ。・・・」


 これらの批判は、そのものずばり当時のブッシュ政権に向けられたものでした。しかし、アメリカはブッシュをトップとする共和党政権のおかげだけで、そうなったわけではありません。アメリカという国が目指してきた国家体制そのものに問題があったのです。それは「自由」をあまりに過大評価してきたツケだったともいえます。

「弾をこめたピストルは、刑務所の服役者と精神病院の患者以外、だれもが持つべきだ。
 その通りだ。
 公衆衛生に何百万ドルもつぎこむとインフレを誘発する。
 その通りだ。
 武器に何十億ドルもつぎこめばインフレの抑止になる。
 その通りだ。
 右寄りの独裁制は、左寄りの独裁制よりもはるかにアメリカの理想に近い。
 その通りだ。
 即座に発射することのできる水素爆弾の数が多ければ多いほど、人類は安全になるし、われわれの孫が受け継ぐ世界は幸福になる。
 その通り。
 産業廃棄物、とくに核廃棄物は、人体にほとんど害はないので、そういう問題に関してはみんな口をつぐむべきだ。
 その通りだ。
 企業は何をしてもいい。賄賂をもらったり渡したり、環境をほんの少し破壊したり、価格操作してもいいし、ばかな客をだましてもいいし、競争入札をやめてもいいし、倒産す るときには財  務省を襲ってもいい。
 その通りだ。
 それこそが自由企業制だ。
 その通りだ。
 貧乏人はどこかで間違いを犯している。そうでなければ、貧乏になるはずがない。したがって、貧乏人の子どもはそのつけを払わなくてはならない。
 その通りだ。
 アメリカ合衆国は国民の面倒をみる必要はない。
 その通りだ。
 自由競争がそれをやってくれる。
 その通りだ。
 自由競争に任せておけば、すべては必然的に正しい方向に進む。
 その通りだ。」

<社会主義の復権を!>
 アメリカの自由絶対主義を批判する彼は、あえて今や過去のものといわれている社会主義思想のもつ美徳を強調しています。

「『社会主義』は決して悪いものではない。それは『キリスト教』が悪いものではないのと同じだ。たしかに社会主義はヨシフ・スターリンと彼の秘密警察を生み、教会を破壊したが、キリスト教もスペイン異端審問を生んだ。実際、キリスト教と社会主義は似たようなもので、ひとつの社会を理想として持っている。それは、男と女も子どもも、すべてが平等で、飢えることのない社会だ」
(アドルフ・ヒトラーはたまたま両方をやってしまったのかもしれません)

「下層階級がある限り、わたしはそのうちのひとりだ。
 犯罪者がいる限り、わたしはそのうちのひとりだ。
 刑務所にひとりでも、だれかが入っている限り、わたしは自由ではない」

ユージン・デブス(1900年から1912年まで、アメリカ社会党の大統領候補)

 社会主義を擁護した彼はアメリカ国民の多くが信仰している(はずの)キリスト教についても、珍しく擁護しています。イエス・キリストは本当は素晴らしい言葉を残しているにも関らず、人間は都合の良い言葉だけを選び出し、悪魔の仕業に用いていると、・・・・・。

「悪魔も聖書を引くことができる。身勝手な目的にな」
ウィリアム・シェイクスピア作「ヴェニスの商人」より

 82歳になったヴォネガットは、若かりし頃と比べても、その主張は変わらないのかもしれません。しかし、少しだけ「神」に対し優しくなったように思います。
しかし、そのぶん「人類」とその「文明」に対する批判の厳しさは最後にきてより悲痛さを増しているようです。

「現在直視すべきもっとも重要な事実は - そのことを思うと、わたしはこれから死ぬまで冗談も言えなくなってしまいそうだが、・・・人間はこの地球がどうなろうとちっともかまわないと思っているということだ。わたしには、みんなそろってその日暮らしのアル中のようだとしか思えない」

<地球温暖化問題について>
特にここに来て彼は具体的に地球温暖化の問題に関心を強めています。

「じつは、だれも認めようとしないが、われわれは全員、化石燃料中毒なのだ。そして現在、ドラッグを絶たれる寸前の中毒患者のように、われわれの指導者たちは暴力的犯罪を犯している。それはわれわれが頼っている、なかなしのドラッグを手に入れるためなのだ。
 パーティーに水をさしたくはないが、これは真実なのだ。われわれは地球の資源を、空気や水も含め、浪費してきた。それも明日がないかのように。そしていま、明日はなくなってしまった。というわけで、ばか騒ぎは続く。が、総長くは続かない。・・・」


人類が化石燃料中毒だったとは!気づきませんでした。ヤレヤレそうだったんだ。しかし、人類が愚かなのは、けっして今に始まったことではなく、ある意味仕方の無いことだったのかもしれません。やはりここでも彼は「人類」を擁護してくれています。

「『進化』なんてくそくらえ、というのがわたしの意見だ。人間というのは、何かの間違いなのだ。われわれは、この銀河系で唯一の生命あふれる素晴らしい惑星をぼろぼろにしてしまった。それも、この百年ほどのお祭り騒ぎにも似た交通手段の発達によって。
 うちの政府がドラッグに戦いを挑んでいるって?ドラッグよりガソリンと戦ってほしい。われわれの破壊中毒こそが問題なのだ!
 しかし、人類の弁護のためにひとこと言っておこう。歴史が始まって以来、エデンの楽園時代も含め、どの時代においても、人間はこうだったのだ。そしてエデンの楽園は別としても、その他の場所すべてで、こういったばかばかしいゲームをやってきた。こんなことをやっていれば、頭がおかしくなっても不思議はない。もともとはおかしくなかったとしてもだ。ばかな人間と作り出すゲームは、いまの時代にもいろいろある。たとえば、愛と憎しみ、自由主義と保守主義、自動車、クレジットカード、ゴルフ、女子バスケットボール。」


<歴史的文学が描いてきたこと>
 人類の愚かさは「真実」であり、だからこそ人生は面白みがあるのだと、彼は肯定すらしてくれているのかもしれません。だからこそ、人類の偉大な文学はすべてそんな人類の愚かさを描くことで人々を感動させてきたのです。

「わかってもらえると思うが、偉大な文学作品はすべて・・・『モビィ・ディック(白鯨)』『ハックルベリー・フィン』『武器よさらば』『緋文字』『赤い武勲章』『イリアス』『オデュッセイア』『罪と罰』『聖書』『軽騎兵旅団の詩』・・・人間であるということが、いかに愚かなことであるかについて書かれている・・・」

<ビル・ゲイツなんて糞食らえ!>
人類は環境によって、教育によって、テレビによって、電子化によって、少しずつ愚かさを増しつつあるのだと、改めて彼は嘆いています。何が「進化」だ!とビル・ゲイツを槍玉にあげています。こうしてパソコン上で文章を書いていながら、こういうのもなんですが、僕も思います。
「ビル・ゲイツ、糞食らえ!」

「わたしは『ラッダイト』と呼ばれてきた。
 望むところだ。
 ビル・ゲイツはこう言っている。
 『あなたのコンピューターの成長を温かく見守ってほしい』しかし、成長しなくてはならないのは人間なのだ。ばかなコンピューターなんか放っておけばいい。
 人の成長というのは奇跡だ。この世に生まれて、仕事をしつつ成長する。・・・」


「電子化されたって、いいことなんか、何も無い。苦労するだけ損だ。われわれはダンシング・アニマルなのだ。起きて、外に出て、何かするというのはすばらしいことではないか。われわれは、この地球に住んでばかばかしいことをするために生まれてきた。これに関してはだれにも違うとは言わせない」

「パソコンを閉じて、外に出よう!」
 このサイトを始めて以来、これは僕の昔から変わらない主張です。僕も、ヴォネガット師匠同様けっこう頑固なたちなのです。
 それにしても、人類に未来は本当にないのでしょうか?彼はこの絶望的な状況を認めています。しかし、けっしてあきらめたわけではなさそうです。

「善が悪に勝てないこともない。ただ、そのためには天使がマフィアなみに組織化される必要がある」

「本当に教育があって、自分で考える人は、ワシントンDCでは歓迎されない。・・・・・
 学んだことを放棄しなければ、自分勝手な思考を延々と続けることなど不可能だろう。どうか、学んだ知識を捨てないでほしい。教育を受けた人は膨大な量の知識をたくわえているはずだ。しかし、それを活用しようとすれば、ひどく孤立することになるだろう。そういう人より、わたしが考えるに、十倍は多い」


<よみがえれ、愛すべきアメリカ!>
 しかし、幸いなことに、彼のそうした絶対的な考えを覆すかのように、彼の死後オバマ大統領という想定外の人物が登場しました。新大統領の目標は驚くべきことに、彼が書いた「自由競争」を礼賛する文章の中の項目をことごとく改めることにあります。「核兵器の廃絶宣言」や地球温暖化への取り組みなどにより、アメリカは新しい道を歩み始めるのかもしれません。ただし、ノーベル平和賞受賞記念演説における、戦争には良い戦争と悪い戦争があるという発言には、天国のヴォネガットも「そら見ろ!アメリカの支配階級は所詮、軍産複合体優先なのさ!」と皮肉たっぷりに悲しげな笑みを浮かべるようすが思い浮かびます。残念です。彼のささやかな願いはいつになったら叶うのでしょうか?
 彼が人類のために抱くささやかな願いはただひとつです。

「みなさんにもひとつお願いしておこう。幸せなときには、幸せなんだなと気づいてほしい。叫ぶなり、つぶやくなり、考えるなりしてほしい。『これが幸せでなきゃ、いったい何が幸せだっていうんだ』と」

 そして、彼はこうも願っていました。いや祈っていたのかもしれません。

「唯一わたしがやりたかったのは、人々に笑いという救いを与えることだ。ユーモアは人の心を楽にする力がある。アスピリンのようなものだ。百年後、人類がまだ笑っていたあ、わたしはきっとうれしいと思う」

 その願いが叶うかどうかはわかりません。オバマ大統領の登場により、アメリカがもう一度世界から愛される国になるチャンスが訪れたことは確かですが・・・・・。「国のない男」にとって、今さらそれはどうでもいいことかもしれません。でも、たぶん彼ほどアメリカという国を愛していた人はいなかったのではないかと思うのです。
 さんざんこのサイトではアメリカという国をこき下ろしてきましたが、ロック・ミュージックやアメリカン・ニューシネマで育った僕にとっても、やっぱりアメリカは憎たらしいけど愛すべき国なんです。たぶん。
 もすかすると、それはカート・ヴォネガットのような存在を生み、なおかつその存在を許容する国は、アメリカ以外にありえなかったからかもしれません。最後に彼と僕の最大の共通認識を書いて終わろうと思います。

「もしわたしが死んだら、墓碑銘はこう刻んでほしい。
『彼にとって、神が存在することの証明は音楽ひとつで十分であった』」



<参考>
「国のない男 A Man without a Country 」 2005年
カート・ヴォネガット(著)
金原瑞人(訳)
NHK出版

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