中国製推理小説世界へ発進!


「世界を売った男 The Man Who Sold the World」

- サイモン・チェン 陳浩基 -
<推理小説>
 正直、推理小説は最近あまり読んでいません。どうしても、いろいろなジャンル、いろいろな国の文学を読もうと思うと、本格的な推理小説はなかなか読む暇がなくなってしまいます。といっても、僕が小説を読み出した最初の頃は、推理小説にはまっていた時期がありました。アガサ・クリスティー、エラリー・クイーン、松本清張、横溝正史、高木彬光、森村誠一などの作品や名作と言われる本格推理小説の諸作品など、けっこう読みました。ただし、最近は推理小説というジャンルは、どうしても「プロレス」のように様式美の世界なので、新鮮味を得られる作品は「推理小説」とは言われないことになります。それだけに、本格推理小説には手が出なくなっているのかもしれません。
 そんな中、中国語文学のコーナーで「島田荘司推理小説賞 第二回受賞作」という帯の文字に目を引かれました。「島田荘司推理小説賞」って何?「第二回」って、やけに新しいし・・・。と疑問に思ったら、ちゃんと本の裏表紙にその説明が書かれていました。(この配慮はすごく良いと思います)

<島田荘司推理小説賞>
 主催は台湾の皇冠文化出版有限公司で、他には日本の文藝春秋社やタイなども協力しています。審査の対象となるのは、中国語で書かれた未発表のミステリー小説で、作家の国籍は問いません。最終選考を日本の推理作家、島田荘司が行います。この賞が誕生したのは、2009年で、第一回大賞を受賞したのは香港の作品、寵物先生の「虚擬街頭漂流記」でした。そして、第二回の2011年には台湾、香港、マレーシア、カナダ、イギリス、ニュージーランドから65作品の応募があり、そこからこの作品が選ばれたわけです。
 中国経済が世界に大きな影響を与えるようになった21世紀。中国ではその経済力と民主主義の広がりを背景に文化面でも大きな変化が起きつつあります。映画や文学の世界では早くからその勢いは世界に発信されてきました。ただし、長い間、西欧や日本の文化流入を拒否してきた中国では、「推理小説」というジャンルは娯楽文学だったこともあり、あまり読まれてこなかたようです。当然、推理小説の作家の数も少ないので、海外推理小説の人気は今高まりつつあるようです。そこで、アジアにおける推理小説先進国の日本が、中国の推理小説文学界の発展を手助けしようというのが、この賞の創設理由だったようです。
 ところで「島田荘司」という作家さんですが、長い歴史を持つ日本の推理小説文壇において、彼は異端派的な存在のようです。彼は元々は作家ではなくミュージシャンだったという異色の作家でした。異業種からの転向組ということで当初から文壇からは無視され続けてきたようです。そのため、推理小説作家に与えられる賞にも縁がなく、「無冠の帝王」とも呼ばれているとか。逆に、そんな彼だからこそ、中国語の推理小説の発展を応援するというまったく新しい企画に挑めたのかもしれません。

<推理小説という文学ジャンル>
 推理小説というジャンルは、様々な文学ジャンルの中でも異色の存在と言われます。それには理由があります。

・・・すべての近代小説は探偵小説であると言われることがあります。探偵小説というのは、謎解き小説ですが、これは近代になって初めて登場してきたジャンルです。本、あるいは新聞という器が登場して初めて成立ジャンル。つまり、読むということが物語を鑑賞する中心になったときに、初めて成立する物語のジャンルです。
辻原登「東京大学で世界文学を学ぶ」より

 推理小説というジャンルは、その他にも警察制度や裁判制度の成立も必要ですが、共産主義という一元的な中心思想のみから成り立つ国においてはそこも不十分です。さらにマスコミも共産党の支配の元で公正な報道がしにくいので、西欧式の推理小説が成立しにくい状況に未だにあるといえそうです。

<香港製推理小説>
 そんなわけで、僕としては初めての中国香港製推理小説を興味津々で読んでみました。先ずは、どんな感じだったのか、ざっと<あらすじ>からご紹介します。
<あらすじ>
 香港警察の巡査部長、許友一は、ある朝、自分の車の中で目を覚まし、二日酔い状態で前夜のことが思い出せないまま、署に戻ります。すると、カレンダーを見て驚かされます。昨日は2003年だったはずが、カレンダーには2009年の表示が・・そして建物の内装も昨日とはまったく違ったものになっていたのです。まさか自分が寝ている間に6年もの年月が過ぎていたのか?
 ところが、彼のもとに昨日約束してもらったという女性雑誌記者、蘆沁宜がやって来ます。それはかつて彼が担当した殺人事件の取材に同行してほしいというものでした。夢の中で、その事件の現場を訪れていた許は、記憶を取り戻せないまま、記者の取材に協力することにします。彼は、自分の記憶喪失と事件には何かかかわりがあると直感したからでした。

 まるで「僕だけがいない街」を思わせるSF的な展開なのですが、あくまでもこの小説は本格的な推理小説の枠をはみ出さずに論理的説明が可能な筋書きになっています。そこがお見事です。(多少無理はありますが・・・)
 一度読んだ後、結末を知った上で、再確認のために再読するのも良いでしょう。

<アジアの混沌を舞台に>
 混沌としたアジアの街を舞台にすることで、近未来SFの傑作「攻殻機動隊」や「ブレイドランナー」を思わせるところもこの作品ならではの魅力です。これまでとは異なる推理小説の新しいスタイルをアジアから発信しようという試みは、日本のオタクカルチャー、アイドルカルチャー、ファッション、グルメ、音楽などに次ぐ新たな戦略となるのでしょうか?それとも、日本の推理小説を超える文化として、世界進出することになるのでしょうか?
 僕としては、この挑戦が成功するしないよりも、「戦争」以外の「文化」による交流は、「スポーツ」交流同様に日本がこれから進めるべき最良の交流手段だとは思います。もちろん、文化的な侵略とならないことを祈りたいとも思います。

「世界を売った男 The Man Who Sold the World」 2012年
(著)サイモン・チェン 陳浩基
(訳)玉田誠
文藝春秋社

 この小説のタイトルは、1970年にデヴィッド・ボウィが発表したアルバム「世界を売った男」のアルバム・タイトル曲からとられています。

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