闘い続けた「ブルースの母」のある一日

「マ・レイニーのブラックボトム Ma Rainey's Black Bottom」
「BESSIE ブルースの女王」

- マ・レイニー Ma Rainey -

- ヴィオラ・デイヴィス、チャドウィック・ボーズマン -

- ベッシー・スミス Bessie Smith -
- クイーン・ラティファ Queen Latifah -
<時代を越えたBLM映画>
 「ブルースの母」と呼ばれた女性ブルース・シンガー、マ・レイニーがシカゴのレコーディング・スタジオで録音を行った1927年のある一日を再現した作品です。黒人音楽のルーツでもあるブルースの歴史を描いた音楽映画として、黒人音楽ファンには必見の作品と言えます。しかし、この作品にはもう一つ別の重要なテーマが込められています。それは2020年ブラック・ライヴズ・マター運動によって混沌となっているアメリカの今とリンクする人種差別に苦しむ黒人たちの苦難がテーマになっていることです。この作品の原作となった戯曲の作者オーガスト・ウィルソンは、アメリカの黒人たちが人種差別と闘いながら生きる姿を描いた作品を世に送り続けた作家です。この作品の製作者でもあるデンゼル・ワシントン主演・初監督作品の「フェンス」(2016年)も彼の戯曲が原作でした。
 この作品でも、登場人物たちはミュージシャンとして優れた才能をもちながら、白人からの差別に向き合い、怒り、苦しむ日々を送っています。そんな彼らにとって、運命の日となったその日、何が起きたのか?タイトルの「マ・レイニーのブラックボトム」は、彼女のヒット曲のタイトルですが、その意味は何なのか?
 先ずは、この作品の主人公であるマ・レイニーについて、調べてみました。

「マ・レイニー」(1932年)スターリング・ブラウン作より
 マ・レイニーが街にやってくると 数マイル四方の人たちがみんな
 ケープジラルデューやポプラーグラフからも集まってくる
 マの18番を聞くために オンボロ自動車やロバに乗って
 列車にすし詰めになって 浮かれ騒ぐ人々・・・
 そんな感じなんだ
 何マイルもずっとニューオーリンズデルタとモービルの街まで
 マがそのあたりに来たときはいつも

 連中は川辺の小さな開拓地から、マ・レイニーを聞きに来た
 どす黒い低湿地のトウモロコシ畑や製材所のキャンプから
 なんとも楽しそうに、笑いながら、ホールに転がり込んでくる
 荒れ狂う川の水や、スワンプに吹き付ける風みたいな勢いで
 込み合った通路でも、まだゲラゲラ笑っている
 ふざけ屋もいれば、痛みと惨めさを胸に、席でじっと待っている人たちもいる
 するとマが彼らの前に登場し、にっこり笑って金歯をきらめかせる
 するとロング・ボーイが黒と黄色の鍵盤で単調をポロンポロン

 ああマ・レイニー、うたってくれ
 ようやく地元に帰ってきたんだ
 オレたちのなかに入り込んで力づけてくれ
 ああマ・レイニー、ちいさな身体で
 オレたちをとり囲む不運のことをうたってくれ
 オレたちが行かなきゃならない寂しい道のことをうたってくれ・・・

<ブルースの母>
 マ・レイニー Ma Rainey は、アメリカ南部ジョージア州コロンバスに1886年4月に生まれました。本名はガートルード・プリジェット。14歳の時、地元のタレント・ショー「パンチ・オブ・ブラックベリー」でデビューし、旅回りのショー一座に加わりアメリカ南部を旅してまわる人生を長年歩みます。4年後に結婚し、夫と共にレイニー&レイニーとして活躍し、「アサシネイターズ・オブ・ブルース(ブルースの殺人者)」として活動しますが、その後離婚。どうやら彼女はプリンスのように同性愛、異性愛両方ありの人物だったようです。
 彼女はその後も「マ・レイニー」の芸名でソロ活動を続けます。そんな彼女のブルースとの出会いは、1902年頃、ミズーリの小さな町である黒人女性の歌声を聞いたのが最初でした。その後、彼女は自分のレパートリーに「ブルース」を入れるようになり、いつしか「ブルースの母」と呼ばれるようになりました。
 小さな身体で可愛らしい顔つきの彼女でしたが、親分肌の女性でもあった彼女は自分の一座を持つようになり南部各地を巡業する人生を歩み続けました。そのため南部での彼女の知名度は高く、大スターとして君臨することになります。豪華な金歯やネックレスは彼女のトレードマークとなりました。歌唱力、表現力、演技力、どれも優れていた彼女は経営者としても優れた才能を持っており、1934年に引退する頃には2軒の劇場を所有する資産家となっていました。妹のメリッサは彼女の後継者として、マ・レイニーの名前を引き継ぎます。本家の彼女自身は1939年にコロンバスの自宅で静かに息を引き取りました。
 彼女はこの作品のように都会に出ることはめったになく、ほとんどは地元の南部で働き続けたため、白人からの差別に苦しむことはそう多くはなかったのかもしれません。そのため、彼女は自分の音楽スタイルを北部に住む黒人たちや白人ブルースファンに合わせることもほとんどしなかったようです。
 そうした彼女にとって唯一のライバルだったベッシ―・スミスは逆に北部の黒人音楽ファンに合わせるようにニューヨークやシカゴでジャズ系の都会的ミュージシャンたちと共演し、新たなファン層を獲得していました。1920年代後半、ベッシ―・スミスは「ブルースの女帝」と呼ばれる存在となっていて、チャドウィック・ボーズマン演じるレヴィーのような存在として白人たちの中で闘う毎日を生きていました。都市部では圧倒的な人気だった彼女ですが、1930年代に入ると、夫でありマネージャーの手腕不足もあり、そのスタイルが古くなり、より都会的なシンガー、ビリー・ホリディなどのジャズ系シンガーにその人気を奪われることになります。マ・レイニーが自宅で安らかな死を迎えたのに対し、ベッシ―・スミスはツアー中の交通事故で不慮の死を遂げることになります。

<黒人社会の変遷>
 この作品はわずか1時間半ほどの限られた時間と狭いシカゴのスタジオの中だけの物語ですが、いくつかのカットにアメリカにおける黒人社会の変化が凝縮され描かれています。オープニングのテントでのライブではアメリカ南部で行われていた黒人労働者たちのための至福の時が描かれています。観客それぞれの衣装にもこだわりがあり、南部の雰囲気が映し出されています。そこでの黒人たちの暮らしは、白人社会と分離しているため、自由があり好きなように楽しむことが可能でした。そこがマ・レイニーのホーム・グランドなのです。
 その場面の後、奴隷解放以後の黒人たちの北部への移動が短いカットで解説されます。そこに一瞬映し出される北部に移住した黒人たちが働く鉄工所や裁縫工場。1920年代のシカゴの街並みを再現したスタジオ前の通り。どの場面もそこを行き来する人々の衣装やセットの細部までこだわっていて見ごたえがあります。あえてこれらの短いカットを挿入することで、当時の黒人社会のリアルが映し出されます。(そこは資金力があり、こだわりを認めるネットフリックスのおかげかもしれません)
 こうしてアメリカ国内における黒人たちの民族移動により「ブルース」は農村の音楽から都市の音楽へと変化し、そこから様々な黒人音楽が発展することになります。この民族の大移動は、その後もアメリカの歴史を変えるほどのインパクトがありました。
黒人たちの北部への大移動
 こうして南部の黒人たちの多くが行きついた大都市の一つがシカゴです。そこには多くの黒人ミュージシャンたちも仕事を求めて集まりました。白人のレコード会社もそうした黒人労働者たちがレコードを買う購買層になり得ることに気づきます。こうして「レイス・ミュージック」という新たなジャンルが誕生し、それがR&Bというポップ・ミュージックへと発展することになります。アメリカ南部と北部が最初に出会う重要な土地がこの街でした。
 南部での圧倒的な人気を武器にしたマ・レイニーが、白人のレコード会社に対して、我がままを言い放題なのもそうした経済的な基盤が存在し、今後も伸び続けることが期待されていたからです。しかし、彼女は単に自分の性格のまま、我がままを言い続けていたわけではないはずです。それは我がままこそが、彼女にとって自分のアイデンティティであり、そこで妥協することは白人に対する敗北を示すことになると思っていたからなのです。そして、彼女はそのスタイルを生涯貫き続けたることで無事に自宅で安らかに眠りにつくことができたのです。
 マ・レイニーの写真が7枚しか現存していないというのも、そうした彼女の生きた場所が南部の限られた範囲だったからなのでしょう。

<ヴィオラ・デイヴィスとチャドウィック・ボーズマン>
 マ・レイニーを演じるヴィオラ・デイヴィスは、メイクといい衣装といい歌といいまさに「ブルースの母」そのものです。彼女がマ・レイニーになり切って「ブルース」について語る場面は、それまでの彼女の傲慢さとはまったく別の表情で語られる名シーンです。
「ブルースとは人生を語る手段。何もない世界を、歌が埋めてくれるし、音楽が多いほど世界は完璧に近づくの・・・」

 そんなマ・レイニーに反抗し、バンドを首になるコルネット奏者のレヴィーを演じるチャドウィック・ボーズマンもまた素晴らしい演技です。明らかに頬がこけ、その後の死を予感させる顔つきにも関わらず、彼の演技は力強さに満ちています。
 特に彼が神に向かって、自分に天罰を与えて見せろ!と叫ぶシーンの迫力は圧倒的で鬼気迫るものがあります。子供の頃に受けたトラウマから脱することができず、その怒りを度々爆発させてしまう彼は最後に一線を越えてしまいます。彼がついに開けることに成功したドアの向こうが、四方を壁に囲まれた狭い井戸の底のような空間だった時点で、彼の行先はもう刑務所だけになっていたのかもしれません。その場所は映画のタイトルにある「ブラックボトム」であり、「刑務所」であり、変わらない状況の「2020年のアメリカ社会」なのかもしれません。
 1927年が舞台にも関わらず、レヴィーが見つけた八方ふさがりのブラックボトムの壁を登れば、そこでは2020年のアメリカで多くの黒人たちがBLMのプラカードを手に行進する姿が見られるのではないか、そんな気がしました。

 これらの素晴らしい台詞を書いた戯曲作家オーガスト・ウィルソンについては、デンゼル・ワシントンが初監督を務めた映画「フェンス」のページに書かれているので是非ご覧ください。
オーガスト・ウィルソンについて
「自分の悪魔と闘えば、自分の天使が歌う」
オーガスト・ウィルソン

<ブランフォード・マルサリスとバンドメンバー>
 もっと見たかったシーンと言えば、マ・レイニーのライブです。
 今やクインシー・ジョーンズの後継者となったジャズ界の大御所ブランフォード・マルサリスによる音楽も素晴らしいのですが、チャドウィック・ボーズマンをはじめとする俳優陣がそれぞれ演奏を実際に演奏できるレベルにまで達しているので演奏が実に自然です。そう考えると、これ以上レパートリーを増やせというのは彼らに酷かもしれませんが・・・。
<録音メンバー>
We dell Brunious,Freddie Lonzo,Sean Mason,Eric Revis,Herlin Riley
<使用曲>
「Deep Moaning Blues」
「Hear Me Talking To You」
「Ma Rainey's Black Bottom」
「These Dogs of Mine」
(曲)ガートルード・マ・レイニー(編)ブランフォード・マルサリス
「Doctor Jazz」
(曲)Jose ph Oliver,Walter Melrose(演)ブランフォード・マルサリス
「Baby Let Me Have It All」
(曲)(演)ブランフォード・マルサリス(詞)オーガスト・ウィルソン、チャーリー・パットン
「Deep Moanig Blues」
(歌)(曲)マ・レイニー

「マ・レイニーのブラックボトム Ma Rainey's Black Bottom」 2020年
(監)ジョージ・C・ウルフ(米)
(製)デンゼル・ワシントン、トッド・ブラック他
(原戯)オーガスト・ウィルソン
(脚)ブーベン・サンチャゴ=ウィルソン
(撮)トビアス・A・シュリッスラー
(PD)マーク・リッカー
(編)アンドリュー・モンドシェイン
(衣)アン・ロス
(音)ブランフォード・マルサリス
(出)ヴィオラ・デイヴィス、チャドウィック・ボーズマン、コールマン・ドミンゴ、グリン・ターマン、マイケル・ポッツ、ジェレミー・シャーモス


「BESSIE ブルースの女王 BESSIE」 2015年
(監)(脚)ディー・リース(アメリカ)
(製)ロン・シュミット(製総)クイーン・ラティファ、リチャード・D・ザナック他
(脚)クリストファー・クリーブランド、ベティナ・ジロイス(撮)ジェフ・ジャー(PD)クラーク・ハンター
(衣)マイケル・T・ボイド(音)レイチェル・ポートマン
(出)クイーン・ラティファ、マイケル・ケネス・ウィリアムズ、カンディ・アレクサンダー、モニーク、オリヴァー・プラット
HBO製作のTVMえ「ブルースの女王」ベッシ―・スミスの伝記作品。
「マ・レイニーのブラックボトム」と異なるのは、マ・レイニーがベッシ―の心の支えとして登場していること。
マレイニー役のモニークの方がヴィオラ・デイヴィスより、顔・体つきは本物に似ていると思います。
以外なのは、悲劇的なラストまでは描いていないこと。様々なトラブルの中で何度も壊れかけながら、見事に復活するまでを描いています。
この時代に「女性」、「黒人」であることへの差別に耐えるだけでなく、それを打ち壊すパワーを持つことができたのはなぜか?
二人が両性愛だとすれば少し納得する気がしました。二人ともとにかくパワフル!パワフル過ぎてトラブルが続くもの当然ですが、だから成功もできた。

<使用曲>
曲名  演奏  作曲  コメント 
「Sea Lion Woman」  Tamar-kali  トラディショナル   
「Weepin' Woman Blues」  Pat Bass  マ・レイニー
Ma Rainey 
 
「Cake Walkin' Babies From Home」 The New Orleans Blues Serenaders
from 「One Mo' Time」
Chris Smith
Clarence Williams
Henry Troy
1926年ニューオーリンズのレビューを再現
1980年発表のアルバムより 
「A Hot Time InThe Old Time」  Vince Giordano & The Nighthawks  Theodore August Metz
Joe Hayden
 
「Kiss Me Sweet」  The New Orleans Blues Serenaders
from 「One Mo' Time」 
Alvin J. Piron
Steve Lewis
1926年ニューオーリンズのレビューを再現
1980年発表のアルバムより 
「Prove It On Me」  Carmen Twillie  マ・レイニー
Ma Rainey  
 
「Young Woman's Blues」  クイーン・ラテイファ
Queen Latifah 
ベッシ―・スミス
Bessie Smith 
 
「Weary Blues」  ルイ・アームストロング
Louis Armstrong & His Hot Seven 
Artie Mathews  
「I've Got What It Takes,But It Breaks」 クイーン・ラテイファ
Queen Latifah  
Clarence Williams
Hezekiah Jenkins
 
「Weepin' Woman Blues」  Queen Latifah、Pat Bass  マ・レイニー
Ma Rainey  
 
「Lost YOur Head Blues」  クイーン・ラテイファ
Queen Latifah  
ベッシ―・スミス
Bessie Smith  
 
「Ballin' The Jack」  Kid Ory's Creole Jazz Band Jim Burris
Chris Smith 
 
「See See Rider」  Tamar-kali   マ・レイニー
Ma Rainey  
 
「Down Heated Blues」  クイーン・ラテイファ
Queen Latifah   
Lovie Austin
Alberta Hunter
 
「A Good Man Is Hard To Find」  ファッツ・ウォーラー
Fats Waller 
Eddie Green  
「Preachin’The Blues」  クイーン・ラテイファ
Queen Latifah  
ベッシ―・スミス
Bessie Smith   
 
「Muscle Shoals Blues」  Peter Yrin W. Thomas Jr.   
「The Rosebud March」  Peter Yarin  スコット・ジョップリン
Scott Joplin 
 
「Work House Blues」  クイーン・ラテイファ
Queen Latifah    
Ted Wallace   
「Prove It On Me」  Pat Bass  マ・レイニー
Ma Rainey 
 
「I'm A Mighty Tight Woman」  Sippie Wallace   
「Long Old Road」  クイーン・ラテイファ
Queen Latifah     
ベッシ―・スミス
Bessie Smith  
 
「Till The Cows Come Home」  Lucille Bogan  ←   
「(What Did I Do To Be So)Black And Blues」 ルイ・アームストロング
Louis Armstrong & His Hot Seven 
Andy Razaf
Thomas Fats Waller
 
「Kitchen Man」  クイーン・ラテイファ
Queen Latifah      
Edna B. Pinkard
Andy Razaf
 
「Ma Rainey's Black Bottom」  モニーク、クイーン・ラティファ
Mo'Nique & Queen Latifah 
   
「Laugh,Clown,Laugh」  Cecile Mclorin  Joe Young
Ted Friodo...etc.
 
「Papa De Da Da」  The New Orleans Blues Serenaders
from 「One Mo' Time」 
Clarence Williams
C.E.Todd
 
「Gimm A Pigfoot And A Bottle of Beer」  ベッシ―・スミス
Bessie Smith  
Wesley A. Wilson  

   現代映画史と代表作へ   トップページヘ