「戦場のメリー・クリスマス Merry Christmas,Mr.Lawrence」 1983年

- 大島渚 Nagisa Ohsima -

<第二次世界大戦を描く>
 この年、日本では太平洋戦争を題材にした二本の大作映画が公開されました。大島渚の「戦場のメリー・クリスマス」と小林正樹の「東京裁判」です。どちらも甲乙つけがたい傑作ですが、まったく異なるタイプの作品です。「東京裁判」は、アメリカの国防総省が撮った東京裁判の記録映像をもとに太平洋戦争とは何だったのかを客観的かつ詳細に追求したドキュメンタリー映画でした。それは「戦争」という人類最大の罪を犯した国家システムを再検証する試みでもあったといえます。
 それに対して、「戦場のメリー・クリスマス」は、太平洋戦争という舞台設定のもとで起きた日本文化とヨーロッパ文化の衝突を描いた人間性の本質を描き出そうという映画でした。それは「戦争」を生み出すに至る人間同士の誤解や愛と憎しみを描くと同時に和解の可能性を探る作品でもありました。
 大島渚、小林正樹、どちらも日本が世界に誇る巨匠ですが、「戦メリ」はこの作品自体の価値もさることながら、坂本龍一と北野武という二人の映画人の名を世界に知らせしめたという歴史的な価値からも取り上げないわけにはゆかないでしょう。

<大島渚>
 大島渚は1932年3月31日に京都で生まれています。ピークを迎えていた1950年代の学生運動にも参加していた彼は京大法学部の助手になることができず、卒業後は映画製作への道に進みます。左派ではありましたが、共産主義における権威主義的な政治体制に反発する彼は、その後も独自の政治的視点をもち続けます。
 松竹に入社した彼は助監督を経験した後、1959年「愛と希望の街」監督デビューを果たします。その後、「青春残酷物語」「太陽の墓場」(1960年)と青春映画のヒット作を連発し、松竹ヌーヴェル・ヴァーグの旗手となりました。1961年安保闘争を題材とした彼の監督作品「日本の夜と霧」(1960年)を松竹が上映中止にしてしまったことから、彼は松竹を退社し、妻で俳優の小山明子、渡辺文雄、小松方正、戸浦六宏、それに脚本家として活躍していた田村孟らと創造社を設立します。そして、これ以後彼はインデペンデントの作家として日本映画の新しい時代を切り拓いてゆくことになります。
 こうして、彼は「白昼の通り魔」(1966年)、「忍者武芸帳」(1967年)、「絞死刑」(1968年)、「新宿泥棒日記」(1969年)、「儀式」(1971年)、「夏の妹」(1972年)などの作品をATGなどから発表。しかし、ここまでの活動では彼の名は、海外でそれほど知られてはいませんでした。映画界全体の地盤沈下が進む中、彼はしばらく製作費を稼ぎ出すためにテレビのクイズ番組などに出演し続けます。そして、フランス資本の助けも借りることでハードコア・ポルノ作品「愛のコリーダ」(1976年)を発表し、世界中で一大ブームを巻き起こし、同時にシカゴ映画祭審査員特別賞、英国映画批評家外国語映画賞などを受賞。次作の「愛の亡霊」(1978年)も世界中で高い評価をカンヌ映画祭では監督賞を受賞しました。検閲制度に挑戦するかのような過激な性表現の話題性のおかげもあったとはいえ、この時の大島渚ブームはいっきに彼の名を黒澤明、溝口健二に匹敵する存在にしてしまいました。海外資本との提携により自らの望む作品を撮れる環境を作り上げたことはその後の多くの監督たちにも影響を与えることになります。こうして、次に彼が撮ることになった「戦場のメリー・クリスマス」では資金的にも恵まれ、俳優たちの顔ぶれから撮影前から話題となり、完成後はカンヌ映画祭グランプリの最有力候補として期待されることになりました。実際、カンヌ映画祭にはグランプリを獲るつもりで関係者は参加しており、積極的なキャンペーン活動を展開しました。ところが、そのキャンペーンが逆に審査員たちの反感をかったのか、ふたを開けてみるとグランプリはなんと同じ日本から参加した今村昌平監督の「楢山節考」にもって行かれたしまいました。
 1996年、彼はロンドンで脳内出血で倒れ、死の淵をさ迷いました。命は失わなかったものの、身体の自由を失った彼は長いリハビリ生活を強いられることになります。それでも奇跡的な復活を遂げた彼は1999年「御法度」で復活。再びカンヌ映画祭に挑みますが、またも賞を逃してしまいます。さらに脳内出血後リハビリによって快方に向かっていた健康状態が再び悪化してしまいます。彼にとって、「戦場のメリー・クリスマス」は肉体的にも、精神的にも、環境的にも最も充実していた時期の作品だったといえるのかもしれません。

<原作者ヴァン・デル・ポスト>
 この映画の原作は、作家ローレンス・ヴァン・デル・ポストの実体験に基づく小説「影の獄にて」と「The Seed and the Sower」です。彼はイギリス国籍ではありますが南アフリカ生まれのボーア人貴族という特殊な生い立ちで、なおかつ農園主、探検家、精神分析家、神話学者、小説家という多彩な顔をもつ人物でした。この映画の原作となった小説にはそんな人物ならではの奥の深い人物描写があり、数多く存在する捕虜収容所を描いた作品とはまったく異なる内容になっています。
 障害者の弟をもちながら彼を助けるのではなく差別してしまった自分に対する嫌悪感に苦しみ続けるジャック・セリアズ、イギリス軍少佐
 若手の軍人たちによるクーデター2・26事件に仲間と共に参加できず死に遅れてしまったことを悔やみ続ける収容所の所長ヨノイ大尉(坂本龍一)
 普通の戦争映画では登場人物に死に対する恐怖以外に悩みなどなく、厳しい戦場から生きて帰ることだけが彼らの目的として描かれています。しかし、この映画の登場人物は、それぞれ悩みを抱え苦しみながら収容所という異常な環境下に投げ込まれていました。そのうえ、彼らは国籍も、育ちも、宗教も違います。こうした複雑な状況が間近に迫る終戦によって、さらに混沌さを増した時、彼らはどう変わってゆくのか?

<それぞれの個性>
 原作者の分身ともいえるジョン・ロレンス中佐(トム・コンティ)は、そうした状況の中で唯一冷静に事実を把握する立場として描かれ、映画の中でも収容所内のトラブル処理班の役目を果たす存在です。また、彼が通訳としていっしょに働くことになったハラ軍曹(ビートたけし)は、ある意味当時の日本軍兵士を代表する存在として描かれています。軍の命令には絶対的に従い、暴力も平気で振るう彼は本当は心優しく臆病な普通の男であるこはしだいに明らかになります。彼のそんな複雑な人物設定はその後彼が演じることになる「その男凶暴にきつ」などの役どころの原形だったともいえます。ただし、この映画でのビートたけしの演技を本人は最低だと思っていたようで、同じように自分の演技に納得できていなかった坂本龍一とともにフィルムを燃やすことを真面目に話し合ったこともあったとか・・・。しかし、その分彼はこの映画に対し、常に冷静な立場で参加していたとも言っています。だからこそ、最後の最後に他の俳優の演技をすべて喰ってしまうあの「素晴らしい笑顔」を披露できたのかもしれません。このラスト・シーンの笑顔と坂本龍一の音楽は未だに忘れることができません。僕にとって、これほど背筋がゾクッと来るようなラスト・シーンは後にも先にもない気がします。
 もちろん、ビートたけしの笑顔は確かに凄かったのですが、映画全体をとおして見ると、やはりデヴィッド・ボウイの演技は彼にとっても最高のものだったように思います。ロック・ミュージシャンとして大活躍していた彼は、俳優としても数多くの作品に出演しています。元々彼はイギリスの前衛劇団リンゼイ・ケンプ・カンパニーに所属しリンゼイ・ケンプから直接パントマイムを学んだだけに演技力には確かなものがありました。しかし、本格的な主演映画としてはニコラス・ローグ監督の「地球に落ちてきた男」ぐらいで、意外に彼の役どころは癖のある傍役がほとんどです。マーティン・スコセッシの「最後の誘惑」ではイエス・キリストにいやいやながら死刑を宣告することになるポンテオ・ピラト。ジム・ヘンソンのファンタジー映画「ラビリンス」ではゴブリンの王ジャレス。伝説の画家バスキアの伝記映画「バスキア」では、ポップ・アートの奇才アンディ・ウォーホル。デヴィッド・リンチの失敗作?「ツイン・ピークス」(劇場版)では、おかしなFBI捜査官フィリップ・ジェフリーズ。ロック・ミュージカル「アブソリュート・ビギナーズ」では広告業界の大物。どれも一癖二癖ある役ばかりでしたが、逆に彼のイメージをそのまま生かせばそれでよい役でもありました。そうした役に比べると、大島が彼に要求した役はそれまでの彼のイメージを大きく越える必要のあるものでした。それだけに、彼にとってこの映画は俳優としてのデヴィッド・ボウイにとって最高のものだったと思うのです。

<ビートたけし>
 この映画の演技で自分の演技にうんざりし、自信を失くしていたビートたけしは、映画が公開され彼の演技が高く評価されたことで自分の演技に自信をもつことになりました。それまでも彼はテレビや映画に俳優として出演していましたが、それは人気お笑い芸人の延長としてのゲスト出演的なものばかりでした。しかし、これ以後彼は特異なキャラクターを演じることのできる一流の俳優として、その地位を築いて行くことになります。この年、彼が主役を演じた「昭和四十六年大久保清の犯罪・戦後最大の連続女性誘拐殺人事件」の大久保清、1985年「イエスの方舟」の千石剛賢、1991年「金の戦争ライフル魔殺人事件」の金嬉老は、まさに彼以外では考えられない役どころとなりました。
 そして、1989年彼に「その男、凶暴につき」を監督するチャンスが巡ってきます。この時、すでに彼には監督として力を発揮するだけの準備と自信が蓄えられていました。すべては「戦場のメリー・クリスマス」から始まったのかもしれません。

<追記>(2013年8月)
 実際に大島の作品を見ると、整合性を失った構成もあれば、笑いを誘うような陳腐な展開もあり、もはや古くなった主題を扱っているようにも見えながら、映画そのものの奥底に主題とも、物語性とも、メッセージ性とも異質な、奇妙な「熱気」が張っているのに気づくことだろう。そしてその熱気の正体とは、より刺激的な人間の表情を獲得すべく悪戦苦闘しているであろう大島渚の肉体から発っせられているもののように、私には思えてならないのである。
 ホモセクシャルの問題も、捕虜の問題も、あらかじめヘタクソな演技と他のメディアで見慣れた顔つきが邪魔してリアリティをかもし出すことができるわけもなく、「なるほどね」としか思えないのであるなら、思い切り「表情」のアクロバットを、それこそ見世物小屋に入ったつもりで楽しめばいいのではないか、というのが私の考えである。

田中英司「現代・日本・映画」より

「一に素人、二に歌うたい、三、四がなくて、五に映画スター」
大島渚
 この作品以後も、大島は多くのタレント、素人を役者として使っています。そこには彼が作る映画において、役者が何を求められているかが示されています。

<坂本龍一>
 坂本龍一の場合は、すでにYMOのメンバーとして世界的な評価を得ていましたが、この映画での彼の存在感もまた演技とは別に魅力的でした。しかし、なんといっても彼の作ったこの映画の音楽は映画の中のもうひとつの主役といえるほど、作品の成功に大きな役割を果たしていました。そして、この映画のカンヌ映画祭での公開の際、彼はプロデューサーのジェレミー・トーマスと知り合い、彼が製作した1987年のベルナルド・ベルトルッチ監督作品「ラスト・エンペラー」に俳優、音楽担当として参加。日本人として初めてアカデミー賞のオリジナル作曲賞を受賞することになります。

<もう一本の太平洋戦争「東京裁判」>
 「戦場のメリー・クリスマス」に比べると「東京裁判」はいかにも地味なドキュメンタリー映画です。しかし、この映画は見始めると時間を忘れさせるほどドラマチックでなおかつ新鮮な驚きに満ちています。先ず第一にこの作品はドキュメンタリー映画といっても、「東京裁判」の現場をそのままフィルムに収めたもので再現フィルムではありません。当然、登場人物はみな本物であり、それぞれが究極のリアリズムともいえる演技を披露してくれているのです。(梅毒に冒されて発狂してしまった大川周明が前の席に座る東条英樹の頭を引っぱたくシーンなどは、どんな演出家にも思い浮かばない演出です)
 この裁判に判事として参加した国際色豊で個性豊な判事たち、それぞれの立場と発言がいかに異なるものだったか。これもまた興味深く見ることができます。判事たちは、戦勝国であるオーストラリア、アメリカ、イギリス、ソ連、フランス、中国、オランダ、カナダ、ニュージーランド、フィリピン、インドからそれぞれ一人づつ派遣されていました。その中でも特に有名なインド人判事、ラダ・ビノード・パール判事は、日本は無罪であると最後まで主張し続けました。
「日本を裁くなら連合国も同等に裁かれるべきである」
 この考え方を堂々と主張した人が当時いたことに感動させられると同時にガンジーを生んだ国インドの奥深さに改めて感心してしまいました。もちろん、日本に戦争責任がないわけはないのですが、戦争を犯罪として片付けるのではなく、あらゆる要素を再検証して、すべての責任の所在を明らかにしなければ戦争をなくすことはできない。実に当たり前のことが、見過ごされたことで、「東京裁判」はその後の世界の平和に貢献できなかっただけでなく、逆に朝鮮戦争、ベトナム戦争など世界各地の紛争の原因ともなるのです。
 1952年に再来日したパール判事はこう語ったそうです。
「東京裁判の影響は原子爆弾の被害よりも甚大だ」
 残念ながら、世界の歴史はこの言葉が正しかったことを、その後証明することになります。

「戦場のメリー・クリスマス Merry Christmas,Mr.Lawrence」 1983年公開
(監)(脚)大島渚
(製)ジェレミー・トーマス
(原)ローレンス・ヴァン・デル・ポスト
(脚)ポール・メイヤーズバーグ
(撮監)成島東一郎(撮)杉村博章
(編)大島ともよ
(音)坂本龍一
(出)デヴィッド・ボウイ、坂本龍一、ビートたけし、トム・コンティ、ジャック・トンプソン、内田裕也、ジョニー大倉、室田日出男

<あらすじ>
 1942年、日本統治下のインドネシア、ジャワ島のレバクセンバタにある日本軍の捕虜収容所。朝鮮人の軍属カネモト(ジョニー大倉)がオランダ人兵士を犯した事件を処理するためにハラ軍曹(ビートたけし)が日本語を話せるロレンスに協力を要請します。暴力的で粗野なハラに初めはおびえていたロレンスもしだいにハラの人間性が理解できるようになります。同じ頃、イギリス陸軍の少佐セリアズが収容所に送られてきました。収容所所長のヨノイ大尉はセリアズの不思議な魅力に魅かれてしまいます。カメモトを処刑すると発表したヨノイは俘虜たちを強制的にその場に立ち会うよう命令します。するとカネモトの死と同時に彼と関係があったオランダ兵もまた舌を噛み切って自殺してしまいます。いよいよヨノイと俘虜たちの溝は深まりました。無線機を持ち込んでいたことが発覚したため、ロレンスとセリアズは独房に入れられますが、突然二人はハラに呼び出され収容所に帰ってよいといわれます。
「ロレンスさん、ファーゼル・クリスマス」それは酒を飲んで酔っ払ったハラからのクリスマス・プレゼントでした。
 自分に協力しようとしない俘虜たちにいらだっていたヨノイは俘虜全員を呼び出し、「兵器の専門家はこの中に何人いるのか?」情報の提供を求めました。しかし、代表のヒックスはそれを拒絶。ヨノイはいよいよ怒りを抑えきれなくなり、ついに刀を抜いてヒックスに迫りました。その時、セリアズがゆっくりと歩み寄りヨノイにキスをしました。ヨノイは呆然として立ち尽くしてしまいます。この事件により、ヨノイは更迭され、新任のゴンドウ大尉はセリアズを見せしめのために生き埋めにしてしまいます。ある夜、死にかけたセリアズのところにヨノイが現れ、彼の髪の毛を切り持ち去ります。
 1946年、戦犯として処刑されることになったハラのもとにロレンスが現れます。ロレンスは、ヨノイからセリアズの遺髪を託され神社に捧げてくれと頼まれたことをハラに話すと、あのクリスマスの夜のことを語り合うのでした。帰り際にロレンスはハラに呼び止められます。すると、彼は再びロレンスに叫ぶのでした。
「メリー・クリスマス、Mr.ロレンス!」

<この年の映画>
3D映画の二回目のブーム(米)
リュック・ベッソン、レオス・カラックスなどフランス映画新世代登場

「愛と追憶の日々Terms of Endearment」(監)(製)(脚)ジェームス・L・ブルックス(音)マイクル・ゴア
アカデミー作品賞、監督賞、主演女優シャーリー・マクレーン助演男優ジャック・ニコルソン)
「愛のイェントルYentl」(監)(製)(出)バーブラ・ストライサンド(音)Michel Legrand  アカデミー編曲賞(バーブラ・ストライサンド歌)
「海辺のポーリーヌ」(監)(脚)エリック・ロメール(撮)ネストール・アルメンドロス(出)アマンダ・ラングレ、アリエル・ドンバール
「カメレオンマン Zerig」(監、主演)ウディ・アレン(珍しくウディの政治的主張が打ち出された作品、ヴェネチア映画祭イタリア批評家賞
「カルメン」(監)(脚)カルロス・サウラ((脚)(出)アントニオ・ガデス(音)パコ・デ・ルシアほか(出)ラウラ・デル・リン
「カルメンという名の女」(監)ジャン=リュック・ゴダール(出)メルーシュカ・デートメルス(ヴェネチア映画祭金獅子賞
「再会の時 The Big Chill」(音)メグ・キャスダン(監)(脚)ローレンス・キャスダン
(ストーンズ、マービン・ゲイ、プロコル・ハルム、ザ・バンド、アレサ・フランクリンなどの懐かしい音楽がたっぷり!)
「白い町で」(監)(製)(脚)アラン・タネール(撮)アカシオ・デ・アルメイダ(出)ブルーノ・ガンツ、テレーザ・マドルーカ(セザール賞フランス語作品賞)
「スターウォーズ ジェダイの復讐Return of the JEDI」(監)リチャード・マーカンド(音)John Williams
「ストリーマーズ/若き兵士たちの物語」(監)ロバート・アルトマン(出)マイケル・ライト、マシュー・モディーン(ヴェネチア映画祭主演男優賞
「そして船は行く」(監)(原)(脚)フェデリコ・フェリーニ(原)(脚)トニーノ・グエッラ(出)フレディー・ジョーンズ、バーバラ・ジェフォード
「ドレッサーThe Dresser」(監)(製)ピーター・イエーツ(出)アルバート・フィニー、トム・コートニー(イギリスを代表する名優の共演、これぞお芝居!)
「ノスタルジア」(監)アンドレイ・タルコフスキーカンヌ映画祭監督賞、国際批評家連盟賞受賞)
「ハッカリの季節」(監)エルデン・キラル(原)フェリット・エドギュ(ベルリン映画祭銀熊賞、国際評論家連盟賞
「ファニーとアレクサンデル Fanny och Alexander」(監)イングマール・ベルイマン(ヴェネチア映画祭国際評論家賞
「フラッシュ・ダンス Flash Dance」(音)ジョルジオ・モロダー アカデミー歌曲賞(ダンス・ブームのきっかけとなったエイドリアン・ラインの出世作)
「マルチニークの少年」(監)ユーザン・パルシー(出)ダーリン・レジティム(ヴェネチア映画祭主演女優、新人監督賞
「モンティ・パイソン/人生狂想曲」(監)テリー・ジョーンズ(カンヌ映画祭グランプリ
「夢を生きた男  ローカル・ヒーローRocal Hero」(監)(脚)ビル・フォーサイス(音)マーク・ノップラー(ダイアー・ストレイツ)(大好きな映画!)
ライト・スタッフThe Right Stuff」(監)(脚)フィリップ・カウフマン(原)トム・ウルフ(音)Bil Conti  アカデミー作曲賞
(フィリップ・カウフマン監督の宇宙飛行士ドキュメンタリーの映画化)
「ラルジャン」(監)(脚)ロベール・ブレッソン(カンヌ映画祭監督賞受賞)

「天城越え」(監)(脚)三村晴彦(製)野村芳太郎、宮島秀司(脚)加藤泰(原)松本清張(出)渡瀬恒彦、田中裕子、平幹二郎(モントリオール映画祭主演女優賞
家族ゲーム(監)(脚)森田芳光(製)佐々木史朗他(原)本間洋平(撮)松田優作、宮川一朗太、伊丹十三、由紀さおり
「魚影の群れ」(監)相米慎二(原)吉村昭(脚)田中陽造(撮)長沼六男(出)緒方拳、夏目雅子、十朱幸代
「細雪」(監)(製)(脚)市川崑(原)谷崎潤一郎(撮)長谷川清(出)岸恵子、佐久間良子、吉永小百合、古手川裕子、石坂浩二
「十階のモスキート」(監)(脚)崔洋一(脚)(出)内田裕也(出)中村礼子、小泉今日子
「戦場のメリー・クリスマス」(監)大島渚(原)ローレンス・ヴァンデル・ポスト(製)ジェレミー・トーマス(出)デヴィッド・ボウィ、坂本龍一、ビートたけし、トム・コンティ
イタリア映画批評家協会最優秀映画賞
東京裁判(監)(脚)小林正樹(原)稲垣俊(脚)小笠原清(音)武満徹(ドキュメンタリー)
「楢山節考」(監)(脚)今村昌平(主)緒方拳、坂本スミ子(カンヌ映画祭パルムドール受賞)
「南極物語」(監)(製)(脚)蔵原惟繕(脚)野上龍雄(日本映画史上最高のヒット56億の配給収入)
「ふるさと」(監)(製)(脚)神山征二郎(原)平方浩介(出)加藤嘉、長門裕之、樫山文枝(モスクワ映画祭主演男優賞
「竜二」(監)川島透(脚)鈴木明夫(プロ)大石忠敏(撮)川越道彦(出)金子正次、永島瑛子、北公次

グロリア・スワンソン(俳優)死去(84歳)
片岡千恵蔵(俳優)死去(79歳)
寺山修司(演出家、詩人、俳人、映画監督)死去(47歳)
山本薩夫(監督)死去(73歳)

<1983年の出来事>
第9回主要先進国首脳会議(ウィリアムズバーグ・サミット)
<アメリカ>
米軍によるグレナダ侵攻作戦開始
スペース・シャトル、チャレンジャー打ち上げ成功
シカゴ市長に黒人のハロルド・ワシントン当選
劇作家テネシー・ウィリアムズ死去
<ヨーロッパ>
ソ連の軍事衛星
イギリス保守党総選挙で圧勝、サッチャー再選
スペインの画家ホアン・ミロ死去
<アフリカ>
ジンバブエ紛争
エチオピア軍、ソマリア侵攻
チャド内戦
南ア軍、アンゴラ侵攻、モザンビークを爆撃
アフリカ各地での紛争により飢餓が拡大
<アジア>

大韓航空機撃墜事件(ソ連軍によるサハリン沖での撃墜事件)
ヴェトナム軍、ポルポト派を攻撃
フィリピンの野党指導者アキノ氏暗殺される
ラングーンで爆弾テロ事件(韓国閣僚ら死亡)
<日本>
比例代表制初の参議院選挙
レーガン米大統領訪日
東京、町田市の中学校で、教師が生徒をナイフで刺す。
三宅島、噴火により島民全員脱出
青函トンネル開通

<芸術、文化、商品関連>
「マイケル・K」J・M・クッツェー著(ブッカー賞受賞)
「カラーパープル」アリス・ウォーカー著(全米図書賞)(ピューリツァー賞受賞)
映画「フラッシュ・ダンス」のヒットでダンス・ウェアやスウェット製品がブームになる
東京ディズニーランド開業
連続テレビ小説「おしん」が一大ブームとなり、後にアジア各国へ輸出
任天堂がファミリー・コンピューター発売
ジェームス・ダイソンの掃除機「サイクロン」発売(イギリス)
スウォッチ社がプラスチックウォッチ発売(スイス)
任天堂「ファミリー・コンピューター」発売
寺山修司、敗血症で死去(5月4日)
<音楽関連(海外)>
アメリカに「ロックの殿堂」設立される
ヒップ・ホップの伝説を生んだ映画「ワイルド・スタイル」公開
<音楽関連(国内)>
YMO散開
<1983年の音楽について>この年の音楽についてはここから!

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