アルゼンチンが生んだもうひとりの神


映画「MESSI/メッシ - 頂点への軌跡」

- リオネル・アンドレス・メッシ Lionel Andrés Messi -
<伝記映画の傑作>
 掘り出し物の素晴らしいドキュメンタリー映画を見ました。スペインのMediapro制作の世界最高のサッカー選手、リオネル・メッシの伝記映画です。テレビで偶然見たので、単なるドキュメンタリーのテレビ番組だと思っていたのですが、ところがどっこいちゃんとした長編映画でした。(日本未公開)
 その作品のどこが素晴らしかったかというと、その編集の巧みさと素材自体の魅力にあります。素材であるメッシの記録映像と彼の子供時代の再現映像、それに様々な時代の彼を知る関係者たちによる対談という3種類の映像をエピソードごとに実に丹念に編集し、一本の映画に仕上げています。
 例えば、アルゼンチン代表監督がメッシがアルゼンチン代表として、その本領を発揮した重要な試合についての場面。先ずは、彼がその試合で躍動する姿を捉えた映像がテンポよく編集されています。しかし、それまでの彼は代表チームとなかなかフィットせず結果も出なかったため、アルゼンチン国内で彼は戦犯扱いされていました。屈辱的な試合の映像や試合前の国歌斉唱で彼が歌わずにバッシングを受けた時の映像なども映し出されるだけに、彼が輝きを取り戻した時の喜びが伝わってきます。すると、そんな喜びの表情を表す彼が映画俳優のように見えてくるのです。これはちょっと驚きでした。
 彼の少年時代を演じた少年の演技が素晴らしかったこともあり、少年時代の再現映像も実際のメッシの映像と実にスムーズにつながっています。さらにそこに彼とかかわりを持つ人びとの証言が加えられ、メッシの歴史を構成して行きます。そのテンポの良い編集は、まるでFCバルセロナ黄金期の華麗なパス・ワークを見ているかのようです!
 イニエスタ、ピケ、マスチェラーノらバルサのメンバーたちによる証言が、メッシの素晴らしいシュートを解説し、それを蘇らせてくれるのですから、まさに言葉によるバルサ黄金期サッカーの再現といえます。そんなバルサのパス・サッカーのテンポを映像編集のテンポに生かそうと考えて作られたのが、この作品ではないのかと思うのですが・・・。
 この作品にはメッシ本人のインタビュー映像は使われていません。したがって、彼の言葉で彼の物語が語られることはないし、自分のプレーを説明することもありません。彼は映画の中の登場人物のように扱われているわけです。実は、彼のインタビューがまったく面白みがないからというのが、最大の理由なのかもしれませんが・・・。彼自身は無意識にプレーしていて、それを言葉で説明することができないというのが真相なのかもしれませんが・・・。

<リオネル・メッシ>
 リオネル・アンドレス・メッシ Lionel Andrés Messi は、1987年6月24日アルゼンチンのサンタフェ州ロサリオに生まれました。幼い頃から、サッカー選手として才能を発揮しますが、成長ホルモンが不足する病のために、身体が大きくならずにいました。彼の家も裕福ではなかったために、彼の治療費を工面できずにいました。そのため、優れた選手とはいえ、リーベル・プレートなどのチームも彼の獲得を諦めます。
 そんな中、スペインの名門チーム、バルセロナFC(バルサ)がメッシ少年の治療費を負担することを約束。彼はアルゼンチンを家族と共に離れ、スペインのバルセロナに渡り、13歳にしてバルセロナの一員となりました。ちょうど彼がバルサのユース・チームに入った頃、彼のチームにはイニエスタやシャビなど、将来の彼のチーム・メイトたちも入団していて、バルサ黄金時代の基礎が築かれようとしていました。彼はその中で、ロナウジーニョやエトーなどの先輩たちのプレーを見習いながら、バルサのBチームからトップへとステップ・アップして行きました。

<語り部たちのレストラン>
 この作品の対談の場面、会場は大きなレストランで、別々のテーブルで同時にいくつもの対談が行われていたようです。普通は一人のインタビュアーが順々に証言者たちに語らせるところですが、それを対談形式にして後でテーマにそって上手く編集するという構成が面白い!スペインらしく食べながら、飲みながら自由に語らせることで、狙い通りの証言が得られたのかもしれません。それぞれのテーブルは、時代ごと、テーマごとに上手く分けられています。
 例えば、バルサのチーム・メイトたちのテーブルには、アンドレス・イニエスタ、ジェラール・ピケ、ハビエル・マスチェラーノがいます。
 彼が所属したチームの監督には単独でインタビューが行われます。バルサで彼の才能を見出したヨハン・クライフ。アルゼンチンの代表監督として、メッシを生かすことに成功したセサル・ルイス・メノッティ。超一流の選手、監督だけあって、クライフとメノッティ、どちらも頭が良くてしゃべりも上手い!
 アルゼンチン代表のチーム・メイトだったホセ・マルエル・ピント、ホルヘ・バルダーノ。彼を指導したバルセロナBチームの元監督ペン・ヴラタコス、同じバルセロナカデーテAの監督だったアレックス・ガルシア。ブレイク前のメッシを知る指導者たちの証言は、いかに彼が周囲の選手たちに認められ、愛されていたのかを教えてくれます。特に、ロナウジーニョはメッシをかわいがり、様々な面で彼を育ててくれたようです。
 そして、メッシの少年時代のことを明かしてくれる大切な証言者である友人たちと学校の先生のテーブル。ここでは、少年メッシの幼い頃の逸話が語られます。
 こうして、それぞれのテーブルで、それぞれの時代についての思い出話が語られるわけです。

<メッシのゴール・パフォーマンス>
 映画のラスト、メッシがゴールを決めるたびに見せる天に向かってゴールを捧げるかのようなパフォーマンスの意味が明かされます。
 成長ホルモンが不足するという難病のため大きく生れずにサッカー選手として体格的に恵まれなかった彼を少年時代から勇気づけ、守り、応援し続けた彼のおばあちゃん。彼女は、彼がバルセロナで活躍し始める前にこの世を去ってしまいました。
 まだ彼が子供だった頃、彼は友人の一人と二人でおばあちゃんの墓参りをしようと遠出します。まだ11歳か12歳だった彼とって、危険なスラム街を通っての小さな旅は思い出深いものだったようです。そして、それ以降、彼は自らのゴールを育ててくれたおばあちゃんに捧げ続けているのです。
 そう思ってみると、彼のゴール・パフォーマンスは、どれもが歓喜に満ちていますが、どこかそのゴールを見せられなかった祖母への悲しみがみえる気がしてきます。それはどんな名優にも難しい表現に思えます。正直、見ていて涙が出てきました。
 メッシは、世界最高のサッカー選手であると同時にサッカー・ボールを使った世界最高のパフォーマーでもあるのです。(バロン・ドールに価する選手とは、そうでなければならないのでしょうが・・・)

<天才マラドーナとの比較>
 サッカーというスポーツは、すべてのスポーツの最高峰がそうであるように究極のプレーは芸術作品のように美しいものです。しかし、そこまで美しいプレーを見せるためには、誰よりも多い練習量だけではなく、天性の才能もまた求められます。メッシは、その天分を天上から与えられた数少ない天才ですが、もう一人アルゼンチンには、マラドーナという天才プレーヤーがいました。映像の中にも登場していましたが、アルゼンチン代表の巨大な応援フラッグには、マラドーナとメッシ、そしてチェ・ゲバラが3人並んで描かれています。アルゼンチンが生んだ世界に誇る3大ヒーローなのです。そんなメッシとマラドーナの比較。これもまたこの作品の中のテーマとして取り上げられています。
 マラドーナの伝説的な5人抜きシュートと神の手ゴール。二つのプレーとそっくりのプレーをメッシもしています。その二つのプレーを同時進行で比べると、二人のプレーが実に似ていることに気づかされます。二人の才能は同等レベルなのでしょう。ただし、二人の人間性はまったく異なります。簡単にいうと、メッシは「大人」ですが、マラドーナは「子供」です。
 彼の才能をいち早く見抜いたヨハン・クライフは、バルサでのメッシの活躍について、「バルサはメッシのために作られたチームでもあり、イニエスタ、シャビらの選手は彼のための最高のパスを出す役割を担うために選ばれた選手たちだといいます。彼らが身長が低いのも、同じように背が低いメッシと目線を合わせるのに丁度いいと方っていました。同じくバルサに在籍していたイブラヒモヴィッチは、その逆でメッシにとってもう一人のDF的存在になっていたとも語られていました。(背は高いし、オレオレタイプの選手ですから、そうなりますね)
 ただし、バルサが名将グアルディオラ監督によって、メッシのために準備された完璧なチームだったのに対して、マラドーナが活躍した時代のナポリは、その逆のダメダメなチームでした。そして、それをセリアAで優勝できるだけの素晴らしいチームに変えたのは、監督ではなく自らのプレーでチームを引っ張るマラドーナによるものでした。地元アルゼンチンでは、彼をご神体として崇める教会まであるぐらいのカリスマ性を持つだけに、彼によってチームは変えられたのでしょう。やはりマラドーナは凄いんです。
 2016年時点で、彼はバロンドール(世界最優秀選手)を5回獲得しており、文句なしに21世紀サッカー界最高の選手と言えるでしょう。ただし、彼はアルゼンチン代表としてなかなか活躍できず、チームもワールドカップでの優勝を逃しています。それだけに、彼にとって最後で最大の夢は、アルゼンチン代表としてワールド・カップを制覇し、MVPを獲得することに違いないでしょう。

<メッシを見つけた男>
 成長ホルモンが不足する病いに悩んでたまだ10代だったメッシに救いの手を差し伸べたバルセロナは、彼だけでなく家族をもスペインに呼び寄せ、彼をチームに迎え入れました。治療の効果が出ると、彼はバルサ・ユースでの活躍を開始。彼も含めて、家族はスペインに移住する可能性も浮上してきました。チームに対する恩義もあり、スペイン国籍を取得してヨーロッパで活躍を続けるのも当然の成り行きだったかもしれません。まして、有名になる前にアルゼンチンを去っていた彼のプレーは、サッカー関係者にまったく知られていなかったのですから。
 このままだと、メッシは国籍を移しスペイン・ユースの代表チーム入りすることになるかもしれない。なんとか、アルゼンチンのサッカー関係者にメッシの存在、その才能の素晴らしさを知らせなければ・・・。スペイン在住のアルゼンチン人の多くがそう思っていたようです。実際、彼は2005年にスペインの市民権を獲得していたので、スペイン代表入りも可能な状況になっていました。
 ちょうどその頃、スペインでU-20のワールドカップが開催されていて、アルゼンチン代表チームもその大会に出場していました。その時、代表チームの監督だったウーゴ・トカーリは、泊まっていたホテルのレストランで働くシェフからDVDを渡され、メッシという少年のプレーを見てほしいと頼まれます。彼をアルゼンチン代表チームが招集しないと、スペイン代表チームにスカウトされてしまうかもしれないとも言われました。(FIFAのルールでは、一人の選手は一度ある国の代表になると他の国の代表にはなれないことになっています)メッシという選手のことなど聞いたこともなかった監督は、半信半疑で部屋に帰りそのDVDを見てビックリ。慌てて彼はバルセロナに家族と共に住んでいるはずのメッシ少年を探させ、家に電話。すぐに彼を代表チームに参加させました。こうして、彼は2005年のワールドカップ・ユース選手権に初めてアルゼンチン代表として出場することになったのでした。
 もし、この時、彼がメッシのDVDを見ずに帰国してしまったら・・・メッシはスペインに帰化して、スペイン代表チームの一員としてワールドカップに出場していたかもしれないのです。もしそうなっていたら、スペイン代表はもしかするとワールドカップで二連覇していたかもしれません。

「MESSI/メッシ - 頂点への軌跡」 2014年
(監)アレックス・デ・ラ・イグレシア
(製)ハビエル・メンデス
(脚)ホルヘ・バルダーノ
(撮)キコ・デ・ラ・リカ
(編)ドミンゴ・ゴンザレス
(音)ジョアン・バレント
(出)リオネル・メッシ、ディエゴ・マラドーナ、セサル・ルイス・メノッティ、ホルヘ・バルナード、ヨハン・クライフ、アンドレス・イニエスタ、ジェラール・ピケ、ハビエル・マスチェラーノ・・・ 

スポーツ関連ページへ   トップページへ