ぶっ飛び過ぎたブラック・ハード・ライフの書


「ミンガス自伝 敗け犬の下で MINGUS Beneath the Underdog」

- チャールズ・ミンガス Charles Mingus-
<60年代ドラッグ・カルチャー>
 チャールズ・ミンガスが自ら書き記した膨大な覚書を編集した自伝です。でも編集したといっても、ただ短くしただけじゃないの?と思えるぐらいわかりにくい作品です。ある種のトンデモ本と言っていいかもしれません。とにかく文章が読みずらいし、誰のことを書いているのかわからない部分が多いし、説明が少なくわかりずらいし、我ながらよくぞ最後まで読んだものだと思います。正直、あまりお薦めできる本ではありません。
 この本はジャズの本というよりも、60年代ドラッグカルチャーの本というべきだと思います。ジャズについての記述や他のジャズ・ミュージシャンの裏話などを期待していたのですが、最後の方にちょっと出てくるだけです。そのつもりでお読みください。
<追記>
 村上春樹の大ヒット作「1Q84 」の中、作中に登場する小説「空気さなぎ」の作者ふかえりが難読症(読字障害)ディスレクシアであることが明らかになるところで、チャールズ・ミンガスも同じディスレクシアであると書かれていました。
 なるほど、そう考えれば、混沌とした自伝になるのも当然かもしれません。逆に良く書いたものです。

<ポン引きジャズマン>
 セックス・シーン、ポン引き的な男女関係、同性愛、スワッピング、フェラチオ・・・・・が延々と続き、その合間にミンガスと女性たちとの混沌とした「愛」についての考察がちょっとだけあります。
 精神的におかしい状態で書いたとしか思えない文章もあり、超常現象的なお話もあり、それはそれで飽きないとも言えます。最後にはミンガスと精神科のカウンセラーとの対話まで登場。精神科の病棟に自ら入院したものの、そこから出してもらえなくなった時のエピソードが語られます。そこはほとんどリアル「カッコーの巣の上で」ですが、そもそもどこまでが真実なのかはわかりません。
「愛」、「人種差別」、「人生」、「お金」、「成功」、「売春」についてのお話の後、最後には不遇の天才トランぺッター、ファッツ・ナバロと死についての短い会話がなされます。その部分は宗教的で感動的です。彼がその後、すぐにこの世を去ると考えると感慨深いものがあります。

「人生をまた始めからやり直すとしたら」とジュディが尋ねる、「どうしたい?」
「簡単さ」ミンガスが言う、「ポン引きになるよ、サンフランシスコのビリー・ボーンズよりもっと大きくてもっといいポン引きにね。音楽だのにはもう頭を突っ込まない。むこうからくれるものを取るだけだ。生きていく上の一番大きな動機は、金をもうけること、そして、自分の生み出した新しい種類の「ブラック」をどうしたらいいものかと頭を悩ませながら、結局自滅してゆきつつある社会の中で、俺の生きる道を金で切り拓くんだ。しかし俺自身は黒だの白だのには関係ない、俺は地上の人種的に無所属の一員になる。


<ジャズに関する部分>
 この本の中、ほんの少しですが、イギリスの音楽誌の記者にジャズについて語る部分があります。読者はこの部分が読みたかったはずなのですが・・・。

 かつてよく使われた言葉にスウィングというのがあります。スウィングは一つの方向に進んでいった、直進的に。
 あれはいつもはっきりした拍子で演奏しなくちゃならない、それが制約になるんです。私の場合は円運動知覚という言葉を使うんですが。一つの円環内に存在するビートを頭の中に描ければ、より自由な即興演奏ができます。
 以前には、音というのは小節の中の一拍一拍の真中に、メトロノームのように打たなければいけないものだと考えられてきました。リズム・セクションの3人か4人の人間が、同一の拍子を刻んでる訳です。これはパレードかダンス音楽だ。しかし、各々のビートを包囲する一つの円環と考えごらんなさい - それぞれの人間は、その円環内のどこで音を出してもいい、そうなると演奏家は、より大きな空間を感ずることができます。円環のなかならどこにでも音が置かれる、しかし初めのビート感覚は変わらない。もしグループの一人が自信を失うと、誰かがまたそのビートを打つ。脈動はみんなの内にあるんです。
 こういう考えを持った演奏家と一緒にだったら、どんなことだってやれる。演奏をやめて他の人に続けてもらうこともできる。これは遊歩と呼んでいます。昔思い上がった演奏家と一緒のステージに上がった時なんかよくやりました - 演奏を止めちゃうんです。そうやってよくない演奏家を追い出す。


・・・今まで考えた所では、私はバードの死後何らかの重要な役割を果たしたのは、彼と同時代の人たち以外には全然いないと思ってます、みんな当時は見過ごされてきた人たちです - モンクやマックスやロリンズやバッド、その他の人たち、私もそうかもしれない。今日人々がアヴァン・ギャルドと呼んでいるものを、バードはあの頃にやってきたんです - それを当時の人たちは音が軋ると言った。
 ところがあの軋る音の意味を今になって理解するようになった。この自由形式というものも新しいわけじゃない - 小節の区切りを外すとかそういったことですが。私もやっていたし、私の前にはデュークが、その前にはジェリー・ロールがやってたことです。
・・・

「イギリスのジャズはどうでしょう?」という記者の質問に対して、彼はこう答えています。

 テクニック、音楽家気質なら、他と同様に秀れていると言える。しかし何のためにジャズをやる必要があるんです?ジャズはアメリカ黒人の伝統で、その音楽です。白人には演奏する権利がないんだ、有色民の音楽なんだから。・・・
 あなた方にはシェイクスピアが、マルクスが、フロイトが、アインシュタインが、イエス・キリストが、ガイ・ロンバルドがいる。しかし私たちはジャズと共にここまで来た、忘れないで下さい、そして今日世界中にあるポップ音楽はすべてここに源を発しているんです。イギリスの連中は俺たちのレコードを聞いて、それを写し取る、いや今だってとれないような金を稼いでる!友達のマックス・ローチは数々の人気投票で最高のドラマーとされてきた人間だ、それが同じ場所でバディ・リッチの半分以下の金しかもらえない - なんてザマだ!商売人たちは当座流行っているものを売るのに忙しくて、結局金の卵を生むガチョウの息の根をとめてしまう。奴らはレスターを殺し、バードを殺し、ファッツ・ナバロを殺した、もっと殺すだろう、恐らく俺もだ。


 なんだかこの本をボロクソに書いてしまいましたが、途中で「待てよ?!」と気づいたことがありました。映画や小説、伝記などで描かれてきたジャズなど黒人音楽の歴史は、ある意味、主人公たちと親しい白人評論家たちが書いた美化されたものがほとんどです。彼らが差別され、貧困に苦しみ、薬物やアルコールへの依存と闘いながら、それぞれの音楽を生み出す人生は見る者を感動させますが、それはすべてが真実ではないはずです。彼らの生き様は、もっと泥臭く、もっとエロチックで、もっと情けないのではないでしょうか?
 この本の作者であるチャールズ・ミンガスはその過激な生き様でマイルスをも上回ると言われた人物です。それだけに彼が書いている過激で嘘偽りのない?記憶の数々は、差別される側の黒人が書いたリアルな体験記として再評価されるべきものかもしれない。そう思えてきました。
 黒人ジャズ・ミュージシャンをとかく聖人のように扱いがちな白人のジャズ・ファンによる小説や映画に対して、
「おめーら、俺たち黒人のことを何もわかっちゃいねえな。それでも俺のことをジャズ界の天才と呼べるのか?」
 そんな風に彼が言っているような気がしてきました。ジャズ界において、マイルス・デイヴィス以上に白人に対する反抗心が強く、、問題児と言われ続けたミンガスらしいといえばらしい作品です。

「ミンガス自伝 敗け犬の下で MINGUS Beneath the Underdog」 1973年
(著)チャールズ・ミンガス Charles Mingus
(訳)稲葉紀雄、黒田晶子
晶文社

チャールズ・ミンガスの作品・エピソード

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