<茂木健一郎>
 脳の研究によって、一躍時の人となった茂木健一郎氏は、ブームのせいで、なんだかテレビ・タレントのような存在になってしまいました。しかし、僕は彼が書いたエッセイ「近代知を乗り越える」を読んで、その考えの奥深さに感心させられました。以下に記すのは、彼のエッセイ集「今、ここからすべての場所へ」から、僕が気になった文章を書き出したものです。ジャンルの幅が広すぎて、まとめるのが困難なため、ここではあえて並べるだけにします。
 なぜそうするかというと、読みっぱなしではちょっともったいなさすぎるからです。忘れないように、ここに書き出しておき、今後このサイト内のどこか、もしくは僕の頭の中で役立てようと思います。それでも、それぞれの文章には解説をつけておきますので、参考にして下さい。というより、是非、本編のエッセイをお読み下さい!

<都市論>
<ニューヨークの摩天楼>
 ニューヨークのマンハッタンの摩天楼は、二十世紀の人類の文明を代表する景観であるが、それは同時に、人間がせっせと作り上げた壁まら壁が立ち並ぶ光景でもある。空間を壁が囲い込み、自分が独占し、不特定多数の人が出入りすることを排除したいという人間の欲望が、空へ空へと限りなく伸びて行く運動となり、摩天楼に結実した。

<ベルリンの壁>
 私たちは、なぜ、ベルリンの壁の崩壊にあれほど熱狂したのだろう。あの時、テレビの画面の中で壊されていた壁は、東西ドイツの境界という場所における、冷戦という時代精神の産物であることを超えて、私たち人間が至るところに張り巡らしている壁の象徴だったのではないか?

<竹の子族>
 あの時、竹の子族として踊っていた若者たちが、いったい何を考え、何を感じていたのかは、当時内気で神経過敏な高校生だった私にはわからなかった。今となっての後知恵ではあるが、彼らのやっていたことのどこかに、バリ島の砂浜がサンドキャッスルを作っていた少年たちに通じるものがあるような気がしてならない。彼らは、あのように踊ることで、都市という圧倒的なスケールの暴力的な存在を自分たちの掌の中に取り戻し、その身体の動きの中に都市の景観をこね回していたのではないかと思えるのである。

<都市と自然>
 コントラストこそが、人間の魂の糧である。見渡す限りの大海原の中で、人々は一片の砂地を求め、広大な砂浜の中では、小さなオアシスを求める。都市のコンクリートの大地に一本の木を植え、原生林の中の空き地にピクニック・テーブルを求める。・・・都市は、宗教や愛と共通の起源を持つ。都市の高層ビルの間で、文明生活の豊穣を享受しながら、コンビニも水道も暖かなベッドもない原生林を夢見る。その時、私たちの魂をきっとキリストや、嘆きの壁の前の正統派ユダヤ教徒や、クラブの中で踊る若者たちの魂につながっている。

<都市と非日常>
 本来は、日常と非日常は交錯しているはずである。異化作用は、世間的な意味での日常にも非日常にも平等に訪れる。最も見慣れた光景が、この上なく不思議なもののように思われる。そのようなダイナミックな中にこそ、人間の魂を生き生きと保つ妙薬がある。不思議なものに出会うために、都会を出る必要はない。波照間で私が出会ったのと変わらぬ不思議が、この都市の空間の中にも満ちているはずである。

<人類の共通意識>

<感情の意味>
 感情は、生きていく上で避けることのできない不確実性に対する適応戦略である。

「この世界は、感じる者にとっては悲劇であるが、考える者にとっては喜劇である」
ポラス・ウォルポール

<人と人のつながり>
 スモール・ワールド・ネットワークでつながった世界。そんな、この世界の成り立ちを人間がもし理解できたら、そしてそれを明解なイメージとして持つことができたら、何よりも人間の脳の働き方が変わってくるだろう。
(インターネット、フェイスブックの登場は、この状況をさらに推し進めたといえます。このことは、かつて人類が月から見た青い地球を見て、地球の大切さに気がついたのに匹敵する価値観の転換かもしれません)

<「不在」が生む不安観>
 私たちの脳は、欠落を検出することが苦手である。仲間たちとの集合場所で、そこに誰がいないのかを認識することは、誰がいるのかを認識することよりむずかしい。・・・
 愛用の万年筆。恋人からもらった宝石。子供の頃の日記帳。大切にしていたものをどこかになくしてしまった時、様々な場所を捜しながら、私たちは不在がもたらす何とも言えない居心地の悪さ、焦燥感と向き合う。j不在は、不在のままではどこにも着地することができない。不在は、捜しているものが見つかった時の確かな存在の感覚の中にこそ、初めて着地することができる。

<「不在」に繊細な子供たち>
 不思議なことに、子供の方が「喪失」の痛みに対する感受性は鋭い。自分がこの世にもたらされるという奇跡のすぐそばにある子供は、今自分がこの世にもこうしてあるその生の姿とは全く異なる「その前」を直覚的に思い浮かべることができるのであろう。

<思い出の意味>
 私たちには、「今、ここ」から生しか与えられていない。流線型の先端で空気をつんざいて飛行することは、おそらくは良いことだ。しかし、後ろ髪を引かれながら私たちが生み出す残滓があってこそ、私たちの未来への飛行は安定する。

<不在の存在感>
 十字架にかけられたキリストの血を受けたという聖杯を信者が祈りをもって見つめる時、その血が生命を得て再び流れ出すというヴィジョンを見るとすれば、その時、聖杯はある定まった形をとった何かではなく、むしろ空白であることこそが本質である。空白こそが、人間精神に無限の運動をたどることを促し、ヴィジョンを活性化させるのだ。

<未来を知る危険>
 文化的、あるいは社会的な文脈においても、自らの創意工夫によって未来を形作る余地を信じられなくなってしまった時、私たちは取り返しのつかない喪失を経験するのではないか。自分の未来を選び取ることができると信じることを、そう簡単には失ってはいけない理想であると考えている。そのような素朴な信仰を失った時、人間は別の何かに堕ちていくのではないか。
 ところが、時代は人格や資質の形成をめぐるより精密な決定論に向かっているかのように見える。「脳を鍛える」、「早期教育」、「格差社会」、「プロファイリング」、「勝ち組と負組み」といったキーワードが示すように、人間をその属性によって規定し、差別化し、管理することを認容していく社会の変化が確実にある。

<音の不在が生む「音楽」>
 森の中を歩いていて、キツツキの音がして、それが止んだ後の静寂は確かにそれまでよりも味わいを増している。音楽とは、実は、「空白」を耕すための芸術ではないか。太鼓を連打した後の静寂は、フルートの音が鳴り終わった後の静寂とは違う。
 この世界の中で私たちが耳にする音の種類が増え、構造が豊かになり、音楽に接することで私たちの意識がとらえるクオリア(質感)のレパートリーが拡大するに従って、それらの不在がもたらす音の空白はいよいよ味わい深くなり、意味の艶やかさを増す。

<言語の音楽性>
 全く言語が通じない同士が対面する時の、ためらいと恥じらい、ぎこちなさ。あの空白の中にこそ、私たちにとっての香ばしい可能性があると信じたい。国際的な関係を語る時に、ある特定の言語に依拠してしまうことの危険性から、全速力で逃げ続けたい。世界の様々な言語を、その意味はわからないままに、少なくとも音楽としては味わいたい。自分の理解できる言語のもたらす豊饒を享受しつつも、まてよ、これと同じだけの豊かさは、あの言語にも、あの言葉にも、あの地域にすむ人々の精神生活の中にもあるはずだと思い続けたい。容易には、わからないからこそ、かの地の言語の中に隠された豊饒を想像する、そんな態度で隣国に臨みたい。

<情報社会に生きる>
<ITがもたらしたもの>
 IT社会は、意識の「今、ここ」性に作用しやすい。ITという制度自体が、「今、ここ」の中で前のめりに生きることを私たちに強制する。

<情報の儚さ>
 しかし、情報というものは、よほど注意しない限り、跡形もなく消えてしまう。ピラミッドのようなどっしりしたモノの持つ継続性に比べて、情報はいかにも儚い。私たちの脳の中の情報は、忘れてしまえばそれまでのことである。私たちが平安時代の人たちの内面生活をかろうじて知ることができるのは、当時書かれた「ものがたり」が写本という「モノ」とて残っているからこそである。・・・

<モノもまた情報である>
 ・・・モノは私たちがナイーブに思っていたほどに、「情報」と無関係にあるわけではない。むしろ、モノは情報の存在の一形態であり、ネット上のデジタル情報がさらされているのと同じように絶えざる変化の中に潜在しているのだ。


<聖なる場所>
 ある種の特別な場所を人は「聖地」とか「Hot Spot」とか呼びます。しかし、それはあくまでそこに立つ人の感受性に基づくものです。したがって、その場所が聖なる場所になるかどうかは、その人の感受性しだいともいえるはず。

<聖地とは?>
 斎場御嶽や伊勢神宮は素晴らしい。そのような語り方において、特に奇をてらうことなどない。聖地の魅力に素直に、自己を同一すれば良い。
 その一方で、聖地を特権化することは、どこかで、「血液型」や「勝ち組・負組み」の固定的世界観と通じている。未来を自由に選び取ることができないと考えてしまうことが、どこか深いところで魂を傷つけるのと同じように、ある場所だけが特別だと認め、そのような世界観に身を委ねることには、根本的において魂にとっての毒になるのではないか。
 斎場御嶽に行ってからの一ヶ月の間、もっぱらそんなことを考えている。「なぜ、それをここでは感じられるないのか」。日常の何気ない場面で、そのような問いを、繰り返し自らに投げかける。そのような深度のある問いを私の中に喚起したという点において、斎場御嶽はやはり「特別な場所」であったのだろう。
 いつか、どのような陳腐な場所にいても、「特別な場所」にいるのと同じ魂の位相に入ることができる。そんな、おそらくは果たすことができない願を掛けるために、もう一度あの美しい森の中に踏み入りたいと、都会の雑踏を歩きながらそんなことばかりを考えている。

<宗教の限界>
 ある時、光の川に沿ってから歩きながら、宗教というものについて考えていた。どんな教養でも、それが具体的な言葉として主張されると、危うくなる。どんなに立派な世界観でも、囚われてしまうことに対する警戒心が、共感する心とせめぎ合う。私が「実行」の問題としては今までのところどんな宗教にも帰依していないのは、そのような事情がある。
 それでも、世界の体験の中に慈しむべきものはある。「今、ここ」で私がまさに感じている、木漏れ日のその感じ。光の川がどこまでも延びて誘うその風合い。森というものが現にここにある、存在感の頼もしさ。

<生と死>
 「生」とは何か?「死」とは何か?その境界線はどこにあるのか?

<関係性としての「生」>
 「生」も「死」もシステムレベルに属する性質である。原子のレベルにまで降りてしまえば、「生」も「死」もそもそも存在しない。生き手いる人も、死んでいる人も、原子に解体してしまえば同じことだ。「私」とは、原子が作り出すネットワーク、その関係性のことであり、「死」とはそのような関係性が解きほぐされてしまうことである。
 意識をもった人間は、どうしても物質と同じような実体として「私」という存在を考えてしまう。だからこそ「死」を、そのような実体としての「私」が消えてしまうことだと思いこみがちだ。しかし、実際にはなくなってしまうのは実体ではなく、関係性だけである。関係性は、もともと相対的なものだから、絶対的に消滅してしまうわけではない。「私」という人間が後生大事にかかえている自我は、関係性によってつくられ、その変化のダイナミックを通して解体されていく仮借の姿である。

<「死」が生み出す豊穣>
 「私」という意識の絶対的から離れた時に見えてくるものは、あるものの死が次の世代の生のために様々なものを残していくことを意味する豊穣の図式である。宇宙という物質の生態系の多様性は、間違いなくその構成の生と死のサイクルによって支えられている。
 宇宙全体のビッグバンによる誕生からビッグクランチによる死へのサイクルについてさえ、同じようなことが言えるのではないか?・・・

<生命の多様性>
 今日、生命の尊いものであり、聖なるものであるとすれば、それは、地球上で生物たちが積み重ねてきた長い歴史の中での多様性にこそ依拠している。

<知性を生み出した多様性>
 人間の知性とは、実に、生涯にわたって蓄積される体験の痕跡が複雑な関係性のネットワークを構築することによって生み出される多様性のことである。多様なものたちが内包されてこそ、環境の変化に対して柔軟に対応することができる。さまざまなものたちをその中から掘り出すことができる。
 「私」という存在も、また同じことである。生まれたばかりのぴかぴかの「私」は、無垢で凄まじいまでのエネルギーに満ちている。その「私」がこの世の中でさまざまな体験を積み重ねていくことで、次第に関係性の衣をまとっていく。他のいろいろなものと結び合った「霧」につつまれて、「私」は次第に存在論的、認識論的厚みを増していく。
 そのような厚みの核の中から、「聖なるもの」は現れる。多様性の厚みだけ、「聖なるもの」は現れる。多様性の厚みだけ、「聖なるもの」の輝きを増す。「私」が聖なるものであることの深みは、私が持続してきた時間の長さに比例する。・・・

<幸福の多様性>
 「幸福」のあり方は人それぞれであり、ジャンルの中に住む生物層のように多彩である。いわゆる享楽的なことばかりが、人間の「幸福」を構成しているのではない。人間の進化の歴史は、「幸福」という宇宙の拡大の過程でもあった。

<生命原理の重要性>
 教条主義的な信念ほど、生命の本質から遠いものはない。原理主義で割り切り、縛れるほど、生命は硬いものではない。「今、ここ」への没入が、柔軟で時に劇的に変化するダイナミクスによってつなげられていくからこそ、命は命たり得る。
 信じることが時に災厄をもたらすのは、それが生命原理から離れるからである。生きるということから離れない限り、信じることは、「今、ここ」に身体を持つという人間の生の根本的制約と同義であり、その制約に負けることこそが、道を切り開く生命を輝かせることにつながるはずである。

<未来へ>
<過去の記憶から未来を見る>
 肝心なのは、思い出すということである。過去に繰り返し立ち返るということである。過去を見る射程が長いほど、遠い未来を見晴らすことができる。「今、ここ」にのみ生きる刹那主義は、聖なるものの喪失と、未来へのヴィジョンの貧困へと通じる。自分の中に既にある体験も数限りなくふり返ってこそ、聖なるものを育むことができる。

<未知との遭遇の喜び>
 原初の地に立つことは、子供だけの特権ではない。私たちは、人生の節目に新しい環境に飛び込むたびに、そこに未だ手つかずの未踏の地が広がっているのを感じ、その空白に喜びに心を震わせる。・・・

<創造こと未来へのステップ>
 どんな天才の創作物でも、白紙の状態から立ち上がっていく人間の成長過程に比べれば何ほどのことでもない。創造は、例外的事象ではなく、むしろ人生の時々刻々に満ちている。
・・・何か新しいものを生み出すということは、過去の記憶を思い起こすことに似ている。作品を紡ぐ素材は、自らの体験のアーカイブの中にある。だからこそ、作品に人が顕れると世には言う。

<不安があってこその未来>
 一体何故なのか。その根本的な理由がわからないままに私たちは生まれ、そして死んでいく。考えようによっては限りなく哀れな私たちの人生。しかし、そんなささやかな人生の最も深き喜びは、この先どうなるかわからないという不安にこそ由来する。不安の中に生まれ、不安の中に死んでいく。それで良いと思えば、人生はきっと私たちを抱きしめてくれる。

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