マネー・ショート 虚しき大逆転の結末は・・・ アメリカの悲劇


「マネーショート 華麗なる大逆転 The Big Short」

- アダム・マッケイ Adam McKay 、チャールズ・ランドルフ Charles Randolph-
<異色の経済ドキュメント映画>
 アカデミー脚色賞受賞が納得の作品です。もちろん、映画の脚本ですから、予想外のストーリー展開や心を打つ会話を書かれているかどうかが問題なのでしょうが。この映画の脚本は、そうではない部分で作家はその才能を発揮しています。それは、経済学や株式の知識がない普通の観客に「経済ドキュメント映画」をいかに理解させ、さらに楽しんで見てもらうか?という部分です。
 そのためにこの映画では、経済学の難しい用語が出てくるたびに、その専門家ではない人物、有名シェフやアイドル・タレント(セリーナ・ゴメス)などを登場させ、彼らにカメラ目線で実にわかりやすい比喩を使って解説をさせています。これがなかなかわかりやすい!そのかげで、高校二年生のうちの次男も最後まで見ることができました。(ということは、わかりやすいだけでなくエンターテイメント性もあるということです。そうでないと、サッカー少年で経済などまったく興味がないのに見るはずがないのです)
 ただし、わかりやすかったのですが、「空売り」の説明がなかったので、そこが理解できていないと???となる可能性がります。ということで、ここでは「空売り」について説明をしておきます。
<空売りとは?>
 「空売り」について理解していないと、この映画はもうひとつ理解できないかもしれません。
 では「空売りとは何か?」
 あなたが「空売り」で利益を得ようと思うなら、先ずは証券会社に行き、将来的に値段が下がると思える株を借り、それを自分の代わりに売ってもらいます。
 この時、株が100円で売れたとしましょう。
 次にあなたは、株の値段が下がったことを確認して、株を自分で購入します。
 この時、あなたは100円で売った株を90円で買うことができたとしましょう。
 すると、あなたが証券会社から借りていた株を返した時、あなたの手元には、値下がりした分の10円が利益として残るわけです。

 ただし、彼らはすべての株式が暴落することを予測していました。そうなれば、自分たちの利益も証券会社ごと消えてしまうかもしれません。
 そこで彼らは、株式が暴落したらその損失の保障として保険金が下りる商品(CDS)を大量に「空売り」したのです。近い将来、その株の価格が暴落し市場が崩壊しても、しっかりと保険金がおりるわけです。もしくは、その株は他の株式と違い株価が軒並み下がっても高く売れるはずなわけです。

<大きな問題点>
 ただし、この映画には大きな問題点があります。
 映画の途中、自分たちの作戦が成功すると確信した主人公の若者二人が喜んで叫び出すのを見て、ブラッド・ピット演じるやり手のディーラーだった人物が二人を怒鳴りつけます。
「お前たちが大儲けをするということは、どういうことなのか理解しているのか?それは、アメリカ中で何百万人もの人々が職と収入を失い、同じような数の人々が家を失い路頭に迷うとうことなんだぞ」
 そのとうりです。この映画の結末は、けっして「華麗なる大逆転」なんかではないのです。この映画の日本語タイトルは完全に間違っています。それは、「華麗なる大逆転」ではなく「虚しき大逆転」とするべきでしょう。
 さらに付け加えると、株式の専門用語で「Long」は「買い」、「売り」のことを「Short」というそうです。したがって、この映画の原題「The Big Short」は、「巨額の空売り」ということになります。それを日本タイトルでは、「Money Short」としてしまったので「お金の売り」というこれまた滅茶苦茶な映画タイトルなってしまっているわけです。ヤレヤレ。
 この映画の結末以後のことを我々はすでに知っています。銀行は結局、公的資金を投入することで救われ、過去の詐欺まがいのサブプライム・ローン販売の罪を問われることはありませんでした。それどころか、公的な監視もいつしか緩められ、またもとの体制に戻りつつあると言われています。再び、新たな金融商品を開発し、何もわからない大衆からそのささやかな収入を奪おうとしているのです。
 当時、起きた若者たちによるウォール・ストリートの占拠も、結局何も変えられませんでしたが、その変革への思いが、トランプ大統領というバカげた男の登場に結びついたともいえます。あまりに愚かなその後の歴史を思うと、この映画を見てすっきりも納得もできないはずです。ある意味、この映画は初めからそうなることを覚悟して作らなければならなかったと言えます。残念ながら、これは実話なので仕方がないことです。

<時代を映す映像とヒット曲>
 この映画は、「バブルのアメリカ」を象徴する様々な映像・写真と共にそんな時代を思い出させるヒット曲も満載です。短く次々にかかるので、注意していないと聞き逃してしまいます。ここでは、使用されている曲のリストを作ってみました。改めて並べてみると、なかなか見事な選曲であることに気づかされます。
 ヘヴィメタの好き嫌いは別として、良い曲を選んでいると思います。個人的にも気になるバンドがいくつもありました。


曲名  アーティスト  発表年  コメント 
「Blood and Thunder」  マストドン  Mastodon 2004年  アメリカのヘヴィ・メタル・バンドのセカンド・アルバム「リヴァイアサン」収録 
「The Dopeness」  ニコラス・ブリテル Nicholas Britell    この映画のためのオリジナル曲。彼は映画「ムーンライト」の音楽も担当しています 
「Burning Up」  レディトロン Ladytron    リヴァプール出身のエレクトロポップ・ユニット 
「Money Maker」  リュダクリス feat. ファレル
Ludacuris feat. Pharrell
2006年  ビルボード全米ナンバー1(2週)の大ヒット曲
バブルなアメリカを象徴するヒット曲 
「Lithium」  The Polyphonic Spree  2002年? テキサス州ダラス出身の自称シンフォニック・ロック・グループ
25人ものメンバーによる異色のコーラス・ロック
なかなか面白い音楽集団です
「Feel'n Free」   スキア Sukia  1996年 ベックによって発掘されたアメリカ西海岸のエレクトロ・ロック・バンド
「Lagrimas Negras」  バルバリート・トレス Barbarito Torres 1999年  キューバのオールドスタイルのサルサ・バンド
アルバム「ハバナ・カフェ」収録のノスタルジックな曲 
「メタルマスター」
Master of Puppets
メタリカ Metallica 1986年 アメリカのメタルバンド、メタリカ3作目のアルバム・タイトル曲 
「Crazy」  ナールズ・バークレイ Gnarls Barkley 2006年  アトランタ出身のソウル・デュオによる全米2位のヒット曲 
「Milk Shake」  Kelis  2003年 NY出身のR&Bラップのシンガー・ソング・ライター
サード・アルバム「テスティ」からのヒットシングル
「Feel Good INC.」  ゴリラズ Gorillas  2005年 ブラーのデーモン・アルバーンとアーティストのジェイミー・ヒューレットによる覆面バンド
アルバム「ディーモン・デイズ」収録の世界的ヒット 
「District Divided」 Darkest Hour  2005年 ワシントン出身のヘヴィ・メタル・バンドの4作目のアルバム「Undoing Ruin」収録
「Blockbuster Night Part.1」  Run The Jewels  2013年  アメリカのヒップホップ・デュオといっても白人と黒人のコンビでインダストリアル・ロック風
「That's Life」 Nick D'Egidio  2001年 カリフォルニア出身イタリア系のポップ・アーティスト 
「Danke Schoen」 ウェイン・ニュートン Weyne Newton  1963年 先住民族系アメリカ人ミュージシャン&俳優
女性的な声をもつ異色のシンガー 
「You Know What」 N.E.P.D. 2008年 アメリカ・ヴァージニア出身のヒップホップ・ロック・バンド 
2008年のアルバム「Seeing Sounds」収録
「最後の言い訳」  徳永英明  1988年  6枚目のシングル
「Sweet Child O'mine」  ガンズ&ローゼズ Guns N' Roses 1988年  アメリカを代表するヘヴィ・メタ・バンドの全米ナンバー1ヒット
一度聴いたら忘れられないギター・リフも有名です 
「By Demons Be Driven」  パンテラ Pantera 1992年 テキサス州ダラス出身のヘヴィメタ、スラッシュメタ系バンド
6枚目のアルバム「 Vulgar Display of Power」収録
「Bring On The Day」  Vaugham Penn 2005年  カリフォルニア出身の女性シンガー・ソング・ライター
アルバム「エンジェルズ・フライ」収録
「When I Grow Up」  The Pussycat Dolls  2008年 ロサンゼルスで誕生した女性ダンス・ポップ・グループ
あからさまなセックシー・ダンスが批判されることにもなった白人セクシー・アイドル 
「Eye of the Beholder」  メタリカ Metallica 1988年  アルバム「・・・And Justice for All」からのシングル 
「Rockin In The Free World」 ニール・ヤング Neil Young  1989年 1989年のアルバム「フリーダム」から生まれたニール・ヤングの代表曲
というよりも「ロック・ミュージック」を象徴する名曲
サブ・プライム・ローン破綻後に変革が起きたという「夢」の場面でかかります
「When The Lovee Breaks」  レッド・ツェッペリン Led Zeppeln  1971年 1929年カンサス・ジョー・マコイ&メンフィス・ミニーによって録音されたブルース曲
アルバム「レッド・ツェッペリンⅣ」でカバー
映画のエンド・ロールで使用されています 


<「リーマン・ショック」の解説>
 「リーマン・ショック」だけでなくアメリカの経済がいかに破綻に向かっていたのかを描いたノンフィクション作品があります。
綻びゆくアメリカ 歴史の転換点に生きる人々の物語 The Unwindeing An Inner History of The New America」 2013年
(著)ジョージ・パッカー George Packer
(訳)須川綾子
NHK出版

 ここからは、その本の中から、「リーマン・ショック」に関する部分を短くまとめてみました。参考になると思うのでご覧ください。

 映画にもありましたが、1970年代以降、経済アナリスト、ロビイストたちは、政界に潜り込むことで政治家以上に巨額のお金を得ることができるシステムを構築してゆきます。特にその中で大きな役目を果たしたのは、金融業界のやり手たちでした。そんな中、不況だった1970年代から1980年代の後、アメリカ経済が再びIT産業の発展を中心に復興し始めます。
 住宅価格の高騰を利用して利益を上げる不動産業者に湯水のように投資する銀行。それを利用して、ボロ屋を転がして巨額の利益を上げる詐欺師たち。彼らによって、住宅価格は天井知らずの上昇を続けます。しかし、最後のそのバブルが始めた時、負債を背負うことになったのは高額の不動産に投資していた一般の大衆でした。

 銀行はリスクが第三者によってすぐに肩代わりされるのをいいことに、借り手を襲った詐欺師たちがあばら屋に法外な代金を支払う資金を貸し付けていた。金融業界では「住宅ローン担保証券」という新しい専門用語が生まれた。・・・ウォール街が資金の貸し手から住宅ローン債権を束にして買いとり、それを債権に仕立てて投資家に販売し、巨利を稼ぐ手法だ。その言葉は新種のウィルスのように人々に恐怖を与えた。ヴァン・シクラーはようやく理解した。金融業界が売り買いしている証券の根底にあるのは、タンパの住宅ローンだったのだ。そして、焦げついたローンが世界の金融システムを崩壊させようとしていた。
ヴァン・シクラ―(新聞記者)

 自分の目で確かめた取材を通してわかったのは、責任は「万人」ではなく、特定の組織にあるということだ - 政府機関に不動産業界、そしてとりわけ重大な責任を負うべきは金融機関だ。ソニー・キムは表に立つ役まわりを演じたにすぎない。
「あれは組織的なものでした。銀行は不動産を自ら調査することもなくローンを承認していた。それほど強欲だったのです。とにかく住宅ローンを成立させようと躍起になっていました」

ヴァン・シクラ―(新聞記者)
 ここに登場するソニー・キムとは、タンパで貧しい人々から家を安い価格で買い取り、それを高額で販売する詐欺行為を行い逮捕された悪徳不動産業者。しかし、同様のことはアメリカ全土で行われ、彼らに多額の資金を知っていて貸し付けていたのが銀行業界でした。映画の中にも同じような詐欺師まがいの業者が登場しています。

 残念ながら、かつて金融業界の詐欺まがいの行為を監視していたシステムはすでに過去のものになっていました。弱肉強食の経済界では、金持ちはさらに金持ちになり、貧しい人はより貧しくなる。これは当然の結果でした。トランプが業界をのし上がってこられたのも、こうしたシステムのおかげだったといえます。したがって、トランプ大統領を生み出したのも、このシステムだったわけです。

 ルービンがゴールドマン・サックス、ホワイトハウス、財務省、およびシティ・グループの要職についていた1970年代後半から2007年までのあいだ、金融セクターの成長は目覚ましかったが、それを監視する規範や倫理は崩壊した。アメリカの企業収益に占める金融業界のシェアは2倍に拡大し、国民所得に占める金融関係のシェアも2倍になった。
 上位1%の所得のシェアは3倍に拡大した。この間、中間所得層の所得の伸びは20%にとどまり、貧困層の所得は変わらなかった。2007年には上位1%が国内の富の40%を独占し、下位80%は全体の7%を保有するにすぎなくなった。ルービンがウォール街とワシントンの頂点にいたのは不平等の時代だった。そlれは19世紀以来この国が経験したことのない、世代を越えて受け継がれる不平等だった。

ロバート・ルービン(クリントン政権で国家経済会議委員長に就任した経済アナリスト)

 こうして20世紀が終わる頃には、もう自由化という名の「弱肉強食社会」に歯止めをかけることは、たとえ大統領でも不可能な状況になっていたのでした。

・・・80年代には、労働組合と市民派弁護士、消費者保護団体が手を取り合って闘うことができたが、2010年には彼らはすっかり力を使い果たしていた。「金融改革を求めるアメリカ人」という組織が、新たな消費者機関の設立を求める動きをみせていたが、コノートンの方から彼らに電話をして発破をかけなければならなかった。・・・
ジェフ・コノートン(政界インサイダー、議員の裏方としてアメリカの政治を見てきた人物)

 リーマン・ショックは、そうした金融業界の犯罪的詐欺的行為が生んだ必然的な結果だったといえます。しかし、問題はそうした金融業界による国家規模の犯罪を政府が見逃しただけでなく、罰することもできなかったことです。ということは、また同じ悲劇がアメリカを襲うことは必然であり、貧富の差がさらに拡大するのも必然ということです。

 2010年3月15日 - その数日前、リーマン・ブラザーズ破産に関する調査報告書が公表され、きわめて疑わしい会計処理が同社の破産を招いたことが強く示唆された - カウフマンはふたたび議場に向かった。・・・
「つまるところ、これはわが国の法制度に一貫性があるかどうかを問うものです。もし私たちが、投資家から数百万ドルを騙し取ったウォール街の企業を、レジから500万ドル盗んだ泥棒と同じように扱わないなら、いったい国民にどうやって法の支配を信じろというのでしょう」

テッド・カウフマン(上院議員)

・・・大統領は就任後の最初の年を、一歩もゆずらない共和党との駆け引きに費やし、信念に反して、金融危機によって失墜した銀行家たちが責任を免れるのを黙認した。大統領は「新しい責任の時代」について語ったが、銀行家たちは対象外だったようだ。オバマのチームは想像力のない顧問であふれていた。・・・
「国家はエリートが無責任になった時点で転落し始めます」。オバマはポピュリストのアウトサイダーではなく、進歩的なインサイダーにすぎなかった。

トム・ペリエロ(下院議員)

 オバマ大統領にも変えられなかった強固なシステムに対抗できる人物はいないのか?
 こうして、アメリカの大衆はあろうことかトランプという人物を、その救世主として選択してしまったのです。

「マネーショート 華麗なる大逆転 The Big Short」 2015年
(監)(脚)アダム・マッケイ Adam McKay
(製)ブラッド・ピット、デデ・ガードナー、ジェレミー・クライナー
(原)マイケル・ルイス(「マネー・ボール」の原作者、アメリカの池井戸潤って感じですか?)
(脚)チャールズ・ランドルフ Charles Randolph
(撮)バリー・アクロイド
(音)ニコラス・ブリテル
(出)スティーブ・カレル、クリスチャン・ベイル、ブラッド・ピット、ライアン・ゴスリング、ルディ・アイゼンゾップ、ケイシー・グローブズ

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