ハリウッドに奇跡をもたらした黒いLGBT映画 


「ムーンライト Moonlight」

- バリー・ジェンキンス Barry Jenkins -
<奇跡のアカデミー作品賞受賞>
 この映画が2017年のアカデミー作品賞を受賞したことは、映画界にとって驚きであり快挙として大きな話題になりました。それは、「ラ・ラ・ランド」という本命を押しのけたこの作品が、無名の監督によるLGBTの青年を主人公とする青春ドラマだったからです。これまでLGBTを真正面から取り上げた映画は、アカデミー賞の作品賞とは縁がないと言われてきました。
 過去のアカデミー賞の歴史を振り返ると、作品賞受賞作の「アラビアのロレンス」と「真夜中のカウボーイ」は、主人公が同性愛者であると推測されますが、それは映画のテーマではありませんでした。その意味では「ブロークバック・マウンテン」は、最もアカデミー作品賞に近づいたLGBTを主題とする映画だったと言えます。しかし、アン・リーという大物監督による作品で主役の二人も若手の人気俳優だった「ブロークバック・マウンテン」は、本命視されていたもののダークホース的存在だった「クラッシュ」に作品賞を獲られてしまいました。やはりハリウッドは同性愛を未だにタブー視している、そう言われることにもなりました。(その年の候補作には、他に「カポーテイ」、「グッドナイト・グッドラック」、「ミュンヘン」と重い作品が並んでいてレベルが高い年ではありましたが・・・)
 それに比べると、2017年の作品賞候補作品は、「ラ・ラ・ランド」、「LION/ライオン」、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」、「メッセージ」、「ハクソーリッジ 命の戦場」、「フェンス」、「最後の追跡」、「ドリーム」と巨匠によるアカデミー賞狙いの大作がなく、地味な作品が並んでいました。たぶんアカデミー会員の票は分かれ、どの作品にもチャンスがあったのかもしれません。その点で、この映画は状況的に恵まれていたといえます。そして、さらなる追い風となったのが、2017年のトランプ大統領の誕生でした。誰もが予想しなかった人種差別主義者の大統領誕生は、黒人初の大統領を誕生させたアメリカの政治を1950年代にまで逆行させたとも言えます。
 だからこそ、ハリウッドの映画人は、トランプ大統領の誕生を認めないという意思表示のためにも、彼が嫌う黒人そして同性愛者の映画に賞を与える選択をしたのでしょう。しかし、それは投票したハリウッドの映画人たちをも驚かせることになりました。授賞式でプレゼンターが作品名を間違って読み上げたのも、結果があまりに予想外だったことの証明とも言えます。
 とは言っても、たとえ公開の状況が、作品にとって追い風になったとしても、作品自体に魅力がなければ、映画史に名前を残す名作の仲間入りをすることはできないはずです。
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<月明かりの青い映像>
 映画史における名作のほとんどは、オープニングの映像の美しさに映画全体の魅力が凝縮されているものです。観客の心をつかむのは、先ずその画面に映し出された映像(ルック)の美しさなのです。監督のバリー・ジェンキンスへのインタビューによると、彼はウォン・カーウェイ監督の大ファンで特に「花様年華」が大好きとのこと。明らかに従来のハリウッド映画とは異なる湿り気のある映像は、海の街マイアミの空気感を映し出しているとも言えます。
 パートが変わる際に画面上に現れる「青」と「赤」の色が象徴しているのは、それぞれ「悲しみ」と「怒り」であり「クール」と「ホット」でもあります。映画のタイトルでもある「ムーンライト(月明かり)」に照らされた青い色相の登場人物たちの映像こそ、この映画最大の見どころだといえるでしょう。

<悲しみと愛に満ちた物語>
 原作者のタレル・アルヴィン・マクレイニーは、実際にマイアミの貧困地区で麻薬中毒のシングルマザーによって育てられた少年でした。彼は当時の体験を戯曲にまとめて発表しました。偶然、同じ地区に育ち、同じ学校に通い、家庭環境も似ていた監督のバリー・ジェンキンズは、この戯曲に強く打たれ、自ら脚色して映画化するとこを決意します。
 同じような体験をした二人が共同で生み出したのが、この映画の物語です。
<あらすじ>
 アメリカ南部マイアミの貧困地区に住む黒人少年シャロンは、背が小さく細身の体型から「リトル」と呼ばれ学校でいつもいじめられていました。その上、家に帰るとシングルマザーの母親は麻薬中毒で、彼の居場所はどこにもありませんでした。ある日、リトルはいじめっ子に追われて、家から離れた危険地帯にある空き家に逃げ込みます。そこから出られない彼を救ったのは、近くに住む麻薬ディーラーのファンでした。ファンは、彼を部屋から救い出し、家に泊めてくれました。そして、その後も彼が家にいられなくなると、家に招き、妻のテレサと共に彼をかわいがり、大切な居場所を提供することになります。
 高校生となったシャロンは相変わらず学校でいじめの対象になっていました。それでも幼馴染のケヴィンは数少ない友人として話し相手になってくれていました。しかし、相変わらず母親は麻薬に溺れていて、ついには息子に麻薬を買う金をせびるまでになっていました。行き場を失った彼が海辺の砂浜に座り込んでいると、そこへ偶然ケヴィンが現れます。話し込む二人は、いつしか距離を縮め、キスを交わしていました。
 翌日、自分のしたことに戸惑いながらも、喜びを隠せない彼を悲劇が襲います。クラスのいじめっ子がケヴィンを呼び出し、シャロンを殴るよう命じたのです。唯一の心を赦せる相手に殴られたシャロンの心は折れ、その怒りが彼を変え、未来を変える事件を起こさせてしまうのでした。

<レアでブルーな曲の数々>
 二人の作者が生きたマイアミとアトランタの街の背景に流れる音楽もまたこの映画では重要な役割を果たしています。マイアミやアトランタで活動するミュージシャンを中心にR&Bの隠れた名曲を選び出したこの映画の音楽は聴きごたえ十分です。
 さらにゲイの映画監督として数多くの名作を生み出してきたスペインの巨匠ペドロ・アルモドバルの代表作「トーク・トゥ・ハー」の中でブラジルが生んだ天才アーティスト、カエターノ・ヴェローゾが歌った「Cucurrcucu Pakama」を使用するセンスも見逃せません。
 埋もれた名曲の数々を掘り起こしたこの映画の音楽は、それだけで「マイナーの美学」を象徴しているのです。 
「Every Nigger is a Star」  ボリス・ガーディアン Boris Gardiner  1974年 ジャマイカのミュージシャン(ベーシスト)による映画音楽用の曲
激レアで有名なソウル・ナンバーの隠れた名曲
「It'll All Be Over」 Supreme Jubilees 1979年 カリフォルニアのファミリー、ソウル&ゴスペル・グループ
幻のアルバムからのタイトル曲 
「ラウダーテ・ドミヌム(ヴェスぺレ)
証聖者のための晩課 K399」
モーツァルト  1780年  モーツァルト(24歳)による教会音楽の集大成的作品
ザルツブルグ時代最後の作品でもあります
「One Step Ahead」  アレサ・フランクリン Aretha Franklin 1965年  アレサ、コロンビア時代のシングル曲
ベスト盤に収録でシングル盤は超レアの隠れた名曲 
「Mini Skirt」 The Performers 1976年  よくわからないのですが、ノーザンソウル幻のヒット曲
「Cell Therapy」  Goodie Mob  1994年  アトランタのヒップホップ・グループ
デビュー・アルバム「Soul Food」収録のシングル
「Tyrone」  エリカ・バドゥ Erykah Badu 1997年  デビュー・ライブ・アルバム「ライブ」収録の名曲 
「Play That Funk」  Prez P and Travis Bowe 2015年  マイアミのプレズPとバハマのトラヴィス・ボウによるヒップホップ 
「Tumbling Down」  ラングストン&フレンチ Langston & French  ?  ラングストン・ジョージとチャールズ・フレンチによるアトランタのソウル・デュオ 
「Cucurrcucu Pakama」  カエターノ・ヴェローゾ Caetano Veloso  1995年  オリジナルは1954年メキシコの民族舞踊曲でハリー・ベラフォンテがヒットさせた
カエターノ・ヴェローゾはライブ・アルバム「Fina Estampa」に収録
ペドロ・アルモドバル監督の「トーク・トゥ・ハー」の中でライブ演奏もしています 
「Classic Man」  ジデーナJidenna feat.Roman GianArthur  2015年  ウィスコンシン州出身のラッパーによるデビュー・シングル
グラミー賞にもノミネートされ大ヒットした曲
「Our Love」  The Edge of Daybreak 1979年  ヴァージニアの監獄内で結成されたグループによる監獄内録音アルバムからのシングル
ライブ・アルバムのような一発どり録音から生まれた奇跡の名盤
「Hello Stranger」  バーバラ・ルイス Barbara Lewis  1965年 全米R&Bチャート1位に輝いた大ヒット
「ベイビー・アイム・ユアーズ」も有名です
<素晴らしい俳優陣>
 この作品でマッチョな肉体を持ちながら、自分の子供時代を思い出し、リトルを助けたファンを演じたマハーシャラ・アリは、この映画でアカデミー助演男優賞を受賞しています。そんなファンに憧れて麻薬ディーラーとなった主人公のブラック(大人になったシャロン)を演じたトレヴァンテ・ローズ、繊細な10代のシャロンを演じたアシュトン・サンダース、子供時代のリトルを演じたアレックス・ヒルバートの3人は見事に一人の個性を演じています。
 薬物中毒の母親を演じたナオミ・ハリスとテレサを演じたジャネール・モネイも、素敵でした。

「ムーンライト Moonlight」 2016年
(監)(脚)バリー・ジェンキンス Barry Jenkins
(原)(製総)タレル・アルヴィン・マクレイニー
(製総)ブラッド・ピット、サラ・エスバーグ
(撮)ジェームズ・ラクストン
(PD)ハンナ・ビ-クラー
(編)ナット・サンダーズ、ジョイ・マクミロン
(音)ニコラス・ブリテル
(出)
トレヴァンテ・ローズ(ブラック・大人)、アシュトン・サンダーズ(シャロン・10代)、アレックス・ヒバート(リトル)
アンドレ・ホランド(ケヴィン・大人)、ジャハール・ジェローム(ケヴィン・10代)
マハーシャラ・アリ(ファン)
ジャネール・モネイ(テレサ/ファンの妻)
ナオミ・ハリス(シャロンの母)
アカデミー作品賞、脚色賞、助演男優賞(マハーシャラ・アリ)
ゴールデングローブ作品賞
インディペンデント・スピリット賞、作品、脚本、作品、編集、ロバート・アルトマン賞

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