- ジョゼ・モウリーニョ Jose Mourinho -

<世界最高の監督を目指す男>
「ポルトガルではリーグ・タイトルに加えてUEFAカップとCL(ヨーロッパ・チャンピオンズ・リーグ)を、イングランドでもプレミア・シップを勝ち取った。今後はイタリア、さらにスペインでも勝利を収め、監督として”グランド・スラム”を達成したい」
 上記の言葉どうり、モウリーニョの目標は実に明確です。そして、2008年にイタリアのインテル・ミラノの監督に就任した彼は一年目で見事にセリエAを制覇してみせました。日本人ライター片野直郎の「モウリーニョの流儀」は、その当時の彼の戦い方について、インタビューなどを元に研究したサッカー・ノンフィクション作品です。今やサッカー界で最も有名な監督とも言える存在となったモウリーニョとは、いかなる指揮官なのか?彼の戦い方を知ることは、現代サッカーにおける最新の勝利の方程式を知ることと同義かもしれません。

 モウリーニョが通訳としてバルセロナで働きながら監督へのステップをスタートさせたことは有名な話です。スター選手から監督に転進したのではなく早くから監督になることを目標にコーチとしての実績を積み重ねたという点では、日本代表の監督ザッケローニと重なる部分もあります。そして、そうしたタイプの指導者は、世界的なスター選手たちを指揮するため、彼らの信頼を獲得するだけの「サッカー理論」を持っています。しかし、その「サッカー理論」を選手たちに浸透させるためには、彼らの信頼を得るだけの確固たる自信を指導者自身が持っていなければなりません。モウリーニョという人物の最大の武器、それは彼自身が自分の考え方に誰よりも自信を持っていることかもしれません。

「・・・誰かが、モウリーニョは世界一の監督だと言うのを聞くと、私は心から困惑する。それに同意することはできない。しかし、私は私の仕事において自分よりも優秀な人間はいないと信じている」

 そして、今や彼の存在は神と比較されるまでになっています。

「あなたはとてもナルシストで自己中心的な人だよね。こういう話が囁かれているのを知ってるかな。モウリーニョと神の違いはどこにあるのか、っていう話なんだけど、その答えがこうなんだ。
”神は自分をモウリーニョだと思ったことは一度もない”」

ピエロ・キアンブレッティ(イタリアのコメディアン)

 もちろん、そこまでの自信をもつからには、その自信を支えるだけの努力があるのは当然のことです。偉大な選手たちを指導するには、それに値するだけの監督であり続けなければならない、これもまた彼の基本的な姿勢です。

「偉大な選手たちを指導するのは大きなチャレンジだ。インテルやチェルシーを指揮する監督は、トップレベルの選手たちをモティベートし続け、彼らの学習意欲を刺激する環境を毎日の練習の場に作り出さなければならない。偉大なプレーヤーを刺激するというのは簡単なことではない。監督も日々進歩することが不可欠だ。私の練習は、5年前にポルトで行っていたそれとは大きく変わっている。進歩を止めることは許されない。」

 それでは彼が考える「サッカー理論」の基本の部分から見て行きましょう。

<モウリーニョのサッカー理論>
「重要なのはどんなサッカーをしたいのかだ。チームがある試合で、あるいはあるシーズンに、どんなサッカーを目指すのかというのは、システムではなくプレー原則の問題だ。ゾーンで守るかマンツーマンで守るか、高いブロックで守るか低いブロックで守るか、ポジションチェンジを許容するかしないか、縦に奥行きのある陣形で戦うか横幅のある陣形で戦うか、ロングパスとショートパスのどちらで攻撃を組み立てるか - 。
 これらがプレー原則だ。それが固まっていれば、4−4−2だろうと4−3−3だろうと、ロンボ(菱形)だろうと3バックだろうと、本質は変わらない。」


 プレー原則を重視する彼は、チームのできを評価する際に結果(勝敗)を重視することはしないといいます。

「私が試合を評価する唯一の基準は、プレー原則を遂行できたかどうかという、それだけだ。」

 当然、そうした評価基準はチームだけでなく選手にもあてはまります。

「私はいいプレーができなかった選手を決して批判しない。外部からの攻撃からも徹底して守る。だが、チームのためにプレーしなかった選手は別だ。それは、私の仕事の本質がチームワークにあるからだ。誰かがチームのためにプレーしなかった時に、その選手を私が守る理由がどこにあるというのか。」

 結果よりも、プレー原則の徹底を重視する彼の姿勢がかならずしも勝利に結びつくとは限りません。そのことは彼自身も自覚しています。だからこそ、結果は指揮官が負うべきことと彼は考えているのです。もちろん、相手によってはいつものプレー原則を変えることで勝てる試合もあるでしょう。しかし、シーズンを通しての長いリーグ戦においては、一貫したプレー原則を通すことによって、着実にチームとしての連動性は向上します。、そして、それが最終的に優勝への最短コースにもなるはず。そう彼は確信しています。もちろん、この考え方は、短期決戦においては上手くゆかない可能性もあります。レアル・マドリードやチェルシーという強豪チームを率いてもなお、欧州チャンピオンズ・リーグ(CL)に彼が苦労しているのも、こうした彼の理論が通用しないからです。(ただし、この後2010年に彼はインテルを率いて欧州チャンピオンズ・リーグのタイトルをFCポルト時代以来、再び獲得することになります)

「チャンピオンズ・リーグで勝つためには、いい試合をするだけでは十分ではない。非常にいい試合をしなければならない。小さなディティールがすべてを変えてしまうことがあるからだ」
 モウリーニョはサッカーというゲームを二つに分けて考えています。
(1) 予見、再現、制御不可能な偶然性、突発的事件、個人能力の差など(彼はそれを「ディテールのレベル」と呼びます)
(2) システムやプレーの優先順位など、チームに戦術的原則を与えることによって制御することが可能な必然性のレベル(彼はこれを「原則のレベル」と呼びます)
 一発勝負(正確には2試合)で、なおかつ、リーグ戦中でメンバーも変更が多い状況で行われるCLの試合は、「ディテールのレベル」が大きすぎるため「原則のレベル」だけの差で勝てるとは限らないということです。

 ではインテルにやって来た彼は、具体的にどんなプレー原則をチームに指示したのでしょうか?

「私の基本的なプレー原則は次のようなものだ。まず、DFラインを常に高く保つ。今のインテルはまだ中間的な高さにとどまっている。次に、ボールを失った直後からすぐに3〜4秒間の、非常に激しいプレッシングを行うこと。そして、両サイドバックと第3の基準点となるプレーヤーを使ってのビルドアップ。最後に、アタッカーには最大限の自由を与えること。」

 そして、より具体的な戦術であるシステムについては、彼がそれまでFCポルト(ポルトガル)やチェルシー(イングランド)でも好んでいた4−3−3を選択しています。

「出発点になるのは、私が非常に好きなシステムである4−3−3だ。私が4−3−3と言う時には、純粋なアタッカーを3人前線に置くことを前提としている。中盤を3人だけにして、3人のアタッカーを支え得るチーム全体のバランスを確保できるか、これは大きなチャレンジだ。」

 彼がインテルに持ち込んだのは、こうしたプレー原則だけではありませんでした。彼は自分の望むプレーを実現するために、選手個々のフィジカル・トレーニングにも新しい手法を持ち込んでいます。

「サッカーはボールを使ってプレーするものなのだから、単に走ったり筋トレしたりしても役に立たない、というのが、私たちの基本的な哲学です。筋トレなしでどうやってパワーを高めるのか?方向転換、急制動、急加速を含んだエクササイズによってです。エクササイズには、身体全ての部位の動きが含まれている。
 これは、トレーニングメソッドの大きな革新です。トレーニングにおいて最も重要な目標は、コンディションの安定性です。特定の時期にトップコンディションに持ってくることに興味はありません。シーズンを通してチーム全体が同じレベルのコンディションを維持することが重要なのです。時期によってトレーニングの負荷を変えることはしませんが、次に対戦する相手に応じて、エクササイズの内容を変えることはあります。
 個々の選手のコンディションが今40%か100%かということにも興味はありません。体力テストも行いません。我々にとって重要なのは、個人ではなくチームとしてのパフォーマンスであり、それはピッチ上でのプレーという形で表現されるものだからです。」

ルイ・フィリア(モウリーニョの右腕的存在のフィジカル・コーチ兼アシスタント・コーチ)

 モウリーニョのトレーニングはすべて戦術を通してチームにひとつのアイデンティティとプレー・スタイルを与えるために必要な行動原理(プレー原則と呼ばれます)をチームに定着させ徹底することを唯一最大の目的として、構築され組織されています。
 こうしたやり方は、ACミランなどイタリアの多くのチームが実践している科学的な個人管理のトレーニング手法とは、対極に位置するものです。一人ひとりの選手の能力を常にチェックし、それぞれの能力を最大限に向上させれば、トータルとしてのチーム・コンディションもベストになるはず。これが一般的な考え方です。それに対して、モウリーニョが持ち込んだのはチームを全体として把握しようとする複雑で困難なやり方です。しかし、ピッチを空から俯瞰するようにしてボールを動かすことを求められるサッカーというスポーツにおいて、チーム全体の連動性を重視する彼の考え方は、僕も間違っていないと思います。すべての選手がそれをできれば最強のチームが誕生するはずです。ただし、そんな選手は世界にもそうはいないとのことです。評論家から川崎フロンターレの監督になった風間さんは、日本でそれができる唯一の選手は遠藤であると語っていました。

<理想の選手像>
 モウリーニョは、様々なことを選手たちに要求していますが、理想とする選手像については、こう語っています。

「私にとって偉大な選手というのは、インテリジェントな選手のことだ。私と同じボキャブラリーでサッカーを語り、監督の要求を一瞬にして理解し、何かを強制する必要の一切ない選手。そして、強い自尊心を持ち、決して満足せず、失敗や敗北を受け入れようとしない選手。私はそういう選手たちと何人も出会い、助けられてきた。」

 そこまで選手に要求してはいても、彼は決して個々の選手に各試合ごとに結果を求めていたわけではありませんでした。逆に彼は結果が出なくても、彼らを守るのが監督の仕事だとまで語っています。

「私が決してやらないのは、試合が終わった後マスコミの前で選手を批判することだ。敗戦や引き分けの後に逃げ隠れすることはしない。私は、選手たちが守られ、落ち着いた気持ちを保てることは、マスコミを喜ばせることよりも100倍重要なことだと思っている。倒すべき相手は私であり、感じの悪い野郎は私であり、傲慢なのは私であり、無能な監督は私だ。私がそういう対象になることは、チームにとってはポジティブなことだ。」

 彼がマスコミや他のチームの監督に批判されがちなのに対し、チーム内における彼の人気が高いのは、こうした彼の一貫した姿勢によるものでしょう。しかし、選手たちが監督の信頼に答え、プレー原則に忠実に戦ったとしても試合に勝てるという保証はありません。特に、イタリアという国においては、たとえ試合内容が悪くても勝ちさえすればOKという風潮があるのは有名です。(いや負けないこと・・・)かつて「カテナチオ・サッカー」と呼ばれたゴールに鍵をかけるイタリアのサッカー・スタイルはその象徴です。それだけに、チームは常に勝つことを求められ、どうしても将来に向けての育成により、目先の勝利を優先する傾向にあります。この点についても、彼は意外に長い視野でチームを育てるタイプのようです。

「私はひとつのクラブに10年留まるかもしれないし、1ヶ月、1年で去るかもしれない。だが、監督に就任した時には、エゴイスティックに自分のことだけを考えず、常に長期のプロジェクトを立てて、クラブのために仕事をする。
 もちろん、常に勝利は求められるしタイトルを勝ち取る必要もある。しかし、監督として後悔も後ろめたさも持たず、自分の仕事を全うしたと胸を張るためには、クラブのために仕事をしなければならない。」


 もうひとつ彼の仕事として忘れてはいけないものがあります。セリエAの場合、監督たちには必ず試合後の記者会見が義務づけられていて、マスコミ対応もまた重要な仕事の一部となっています。このマスコミ対応の記者会見を嫌がるモウリーニョは、何度となくマスコミと衝突したり、他のチームの監督を批判して問題を起こすなどの事件を起こしています。
 しかし、頭の切れる彼にとっては、こうした記者会見での事件もまたある種のパフォーマンスであり、チームを鼓舞したり、相手チームをけん制する重要な仕事なのです。

「言葉を使って駆け引きし、サポーターや世論に感情的なメッセージを届けるためにマスコミを使う。すべては、相手を困難に陥れ、同時に相手の攻撃から身を護るために行われる。これがフットボールの世界の現実であり、私の現実を生きている。
 言っておきたいのは、TVを通して人々の家に入っていくモウリーニョは、いつも疲れていて神経質だが、普段のモウリーニョはまったく別の人間だということだ。」


<勝つためのこだわり>
 では、モウリーニョの挑戦は結果だけでなく内容的な部分でイタリアで成功することができたのでしょうか?
 実際は、そう簡単には行きませんでした。その最大の原因は、彼がチェルシーを率いて戦っていたイングランドのプレミアリーグとセリエAの戦い方の根本的な違いによるものでした。

「イングランドのサッカーはイタリアよりもタクティカルではない。戦術よりもハートと感情が勝った、90分間を通して高いインテンシティを保つサッカーだ。イングランドで私はずっと、スピードのある3人のアタッカーを擁して、攻守の切り替えを重視したサッカーを志向してきた。
 だがイタリアでは事情が違う。イタリアではどの監督もきわめてよく相手を研究し、相手の戦い方に合わせてその長所を消そうとしてくる。」


 彼が4−3−3のシステムにこだわれば相手チームの監督はそれに合わせて自分のチームのシステムを変えてきます。そのため、インテルはリーグ戦が始まった当初なかなか勝てませんでした。そこで彼はすぐに頭を切り替えます。ある意味、それは自分の目指す理想のスタイルに対する裏切りでもありましたが、「勝利」そしてリーグ制覇を至上目的とするチームのためには必要な方向転換でした。

「サンシーロにやって来るチームは、勝つためではなく負けないために戦う。それをねじ伏せるのは決して簡単なことではない。イングランドでは、弱小クラブであってもアウェイで負けることを恐れず、自分たちのサッカーをしようとする。5−1とか4−1という試合が多いのはそのせいだ。実際、チェルシーではそういうことがしばしばあった。しかし、イタリアではほとんど起こらない。また、試合が動かない時には、チームに戦術的な修正を加えて相手の弱点を突けば、そこを崩すことができた。しかし、イタリアでは、相手もすぐに修正してくる。
 ジェノアと引き分けた時から、私は試合の準備をこれまでよりもっともっと入念にやることを決めた。特にホームでは、複数のシステムを準備して、試合の流れに応じて切り替えられるようにした。そのおかげで勝ち点1を3にし、勝ち点0を1にした試合がいくつもあった。おそらくその差が、我々にスクデットを勝ち取らせたのだろう。イタリアサッカーは、私にサッカー観を変えることを強いた。ポルトでは、3年間で2つのシステムしか使わなかった。チェルシーでも同じだ。しかし、インテルでは、1年間に6つもシステムを使わなければならなかった。」


 スペイン語から始まり、ポルトガル語、英語、そしてイタリア語でチームを指揮してきた彼は、言語を理解するようにその国のサッカーを理解してきたといえます。サッカーは世界の共通言語とよく言われますが、実際は国や地域ごとに「サッカーのなまり」があります。それを理解し自らのサッカー原則をその土地のサッカーに最適化する。この能力こそ、モウリーニョのもつ最大の武器なのかもしれません。

「今は以前と比べれば、イタリアのことをずっとよく理解できるようになった。遠くから眺めるのと、その中で生活しメンタリティに触れ、チームが勝つために何を必要としているのかを理解するのは、全く別のことだ。その意味ではよく適応できていると思う。チームは自らの置かれた状況に最適化することが必要だ。例えばチェルシーのサッカーではスペインリーグを勝てないし、バルセロナはプレミアリーグでは優勝できないだろう。それは監督についても同じことだ。私はセリエAで優勝したい。そのために、私は自分をイタリアという現実に最適化しなければならない。・・・」

 それでは最後に神と比較されるモウリーニョの一言で締めたいと思います。

- 今日のこの番組で、たくさんの人々があなたに好感を持ったと思う。
「それは私の心配事じゃない。キリストだって誰からも好かれていたわけじゃないんだから」

 これはあるテレビ番組での司会者とモウリーニョの会話です。なんだか、かつてジョン・レノンがしゃべっていた有名なセリフを思い出させなくもありません。20世紀なら、このセリフは大きな波紋を呼んだはずです。
 その後、彼はインテルでセリエA制覇の他に二度目のチャンピオンズ・リーグ制覇を達成し、さらにレアル・マドリードを率いてスペイン・リーグも制覇。ヨーロッパの3大リーグをすべて制覇するという史上初の快挙を成し遂げました。こうなると、彼の最後の目標はワールド・カップしかないかもしれません。ただし、ドイツやスペインを率いての優勝ならそれほど価値があるとは思えません。どうせなら、彼の語学力の新たな挑戦も兼ねて日本に来てアジアのチーム初の世界制覇を目指してはいかがでしょうか?
 よろしくお願いします。でも、日本のメンタリティーと合うかどうか?正直、ちょっと疑問でもありますが・・・。

<参考>
「モウリーニョの流儀 Mourinho contro Itaria 勝利をもたらす知将の哲学と戦略」
 2009年
(訳)片野道郎
河出書房新社

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