「音楽のアマチュア」

- 四方田犬彦 Inuhiko Yomoda -

<音楽のアマチュア>
 この本の「音楽のアマチュア」というタイトルが、先ず曲者です。確かに著者の四方田犬彦氏は音楽の専門家でありません。生まれは1953年。東京大学で宗教学、比較文学を専攻し、その後、明治学院大学で映画史を教えています。評論家として論じているのは、映画、文学、都市論、料理などで、総合的な音楽についての著書は本書が初めてということです。(「バッハ」と「映画音楽」についての著書はあります)
 ただし、彼が子供時代から挑戦してきた楽器は、ピアノ、口笛、イングリッシュ・ホルン、トランペット、チェロなど、様々で、どれも挫折したということですが、その音楽的知識はたいへんなものです。「音楽のアマチュア」がこれだけ濃い評論を書いちゃって、プロはどうしたら良いの、と困ってしまう内容です。
 とはいえ、この本で扱っているのは、ポップスやロックだけではなく、現代音楽や民族音楽のミュージシャンも取り上げていて、アマチュアの本とは思えない専門用語もたっぷりと出てきます。正直かなり難解な部分があります。でも、より深い内容を求める読者にとっては、その奥深さは逆に貴重です。
 いまどき、どんなロック雑誌を読んでも、ここまで辛口に音楽や音楽ビジネスを語る評論家はそうはいないでしょう。(アマチュアだからこそ、何の圧力も感じずに言えるのでしょう)そんなわけで、「音楽界の超アマチュア」である僕でも理解できる部分から、ほんの一部を取り上げてみました。中には、このサイトで取り上げているアーティストもいますので、合わせてご覧ください。
 気に入った方は、是非、実際に本書を読んでみて下さい。

ビートルズ
「グレタ・ガルボが両大戦間を、山口百恵が70年代を示す記号であるように、今日ではビートルズは古きよき60年代をノスタルジックに指し示す符牒と化している。なるほど彼らの歌ったいくつかの曲は、ガーシュインコール・ポーターのように、スタンダード・ナンバーとして記憶されることだろう。だがそこには、つねに喪失された時間という観念がこびりついている。というのもビートルズにとってノスタルジアとは、後になって外部から附加されるものではなく、デビュー当時から彼らの歌詞の本質を構成していたものだったからだ。・・・」

ジョン・レノン
「Imajineというアルバムには凡庸なユートピア主義はあっても、かつてジョンが得意としていた聴衆への攻撃的挑発はいささかも感じられない。つねに人生における生真面目さを嘲笑していた人物が、あまりに生真面目になりすぎてしまったのだ。・・・」

ジェフ・ベックとギタリストたち>
エリック・クラプトンはスワンプ・ロックからアコースティックまで幅広く、試行錯誤を恐れない点では評価できるが、ときに派手で気の多さだけが目立つ嫌いがある。ジョージ・ハリスンは、いつも曇っている空のようだ。ジョン・マクラフリンはパルスの分割においては匹敵する者をもたないが、演奏を長く聴いていると、まるで舗装道路で削岩工事に居合わせてしまったような気持ちになってくる。そして先に挙げたジミー・ペイジは、アルミニウムの合金か何かのように敏捷にして軽快ではあるが、重厚な色調にいささか欠けているように、素人目には感じられる。
 ジェフ・ベックは、ここに挙げたギタリストの誰とも異なっている。彼を特徴づけているのはまず寡黙さであり、ギター以外のことに対するほとんど完璧なまでの無関心である。作曲することすら稀だ。これは彼がロックの主眼を、自分の独創的なメッセージを轟かすことにではなく、ギターだけを手に、他人が作った曲をいかに職人として解釈するかという問題にあると見なしていることと、まんざら無関係ではない。・・・」

ローリング・ストーンズ
「『Sympathy for the Devil』は、日本では『悪魔を憐れむ歌』という題名が与えられている。これは明らかに誤訳であって、本来なら『悪魔とつるむ歌』と訳すべきところだろう。原作の背景となるロシア正教を換骨奪胎し、アフリカ化したキリスト教の世界へと強引に拉致してしまったストーンズの姿勢には、まさに面目躍如といったところがあった。彼らは黒人ブルースの模倣から始めて、ついに西欧文明をブードゥー化することに成功したのである。わたしはこの文化を自在に借り受けて変容させてゆく力が、ストーンズの本質ではないかと考えている」

ジミ・ヘンドリックス
「ロックが夭折した神々に守護されていた時代は、もう遠い昔となtってしまった。今日誰かが酔狂にアメリカ国家をギターで即興演奏したとしても、いかなるスキャンダルも生じないだろう。ロックはもはや完全に社会体制の内側に組み込まれ、従順で扱いやすい音楽と見なされているからだ。その世界に彼のような偉大な攪拌者、挑発者がもはや出現することはあるまい。ジミヘンの名はいくえものノスタルジアに覆われている。だが彼が身をもって示した雑種性の問題は、ノスタルジアとは別の次元で、いまだにわれわれの前に大きく立ち塞がっている。」

フランク・ザッパ
「・・・音楽産業に内在する経済構造を指摘し、ロック神話の自己解体を目指すという点で、ザッパは1960年代後半にあってまさに独自の存在であった。もし彼に匹敵する者がいたとすれば、それはハリウッドの映画支配を拒否して孤軍奮闘していた、映画監督のジャン=リュック・ゴダールくらいではないだろうか。・・・」

「ザッパは20世紀音楽の最大の攪乱者の一人であった。彼は大いなる罵倒家であり、攻撃的な道化であるとともに、みずから懲罰される道化を買って出もした。ありとあらゆる音楽を自作に取り込むとともに、その位階秩序の解体を目指した。日増しに制度化され、美学的権威と化していくロックン・ロールに対して、彼が尽きせぬ切り崩しの作業を怠らなかったことは、まさに記憶されるべきだろう。ザッパという固有名詞がZから始まっていることは、偶然ではない。彼は常に物語のなかで、終わりの始まりを演じているのだ。」

ロバート・ジョンソン
「ジョンソンのことで忘れてはならないのは、彼がレコードを通してブルースを学んだ、最初の世代の歌手だということである。それまではブルースを学ぶためには、直接に場末の酒場や飯場を廻り、直接に歌手のもとを訪れなければならなかった。だがSPの出現は状況を変えた。この事実はジョンソンの曲風を、彼以前の歌手から少し違うものにしている。彼は出自であるデルタのスタイルを踏襲すると同時にテキサスやフロリダといった、いわば異なった流派のスタイルをも踏まえることができた。・・・」

<ブルース>
「ブルースという音楽ジャンルを考えるとき、わたしが類似を思い浮かべるのは、1960年代以降の商業化したロック業界ではなく、むしろ18世紀ドイツのバッハの周辺のことである。バッハについて書いたときに触れたことだが、この巨匠の時代には音楽は個人の独創性の産物とは考えられておらず、広く共同体に属する財産であった。したがって以前から親しまれてきた旋律や曲想を、自作に自在に取り込むとこは公認されていた。ブルースにおいても事情は似たようなものであった。・・・」

<ジョルジ・ベンとMPB>
「ブラジルでは合衆国ともキューバとも違っている。ここで求められているのはまず安息と熱狂の二元論である。声はしなやかで屈託がなく、歓びと悲嘆の間を自在に往還する。倦怠に満ちて弛緩を続けていたかと思うと、祝祭の記憶に踊らされて、ふたたび活力を取り戻す。合衆国の威厳、キューバの幸福に対して、ブラジルが提示してみせるのは歓喜にほかならない。わたしには、ジョルジ・ベンが体現しているのは、このブラジル的な歓喜であるように思われる。・・・」

マイルス・デイヴィス
「ディジー・ガレスピーの回想によると、若いころチャーリー・パーカーのコンボにいたマイルスは、どうしても自分からソロを始めることができず、演奏のたびごとにディジーに口火を切ってもらっていたという。無名時代の挿話であるが、ここにその後のマイルスを予感させるものがある。マイルスはパーカーやコルトレンのように、けっして無の状態から延々とソロを紡ぎ出しうる類の演奏者ではなかった。彼はつねにソロが可能となる文脈に神経を使い、そのために長い序奏を必要としていた。彼が一穴のトランペッターで終わらず、マイルスと呼ばれる音楽的ジャンルの創始者となりえたのには、ひとつはこの才能の欠如が逆に影響している。そう考えてみると興味深い。・・・」

ジョン・コルトレン
「わたしはジョン・コルトレンにまつわる聖人信仰に関心がない。・・・
 わたしの抱いているコルトレンの映像とは、融通がきかないまでに生真面目で、神経質で、しかし莫大なエネルギーをもち、すべてにおいて過剰であったりサックス奏者のそれである。・・・」

「コルトレンは即興を宣言しておきながらも、どこかで自分が集団の統合の頂点に位置していないと、不安で仕方がないのだ。この性格がうまく作用すると、Africa/Brassのようにインドのドローン効果に想を得た、巧みなオーケストレーションが成立するし、締め付けが強すぎると A Love Supremeのように、完成度こそ高いが、ユーモアを欠いた退屈な組曲に終わってしまう。・・・」

「コルトレンの組織論はマイルスとは完璧なまでに異なっている。彼が求めていたのは忠誠心に満ちた部下であり、先に引いたAscensionの例でいうならば、使途たちである。・・・」(だから、彼はエリック・ドルフィーのように自由奔放なアーティストをメンバーとして迎え入れることができなかった)

「そう、コルトレンにおいてはすべてが過剰であった。彼はソニー・ロリンズやアルバート・アイラーといった他のサックス奏者と比較して、桁外れに多い音の語彙をもっていたし、それをひとつの演奏のなかで惜しげもなく披露するのがつねであった。できることならいつまでも途切れなく吹き続けていたいというのが本音だった。北インドのラーガ音楽への彼の傾倒は、神秘主義とは関係がなく、もっぱら演奏の持続の原理に係わるものである。・・・」

<アルバート・アイラー>
「アイラーはサックスが出しうるありとあらゆる音を対等に扱おうとした。ブラスバンドが制度として要求する規範的な音と、動物の金切り声とも下水管の排水音ともつかない、逸脱の音との間に位階を設けず、象徴的な権威とは無縁なところでその間を自由に往還し、意味のない戯れに面白がって耽ることこそが、演奏者として自由を確認することであると認識していた。」

ジョン・ケージ
「ケージの音楽は常にわたしを驚かせる。いや、驚かせるばかりか、わたしに自分の思考の狭さを認識させ、それと不幸な枠組みから解き放って、より自由な拡がりのなかへと導き出してくれる。その意味が、わたしのなかでケージの位置は、ベリオやブーレーズといった同時代の作曲家とはまったく違っている。ここに名を挙げた者たちは、明らかに文化(それも高位の)の側に帰属している。だがケージだけはひょっとしたら文化と非文化の境界に立って、ヘラクレイトスのように神殿で子供と石蹴り遊びに興じているかもしれないのである。・・・」

「『4分33秒』の意義のひとつは、この演奏がいかなる意味でも聴衆に沈黙を体験させてはいないという事実である。なるほど制度的な意味で、そこに音楽としてのピアノ音は存在していなかった。だが聴衆はウッドストックの森から聞こえてくる鳥の声や葉擦れの音、聴衆みずから立てる小さな咳払いや呼吸音、さらにいえば血管の中を血液が流れる音までを知らずと聴いていたのであり、ただ芸術という制度的コードに適わないという事実から、そうした音声を濾過器にかけて、認識の領野から排除していたにすぎないのだ。・・・」

「『4分33秒』にあってもうひとつ忘れてはならないことは、それが厳格な儀礼性を伴ってなされた実演であったという事実である。この曲は三つの楽章から構成されている。チュードアはそれに対応して、ピアノの蓋を3度にわたって、けっして音をたてないように開閉した。そしてあらかじめ定められた時間のなかに、曲という媒介を通して始まりと終わりを設定し、分節化を行ったのである。音楽が音楽作品として制度的に文化の内側に受け入れられるためにもっとも重要なことは、それがいかなる内容をもつかではなく、もっぱら時間の分節化に成功することである。
 ケージのユーモアとは、作品の形式と外縁をめぐるこうした認識であった。この発想がデュシャンに負うていることについては、もはやいうまでもないだろう。」

グレン・グールド
「・・・バッハのすべてを現在のピアノで演奏しようと企てることは、シェイクスピアを日本の戦国時代やニューヨークのウエストサイドを舞台に演出することと同様、機知の発想にすぎず、起源の設定を変えることを通して、より作品の構造を明確に浮き彫りにさせるための戦略である。音楽体験がレコードやCDの受容といった複製メディアにあって、わたしはグールドの決断になんら不自然なものを認めない。ちなみにわたしは、昨今の西洋音楽のコンサート形式はもうすぐ終焉を遂げるだろうという、漠然とした予感を抱いている。名匠に憧れる素朴な愛好家たちも、もうすぐ消滅してしまうだろう。グールドがその終末の直前に出現する反キリストのような徴候であるといったら、あまりに神学的にすぎる見方だろうか」

<高橋悠治>
ジャン=リュック・ゴダールジョン・レノン大島渚・・・高校時代のわたしには、同時代にすでに何人かの守護聖人がいた。彼らは一挙一動を追いかけ、何か大きな事件が起きたとき、まず彼らがどう発言するだろうか、その作品にどのような反映が現れるのだろうかと、わたしはいつも期待していた。
 1972年、そうしたわたしの想像力の宇宙に突然に彗星のように飛び込んできたのが、高橋悠治だった。彼は実に軽やかな身振りで、何もかも攪拌してみせた。その言説と行動のすべてが、わたしには未知であり驚異だった。わたしは早速彼の真似をして、『ただ飽きることだけが、能力だった』という折口信夫の言葉をノートに書き付けた。だが飽きた次の瞬間に、どこに向かって跳躍すればいいのかは、皆目見当がつかなかった。高橋悠治はといえば、それからも次々とジャンル(音楽の、文章の、詩の)を越え、数々の運動を組織して局地戦を続けていった。・・・」

「作品とは最終的な上演ではなく、つねに練習として提出されるべきものだ。高橋悠治は若き日に書き付けたこの警句に、つねに忠実であった。そしてわたしは彼の試行に立ち会うことで、この時代を生きてきたのだった。高橋悠治の教えとは、そのようなものである。」

<ヨハン・セバスチャン・バッハ>
「その存在があまりに巨大すぎて、ある表象ジャンルにあって独自の統合性を体現しているにもかかわらず、その歴史の文脈にすんなりと収まりきらないといった作家。そういう孤独な巨匠が、どのジャンルにもかならず一人は存在している。小説におけるセルバンテスや映画におけるオーソン・ウェルズが、それに当たる。バッハもまた彼らのけんに属している。だが彼らと大きく異なっているのは、その夥しい作品が体現している圧倒的な透明感であり、あらゆる人間的な湿度から解放されているかのような、極端に乾燥しきった資質である。・・・」

「バッハは『バッハ風』というモードの創始者となることで、他の誰にもまして今日のポピュラー音楽の霊感を与えている。・・・」

「楽器は何でもいい。ピアノであれ、フルートであれ、チェロであれ、いかなる初心者でもバッハの楽譜を辿りながら音を並べていくと、気づかされることがある。しばらく練習しているうちに、音と音の連鎖の背後に岩盤のように堅固な構造が控えているのが、気配として感じられてくるのだ。・・・」

「・・・バッハはなるほど優秀な作曲家ではあったが、その才能のなかには優秀な編纂者、アンソロジーの集成者という側面が含まれていたと考えるべきだろう。そして彼の背後には、誰もが知っている俗曲がみごとに教会歌に化けてしまうことを当然のこととして歓迎する人々の、信仰と世俗の悦びに満ちた共同体が横たわっていた。・・・」

<ガムランとインドネシア音楽>
「西洋音楽では重要な音は大きく鳴らしますが、バリでは逆に小さくするのです。聴いている人が神経を集中して聴くようにという配慮です。打楽器の音は叩いたときの印象ではなく、それが消えてゆく際の余韻をもって表現します。・・・」

「ガムランを特徴づけているのは、徹底した抽象性である。音楽は隅々にいたるまで厳密に形式化されており、いかなる人間的な心理や感情を表象しているわけでも、観客の情動に訴えてくるわけでもない。青銅と竹だけを素材として作られた楽器たちは、時間を思うがままに細分化し、非連続を旨とする音のモザイクを築き上げてはゆくが、それは物語的なシンタックスを構成せず、循環構造に終始する。
 音階はきわめて単純だ。西洋音階におよその近似値を探れば、多くはミファソラシドの5音階か、ドレミソの4音階にすぎない。だがそこから驚くべく多様な曲目が出現する。ジャズのように、一定のコード進行が提示された後に各人がソロを執るということはない。ガムランでは個々の演奏者はオーケストラのなかに溶融してしまい、音楽の全体性だけが残ることになる。それはわたしに、蜂や蟻がもし音楽を演奏することができたとしたら、ひょっとしてこのような音楽となったのではないかという空想を起こさせる。・・」

<ラーガとインド音楽について>
「西洋の音階はドレミファソラシドの7音だが、インドではサソガマパダニといい、リとガだけをとっても、それぞれに3種類の微分音(シュルティ)の区別がある。組み合わせからすると、ここの音程から72通りの音列が可能となる。おまけに旋律が上に向かうときと下に向かうときでは、違う音階を選ぶことが珍しくない。したがって論理的には72の2乗の音列が成り立つ。さらに5音音階や6音音階を計算に入れると、3万7千種類の音列が存在している。もちろん装飾技法の存在も忘れてはならない。ひとつの音を単純に響かせるのではなく、その上下に音と触れ合わせてみたり、サの音を出す際にはかならず4度下のパからつなげて弾くという約束ごとが複雑に発達しており、それを考慮すると音列の数は無限に近いといえる。以上を「音の彩り」という意味でラーガと呼ぶ。演奏家たちは多くのラーガに通じており、偉大なる先人が創造したあるラーガを演目に選ぶことが、西洋における作曲行為に相当する。ラーガとは個人によって考察されるものではなく、むしろたゆまぬ修練の末に発見されるというべきだろう。しかも厳密にいうならば演奏の時刻によってラーガは細かく分類されており、明け方にのみ演奏されるべきラーガを夕暮れに弾くことは、大げさにいうならが宇宙の運行を騒乱させてしまう原因となる。・・・」

<女性歌手>
「わたしが女性歌手を好むには、もうひとつ奇妙な傾向があって、それはわたしに理解できない言語で歌っていなければいけないということである。・・・要するに歌詞の意味内容が聴き取れてしまうことが嫌いなのだ。・・・」

<替え歌、パロディ・ソング>
「・・・考えてみようではないか。替え歌とはつねに政治的権力から疎外され、周縁部に追いやられた弱者が、公式化された旋律を無断で盗用して作り出すものだった。・・・
 なぜそのようなことが可能となるかといえば、歌う側のみならず、それを聴く側も同じ唱歌や軍歌が知識として共有されているからであった。その場にいあわせた者たちの大半がすでにその旋律を知っていればこそ、パロディは成立するものであって、ひとたびこの前提が成立しさえすれば、後は風刺的な歌詞を作るだけでいい。・・・」

<時代と音楽>
「思想と芸術の歴史を眺めていると、美学的にも哲学的にもある時代の原理的選択を二分するような人物が二人、まったく同時期に出現し、圧倒的な存在感のもとに互いに一歩も譲らないといったことがしばしば起きたりする。親鸞と道元。ストラビンスキーとシェーンベルク。フロイトとユング。ヴェルディとワグナーというオペラ作者もまた、この不思議な因縁をもった二人であった。・・・」

「音楽のアマチュア」 2009年
(著)四方田犬彦
朝日新聞出版

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