革命の発火点となったオペラの誕生

<音楽革命(2)>

- オペラを生み出した人々 -
<革命的音楽様式オペラ>
 音楽の歴史において、現在では「オペラ」の存在感は、ごく一部の富裕層、知識人の音楽エンターテイメントと思われているかもしれません。しかし、オペラが誕生した時代、その画期的なスタイルは多くの観客の感情を揺り動かし、時にその爆発が国の社会体制をも覆す原因となりました。それは文字通り「革命」のきっかけとなる悪魔のごとき音楽にもなったのです。
 なぜ、そこまでオペラは革命的な存在となったのか?
 音楽革命の第二幕は、「オペラの誕生」です。

 あらゆる楽曲形式のなかで、怒りや興奮、熱狂といった人間の感情に、最も強くはたらきかけるのはオペラだ。実際の上演でなければ、オペラの本当の意味は伝わらない。市民が討論や政治的駆け引きに熱くなっているような雰囲気でこそ、オペラはその輝きを増す。
 交響曲や協奏曲は徐々に形式が整えられていったが、オペラはそうではない。さまざまな新発明や論争が渦巻く16世紀に、突如として人々の前に姿を現した。・・・


<オペラを生み出した人々>
 オペラを発明した人々は、人間の「情動」に及ぼす音楽の力を見せつけるための手段として、オペラに勝るものはないと考えました。さらに自分たちのしていることは、古代ギリシアの舞台美術の再現であると固く信じ、ギリシャ演劇は語りではなく、歌によって進行したはずだという考えを持っていました。彼らが行ったそのギリシャ演劇の再現。その延長線上にオペラが誕生することになりました。

 オペラを生み出したのはイタリアの都市フィレンツェに住む人々でした。その街に住む貴族や裕福な商人など文化人たちの集まりで、古代ギリシャの高度な芸術を復活させることを計画。その集まりでは、音楽、詩、演劇、舞踊、美術を統合する「究極の」芸術形態の創造について、日々話し合われていました。
 20年に渡る長い話し合いの後、1598年にメンバーの共同制作によるオペラ「ダフネ」が上演されました。それが記念すべき「オペラ」の第一作と言われています。その台本は詩人のオッターヴィオ・リヌッチーニが担当し、作曲は音楽家のヤーコポ・ぺーリが担当しました。
 残念ながらこの時の上演は、ごく小規模な身内だけのもので、上演されたされた作品の楽譜もごく一部しか今では残っていません。当然、その時の感想や作品についての評価も残されていないため、それは「幻の作品」となってしまいました。

<歴史に刻まれたオペラ>
 歴史にも記憶にも残らず忘れられてしまった第一作目のオペラから2年後の1600年、次なる本格的オペラが上演されたのは、やはりフィレンツェの名門メディチ家のマリオ・デ・メディチの結婚式でした。多くの貴族や芸術家も出席していたその会場で上演されたのは「エウリディーチェ」というタイトルの作品でした。しかし、この時のオペラもまた観客に注目されることはありませんでした。なぜなら、結婚式という目出度く賑やかな場で、本格的なオペラを上演しても真面目に見てくれる人はほとんどいなかったからです。
 ただし、そんな会場の中にも、この時のオペラを見て、その可能性に驚かされ、感銘を受けた人物がわずかながらいました。それはマントヴァから来ていたヴィンチェンツォ・ゴンザーガとその友人で作家・作曲家のアレッサンドロ・ストリッジョでした。
 遊び人の貴族ヴィンチェンツォは、お抱えの天才作曲家クラウディオ・モンテヴェルディに作曲をさせ、台本はストリッジョが書きました。こうして3作目にして初めて、オペラの成功作となる「オルフェオ」が誕生することになりました。
 このオペラはヴィンチェンツォ公の邸宅内のホールで知識人を集めて初演され、高い評価を得たことから、その後トリノ、フィレンツェ、ミラノなどでも上演され成功を収めました。1609年には楽譜も出版されています。ただし、この後、この作品はほとんど上演されることはなくなり、20世紀に入るまでには、やはり「幻の作品」になっていました。
 このオペラの作曲者モンテヴェルディは、それ以前は「マドリガール」という伴奏つきの独唱曲を作曲。そこでは愛と裏切り、絶望、闘争と激情が歌われていて、オペラの原型となる存在だったようです。彼はその影響のもと、神話「オルフェオ」の物語に、教会音楽のもつドラマチックな展開を盛り込むことでオペラの原型となる作品「オルフェオ」を生み出したのでした。
<「オルフェオ」のあらすじ>
 音楽家のオルフェオが死んだばかりの妻エウリディーチェを取り戻すため、黄泉の国を訪れます。冥府の王は、彼の素晴らしい歌と竪琴が奏でるメロディーの美しさに感動。妻を連れ帰ることを認めます。ただし、エウリディーチェを愛していた王は、一つだけ条件をつけます。それは冥府から帰る途中、絶対に振り返って妻を見てはいけないという条件でした。もし、彼女の顔を見たら、もう彼女は渡さないというのです。そして、オルフェオは帰り道でつい妻を見ようとしてしまいます。
 オルフェオは音楽の神のような存在でしたが、最後の最後に人間としての弱さをみせてしまったのでした。

小説「オルフェオ」 2014年
 現代アメリカを代表する小説家の一人リチャード・パワーズの代表作「オルフェオ」は、音楽と遺伝子工学を組み合わせた異色のSF小説です。こちらもお薦めです!

<革命・戦争を生んだオペラ>
<フランスにて>
 1784年、パリの劇場コメディ・フランセーズでピエール・オーギュスタン・ボーマルシェ作の舞台劇「フィガロの結婚」が上演されました。当時、身分制度の頂点に位置していた貴族階級を否定し、馬鹿にした内容だったその喜劇は、大きな話題となりました。そしてそれはすぐに、ヨーロッパ各地の権力者たちによって上演禁止処分となります。
 ところが宮廷付きの若手作曲家だったモーツァルトが、その劇をオペラにして上演してしまいます。「旧秩序の終焉」を予感させるメッセージが、こうしてパリの大衆に届けられることになりました。するとそれから3年後の1789年、そのメッセージを受け取ったかのように革命を目指す人々が、政治犯を収容していたバスチーユ監獄を襲撃し、かの有名なフランス革命が始まることになりました。
<ベルギーにて>
 1830年、ベルギーでも同じようにオペラがきっかけとなって暴動が起き、後に「ベルギー革命」と呼ばれる事件が起きています。
 ナポリの漁師を主人公としたダニエル・オベール作のオペラ「ポルティチのもの言わぬ娘」。ベルギーの首都ブリュッセルでのそのオペラの初演の日、劇中の歌に感動した人々が劇場を飛び出し、政府への反乱を始めてしまったのです。
 そのオペラの中の歌「祖国への神聖なる愛」の歌詞にこうあります。

 絶望のうちに生きるくらいなら、むしろ死を選ぼう
 虐げられようとも、強大な悪を恐れてはならない
 今こそ支配の鎖を断ち切ろう
 祖国の地からよそ者を追い出すのだ
 共に立ち上がり、共に歩もう、
 共に死ぬまで、共に栄光をつかむまで、・・・
<イタリアにて>
 イタリアでは、バラバラだった都市国家を一つの国に統一するためのテーマ曲として、オペラが大きな役割を果たしました。
 イタリア人は、オペラによって自分たちがイタリア国民としてアイデンティティを獲得できることに気づいたのです。伝説的、英雄的な物語に、人の血を沸き立たせるような熱い音楽を付けたオペラが彼らに勇気を与え、外国の勢力を自分たちの生まれ故郷から追い出すためいっせいに立ち上がるきっかけをつくりました。イタリアが国として誕生する時期とオペラはタイミングがピタリと一致していたのです。
 イタリア統一運動が始まった時期、当時の政治情勢をそのまま寓話化した筋立てのオペラを次々に発表したのがジュゼッペ・ヴェルディでした。その意味でイタリアにとってヴェルディは国家誕生の父的存在なわけです。
<ドイツにて>
 ドイツにおけるリヒャルト・ワーグナーの存在は、イタリアにとってのヴェルディとはまったく異なります。ヴェルディと同時代の作曲家だったワーグナーは、アーリア人的キリスト教信仰にこだわり、その行き過ぎが反ユダヤ思想へと向かい、作品にその考えを盛り込んでいます。
 ナチスはそのことを利用し、ワーグナーを彼らのユダヤ人迫害のテーマ曲として利用したのです。映画「ブルース・ブラザース」だけでなく多くの映画で、ワーグナーが人種差別の象徴として利用されるのは、必然的なわけです。
 一時期は、イタリアの指導者ムッソリーニもヴェルディをファシストの運動に利用としましたが、オペラはそれだけ「革命」と同時に「戦争」にも大きな影響を与え続けてきたわけです。

<平和のためのオペラ>
 オペラは、感情の高揚をもたらすことで、革命や戦争のきっかけに利用されてきました。しかし、それとは全く逆に権力や暴力を否定する平和の象徴として人々を喜ばせるエンターテイメントでもありました。
 その代表作として、パリで大ヒットし、日本人の我々でも皆が知っているジャック・オッフェンバックのヒット作「地獄のオルフェ(天国と地獄)」(1858年)があります。映画でも有名なムーラン・ルージュのフレンチ・カンカンの代表曲となった名曲は、このオペラから生まれました。このオペラは、元々当時の社会情勢を盛り込んだ政治パロディ的作品でした。
 イギリスでも同じような作風のオペラをアーサー・サリヴァンが次々にヒットさせました。台本担当のウィリアム・ギルバートとのコンビで貴族社会、軍隊、警察、政界を皮肉る作品を作り、彼らとその舞台は大人気となりました。彼らの作品は、ロンドンサヴォイ劇場を中心に上演されたことから「サヴォイ・オペラ」と呼ばれ、後のミュージカルの原点の一つになって行きます。

<参考>
「音楽史を変えた五つの発明」

Big Bangs The Story of Five Discoveries that Changed Musical History  2000年
(著)ハワード・グッドール Howard Goodall
(訳)松村哲哉
白水社 

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