- ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン Nusrat Fateh Ali Khan -

<新型ポピュラー音楽の登場>
 「ロック世代のポピュラー音楽史」は、ロック登場以降のポピュラー音楽の歴史を綴っているわけですが、このページの主役ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの存在は、本来その範囲を越えたところに位置していました。なぜなら、彼の生み出す音楽、カッワーリーは基本的にイスラム神秘主義スーフィズム)の儀式のための歌であり、民族音楽の範疇に属するものだからです。しかし、音楽とは不思議なもので、たとえ宗教儀式の音楽であっても、その音楽が多くの人々(信者以外)に感動を与え、CDなどが不特定多数の人々に売れるなら、十分それはポピュラー・ソングと呼ぶに値することになります。まして、彼の場合、世界的な評価を受けるようになってから、映画音楽の制作やロック・ミュージシャンたちとの共演など、宗教音楽以外のフィールドでの活躍もめざましかったのです。これは、彼の存在のすごさでもあり、また時代が求めた新しいポピュラー音楽であることの証明とも言えるのかもしれません。(残念ながら、彼は1997年に48歳でこの世を去ったため、その広がりを見ることはできなくなってしまいましたが・・)
 どちらにしても、彼の音楽を新しいポピュラー音楽として聴くことができるようになったという事実は、20世紀ポピュラー音楽の画期的な出来事であったと言えるでしょう。

<ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン>
 ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン(以下N.F.A.ハーンと記します)は、1948年パキスタンのパンジャブ州生まれで、彼の家系は代々イスラム神秘主義(スーフィズム)の宗教音楽、カッワーリーを歌い継いできた600年を越える歴史をもつ名門です。といっても、その伝統は単に親から子へと受け継がれるものではなく、一族の中で選び抜かれたものだけが、参加できることになっていました。彼は、その中でも最も優れた存在としてグループのリーダーであり、メイン・ヴォーカリストだったわけです。
 彼は、ピーター・ガブリエルらによって企画された第一回WOMAD(1982年)に参加したことで、その存在をを知られるようになり、1987年フランスで発売されたアルバム"En Concert A Paris ライブ・イン・パリ"でいっきに世界の注目を集めることになりました。

<カッワーリーの音楽スタイル>
 カッワーリーを演奏するメンバーの構成は、メイン・ヴォーカルのN.F.A.ハーンに、ハルモニウムというアコーデオン風の楽器とサブ・ヴォーカルの担当が2名、タブラというパーカッションの担当が1名、サブ・ヴォーカル専門でメイン・ヴォーカルと掛け合いを行うのが2名、そして、後列で手拍子とコーラスを担当するのが5名、計11名です。(これは日本公演の時、違う構成もあるとは思います)
 ヴォーカルのバックでメロディーを奏でるのは、2台のハルモニウムであり、手拍子とタブラがリズムを刻んでゆきますが、ヴォーカルが突然スキャットに変わり、リズムを刻んでしまう場合もあります。(乗りが良くなるほど、スキャットは勢いづきます)
 もちろん、すべての主導権は、N.F.A.ハーンにあります。メンバー全員が、彼のヴォーカルに合わせて、それぞれの役割をこなし、彼のインプロビゼーション(即興)に負けじと、それぞれの演奏をきかせます。こうして、互いのやりとり(コール&レスポンス)は、しだいに激しさを増してゆき、本国パキスタンでは、失神者が続出するようなトランス状態へと導かれることになると言います。

<イスラムのジェームス・ブラウン?>
 まったく異なる条件の海外のコンサートでも、その盛り上がりは凄い。感動のあまり目を潤ませる人、鳥肌が立ってしまった人、手拍子、足拍子で飽きたらず踊り出した人など、それはまるでジェームス・ブラウンのファンクに匹敵する乗りをもっています。ただし、JBのサウンドがあくまで肉体派のホットなファンクであるのに対し、N.F.A.ハーンのそれは、意外に精神的でクールな乗りと言えるかもしれません。それは、聴衆をアラーの神との合一へと導く司祭でもあるN.F.A.ハーン自身が、常に冷静でいるせいかもしれないでしょう。(それを言ったら、ジェームス・ブラウンだって、ショー・ビジネスとして、常に計算された動きをしていたとも言えるのですが)

<「声」の力の復権>
 しかし、彼の音楽の本当の魅力は、乗りの良さや伝統美、異国情緒ではありません。それは、彼の口から発せられる「声」のもつパワーにあることは明らかです。
 日本でも、昔から言葉のもつ不思議な力のことを「言霊(ことだま)」と呼び、恐れていたように、世界各地の文明においても、やはり「声」には、それを発することによって、命や力が与えられるという考え方があります。そして、その言葉のもつパワーを最大限に発揮するものこそ、かつて神と呼ばれた偉大なる人々、イエス・キリストやマホメット、仏陀であったわけです。現代でも、キング牧師のあの有名な演説「I Have A Dream …」を思い出してほしい。
 カッワーリーという音楽は、まさにそのパワーを最大限に生かす音楽であり、その最高の歌い手が、N.F.A.ハーンなのです。

<先ずは、聴いてみなけりゃ>
 もし、あなたがN.F.A.ハーンの歌を聴いたことがなければ、彼のアルバムをどれでも良いから聴いてみて下さい。彼の声の凄さは、どの作品を聴いても感じられるはずです。特に、夏のクソ暑い時に、ボリュームを上げて聴くと、鳥肌が立ち暑さも吹っ飛んでしまうこと請け合いです。

<参考までに>
 彼のアルバムでは、前述の「ライブ・イン・パリ」「Shahen-Shah」など、無数にあるライブ・アルバムは、たぶんどれも素晴らしいはずです。あとは、彼がロック系のミュージシャンたちと組んだ作品が、いくつかあります。多くのアーティストは、異種音楽との共同作業において、本来の魅力が半減してしまうのですが、彼の場合、けっしてそんなことはありませんでした。ロックのフォーマットに乗っても、彼の声は、けっしてそのパワーを失わなかったようです。特に「Mustt Mustt」「Star Rise」あたりは、お薦めです。

<映画「デッドマン・ウォーキング」のこと>
 アメリカ映画最高の映画監督(僕はそう思います)ロバート・アルトマンの愛弟子、俳優のティム・ロビンスが初めて監督をした映画「デッドマン・ウォーキング」の音楽にも、N.F.A.ハーンは参加しています。この映画のサントラ・アルバムは、監督が多くのミュージシャンたちに、作品のラッシュ・フィルムを見てもらうことで、音楽による参加を呼びかけるという異色の内容でした。(「死刑」の問題を真っ正面から取り上げた作品であるため、そのことについて、問題意識を持つアーティストが参加しました)そして、パティ・スミスやブルース・スプリングスティーンなどの大物も参加するなか、彼の歌は、この映画の多くのシーンにおいて使用されています。もちろん、映画自体素晴らしい作品なので、是非ご覧下さい!(ショーン・ペンとスーザン・サランドンの演技は本当に素晴らしい)

<締めのお言葉>
偉大なる曾祖父よ
私はこれからひとつの声を送ります!
聞いてください
この広い宇宙の隅々に向かって
私はこれからひとつの声を送ります!
聞いてください
偉大なる曾祖父よ
「私は生きています」
それが私の言葉です
             スー族の人々がサンダンスの前にあげる祈り

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