「ネットワーク NETWORK」

- シドニー・ルメット Sidney Lumet、パディ・チャイエフスキー Paddy Chayefsky -

<35年ぶりの衝撃>
 公開から35年。久しぶりにこの映画をみて改めて衝撃を受けました。21世紀の世界をここまで予見していたことに、当時の僕は全く気づいていませんでした。テレビのニュース・ショーの内幕を暴露したテレビ文化への強烈な批判をこめた作品であることは理解していましたが、そこにはさらに深い問いかけがこめられていました。やはりアメリカは日本の先を行っていたんだ!と再認識させられました。今見ると時代錯誤的に見えるかもしれないこの映画は、別の視点からもう一度見るべきだと思います。単に「ありえない話だ」と笑って見るのは、見方が浅すぎる気がします。
 この映画最大の見所、それはピーター・フィンチのアカデミー賞受賞演技が凄いテレビの本番シーンではありません。それは物語の中心となる放送会社UBSの新オーナー、アーサー・ジェンセン(ネッド・ビーティ)が、ピーター・フィンチ演じるハワード・ビールを呼びつけて彼に「企業宇宙論」を語る場面です。
 巨大コングロマリットCCAの薄暗い会議室で長いテーブルごしに対峙したハワードにジェンセンはこんなことを語ります。

「君は、アラブの石油資本によるわが社への出資を批判した。しかし、それは間違っている。君はテレビの中という小さな世界でしかアメリカという国をい見ていない。
 今や世界に国境など存在せず、それはあらゆる企業の集合体となったのだ。もう共産主義国ソ連だって革命を目指してなどいない。
 すべての国家は一つの巨大企業の持ち株会社にすぎないのだ。したがって、どの国の資本がどの国の企業を支配しようとグローバルな視点から見れば、何の意味もないことなのだ。
 さらにいうなら、もうこの世界に一個人といいう概念も存在しないのだ!今や個人の存在など何の意味ももたないのだ」

 この言葉にハワードは完全に圧倒されてしまいます。
「あなたは神だ」

 このシーン、テーブルのむこうの暗闇の中でこの「企業宇宙論」ともいえる持論をとうとうと語るジャンセンは、完全にカリスマ・キャスター、ハワード・ビールの上をいっています。この当時、撮影中だったあの「地獄の黙示録」のカーツ大佐による暗闇の中のうなり声よりも雄弁で明解で予言的なこの演説は改めて見る価値大です。傍役専門の俳優ネッド・ビーティではなく、もっとベテランの大物にやらせていたら、もっと凄いシーンになっていたかもしれません。例えば、リー・ストラスバーグとか・・・。

<人間ドラマ&社会派ドラマ>
 もうひとつ、この映画の凄さは、こうしたマスコミ、テレビに対する批判を込めた社会派の作品であると同時に、やり手のキャリア・ウーマン(フェイ・ダナウェイ)と老いたテレビ・プロデューサー(ウィリアム・ホールデン)との不倫を盛り込んだ人間ドラマとしての厚みもプラスされていることです。
 魔性の女であり、出世のためなら身体も使うという究極のキャリア・ウーマンと老いたるテレビマンの恋。それは初めから上手く行かないことは明らかでした。自分でもそのことを理解しながらも、恋に落ちてしまうウィリアム・ホールデンの演技はまさに円熟。もちろんその魔性の女を演じるフェイ・ダナウェイの魅力は実にはまり役。彼女との恋が終わり、別れ際に彼が言うセリフもまたこの映画の見所です。

「君はまさにテレビの化身だな。
 他人の苦しみを感じることができないし、
 喜びを感じることもできない。
 君がふれるとすべては死んでしまうんだ」


 「魔性の女」=「テレビ」という発想により、この映画は人間ドラマと社会派ドラマ両方の顔をもつ映画になりました。複雑なストーリーを2時間という枠に収め見事に娯楽作品としても完成させた原案と脚本の担当者パディ・チャイエフスキーは、この映画んついてこう方っています。

「この作品は、TVというマスコミ媒体が民衆の意志をあやつる恐ろしい力と化し、個人と伝統の国であるアメリカが崩壊し、次第に標準化され、公分母化してゆく不気味な状態を描いたものだ」
パディ・チャイエフスキー

 ハワード・ビール・ショーの本番中、テレビ界のカリスマ伝道師となったハワードはテレビの視聴者に向かってこう語り出します。

「あなたがたはテレビによって操られていることを知りながら、それでもなお毎日テレビの前に座り続けている。
 今からでも遅くない。今、この瞬間、私が画面に映っているこの瞬間にあなたはテレビのスイッチを切りなさい!」


 笑えるほどブラックなジョークに観客は大拍手。たしかに、この場面も見所です。しかし、21世紀の今、この場面を見ていると、それはもうテレビの前の視聴者に向けられているのではなくパソコンの前に座りネットの世界にどっぷりと漬かっているネット・オタクの人びと、というか今やネットなしに生きられなくなりつつある人類全体に向けられている言葉のように聞こえます。
 ネットによって結ばれた現代社会には、今や経済的に独立した国家など存在しません。ひとつの巨大な企業宇宙となった世界は、企業内の派閥争いを繰り返し、ついには企業倫理を見失い、倒産しかけています。今や、ジェンセンの言葉は現実になったといえるいかもしれません。

<テレビ界出身コンビ>
 この映画でテレビ界の内幕を見事に描き出した監督のシドニー・ルメットと脚本家のパディ・チャイエフスキーはともにテレビ界の出身です。特にこの時代、映画界にはテレビ界出身者が数多く現れていました。ハリウッドの黄金時代はすでに終わりを迎えており、映画よりも勢いのある業界がテレビの世界でした。そのため、映画会社の多くが危機的状態を迎え、新たな才能が求められていました。そこに登場したのが、ニューシネマの若手たちと東海岸で活躍していたテレビ畑出身の若手たちでした。ニューシネマの若手がよりロックやヒッピー・ムーブメントの影響を受けていたのに対し、テレビ畑の若手の多くはドキュメンタリーなどを撮っていたシリアスな作家たちでその作風は対照的でした。ルメットとチャイエフスキーもまさにそうしたタイプの作家でした。
 元々はテレビ番組だった「マーティ」(1955年)の映画版で一躍その名を世界に知られることになったパディ・チャイエフスキー。同じようにテレビ・シリーズとして製作され、その後映画化された「十二人の怒れる男」で映画監督デビューを果たしたシドニー・ルメット。ともにテレビ界を知り尽くしていただけに、この映画はいつか撮りたかった題材だったのでしょう。彼は見事この映画でアカデミー脚本賞を受賞しています。そして、シドニー・ルメット監督にとって、この映画は「十二人の怒れる男」、「狼たちの午後」に続き3度目のアカデミー監督賞候補作となりました。結局、彼はこの作品でも監督賞を逃し、その後「評決」でも監督賞をとれないまま、2004年に名誉賞を受賞することになります。この映画を撮ったこの時代が彼にとって最も油がのっていた時期だったと思います。
 なおこの映画は、1976年のアカデミー賞で脚本賞でけでなく、主演男優賞(ピーター・フィンチ)、主演女優賞(フェイ・ダナウェイ)、助演女優賞(ビアトリス・ストレイト)も受賞しています。

<ピーター・フィンチ>
 この映画でアカデミー主演男優賞を受賞したピーター・フィンチ Peter Finchは、1917年9月28日、高名な物理学者の息子としてロンドンに生まれています。その後、オーストラリアに移住した家族とともにシドニーで育った彼は、ラジオ番組に出演したり、舞台俳優として活動するようになり、1948年オーストラリア映画「息子の誕生」で映画デビュー。イギリス映画「ユーレカの砦」に出演後、ローレンス・オリビエに認められてロンドンの舞台に立つためイギリスに帰国します。
 舞台、映画両方で活躍するようになった彼は、オードリー・ヘップバーンと共演した「尼僧物語」やグレンダ・ジャクソンと共演した「日曜日は別れの時」などのイギリス人紳士役で世界的にその名を知られるようになります。1959年に女優ヨランダ・ターナーと結婚しますが1969年には離婚。この後、ジャマイカ人の黒人女性と結婚。ジャマイカとイギリスを行ったりきたりする生活を送るようになります。そんな中、彼はこの映画で初めてアカデミー賞に手が届くことになりました。しかし、受賞式の3ヶ月前1977年1月14日、彼は心臓発作で突然この世を去ってしまいます。そのため、受賞式には妻のエレサが出席。大方の予想通り、主演男優賞は彼にもたらされました。こうして、歴史上初めてアカデミー賞が死人の手に渡ることになったのでした。

<ロバート・デュバル>
 UBSの新社長としてダイアナとともに視聴率獲得競争を指揮するフランク・ハケットを演じるのが、ロバート・デュバル Robert Duvall です。1931年1月5日カリフォルニア州のサンディエゴで生まれた彼は、イリノイ州エルサで大学に通いながら演劇に興味をもち始めるものの、兵役により陸軍に入隊。2年の服役を終えた彼はニューヨークのネイバーフッド・プレイハウスに入学。この頃、彼は劇作家のアーサー・ミラーに認められ、彼の舞台劇「棺からの眺め」などに出演。舞台俳優として本格的に活動し始めます。しかし、舞台俳優だけでは食べて行けず、当時の彼は飲食店での皿洗い、郵便局での仕分け作業、トラック運転手助手、デパートでの販売員など様々な職についたといいます。
 1950年代テレビ時代の到来により俳優たちの多くはテレビ撮影を行っているカリフォルニアに移住し始めます。彼も同様に活動場所を西海岸へと移し、テレビ番組に出演するようになります。「ルート66」、「ミステリー・ゾーン」、「モッズ特捜隊」などのヒット作にゲスト俳優として出演。禿げ&クールな性格俳優ぶりが注目を集めます。
 映画デビューは、グレゴリー・ペック主演の名作「アラバマ物語」(1962年)で早くも注目された彼は、その後、数多くの作品に出演してゆきます。
 マーロン・ブランドの犯罪映画「逃亡地帯」、元祖カーチェイス映画「ブリット」、ジョン・ウェインの西部劇「勇気ある追跡」、渋い犯罪映画「組織」、ジーン・ハックマンの盗聴のプロの映画「カンバセーション」、ペキンパーのバイオレンス・アクション「キラー・エリート」など、アクション、犯罪映画でも質の高い作品に重要な役どころで出演。そして、F・F・コッポラの「ゴッドファーザー」には、コルレオーネ・ファミリーの顧問弁護士トム・ヘイゲン役で出演し、アカデミー助演男優賞にノミネートされました。その後、彼は同じコッポラ監督作品「地獄の黙示録」に出演し、映画の中でも印象的な人物、ヘリコプター部隊の隊長キルゴア中佐で強烈な印象を残しました。
 なお、彼は1982年の作品「Tender Mercies」(日本未公開)でアカデミー主演男優賞を獲得しています。


「ネットワーク NETWORK」 1976年
(監)シドニー・ルメット Sidney Lumet
(製)ハワード・ゴットフリード Howard Gottfried
(原)(脚)パディ・チャイエフスキー Paddy Chayefsky
(撮)オーエン・ロイズマンwen Roizman
(衣)セオニ・V・アルドレッジ Theoni.V.Aldredge
(編)アラン・ハイム Alan Heim
(音)エリオット・ローレンス Elliot Lawrence
(出)フェイ・ダナウェイ Faye Dunaway、ウィリアム・ホールデン William Holden、ピーター・フィンチ、ロバート・デュバル、ネッド・ビーティ、ビアトリス・ストレイ

<あらすじ>
 UBSイブニング・ニュースのキャスター、ハワード・ビール(ピーター・フィンチ)は、かつての人気を失い視聴率の低迷に苦しみ、精神的に追い込まれていました。そうした危機に乗じ、UBSを乗っ取った巨大コングロマリットCCSのトップ、アーサー・ジェンセン(ネッド・ビーティ)は、新社長フランク・ハケット(ロバート・デュバル)を通じ番組の見直しを指示します。UBS生え抜きの報道部長マックス・シューマッハー(ウィリアム・ホールデン)は、仕方なく長年の友人でもあるハワードにキャスター解任の宣告をします。
 ところが、この通告を聞いたハワードはついに精神的に切れてしまい番組の中で自分が解任されることを発表。自殺宣言までしてしまいます。ところが、このスキャンダラスな番組内での自殺宣言は大きな反響を呼び、最終回の視聴率は一気に急上昇します。それに目をつけた編成部主任のダイアナ・クリステンセン(フェイ・ダナウェイ)は、ハワードをメイン・キャスターによりスキャンダラスな内容の報道番組を企画します。極左過激派グループと契約をし彼らの銀行強盗を撮影。それを番組内で放送するという危険なやらせ番組は、興味本位の視聴者の目を釘付けにし、視聴率は他局の合計をも上回るまでになります。
 ところが、ハワードはいよいよ宗教指導者並みのカリスマ性を発揮するよいうになります。ついにはUBSの大株主CCAがアラブのオイルマネーからの出資による企業であることを暴露。このままではアメリカのテレビ局までもがアラブ人に乗っ取られてしまうと、CCAによるUBSの買収阻止を視聴者に訴えかけます。この放送のおかげでホワイトハウスにはCCAへの抗議電話が殺到。CCAによるUBSの乗っ取りは流れてしまいました。この事態にジェンセンは激怒し、ハワードをCCA本社に呼び出します。
 ところが、そこでハワードはジェンセンのカリスマ的な演説に圧倒され、彼が論じた「企業宇宙論」の信望者へと変心。ジェンセンの言葉を番組内で語る伝導者になってしまいます。しかし、そんな彼の変化に視聴者はついてこれず、しだいに番組の視聴率は低下し始めます。あわててUBSの経営陣はハワードを解任しようとしますが、彼が気に入ってしまったジェンセンは彼の解任を認めませんでした。このままでは番組だけでなくUBSも崩壊してしまう。そう考えたダイアナはハワードを番組から降ろすための最終手段を提案します。

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