宇宙の始まりに迫る最新宇宙論

- インフレーション理論と人間原理 -

<新宇宙論>
 宇宙はどうやって生まれたのか?
 宇宙のどこかに人類以外の生命は存在するのか?
 宇宙の誕生は「ビッグバン」という巨大な爆発で始まり、その時に散った物質が、様々な場所で重力によって引き寄せられることで星や銀河が生まれ、その中のごく一部の惑星に生命が生まれた。これが今まで常識として知られてきた宇宙誕生と生命誕生の起源とされています。しかし、「ビッグバン」以前に宇宙は存在しなかったのでしょうか?何もないところから、宇宙が本当に誕生したのでしょうか?
 実は、宇宙に存在する物質をエネルギーに換算したとき、その96%はどこに存在しているのか、未だ明らかになっていません。人類は、宇宙についてまだたったの4%しか知らないといえます。
 それでも最近になって、「ビッグバン」を生み出したメカニズムが少しずつ解明されつつあります。その考え方によると「ビッグバン」以前にも宇宙は存在し、宇宙は理論的には他にも無数に存在すると考えられるようになってきました。
 その新たな宇宙論の基礎となっている「インフレーション理論」においては、宇宙は「真空状態」から「真空のエネルギー」によって生まれたとされています。では、ここでいう「真空状態」とは何でしょうか?実は、それは文字通り「何もない空間」のことをいうわけではありません。「真空」という言葉で表現されてはいますが、そこには物質が存在しているらしいのです。いったいそれは何か?先ずは、そこから始めようと思います。

<真空のエネルギー>
 現在の物理学(量子力学)において「何もない空間」は存在しないことが理論的に証明されています。真の意味での「真空」は存在しないのです。
 シュレディンガーらが証明した不確定性理論により、物質の位置を完璧に特定することはできなくなりました。ということは、どんな場所にもエネルギーは存在しうるということです。それはエネルギーが「0」という状態はあり得ないということと同義で、どんな場所にでも「エネルギーのゆらぎ」は存在しうるということです。
 「真空」という状態はエネルギーが最低の状態に過ぎず、エネルギー「0」の空間ではないということになります。このことは理論的に証明されただけではなく、実験的にも証明されています。実際に「真空」にエネルギーが存在することを証明した実験があるのです。
 1948年、ヘンドリック・カシミールとダーク・ポルダーという二人のオランダ人は、2枚の無帯電状態の金属板を真空中に並べるとそこに吸引力が生じることを発見。それに「カシミール効果」という名を与えました。「真空にもエネルギーは存在する」ことを予見したわけです。ただし、この効果を精密に測定するには、当時まだそのための設備が不十分でした。実際にこの効果が正確に測定できるようになったのは1997年のことでした。あの原爆を生み出した有名な研究所ロスアラモスにおいて、S・K・ラモロらのグループが実験で確認することに成功して初めて確認されました。
 ところが、この時の測定による「真空のエネルギー」を宇宙全体で合算すると驚くべき結果が出ました。その数値は予想以上に大きな数値になり、実測による宇宙全体の「ダークエネルギー」をはるかに上回ることがわかったのです。これはマクロの世界における証拠ですが、この理論を用いることで宇宙論の世界における巨大な謎が説明できることも明らかになってきました。

<宇宙を作る真空のエネルギー>
 1998年、アメリカ、オーストラリアの研究グループ、ソール・パール・マター、ブライアン・シュミット、アダム・リース(2011年ノーベル物理学賞受賞)らは遠方にある銀河の超新星爆発を観測。それが、太陽系により近い位置にある銀河よりも遅い速度で遠ざかっていることを確認しました。ということは、現在より過去の方が宇宙の膨張速度が遅かったということになります。これはおかしなことです。
 理論的には、あらゆる「爆発」は最初の爆発から時間とともにその勢いは重力によって衰えてゆくはずです。そして、現在の宇宙もビッグバンから60億年前までは膨張のスピードが減速していたことが明らかになっています。ではなぜ、その後膨張が加速することになったのか?それが「真空のエネルギー」によるものと考えられるわけです。そして、この「真空のエネルギー」は宇宙の誕生においても大きな役割を果たしたのではないかと考えられています。「真空のエネルギー」は、宇宙の中でも場所によってむらがあり、それが宇宙の拡散スピードに影響を与えているのではないか?ということです。
 1967年、スティーブン・ワインバー(米)とアブドゥス・サラム(パキスタン)が同時期に「ワインバーグ=サラム理論」を完成させます。この理論は、それまで多くの科学者たちが挑戦し続けてきた四つの力の中の二つ「電磁気力」と「弱い力」を統一するものでした。それによると、二つの力はもともとは同じものだったのが、「真空の相転移」によって分かれたと考えられます。そして、その「真空の相転移」が、宇宙誕生の初期に起きたことで、真空のエネルギーが膨大な力を発揮し急激に空間を巨大化させ、それが「ビッグバン」最大の原動力になったと考えられるようになりました。

<真空の相転移からビッグバンへ>
 では、その「真空の相転移」とはいかなる現象なのでしょうか?
 「相転移」とは、「相」が急激に変化することですが、「相」とは、例えば「水」の場合なら「水」が「液体」の相にあたり、「水蒸気」が「気体」、「氷」が「固体」の相ということです。この三つの相が急激に入れ替わる状態を「相転移」というわけです。「水」は液体であるため分子はバラバラで結びついていないので、対称性が保たれた状態ということができます。しかし、それが瞬間的に凍って「氷」になると、分子の状態は結晶となっているため、その並びに「方向性」が生じます。これは「対称性」が破れた状態ということができます。
 これと同じようなことが「真空」にも起き、これが「真空のエネルギー」を生み出すと考えられています。この真空おける相転移のことを「インフレーション」と呼び、それが宇宙誕生の瞬間とされてきた「ビッグバン」の前段階と考えられるようになったのです。
 以前から疑問だった「ビッグバン」の前に宇宙が「無」の状態からなぜすべてが生まれたのか?その答えのひとつが「インフレーション」だと考えられます。まず初めに「真空」があり、そこでエネルギー低下とともに相転移が起き、それにより対称性が破れることで「密度のゆらぎ」が生じミニ宇宙が生まれ、そこから急激な膨張「ビッグバン」が始まることになった。そして、宇宙のすべてが誕生した。 
 物質が爆発すると、その空間の密度は減って行くのでエネルギーはしだいに失われ、その勢いは弱まるはずですが、「真空のエネルギー」の場合は逆にその勢いを増すと考えられます。驚くべきことにブラックホールに引き寄せられる物質が加速度を増してゆくように、「真空」は爆発することでその勢いを増してゆくのです。こうした考え方を「インフレーション理論」と呼びます。
 もうひとつ重要なのは、そこで対称性が破れた時に生まれた「密度のゆらぎ」は、ビッグバンによってそのまま巨大な密度のゆらぎとして拡大してゆき、宇宙全体に広がっていったと考えられることです。現在も宇宙に広がる「密度のゆらぎ」(星々が存在する場所が、均等ではなく場所によって大きな偏りがあること、宇宙の拡散のスピードに偏りがあること)は、こうして誕生したと考えれば説明がつくわけです。(ただし、その「密度のゆらぎ」はあまりに巨大なため、我々から見た空間ではほぼ一様にしか見えません)

<新たな宇宙の誕生>
 「インフレーション理論」は宇宙の誕生を説明すると同時に新たな宇宙の誕生が、ほかの場所でも起きている可能性を示唆しています。もし、我々の宇宙のどこかで新たな宇宙が生まれようとしていたら、我々の宇宙にはどんな影響があるでしょうか?
 インフレーションを終えた我々の宇宙で、新たなインフレーションが起き、それを我々が観測できたとしたら、それは爆発には見えず、逆に収縮して消えてゆくように見えると考えられています。それはちょっと不思議な論理ですが、計算上そう見えるということです。(この部分の説明は僕にもお手上げです)そして、その収縮することで消えつつある新たな宇宙(ベビー宇宙)とのつながり部分は「ワームホール」(虫食い穴)と呼ばれます。そして、その「ワームホール」もその後は収縮によって消えてゆき、ついにはまったく別の次元に存在する宇宙へと離れてゆくことになります。
 宇宙は「ユニバース」と呼ばれますが、実は「マルチバース」と名付けるべきだったのです。ところが、この宇宙を「マルチバース」ととらえる考え方は、「量子力学」の世界ではすでに予測されていました。

<最新の量子力学より>
 2013年時点での素粒子物理学における標準模型においては、17種類の素粒子の存在が確認されています。それは以下の4種類に分類できます。
 (1)陽子、中性子など、バリオンを構成するクオークが6種類。
 (2)電子やニュートリノなどの仲間、レプトンが6種類。
 (3)「電磁気力」(光子)、「強い力」(グルーオン)、「弱い力」(Wボゾン、Zボゾン)を伝えるボゾンが4種類。
 (4)ヒッグス粒子

 しかし、まだ解明されていない問題も多く残されています。
 (1)「重力」を伝えるとされる「重力子」の存在が未解明。
 (2)「素粒子の種類」が多すぎる。究極的にはひとつに統一されるはず。
 (3)膨大な量が宇宙に存在する暗黒物質(ダークマター)が含まれていない。その存在もまた未解明。

 そして、最近になって新たな素粒子理論として「超弦理論」という有力な説が登場してきました。
「超弦理論」
 17種類の素粒子はある種の一次元の「弦」のように特定の振動をしており、その振動状態によって光子になったり、クオークになったり変化すると考えられます。それらの素粒子には「超対称性粒子」と呼ばれるパートナー的存在の粒子があると予想されています。もし、この「超対称性粒子」が発見され、そのメカニズムが解明されれば、すべての素粒子について説明可能な統一理論が完成するかもしれません。
 「暗黒物質」(ダークマター)は、その超対称性粒子の一つではないかとも考えられます。

<人類と宇宙>
 現在、太陽系外には3000の惑星の存在が確認されています。そのうち、その中心となる星との距離などから、水の存在する可能性がある惑星は50ぐらいあるといわれています。そうなると、まだ観測されていないこの宇宙に生命が存在する可能性はけっこうあるはずです。
 もしかすると宇宙そのものが他に無数に存在するとしたら、・・・そうなると話はかなり違ってきます。場合によっては、人類とそっくりの宇宙人が他にも無数に存在する可能性もあるわけです。しかし、未だに宇宙人から人類への交信はなく、その証拠も見つかっていません。
 ということは、宇宙には我々地球の人類以外に「宇宙」について思いを巡らす生命はいないという可能性もあるわけです。そうした考え方から、人類が存在するからこそ、この宇宙は存在しているのではないか?という過去の「天動説」を思わせる人類中心主義の宇宙論が登場してきました。

<「人間原理」の宇宙論>
 1961年最初に「人間原理」の考え方を提唱したのはアメリカの科学者ロバート・ヘンリー・ディッケでした。彼は宇宙誕生の初期条件において、人類が誕生するようにデザインされていたとしか思えないと考えました。この考え方に「人間原理 Anthropic Principle」という言葉を与えたのは、1973年ブランドン・カーターでした。
 彼はコペルニクスによる地動説と対比する考え方として提案。宇宙の初期条件だけでなく、その後に生まれた物質における基本法則や定数もまた人類が誕生するために設定されたとしか考えられないとして、この理論は「強い人間原理」と呼ばれるようになります。
 1989年、ワインバーグ=サラム理論を発表したスティーブン・ワインバーグは「人類原理」についてこう語っています。
「宇宙は無数に存在し、それぞれが異なった真空のエネルギー密度を持っている。その中でも、知的生命体が生まれる宇宙のみ認識される。現在の値よりも大きな値を持つ宇宙では天体の形成が進まず、知的生命体も生まれない。認識される宇宙は今観測されている程度の宇宙のみである」

 なぜそこまで「人間」の存在を重要視するのか?それは科学者たちが地球について、宇宙について深く調べれば調べるほど、今我々人類がこの星に生きていることが「奇跡」にしか思えなくなるからです。例えば、我々が住む宇宙の条件を決定する要素を研究したイギリスの科学者マーティン・リースは「宇宙を支配する6つの条件」について、こう解説しています。

「宇宙を支配する6つの数」マーティン・リースによる
(1)「N」=(電磁気力=電子のクーロン力)/(重力)=10の36乗
 電磁気力が「引力」「斥力」によって打ち消し合っているのに対し、重力は「引力」しかないため、その影響は自ずと目立つことになります。
 もし、10の36乗が10の30乗でも10の40乗でも現在の宇宙とはまったく異なる宇宙になり、生命が生まれなかった可能性は高いといえます。

(2)「ε」イプシロン(核融合効率)
 核融合の前後でどれだけ質量が減るのか?をεで表わします。
 「ε」=0.007 陽子と中性子の融合により質量の0.7%だけがエネルギーとなります。
 この数値が0.006~0.008の範囲を越えると、複雑な物質は生まれず、当然、地球のような多様な生命の星にはならないはずです。

(3)「Ω」(オメガ)=「臨界密度」/「現実の宇宙における物質の密度」
 「臨界密度」はそれ以上宇宙の物質密度が大きければ、宇宙は収縮に向かい「ビッグクランチ」(ビッグバン以前の状態に戻るということ)に至るが、それ以下なら膨張を続けて「ビッグリップ」(無限に拡散してゆくこと)に至るという数値のこと。
 「Ω」>1ならば宇宙は1点に収縮していたし、その逆ならば拡散が早くて物質も生命も誕生しなかったはずです。
 実際は「Ω」≒1であるおかげで、今の宇宙が生まれたと考えられます。

(4)「λ」(ラムダ) これはアインシュタインが「宇宙項」として、相対性理論の式に書き加えたもの。
 「λ」は「真空のエネルギー」の大きさを示しているといえます。これが小さいおかげで宇宙は成立しています。

(5)「Q」 星や銀河、銀河団などの「まとまり具合」を示す数。現実の宇宙では、この「Q」はほぼ10万分の1程度。
 「Q」が100分の1だったら、宇宙のほとんどはブラックホールとなっていたし、その逆なら星も銀河も生まれなかったはずです。

(6)「D」 次元のことです。我々の住む宇宙はもちろん4次元。
 理論的には、2次元宇宙も、5次元宇宙も存在可能です。しかし、そうした宇宙においては星や生命は存在可能なのか?それを我々が認知することは不可能かもしれません。
 UFOやオカルト現象はそうした別次元の存在によるものなのかもしれません。

 もちろん他にも、「電磁気力」や「強い力」などの値も現実と違っていれば宇宙はまったく違うものになっていたはずです。ただし、様々な数値が違っても、それなりにバランスのとれた宇宙が存在する可能性もありますが・・・。

<宇宙は無数にあるのか?>
 人間がいるから、今の宇宙の存在は認識されているのは確かです。だからこそ、「宇宙の法則」はそうなるべく決まっているように見えるが、そうでない宇宙もあるはず。こう考えると「宇宙の法則」ともいえる「究極の物理法則」は一つでなくてもよいことになります。別の次元に存在する宇宙には、もしかすると相対性理論が通用しない宇宙が存在する可能性も理論的にはありうるということです。
 しかし、多くの物理学者たちはそうは考えていないでしょう。宇宙の法則は「唯一絶対の法則」でなければならない。そう考えているはずです。たぶんアインシュタインなら、その理由として「それでは美しくないからだ」と答えるでしょう。
「あらゆる問に答えうる最良の答えは、簡潔であり、美しくなければならない」
 これこそが僕には真理に思えます。

 STAP細胞がIPS細胞よりも凄いといわれたのは、それまでの製造技術を一気に簡単にしてしまったことにあります。生物の構造のもつ複雑さは機械で再現するのが不可能なレベルです。しかし、そこから生まれる生命の反応や行動、肉体は、実にシンプルで美しいものです。(残念ながらSTAP細胞は夢に終わってしまいましたが・・・)
 生命の誕生がいかに多くの奇跡の上に可能になったのか?科学について知れば知るほど、そこに「神」の存在を感じるようにもなるでしょう。それに対して、「人間原理」に基づくと、「人間」がいるからこそ、この宇宙を認識できるのであって、「人間」はある意味「神」のような存在ということになります。なぜなら、すべての物理法則や星々の配置は「人間」が誕生するために選択された「人間のためのもの」と考えられるからです。
 それとも、あくまでも物理法則は「人間」がいてもいなくても唯一の存在で、たまたま我々人間はそこに生まれるための「奇跡的なチャンス」をもらっただけと考えるべきなのでしょうか?
「人間」のために今の宇宙は生まれたのか?
「人間」は今の宇宙で生きる奇跡的なチャンスを与えられただけなのか?
日本人的な感覚だと「人は、偶然生まれた宇宙に偶然生かされることになった観測者にすぎない」と考えられる気がしますが、あなたはいかがお考えですか?
 どちらにしても、我々人類は「奇跡」を生み出した多くの存在によって今ここに生かされていることだけは確かです。
 それらの様々な存在である、「両親」「神」「DNA」「日々の糧」「太陽の日差し」「海」・・・すべてに改めて感謝です。

「宇宙は無数にあるのか」 2013年
(著)佐藤勝彦 Katuhiko Sato
集英社新書

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