「NINE」 2009年

- ロブ・マーシャル、ダニエル・デイ・ルイスと七人の女神たち -

<映画とは奇跡の産物>
 この映画は20世紀のイタリアを代表する映画監督フェデリコ・フェリーニが1963年に製作した名作「8 1/2」が元になっています。それをミュージカルにリメイクした作品がブロードウェイで大ヒット。それを「シカゴ」でアカデミー賞を獲得したミュージカル映画の巨匠ロブ・マーシャルが映画化したのがこの作品です。

 この映画のオープニングで主人公のグイド・コンティーニ(もちろんフェリーニがモデルになっています)がこんなようなことをいいます。
「映画はフィルムに焼き付けられた瞬間、その命を失ってしまう。編集の後、完成した映画がごくごく稀にその命を取り戻すことがあるが、それはまさに奇跡といえる」
 どうやら彼はこの時点で、かなり追い込まれていたようです。製作スケジュールに追われる彼は、すでに奇跡に頼るしかない状況に追い込まれていたのです。こうして彼は自信を失ったままスタジオへと向かい、そこで幻想が生み出した7人の女神たちと出会うことになります。いよいよ世界の映画界を代表する豪華な女神たちの共演が始まります。なんとも豪華で美しい場面です!本物のエンターテイメントの始まりです。
 それでは、先ずは7人の女神たちをご紹介いたしましょう。

<マリオン・コティアール>
 マリオン・コティアールarion Cotillard は、グイドの妻ルイザを演じています。1975年9月30日パリ生まれのフランス人女優です。「エディット・ピアフ- 愛の讃歌 -」での体当たり演技でフランス語で演じたにも関らずアカデミー主演女優賞を獲得。一躍世界的な実力派女優の仲間入りを果たしました。
 1998年の「TAXI」での小悪魔的なカワイ子ちゃん役も十分に魅力的だったのですが、この映画では往年のオードリー・ヘップバーンのような清楚な役柄を演じ、大女優としての貫禄を感じさせる演技を披露しています。印象深いのは、ダンス・シーンでの下着姿よりも、この役柄にピッタリの露出の少ないシンプルな黒のワンピースです。これがまた素敵です。
 彼女が演じているルイザの役は、この映画のオリジナル「8 1/2」では、彼女と同じフランス人女優アヌーク・エーメが演じていました。「男と女」で有名な60年代を代表する清楚で知的な女優の美しさは、マリオンより正直上だと思いますが、フランス人の彼女にぴったりの役どころだったのは確かです。
(ちなみに、彼女の顔、特にあごと鼻のあたりが綾瀬はるかに似ていませんか?)

<ペネロペ・クルス>
 ペネロペ・クルス Penelope Cruz は、この映画でグイドの不倫相手の人妻カルラを演じ、アカデミー助演女優賞にノミネートされました。1974年4月28日スペインのマドリードで生まれた彼女を有名にしたのは、スペインが生んだ偉大な監督ペドロ・アルモドバルの作品でしょう。名作「オール・アバウト・マイ・マザー」(1999年)は特に有名ですが、「ボルベール(帰郷)」(2006年)では、スペイン人女優として初めて彼女はアカデミー主演女優賞にノミネートされ、ウディ・アレンの「それでも恋するバルセロナ」(2008年)では見事アカデミー助演女優賞を受賞しています。
 彼女が演じたカルラの役は、「8 1/2」では当時イタリアを代表するグラマー女優だったサンドラ・ミーロが演じていました。フェリーニのグラマー好きは有名でしたから、ヨーロッパを代表するセクシー女優ペネロペ・クルスの起用は当然でしょう。最近の映画界には、かつてのようにちょっと頭は弱いけど身体で勝負という役柄が少ないため、グラマー女優は過去の存在になった感があります。フェリーニはそんなグラマーな女優が大好きだったのですが・・・。(その代表は、なんといってもフェリーニのもうひとつの代表作「甘い生活」でも有名なアニタ・エクバーグでしょう!)

<ファーギー>
 歌にダンスに美しい衣装に豪華なステージ・・・エンターテイメントの要素は数々ありますが、かつてはグラマー女優もまたその大切な要素のひとつでした。そんなわけで、この映画でも重要な役目を担っていたのが、9歳の時のグイドが憧れていた故郷の町の娼婦サラギーナを演じているグラマーなアーティスト、ファーギーです。
 ブラック・アイド・ピーズのヴォーカリストとして知られるファーギー Fergie ことステイシー・ファーガソンは、1975年3月27日カリフォルニア生まれのアメリカ人です。彼女は、フェリーニが大好きだったグラマーな女性サラギーナを演じるため、6キロ体重を増やして撮影にのぞんだそうです。
 グイドは大人になってからも、憧れだった彼女のイメージに取り付かれていて、不倫相手のカルラにも彼女と同じホクロとメイクをほどこしています。(ペンションでのベッド・シーン)フェリーニ的には、もっともっと豊かなボディーを求めていたかもしれませんが、ダンスを見せ場とするこの映画にオペラ歌手を出すわけにもゆきません。そんなわけで、ファーギーの役割は最もフェリーニ的で最も強烈かつ重要な役どころだったといえます。フェリーニも彼女のお尻なら敷かれてみたかったかもしれません。
(ちなみに、口の上にホクロをつけた彼女の迫力ある顔は、ちあきなおみに似ている気がしませんか?)

<ニコール・キッドマン
 出番は少ないもののスター女優としての輝きで、この映画に華やかさをもたらしてしるのが、グイドの新作映画の主演女優クラウディア・ジェンセンを演じているニコール・キッドマン Nicole Kidman です。彼女は、1967年6月20日オーストラリア人の両親のもとでハワイに生まれています。すでに「ムーラン・ルージュ」(2001年)でミュージカル映画を経験済みの彼女にとって、この映画は出番が少なく物足りなかったかもしれません。(元々出演依頼を受けていたキャサリン・ゼタ=ジョーンズは、役が小さすぎると出演を断ったとか・・・)
 彼女が演じたクラウディア役は、「8 1/2」ではイタリアを代表する人気女優C・Cことクラウディア・カルディナーレでした。当時、彼女はB・Bことブリジット・バルドー、M・Mことマリリン・モンローとならぶ3大セクシー女優として一世を風靡していました。

<ケイト・ハドソン>
 ただ一人この映画オリジナルの存在として生み出された役、アメリカン・ヴォーグの記者ステファニーを演じているのは、ケイト・ハドソン Kate Hudson です。1979年4月19日ロサンゼルス生まれの彼女は、「あの頃ペニーレインと」(2000年)でアカデミー助演女優賞にノミネートされ一躍有名になった若手女優です。イタリア一色だったミュージカル版にハリウッド映画としてはアメリカ的な要素を加えたかったのでしょう。そのためにステファニーという新たな登場人物が創造され、この映画の中でも最もポップで楽しい場面が誕生しました。そのために新たに書きおこされた「シネマ・イタリアーノ」は、この映画のエンターテイメント性の象徴です。

<ジュディ・デンチ>
 グイドを陰で支える衣装デザイナーのリリーを演じるのは、イギリスのベテラン女優ジュディ・デンチ Judi Dench です。彼女は1934年12月9日イングランドのヨークで生まれ、1957年に「ハムレット」のオフィーリア役でデビュー。筋金入りのシェークスピア女優といえます。舞台を中心に活動していたこともあり、映画女優としての活躍は遅かったといえます。1980年代から映画界での活躍を開始。007シリーズでのM役で有名になり、アカデミー賞にもたびたびノミネートされ、1998年の「恋におちたシェークスピア」でのエリザベス一世役で見事アカデミー助演女優賞を獲得。
 脚本も人物設定も何もないのに衣装を作り上げてしまう凄腕デザイナー。映画における衣装の役割の大切さが伺われる彼女の役どころは、イタリア映画の場合ならではかもしれません。パンツ・スーツにメジャーを首に巻いた彼女が煙草をくわえた姿は、ゲイの有名男性デザイナーに対するココ・シャネルのようにマニッシュ(男性的)な女性デザイナーのイメージを見事に体現しています。7人の女優たちの中でも最もカッコイイ役どころです。

<ソフィア・ローレン>
 出番も少なく幻の中、回想の中にしか登場しないにも関らずグイドにとって間違いなく最も重要な女性グイドの母親を演じているのはイタリアが生んだ大スター、ソフィア・ローレン Sophia Loren です。彼女はイタリアが生んだ巨匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督の「ふたりの女」で、1961年に外国語映画における演技でアカデミー主演女優賞をイタリア人として初めて獲得。イタリアが生んだ最も有名な女優といえます。(偶然ですが、この年にイタリア映画として初めてアカデミー監督賞、脚本賞にノミネートされたのがフェリーニの「甘い生活」でした)
 1934年9月20日イタリアのローマで生まれた彼女は、ジュディ・デンチよりもちょっとだけ年上。しかし、その美しさと肌の張りは、ちょっと怖いぐらいです。美容整形にかけた金額は、今は亡きマイケル・ジャクソンといい勝負かもしれません。
(ちなみに、彼女の顔、特にあごの当たりと口のあたりは、フィギュア・スケートの安藤美姫選手にそっくりだと思うのですが・・・)

<ダニエル・デイ・ルイス>
 スペイン、イタリア、アメリカ、イギリス、オーストラリア、フランスから、この映画のために集結した7人の映画の女神たち。これだけの顔ぶれを、たった一人で相手にできる男性俳優は、今の映画界にそうはいないでしょう。当初は、ハビエル・バルデムも候補にあがっていたそうですが、ちょっそ顔が濃すぎて誰にでも愛される雰囲気ではない気がします。アントニオ・バンデラスでは若すぎるし、ショーン・ペン、ブラッド・ピット、マット・デイモンも若すぎます。かといって、ロバート・デ・ニーロ、ジャック・ニコルソン、アル・パチーノ、ハーベイ・カイテルではオジサンすぎます。トム・ハンクス、ティム・ロビンス、ラッセル・クロウらの名優の場合は真面目すぎる感じがしてセクシーさにかけます。色気があって、知性もあって、何より大女優たちと並んでも見劣りしない貫禄とカリスマ性の持ち主となれば、やっぱりダニエル・デイ・ルイスしかいなかったのではないでしょうか?(主人公の50歳ぐらいという年齢にもぴったりです)
 確かに歌の経験がないために、彼が歌う場面はいまひとつかもしれません。しかし、彼の役目はあくまでも女神たちの歌を聴き、ダンスを見つめることです。その姿が誰よりもセクシーであり、セリフを語らなくとも、苦悩を表現できる存在感をもっていればいいのです。
(ちなみに、彼は2002年の「ギャング・オブ・ニューヨーク」に出演するまで、しばらく映画界を離れていました。イタリアで靴職人の修行をしていたという嘘の様な本当の話があります。イタリアが好きで、ファッションが好きで、職人が好きなイギリス人。彼ほど「マエストロ」という呼び方が似合う俳優もいないでしょう)

<ロブ・マーシャル>
 この映画の監督ロブ・マーシャル Rob Marshall は、1960年10月17日ウィスコンシン州のマディソンに生まれています。振付師として「蜘蛛女のキス」を担当し、ブロードウェイ・デビュー。長くブロードウェイで活躍後、2002年に映画を初監督。それがいきなり作品賞など6部門のアカデミー賞に輝いた「シカゴ」でした。多くの人が、それまで彼の名を知らなかったのも当然、「シカゴ」は彼の初監督作品だったのですから。
 振付師から映画界に進出し成功した監督としてはボブ・フォッシーがいます。ミュージカル映画だけでなく「レニー・ブルース」のようなドキュメンタリー・タッチの実録映画の傑作も生み出した天才監督です。彼の代表作「オール・ザット・ジャズ」は、演出家としての自分の生みの苦しみを描いた自伝的要素の強い作品で、「NINE」との共通性を強く感じます。もしかすると、彼もまたそのうちミュージカル映画ではない映画を撮るのではないでしょうか。

<フェリーニの映画>
 この映画で主人公グイドは脚本がないまま製作準備を進めていますが、「そんなわけないでしょ!」そう思った方も多いのではないでしょうか。しかし、この映画のオリジナル「8 1/2」を撮ったフェデリコ・フェリーニは、実際、それに近いやり方で映画を製作していました。彼の作品のほとんどに共通する特徴、それは全体を通したストーリーが存在せず、短いエピソードを積み上げることで映画を構成しているということです。それぞれの短編を撮るため、俳優の個性やその日の天候、撮影場所の雰囲気、さらには監督の気分によって、その場でセリフやストーリーを完成させてゆくというやり方を彼は用いていました。だからこそ、彼には毎回「奇跡」が必要だったのです。実際、それが起きたのですが・・・。
 もともと彼はロベルト・ロッセリーニ監督の歴史的名作「無防備都市」(1945年)や「戦火のかなた」(1946年)などの作品で脚本を担当、やはりエピソードを積み上げるタイプの映画つくりには慣れていたといえます。そして、こうした手法はその後「ヌーヴェルバーグ」や「ニューシネマ」の傑作たちへと受け継がれることになります。

「私が『81/2』で映画監督としての自画像を描いてみせたのは、ひとつには私自身、監督として余りにも多くのコンプレックスをもっていたからにほかならない。ある時期に、私は決して、監督にはむいていないとさえ思いこんでいた。私は十分なる権威をもって、自分の見解をスタッフたちに課するには、余りに臆病であった。それともう一つ妙なることを言うが、私はもともと女に弱いタチで、現場で女優さんたちに囲まれていると、すっかりその色気に魅せられてしまい、精神がマヒし、とても監督としての理性をもって女優さんを動かしたりする自信がなくなってしまう気がしたのだ」
フェデリコ・フェリーニ

<最後に>
 映画のオープニングも豪華でしたが、フィナーレはそれ以上に豪華絢爛です。久しぶりに背筋がゾクゾクきちゃいました。華麗な舞台のショーを見終わった後、俳優たちがスタンディング・オベーションに答えるように舞台に現れます。そんなエンターテイメントならではのエンディングに思わず拍手したくなるはずです。これはなんとしても映画館で見て欲しい映画です!

 この映画は、カッコいい女性たちが主人公だった「シカゴ」に比べると女性客向けの作品ではないかもしれません。
「何で、あんなダメ男にもてあそばれなきゃいけないわけ?」
 女性の方の中にはそんな違和感を覚えた方も多いのではないでしょうか?
 もしかするとこの映画は、1960年代のイタリアだから、「有り」なお話なのかもしれません。とはいえ、ストレートな嗜好の持ち主である僕としては、7人の女神たちの魅力にすっかり惚れちゃいました。たまには、アクションでも、犯罪ものでも、スポ根ものでもない男性向けのエンターテイメント映画があってもいいじゃないですか! 

「NINE」 2009年
(監)ロブ・マーシャル
(製)ハーヴェイ・ワインシュタイン
(脚)アンソニー・ミンゲラ
(撮)ディオン・ビーブ
(音)モーリー・イェストン(この映画のもとになったブロードウェイ・ミュージカルの作者)
(出)ダニエル・デイ・ルイス、マリオン・コティアール、ペネロペ・クルス、ファーギー、ニコール・キッドマン、ジュディ・デンチ、ソフィア・ローレン、ケイト・ハドソン

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