実録「英国女性参政権運動」 |
<女性たちの闘い>
20世紀に入るまで、世界中の女性たちには政治に参加する権利は与えられていませんでした。唯一、ニュージーランドは1893年に女性に参政権が与えられていましたが、それは国ができたばかりだったことと、それ以上に女性人口が少なく貴重な存在として重要視されていたおかげです。
そんなニュージーランドの母国、英国は「レディ・ファースト」の国として有名ですが、実際には身分制度と同様、女性への差別はしっかりと残っていたようです。それでも20世紀初めの英国では工業化が進んだことで、女性労働者が急増。外へと出始めた女性たちの意識は少しずつ変わろうとしていました。
そんな中、カリスマ的な指導者エメリン・パンクハーストの登場により、英国の女性参政権運動は急速に盛り上がりを見せつつありました。
<活動家となった女性>
この映画は、その英国における参政権運動にちょっとした偶然から深くかかわることになった女性と彼女の周囲の人々を描いた歴史ドラマです。普通の主婦であり母親だった無学な女性が、少しずつ成長して行く人間ドラマでもあります。
主役のモードを演じているのは英国の女優キャリー・マリガン。10代で名作「プライドと偏見」に出演。その後、清純派ではなく悩み多き女性専門に多くの名作に出演し続けてきました。舞台劇にも出演し、ハリウッドとは距離を置き、英国中心に活動を続けています。
カズオ・イシグロ原作のSF映画「わたしを離さないで」では臓器移植のために生み出されたクローン人間を演じ、自分たちの存在意義について思い悩み、「SHAME」では、精神を病んだ主人公の危ない妹を演じ、「マッドバウンド 哀しき友情」でも生きるのが精一杯の貧しい農家の主婦を演じています。今や英国を代表する名女優となりました。子供っぽい顔つきのせいか、役どころのせいか、アメリカの名女優サリー・フィールドを僕は思い出してしまいます。彼女もまた働く女性、闘う女性を演じた数々の名作を残しています。
<あらすじ>
ごく普通の子育て中の主婦モードは、夫と共に同じ洗濯工場で働いていました。ある日、彼女は女性の労働環境について行われた公聴会を傍聴しに行き、証言するはずだった仲間の代わりに急遽自分のことを語ることになります。正直な気持ちを語った彼女の生の声は、議員たちに通じたように思え、彼女はやりがいを感じます。
ところが、そのことが職場で知られてしまったために、彼女の生活が崩れ始めます。彼女は職場からも、家からも追い出され、子供も養子に出されてしまいました。当時は子供の養育権が妻になかったので、それを止めることはできませんでした。すべてを失った彼女に残されたのは、女性のための権利を勝ち取ろうと闘う仲間たちだけでした。
そんな中、夫に尽くすだけの気弱な女性にすぎなかった彼女は、いつしか自ら考えて行動する自立した女性になっていました。彼女たちの運動を取り締まるアーサー警部(ブレンダン・グリーソン)は、彼女をスパイに仕立てようと脅しますが、成長した彼女はそんな彼の誘惑をはねつけてしまいます。
しかし、彼女たちの運動への締め付けは、運動の活発化によりさらに厳しくなります。運動の中心だったパンクハースト夫人(メリル・ストリープが貫禄の演技!)も逮捕されてしまい、いよいよ彼女たちに打つ手は無くなってしまいます。残された組織を引っ張る薬剤師のイーディス(魔女役ではない久々のヘレナ・ボナム・カーター)も心臓の病に脱落。残されたわずかなメンバーは、最終手段となる国王への直訴を思い立ち、ダービーの会場へと向かいます。そして、1913年6月4日ジョージ5世の前で悲劇が起きました。
<テロと抗議活動の境目>
長い間、平和的なデモなどの運動だけで闘ってきた女性たちでしたが、パンクハースト夫人の登場以後、活動はより過激さを増し、郵便ポストの爆破など、爆発物を使った現在なら間違いなく「テロ」扱いされる運動を行い始めていました。
しかし、警察官が平気で女性を殴ったり蹴ったりする中で、彼女たちの行動を単に現在の視点で「テロ」と断罪するのはどうかと思います。ナチスドイツの占領に対しレジスタンスの活動家たちが行った戦闘作戦を思えば、まだまだ平和でのどかな行為ではないでしょうか?それでもなお、彼女たちはそれ以上の運動展開が困難になり、ついにはエミリー・デイビソンが選んだ命がけの作戦に向かわざるを得なかったのです。
<今改めて民主主義を問う>
トランプ大統領の誕生以降、今再び民主主義とは何かが問われる時代になりつつあります。「歴史」を知ることの意義は、民主主義とは何かをその成立の時期にまでさかのぼって再評価できることにあります。なぜ、どうやって民主主義は生まれたのか、そしてそれをより多くの人、人種、性別の人々が享受できるようになったのか?そのことを知ることで、もう一度未来を選択し直すことが可能になるはずです。今や時代をそのことに気づき始めています。だからこそんな民主主義の原点を知ることができる歴史映画が作られているのです。
<「映画」という歴史の証言者>
「映画」によるこうした様々な活動の再現は、我々にそうした大切な歴史をわかりやすく、強烈に教えてくれます。
この映画のように女性たちの闘いの記録は、この映画の時代以後、様々な分野、様々な土地で展開されてきました。
「ビリーブ 未来への大逆転」は、アメリカの最高裁判事となった女性ルース・ギンズバーグの伝記映画です。
「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」は、英国議会の中で少数派だった女性政治家が権力の頂点に上り詰める闘いを描いています。
「スキャンダル」は、アメリカの放送界で女性に対して行われてきたセクシャル・ハラスメントを暴露した女性たちの戦いの記録。
「ミルク」は、同性愛者であることをカミングアウトして初めて議員に当選したハーヴェイ・ミルクの伝記映画。
「マーシャ・P・ジョンソンの生と死」は、LGBTの人々のための権利を守り、命を守る施設を作った人物の記録映画。
労働者たちがいかにして自分たちの権利を獲得してきたか?
「マルクス・エンゲルス」は、その思想「共産主義」の原点を生み出した人物の伝記映画。
「ピータールー マンチェスターの悲劇」は、労働運動が大きなうねりとなった時期に起きた悲劇を描き、事件を伝える新聞の誕生を記録した映画。
民主主義のために闘った人々の映画としては、
「ザ・レポート」は、CIAによる違法な捕虜への虐待を調査した調査官の孤独な闘いを描いた映画。
「シカゴ7裁判」は、暴動を扇動したとして逮捕された7人の民主主義運動活動家の法廷闘争を描いた映画。
「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」は、赤狩りによって仕事を奪われながら国と戦い続けた男の伝記映画。
「スノーデン」は、アメリカ政府による違法行為を暴露するため大量の情報漏洩を行った人物の映画。
その他にも、新聞記者やマスコミによる権力との闘いを描いた作品は、「スポットライト 世紀のスクープ」、「ニュースの真相」、「記者たち」などがあります。
アメリカにおける人種差別と闘った人々の歴史を描いた作品は、もちろん数多くあります。
黒人解放運動の歴史へ(映画、人物伝)
<エメリン・パンクハースト>
エメリン・パンクハースト Emmeline Pankhurstは、1858年7月14日にマンチェスターで生まれました。実業家の父親と女性運動家の母親の元で育った彼女は、女性参政権運動の中心人物として活躍するようになります。彼女の運動を支持する弁護士の夫が亡き後も、活動を続けしだいに活動を過激化させたため、運動は分裂を余儀なくされます。それでも彼女の娘たちも母親の意志を継いで活動を継続し、1928年6月14日にこの世を去っています。ちょうどこの年に英国では男女平等による初の選挙が実現しました。彼女の闘いは決して無駄ではなかったのです。
映画のラスト、彼女が残した作品「夢」の中の文章が感動的です。
自由の地を求めさまよう女がいた。
その地への行き方は?
”理性”という老人は答える
”あそこへはただ一本の道しかない”
”勤労の川岸へ下り苦難の川を渡ること 他に道はない”
身にまとうすべての物を捨て去った女は泣き叫んだ。
”なぜ私が人跡未踏の地へ行くのですか”
”私は一人きり本当に一人なのです”
すると””理性”は女性に言った。
”静かに、何が聞こえる”
女は答えた。
”足音が聞こえる”
”何百、何千、何万という、こちらへ向かう足音が”
”お前のあとを継ぐ者の足音だ”
”先導せよ”
エメリン・パンクハースト著「夢」より
日本で女性が選挙権を獲得したのはいつか?
日本の女性たちも選挙権を得るために戦うことになりましたが、男尊女卑の考えが欧米以上に厳しい日本ではうまく行きませんでした。
第二次世界大戦で米軍による占領下で初めて女性の参政権が認められ、日本憲法によって正式に認められることになりました。
婚姻に関する男女の平等もこの憲法で初めて認められています。
「未来を花束にして Saffragette」 2016年
(監)サラ・ガヴロン Sarah Gavron (イギリス)
(製)アリソン・オーウェン、フェイ・ウォード
(製総)キャメロン・マクラッケン、テッサ・ロス、ローズ・ガーネット他
(脚)アビ・モーガン
(撮)エドゥ・グラウ
(PD)アリス・ノーミントン
(衣)ジェーン・ペトリ
(編)バーニー・ピリング
(音)アレクサンドル・デスプラ
(出)キャリー・マリガン、ヘレナ・ボナム・カーター、ブレンダン・グリースン、メリル・ストリープ、アンヌ=マリー・ダフ、ベン・ウィショー、ロモーラ・ガイ、エイドリアン・シラー、ナタリー・プレス