親子・夫婦の心の痛みを問い続ける異才


「マリッジ・ストーリー Marriage Story」ほか

ノア・バームバック Noah Baumbach


<ノア・バームバック>
 ネットフリックスで初めてノア・バームバック監督の「マリッジ・ストーリー」をみて感動。この監督の作品は今まで全然見ていなかったので、あわてて過去作品3作を見ました。そもそもこの監督の作品は前作の「マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)」(2017年)もネットフリックス独占作品だったので、見ていない映画ファンが多いはずです。
 ということで、ここでは「マリッジ・ストーリー」とノア・バームバック監督の過去作品との深い関りを順を追って見てみようと思います。先ずは、ノア・バームバックの簡単な生い立ちと仕事から始めたいと思います。

 ノア・バームバック Noah Baumbach は、1969年9月3日ニューヨーク、ブルックリン生まれ。生粋のニューヨーカーです。父親のジョナサン・バームバックは作家で、母親のジョージア・ブラウンは映画評論家という芸術家ファミリーの一員ですが、両親は彼が子供の頃に離婚してしまいます。自ら脚本・監督を務める彼の仕事は、両親の才能を受け継いでいると言えますが、彼がこだわり続けることになる心の痛みもまた彼が両親から受けたものでした。
 ヴァッサー大学を卒業した彼は、24歳でデビュー作となる「彼女と僕のいた場所」の脚本を書き、翌年にはそれを映画化します。彼の才能はすぐに注目を集め、2004年にはウェス・アンダーソンの「ライフ・アクアティック」で共同脚本を担当。2005年、ウェス・アンダーソンの製作協力を得て撮った「イカとクジラ」では、全米批評家協会、NY批評家協会、LA批評家協会の脚本賞を受賞します。
 2007年「マーゴット・ウェディング」は、2005年に結婚した妻のジェニファー・ジェイソン・リーとニコール・キッドマン主演に迎えた女性主人公の作品。
 2010年「ベン・スティラー 人生は最悪だ!」は、コメディ俳優ベン・スティラー主演のドタバタ・コメディかと思ったら、実はシリアスな人生ドラマ。
 2012年「フランシス・ハ」の主演グレタ・ガーウィグは、この後、「20センチュリー・ウーマン」に出演した後、「レディ・バード」を監督します。
 2014年「ヤング・アダルト・ニューヨーク」は、ベン・スティラー、アダム・ドライバー、ナオミ・ワッツによる夫婦コメディ。舞台はこれもNY!
 2015年「デ・パルマ」は、サスペンス映画の巨匠ブライアン・デ・パルマの作品を分析したドキュメンタリーで大変勉強になります!映画ファン必見です。青春ドラマか家族のドラマを描いている彼の作品の裏には、デ・パルマ作品の研究から得た編集や音楽、カットのテクニックが密かに使用されているわけです。
 2017年「マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)」は、カンヌ国際映画祭にネットフリックス作品として初めてノミネートされ話題となった歴史的な作品です。

<離婚の痛みからの脱却>
「マリッジ・ストーリー Marriage Story」 2019年
(監)(製)(脚)ノア・バームバック
(製)デヴィッド・ハイマン
(撮)ロビー・ライアン
(PD)ジェイド・ヒーリー
(音)ランディ・ニューマン
(出)アダム・ドライバー、スカーレット・ヨハンソン、ローラ・ダーン、アラン・アルダ、レイ・リオッタ、ジュリー・ハガティ、マーク・オブライエン

 この作品は、監督のノア・バームバックと2005年から2013年まで夫婦だった女優のジェニファー・ジェイソン・リーの離婚体験を元に作られているようです。東海岸(ニューヨーク)を舞台に作品を撮り続けている脚本家・映画監督である自分自身とハリウッドで活躍する女優(姉さん女房)のすれ違いを元にしていて、主人公夫婦に男の子が一人いるという設定も同じです。
 この映画を見ると多くの方は、家族構成だけでなくその離婚訴訟のくだりから映画「クレイマー・クレイマー」を思い出す方も多いのではないでしょうか。ダスティン・ホフマンが離婚と子育てに苦闘する姿を描いた名作ともこの映画は設定が似ています。ただし、1979年製作の「クレイマー・クレイマー」と2019年製作の「マリッジ・ストーリー」には大きな違いがあります。それは離婚する夫婦の扱い方のバランスの問題です。1979年の「クレイマー・クレイマー」の主役はあくまでのダスティン・ホフマンで、相手役のメリル・ストリープはどちらかといえば敵役・悪役的な扱いでした。それに対して、「マリッジ・ストーリー」は主人公夫妻アダム・ドライバーとスカーレット・ヨハンソンの関係が平等に描かれています。それに離婚訴訟には、離婚専門の女性弁護士が登場し、妻の側の強力な援軍として活躍します。1979年にはまだ存在しなかったであろう離婚請負人の登場は、時代の変化を感じさせます。
 ただし、その反面、アメリカにおける離婚訴訟は巨大なビジネスとして成立することになり、依頼者はそのために大きな金銭的負担を余儀なくされることになりました。実際、ノア・バームバックの訴訟で妻の側について女性弁護士はセレブの離婚訴訟専門の有名弁護士でブラッド・ピットの離婚など、多くの離婚訴訟を手がけた彼女の相談料は1時間9万円ぐらいとのこと。そのために、一度離婚が法的な争いになると、そこには巨額な費用が必要となり、お互いが経済的精神的にボロボロになるまで泥沼化しなければ終わらない仕組みになっています。この作品は、そうしたアメリカの離婚ビジネスのシステムに巻き込まれたことで、愛し合っていたはずの夫婦が引き裂かれて行く理不尽な過程と、そうならないように踏みとどまろうと闘う姿を描いた作品だとも言えます。(この映画の撮影には、実際に監督の敵側で闘った女性弁護士の事務所が使用されています。こだわってますね)
 主役のアダム・ドライバーは、心優しい夫でありながらそんな非人間的な離婚訴訟に巻き込まれてしまい、いつしか妻を憎むように追い込まれて行きます。もちろん、彼のキャラクターはそんなダークサイドの「カイロ・レン」的人間ではなく、「パターソン」の詩人のバス運転手が似合う「心優しき人物」なのでギリギリ、ダークサイドに落ちずにすみます。そんな心の揺れを見事に演じているアダム・ドライバーは見事ですし、対等な立場で描かれ葛藤に苦しむスカーレット・ヨハンソンの演技もいつになく可愛げがあって素敵です。強い女性のキャラクターが多い彼女にとっては、繊細で悩み多いリアルな女性像は演じごたえがある役だったはずです。
 憎み合っていないのに、非人間的なシステムによっていつしか憎み合うようになってしまう夫婦の関係・・・これは結婚して子育てをして、それなりにがんばってきた方なら誰でも理解できるはずです。それに、例え離婚することになったとしても、二人の間には、愛する子供がいて、それぞれの人生は続いてゆくことになります。
 この作品の素敵なところは、二人の別れは「不幸」な事実ですが、二人のそれからの人生はけっして「不幸」にはならないはず、そう思わせてくれるところです。
 でもこの作品がなぜ、そんなラストになったのか?その理由は彼の過去の作品を見て理解できる気がしました。
 ということで、彼の過去の作品を振り返ってみようと思います。

<青春の痛みからの脱却>
「彼女と僕のいた場所 Kicking and Screaming」 1995年
(監)(脚)ノア・バームバック
(製)ジョエル・キャッスルバーグ
(製総)キャロル・バウム、マーク・アミン、サンディ・ガリン
(原案)オリヴァー・バークマン
(撮)スティーヴン・バーンスタイン
(音)フィル・マーシャル
(出)エリック・ストルツ、オリヴィア・ダボ、ジョシュ・ハミルトン、サム・グールド、キャサリン・ケルナー、ジョナサン・ボーンバッハ
 2019年の「マリッジ・ストーリー」は、様々なエピソードをあえてパッチワークのようにつなぎ合わせて作られた作品になっています。カットのつなぎは、不自然なほどぷっつりと切られています。それは彼が、編集の魔術師ブライアン・デ・パルマから学んだのかもしれません。リアリズムにこだわる作品にも関わらず、そこだけが実に変わっているのです。その片鱗は長編第1作のこの作品から表れていました。
 4人の大学の同級生の大人になりきれない痛い青春を描いたこのデビュー作では、卒業式のシーンの後、そこまでの期間を過去にさかのぼり順番に回想してゆきます。しかし、その間に彼女と僕が出会いつき合うにいたるまでのエピソードが挿入されています。そもそも過去の記憶は時系列に関係なく思い出されるもの。そう考えると、人の頭の中に流れる映像は、こんな感じかもしれません。
 この作品の編集の仕方は、2010年のリアリズム離婚映画の傑作「ブルー・バレンタイン」でデレク・フランシアンス監督によっても使われています。そこでは、主人公夫妻が出会い、愛し合うようになるまでの記憶を、今まさに離婚危機にある二人の傷つけあう姿と交互に見せる手法がとられています。それはこの作品の進化系かもしれません。現実の悲惨さにより観客のテンションが高くなってしまったところに、過去のほっとする映像を挿入。これで一度安心させておいて、再び現実へ。こうして最後までテンションを切らすことなく見続けさせる・・・という作戦です。

 大人になれずにダラダラと暮らす学生たちの生活にイライラする映画ですが、これもまた過去の幸福な映像で救われています。彼の作品の特徴はこの作品ですでに表れていたと言えます。ただし、この作品のようなこれ見よがしに現在と過去を行き来する作戦は、所詮小手先の技だったのかもしれません。その証拠に、新作の「マリッジ・ストーリー」ではそうした作戦を用いず、奇をてらうことなく正攻法で観客の心を捕まえることに成功しているのですから。

<両親の離婚のトラウマからの脱却>
「イカとクジラ The Squid and The Whale」 2005年
(監)(脚)ノア・バームバック
(製)ウェス・アンダーソン、ピーター・ニューマン他
(撮)ロバート・イェーマン
(PD)アン・ロス
(音)ブリッタ・フィリップス、ディーン・ウェアハム
(出)ジェフ・ダニエルズ、ローラ・ニーリー、ジェシー・アイゼンバーグ、オーウェン・クライン、オーウェン・クライン、アンナ・パキン 

 この作品は、ノア・バームバックが36歳の時の作品です。この年、彼は7歳年上の女優ジェニファー・ジェイソン・リーと結婚。二人の間にはその後、男の子がひとり生まれることになります。ということは、この作品で描かれている離婚は、彼の両親の離婚がモデルになっているのでしょう。だからこそ、この作品の主人公は離婚する両親の間で苦悩する長男の視点から語られているのです。父親役のジェフ・ダニエルズは「101」の101匹ワンちゃんのお父さんや「サムシング・ワイルド」で人生を狂わされるサラリーマンなど、真面目で良い人専門の俳優です。それが、この作品では偏屈でわからずやのダメ男を演じています。(髭を生やしているのは、ダメ男っぽく見せるため?)ナオミ・ワッツもまた浮気をする感じの女性には見えません。いい人のはずなのに「離婚」が二人をダメな人間にしてしまったのかもしれません。
 両親のどちらかが悪いわけではないと思いながら、その答えを求め続けたノア・バームバックはこの作品を撮ることで子供時代のトラウマから逃れることはできたのでしょうか?

<親友、そして青春との別れと和解>
「フランシス・ハ Frances Ha」 2012年
(監)(製)(脚)ノア・バームバック
(製)スコット・ルーディン、リラ・ヤコブ、ホドリゴ・テイシェイラ
(製総)フェルナンド・ロウレイロ、ロレンソ・サンターナ
(脚)グレタ・ガーウィグ
(撮)サム・レヴィ
(PD)サム・リセンコ
(音監)ジョージ・ドレイコリアス
(出)グレタ・ガーウィグ、ミッキー・サムナー、アダム・ドライヴァー、マイケル・ゼゲン、グレイス・ガマー

 ダンサーを目指しながら成功しないまま青春を終えつつあるフランシスと同居する親友のソフィー。
 うまく行かない人生にウンザリした彼女は一人でパリに行きますが・・・。
 恋人と日本に旅立ったソフィー、置いて行かれ仕事もないフランシス。
 それでもダンサーでいたい彼女は、次なる人生に向けて選択を迫られます。
 主演のグレタ・ガーウィグは脚本も書いていて、その後、大好きな映画「20センチュリーウーマン」に出演後。女性青春映画の名作「レディ・バード」を監督後、次に監督・脚本を担当した「ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語」(2019年)ではいよいよアカデミー作品賞の候補になっています!
 曲名を調べるとフランスの映画音楽の巨匠ジョルジュ・ドルリューへのオマージュ作品のようにもなっていました。

曲名  演奏  作曲  コメント 
「カミーユのテーマ Theme De Camille」  ジョルジュ・ドルリュー
Georges Delerue
←  ジャン=リュック・ゴダール監督
軽蔑」(1963年)より 
「Chrome Sitar」  T・レックス
T.Rex 
Marc Bolan  アルバム「Futuristic Dragon」(1976年)より
「Ann Buchanan Theme」  ディーン&ブリッタ
Dean & Britta
Britta Phillips
Dean Wareham
NY出身のギター・ポップ・デュオ
この映画にも出演しています!
「Stanislas Et Camille」  Georges Delerue  フランソワ・トリュフォー監督
「私のように美しい娘」(1972年)より
「La Pol Ka Pavane」  Georges Delerue  フィリップ・ド・ブロカ監督
「まぼろしの市街戦」(1966年)より 
「Blue Sway」  ポール・マッカートニー
Paul McCartney
1979年録音ながらお蔵入り
2011年に「マッカートニーⅡ」収録 
「Modern Love」  デヴィッド・ボウィ
David Bowie
全米14位
アルバム「レッツ・ダンス」(1983年)収録
「Axis」  ジャン・ジャンルノー
Joan Jeanrenaud
アメリカのチェロ奏者によるチェロ曲
アルバム「Strange Toys」(2008年)収録
「Million Dollar Doll」  Dean & Britta  Britta Phillips
Dean Wareham 
 
「La Valse Tordue」  Georges Delerue  フィリップ・ド・ブロカ監督
「まぼろしの市街戦」(1966年)より 
「Divertimento De La Sonate A Due」  モーリス・ジュベール
Maurice Jaubert
フランソワ・トリュフォー監督
「トリュフォーの思春期」(1976年)より
「Les Bicyclettes」  Georges Delerue  フィリップ・ド・ブロカ監督
「まぼろしの市街戦」(1966年)より 
「Le Repos」  Georges Delerue  フィリップ・ド・ブロカ監督
「まぼろしの市街戦」(1966年)より  
「Every1's A Winner」  ホット・チョコレート
Hot Chocolate
Errol Brown
Glenstor Ainsworth
英国出身のファンクバンド
1978年同名アルバムからのシングル 
「Mrs. Butter's Lament」  ハリー・ニルソン
Harry Nilsson
Harry Nilsson
Bob Segarini
アメリカのシンガーソングライター(1967年)
ニルソンがデビュー当時に録音した曲 
「弦楽四重奏曲第14番」K387  モーツァルト
Wolfgang Amadeus Mozart
 
「二つのヴァイオリンのための協奏曲」
ニ短調BWV1043 
  J・S・バッハ
J.S.Bach
 
「ヴァイオリン協奏曲第二番」
ホ長調BWV1042 
  J・S・バッハ
J.S.Bach 
 
「Negresco's Waltz」  Georges Delerue  ←  ジュールス・ダッシン監督
「夜明けの約束」(1970年)より 
「Theme De La Joie De Vivre」  Georges Delerue フィリップ・ド・ブロカ監督
「まぼろしの市街戦」(1966年)より  
「Falling Off A Horse」  Felix Laband 南アフリカ出身の電子音楽のアーティスト
アルバム「Dark Days Exit」(2005年)収録 

<子供を忘れた両親との和解>
マイヤーウィッツ家の人々(改訂版) The Meyyerowitz Stories(New and Seleted) 」 2017年
(監)(製)(脚)ノア・バームバック
(製)イーライ・ブッシュ、スコット・ルーディン他
(撮)ロビー・ライアン
(音)ランディー・ニューマン
(編)ジェニファー・レイム
(出)アダム・サンドラー、ベン・スティラー、ダスティン・ホフマン、エマ・トンプソン、エリザベス・マーヴェル、キャンディス・バーゲン、アダム・ドライバー、シガニ―・ウィーバー
 2013年、彼は自らも離婚を経験します。そうして初めて両親の離婚についてわかることもあったかもしれません。この作品では、過去に離婚した両親から見捨てられたという痛い思いとそこからの和解の物語が描かれています。
 芸術や人生にいっぱいいっぱいだった両親が子供たちを忘れてしまった過去は、もう消せません。自らの離婚により、彼は子供への愛情が消えてはいなくても忘れられうるとこが理解できたのかもしれません。この作品で再びノア・バームバックは両親の離婚と向き合うと同時に自らの離婚にも向き合おうとしていました。
 この作品で主人公の父親を演じたのはダスティン・ホフマンです。そう「クレイマー・クレイマー」のあの愛情深いお父さんです!この作品は「クレイマー・クレイマー」の後日談と考えることもできるかもしれません。
 彼はここで父親と子供、両方の立場から「離婚」と「子育て」を見ることができるようになり、父親としての反省と子供としての赦しが描けるようになりました。例えどんなに芸術や仕事にのめりこんだとしても、子供に注ぐ愛情だけは忘れてはいけない。そんな思いが込められた作品として、次なる作品となる「マリッジ・ストーリー」が出来上がったのです。

 青春時代から、自らの記憶をエピソードとしてつなぎ合わせながら、つむいできた長い人生の記録。そこで行われた反省、理解、和解が込められたからこそ、「マリッジ・ストーリー」には痛いけれども優しい結末を迎えることができました。
 これほど私的な映画を撮り続ける監督がアメリカから生まれるとは意外です。同じ私的な映画で世界を驚かせた「ROMA/ローマ」と同じく「マリッジ・ストーリー」と「マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)」はいずれもネットフリックス作品です。こうした私小説のような映画を可能にしたネットフリックスの存在は、これからも映画の世界を変えて行くことになりそうです。

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