「インド夜想曲 Notturno Indiano」

- アントニオ・タブッキ Antonio Tabucchi -

<南インドの旅物語>
 南インドの3つの街、ボンベイ、ゴア、マドラスを舞台にした12の夜の物語集です。それぞれバラバラのエピソードのようですが、章が進むごとに少しずつ物語の関連性が明らかになり、ミステリー小説のように謎が解けてゆきます。不思議にみちたインドの街中を彷徨うように物語が進む「読む南インドの旅」ともいえる小説です。
 もし、あなたがインドを旅したことがあるなら、思わずうなずきたくなるインドらしさ満載の物語にうれしくなるはずです。おまけに、この小説を翻訳しているのは、後に小説家、エッセイストとして有名になる須賀敦子さんです。現代イタリア文学を代表する作家であるアントニオ・タブッキとイタリア文学の翻訳家を代表する存在とのコラボレーションともいえるのですから、その文章が美しいのは当然です。ページにして150ぐらいですから、じっくりゆっくり読んでもらいたい小説です。

<あらすじ>
 物語の「あらすじ」は、こんな感じです。
 イタリア人の主人公ルゥは、シャヴィエル・ジャナタ・ピントというポルトガル人の友人を探すため南インドの都市ボンベイを訪れます。インド人の血をひいているその友人は、一年ほど前にインドで行方不明になり、消息がわからないままになっていました。ボンベイの貧民街で彼の恋人だったという娼婦を見つけた彼は、シャヴィエルが病気だったこと、怪しげな仕事をしていたこと、神智学協会の誰かと手紙のやり取りをしていたことなどを聞き出します。その後、彼はシャヴェルの足跡をたどるようにボンベイの病院、マドラスの神智学協会、ゴアの修道院にある資料館、そして海辺のリゾート・ホテルへと旅を続けることになり、その途中で様々な人々と出会うことになります。

 それぞれの物語は、夕暮れ時から真夜中まで、すべて夜に起きたことばかりです。そして、この本の冒頭「はじめに」には、こう書かれています。
「これは、不眠の本であるだけでなく、旅の本である。不眠はこの本を書いた人間に属し、旅行は旅をした人間に属している。・・・・・」

<それぞれの旅>
 インドを旅したことのある方なら、その方なりのインドの旅のイメージがしっかりと脳裏に焼きついているのではないでしょうか?
 僕自身も若かりし頃、インドを二週間ちょっとかけて旅したことがあり、今でも夏の暑い時期に路地裏などで水がカビたような臭いを嗅いだ時、インドの旅の思い出が突然蘇ることがあります。(香り、臭いほど、記憶を呼び覚ますものはありません)
 あの時の自分はどんなことを考えていたんだろう?旅の後、ずいぶん成長したように感じだけど、何が変わったんだろう?数々のトラブルに巻き込まれたにも関わらず、帰ってきたくなかったのはなぜだろう?今でも、時々そんなことを考えます。改めて考えてみると、様々なインドでのトラブルのほとんどは、夜に起きていたような気がします。
 夜中についた飛行機を降り、宿泊先のホテルに向かうタクシーが、いつまでたっても目的地に着かず、ついに怒って降りて別のタクシーに乗り換えたこと。
 水にあたったのか、一週間してお腹をこわし、高熱にうなされながら子供の頃住んでいた懐かしい実家の夢を見たこと。
 夜中に三輪タクシーで駅に向かう途中、運ちゃんが居眠りをして路上で寝ていた牡牛様に衝突したこと。
 ニューデリーの安ホテルで寝ていたところ、夜中に警察官が部屋のドアをガンガン叩いて侵入、身分証明を求められたこと。
 ホテルの前で日本から持参した花火で打ち上げパーティーをしていたら、警官がやってきてビビッたこと。(なんと当時は飛行機に花火を持ち込めたのです!平和な時代でした・・・)
 そして、帰りの飛行機がオーバー・ブッキングでキャンセルになり、いつになったら乗れるかわからないまま、夕日を見ながら呆然とホテルに戻ったこと。
どれも、夜の出来事でした。(といっても、昼間だってトラブルはいろいろあったのですが・・・・・)
 もちろん、インドに行ったことがない方も、きっと気分はインドの旅へと向かうことでしょう。

<この小説の魅力>
 この小説が、これといった筋の通ったストーリーがないにも関わらず、読者を先へ先へと読み進ませるのはなぜか?たぶん、そこには「謎解き」の要素と「粋なセリフ」、「魅力的な登場人物」が、散りばめられていて読者を飽きさせないからでしょう。主人公がシャヴィエルを探して病院を訪れると、その病院の医師はこう言います。
「インドでは失踪する人はたくさんいます。インドはそのためにあるような国です」

 そうそう、インドの魅力に取り付かれて、どれだけの人がインドに住み着いてしまったことか。インドを旅して帰りたくなくなった方は、けっこう多いはずです。その医師は自分がスイスで心臓治療の専門医として勉強してきたと説明した後、こう自嘲します。
「まったくばかげた専門ですよ、インドにとってはね。私は心臓専門医です。でもここには心臓の病気はありません。あなたがたヨーロッパ人だけです。心筋梗塞で死ぬのは」

 確かに!インドでの死因ベスト3はたぶん日本とはまったく違うのでしょう。ただし、先日テレビで見たのですが、世界の長者番付ベスト10にインド人の病院経営者が入っているのです。その病院では、インドの安い賃金を利用して高度な医療を低料金で提供することで海外からの入院客を大量に獲得しているそうです。となれば、インド国内でも心臓専門医は必要とされるようになるのでしょう。といっても、その患者の多くは海外から来るヨーロッパ人なのでしょうが・・・・・。

 マドラスの神智学協会本部を訪れた彼に、協会の会長は最後にこう言って彼を送り出します。
「盲目の知識は不毛の土壌しか作らない。狂気の信仰は自分の祭儀の夢を生きるだけで、あたらしい神はただひとつの言葉にすぎないが。信じてはならない。あるいは求めてはならない。すべては神秘だ」

 こうして、ラストまで一気に読み進んでゆくと、読者には様々な疑問が浮かんでくるはずです。
主人公はいったい何者なのか?誰がこの物語を書いているのか?
行方不明のシャヴィエルとは実在の人物なのか?それとも主人公と同一人物なのか?
主人公が見ている風景や出会った人々は実在するのか?
主人公の体験を共有した読者にとって、この物語はひとつの現実となるのか?
ラストにレストランで彼が見つけた人物はシャヴィエルなのか?自分自身なのでしょうか?
この物語自体は妄想なのか幻覚なのか?
この物語を読んでいるのは誰なのか?
見るという行為の主体が、どこにあるのかによって同じ出来事がまったく異なる意味をもつことに気づかされるはずです。著者のこんな記述もあります。

「・・・見るという純粋行為のなかには、かならずサディズムがある、と言ったのは誰だろうか。思い出そうとしたが、名が浮かばないままに、この言葉のなかには何か真実があるのを僕は感じていた。それで、僕はますます貪欲にあたりを眺めたが、自分本人はどこかわからないが他の場所にいて、見ているのは二つの目にすぎない意識がつめたく冴えていた。・・・・・」

<オベロイ・ホテル>
そうそう、小説の最後に出てくるオベロイ・ホテルですが、僕はインドに着いた最初の夜、デリーのオベロイ・ホテルに泊まりました。実は、行きの便が真夜中着だったのでホテルを予め旅行代理店に予約してもらっていました。でも日本から間違いなく予約ができるホテルとなると、5つ星クラスのホテルしかなかったとのこと。(まあ、自分で予約すればよかったのかもしれませんが、・・・)初日、ぐらいはちょっと高くてもいいかと思っていましたが、着いてみたら思っていた以上の高級ホテルでした。少なくともバックパッかーの客には不釣合いなホテルでした。なにせスイート・ルームのような部屋にはフルーツが詰まった籠が置いてあり、支配人からの挨拶状まで添えられていました。ホテル代は15000円ぐらいですから、インドならスイートでも不思議はなかったのかもしれません。なにせ、翌日自分たちで見つけたホテルは一泊一人500円ぐらいでしたから・・・。朝目が覚めて窓から下界を見下ろすとまわりはゴルフ場に囲まれていました。

 そうそう、帰りの飛行機はエア・インディアがオーバー・ブッキングで乗れなくなったので、残りのお金を集めてタイ航空のチケットを買い、2日遅れで帰りました。その時、席を取れたのがビジネス・クラスだったので、最初で最後のビジネス・クラス体験をさせてもらいました。距離が遠い場合は、贅沢な旅もいいものです。もちろん、向こうでチケットを購入したのでビジネス・クラスの正規チケットでも格安航空券といっしょの値段でした。貧富の差が最も大きい国がインドと言われていますが、個人の旅でも貧富の差を体験できるのがインドです。
 インドは今や先進国の仲間入りをしようとしています。旅をするなら今のうちです。インドへ行きましょう!
 そして、飛行機が深夜に着くときは、くれぐれもホテル選びには気をつけましょう。運ちゃんの言葉を信用しないこと。最初が肝心です。もしトラブルに巻き込まれたくなければ、高級ホテルに泊まりましょう。それでは、つまらないですか?大丈夫です。ホテルから出れば、すぐにトラブルに巻き込まれるはずですから。夜のインドでのトラブルが楽しめるようになれば、あなたはもうインド通。あとはインドから帰りたくならないように気をつけること。くれぐれも行方不明にならないことです。
 それではインドへ行ってらっしゃい!

インド夜想曲 Notturno Indiano 1984年
アントニオ・タブッキ Antonio Tabucchi (著)
須賀敦子(訳)
白水Uブックス

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