心のかけらを積み上げた脳内世界


「脳内ニューヨーク Synecdoche,New York」

- チャーリー・カウフマン Charlie Kaufman -
<笑えないコメディ映画?>
 この映画を過去の映画で例えるならこんな感じです。
「特撮を使わない実写版インセプション
「中高年版の薄暗いエターナル・サンシャイン」
「ニューヨークを舞台にしたロスト・イン・トランスレーション
「様々な俳優がお互いを演じ合うマルコビッチの穴」
「歌も踊りもないオール・ザット・ジャズ」
「大人になってからの6才のボクが大人になるまで

 実はBBC放送が選んだ「21世紀の偉大な映画100選」に入っていたことから、見たかったもののなかなか見つけられずにいました。(それも20位にランク・イン!)あきらめていたところ、先日TUTAYAで偶然見つけました。それもコメディー映画のコーナーで・・・。確かにパッケージのデザインと「脳内ニューヨーク」というタイトルからすると「コメディー映画」に分類したくなるのもわかります。でも、この作品、まったく笑えません。これほど笑いの要素が少ない暗い映画もちょっと珍しいくらいです。
 それでも、この映画は見始めると、目が離せなくなるはずです。アクション・シーンも、特撮シーンも、笑えるギャグも、美しい風景や人物の映像も、ヒット映画に必要な要素はまったくないのに、それでもなお興味津々で見られました。どのシーンも緊張感があって、それぞれのシーンも意味を考えながら見ていると、一気に見終わりました。
 とりあえず、「あらすじ」を紹介しますが、ネタバレにはならないと思います。(この映画、少し情報を持って見た方がいいかもしれません)

<あらすじ>
 ニューヨークで活動する劇作家のケイデンは、ある日、洗面所で頭を切り、その事件以降、人生の歯車が狂い始めます。怪我の治療のために行った病院で、原因不明の病に冒されていると診断された彼は、神経科や眼科などをたらい回しにされ様々な薬を飲むことになります。体調が悪化する中、画家として成功した彼女の妻が娘を連れて、家を出てしまいます。一人ぼっちになった彼は素敵な女子と知り合いますが、思いを告げられないまま逃げられてしまいます。その間にも彼の病状は悪化、人生に絶望しつつある時、彼に救いの手がさし伸べられます。
 彼に「天才賞」とも呼ばれる「マッカーサー・フェロー賞」を授与されることになったのです。
(この賞は、ジャンルを問わずに才能のある逸材に対して与えられる実在のアメリカの賞です。5年間で625000ドルが奨学金として与えられるそうです。「アメリカン・ドリーム」を絵に描いたような賞で、年に20~30人が対象になるようです)
 巨額の賞金を得た彼は、それをつぎ込んで誰もやったことのない大掛かりな演劇プロジェクトを立ち上げます。それは、巨大なニューヨークの街のセットを作り、そこに大人数の俳優を配置。彼らにそれぞれ彼の頭に浮かんだイメージやストーリーを演じさせようというものでした。そこには、当然彼自身や彼の恋人など実在の人物も登場します。
 こうして、彼の脳内ニューヨーク・プロジェクトが始まります。しかしその間にも彼のまわりでは両親の不幸や娘についての不穏な情報がもたらされ、彼はプロジェクトどころではなくなります。いったいいつになったら、上演できるのか?年月はどんどん過ぎ、年老いて行く彼に時間は残り少なくなって行きます。
 彼の夢は実現するのでしょうか?彼の脳内に生み出された物語はどう終わるのでしょうか?

<中年の危機>
 中年の危機を迎えた男の将来への不安。何事かを成し遂げたいというアーティストとしての意地。そんな主人公の危機感は、僕にもかなり理解できます。(僕も同じような年齢になってしまったので・・・)
 同じような心情を描いてきた監督としてウディ・アレンが思い浮かびます。例えば「アニー・ホール」での彼は、まだまだ若かったにもかかわらず早くも中年の危機を迎えたかのようでした。当時ウディはまだ42歳だったのですが、すでに老年期を迎えたかのような老成した雰囲気を持っていました。ミスター・ニューヨークともいえるほど、ニューヨークの街を愛してきたウディの作品は、どれも「脳内ニューヨーク」的作品です。ブ男であることのコンプレックスと自作への過剰な自信、そして中年期に差し掛かってきたことへの不安。ケイデンと共通することだらけです。でもウディが監督していたら、この映画はまったく異なるテイストになっていたでしょうが・・・。
 思えば、ウディも愛するニューヨークは、海と川に囲まれた島のような小さな土地に出来た都市です。その狭い土地に世界中から様々な人が夢を描いて集まり、「小さな世界」を構成しています。それは、多民族国家アメリカの縮図であると同時にグローバル化が進む地球の世界の縮図にもなっています。そう考えると、ニューヨークの街はそれ自体、人類が暮らす地球の縮小版でもあるのです。だからこそ、ニューヨークを舞台とした映画は、今もなお数多く作られ続けているのでしょう。この映画は、ニューヨークの街を美しく撮影した多くのニューヨークを舞台とした映画とは異なり、脳内に作られたイメージとしてのニューヨークの映像化という異色の「ニューヨーク映画」であると言えます。

<フィリップ・シーモア・ホフマン>
 この映画の主演フィリップ・シーモア・ホフマン Philip Seymour Hoffmanもまたニューヨーク育ちの俳優です。1967年7月23日にニューヨーク州ロチェスターに生まれた彼は、ニューヨーク大学卒業後に俳優となりました。
 2005年、自らが立ち上げた映画制作会社の第一作となった「カポーティ」で、彼はトルーマン・カポーティを演じてアカデミー主演男優賞を受賞。題材となった殺人事件を自ら調べ作品化する中で、いつしか精神を病み、作家活動から離れることになったカポーティ役は、この作品のケイデンにも通じる役どころでした。
 さらに2012年の「ザ・マスター」で、彼は強烈な個性を持つカリスマ的な宗教家を演じ、カンヌ国際映画祭で主演男優賞を獲得。繊細過ぎる作家トルーマン・カポーティの対極に位置する宗教家ランカスター・ドッド。ケイデンは、二人の個性の両方を併せ持つ存在といえます。
 「ダウト~あるカトリック学校で~」でのカトリックの学校で生徒に性的虐待を行っていた異常な神父役、「ミッション・インポッシブル3」でのイーサン・ハントを追い込んだ異常な犯罪者役、「パイレーツ・ロック」の人気DJ「ザ・カウント」役など、強烈な個性を演じてきた彼は、長くアルコールと薬物に依存していたようです。
 2014年2月2日、まだ46歳という若さで彼はヘロインの過剰摂取によってこの世を去りました。死んだ場所もやはりニューヨーク。マンハッタンの自宅でした。

<チャーリー・カウフマン>
 フィリップ・シーモア・ホフマンと同じくこの作品の監督、脚本のチャーリー・カウフマンもまた生粋のニューヨーカー。1958年11月1日に生まれた彼は、ホフマンと同じニューヨーク大学を卒業。コメディー番組の作家としてキャリアをスタートさせた彼は、スパイク・ジョーンズ監督の出世作「マルコビッチの穴」(2000年)の脚本家として注目を集めることになります。
 2004年には「エターナル・サンシャイン」の脚本に参加し、ミシェル・ゴンドリー、ピエール・ビスマスと共にアカデミー脚本賞を受賞します。この作品も、元々、彼が書いた脚本をスパイク・ジョーンズが監督するはずだったようです。ところが、スパイク・ジョーンズが別の作品「かいじゅうたちのいるところ」(2009年)にかかってしまったため、急遽、カウフマン自身が初監督することになったのでした。
 僕がこの作品を見ていて思ったこと。それは、もしこの映画の監督チャーリー・カウフマンに「マッカーサー・フェロー賞」が与えられていたら・・・この映画はどれほどスケールの大きな映像を見せてくれただろうか!ということです。
 ケイデンが作った巨大スタジオの中をカメラが動くと、延々とニューヨークの街並みが続きます。そこにはセントラルパークもあり、ウォールストリートにはビジネスマンたちが歩いていて、ブロードウェーまでもが再現されています。(映画「バイオハザード リトリビューション」ではそんなセットが出てきましたが、そんなちゃちなものではありません)
  この映画は、彼の夢の映画化なのだと思われますが、そこにもっとはもっと巨額の製作費が必要でした。もちろん、そうやってできた作品が巨大な失敗作として歴史に名を残すことになった可能性も高いのですが・・・でも、それって映画に関わる人たちにとって、最大の夢かもしれません。
P・W・グリフィスの「イントレランス」(1916年)、エリッヒ・フォン・シュトロハイムの「グリード」(1924年)、アベル・ガンスの「ナポレオン」(1927年)、オーソン・ウェルズの「偉大なるアンバーソン家の人々」(1942年)、ジャック・タチの「プレイタイム」(1967年)、フランシス・フォード・コッポラの「地獄の黙示録」(1979年)、マイケル・チミノの「天国の門」・・・
 上記の作品に共通するのは、巨額の予算を与えられて、当時の巨匠たちが作った伝説的な作品です。そして、どれも製作が中断されたり、興業的に失敗し、中には映画会社をつぶした作品もあります。でも、映画ファンはこれらの偉大なる失敗作の誕生を今も待っているのかもしれません。
 「マッカーサー・フェロー賞」ぐらいでは、これらの映画は作れないでしょうが・・・

「脳内ニューヨーク Synecdoche,New York」 2008年
(監)(脚)(製)チャーリー・カウフマン Charlie Kufman
(製)スパイク・ジョーンズ、アンソニー・ブレグマン、シドニー・キンメル
(撮)フレデリック・エルムズ
(編)ロバート・フレイゼン
(音)ジョン・ブライオン
(出)フィリップ・シーモア・ホフマン、サマンサ・モートン、ミシェル・ウィリアムズ、キャサリン・キーナー、エミリー・ワトソン、ダイアン・ウィースト、ジェニファー・ジェイソン・リー、トム・ヌーナン
インデペンデント・スピリット賞新人監督賞・ロバート・アルトマン賞

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