お薦め文学作品リスト

 ここには、情報不足などでページにこそできなかったものの、特にお薦めの作品を取り上げてみました。
 様々なジャンル、様々な時代の作品がありますが、どれも今読んで十分意味のある作品だと思います。
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作品名 著者
翻訳者 
発表年 出版社
コメント 
ア 
「悪魔と博覧会」The Devil in the White City エリック・ラーソン
野中邦子
2003年 文藝春秋 
 1893年に開催されたシカゴ万博を舞台に展開する様々な人間模様を描いた500ページを越える大作小説。でも、一気に読めるはずです。
 中心となる物語であるH・H・ホームズという名の連続殺人犯の恐るべき生活を描いた部分は、「羊たちの沈黙」を思わせるスリリングなサスペンス小説。 
 もうひとつはアメリカを代表する建築家ダニエル・H・バーナムを中心とした万博を成功させた人々の苦闘を描いた人間ドラマで、シカゴ万博のメイキング・ドキュメンタリー作品になっています。そこには、バーナム意外にも景観設計家のオームステッド、バーナムの盟友ジョン・ルート、イベント屋として盛り上げ役を担当したソル・ブルーム。ロバート・アルトマンの代表作の一つ「ビッグ・アメリカン」の主人公バッファッロー・ビル。、作家のセオドア・ドライサー、シカゴの名物市長カーター・ハリソンと彼を暗殺したプレンダーガスト、さらにはウォルト・ディズニーの父親もでもが登場します。これらの実在の人物たちの魅力的なキャラクターも読者を魅了するでしょう。
 歴史小説とサスペンス小説を合体させながら物語は違和感をまったぅ感じさせません。読者は、当時世界中の人々を驚かせ楽しませたシカゴ万博の裏話をじっくりと知ることができると同時に、その後シカゴを襲うことになる不況や火災など様々な不幸を知ることができます。歴史好きにはたまらない小説です。

「けちくさい設計図を描くな。小さなプランには人の血を沸きたたせる魔法がない」
ダニエル・H・バーナム 
「嵐」Tempete ル・クレジオ
中地義和
2014年  作品社 
「嵐」と「わたしは誰?」の2編を収録した中編小説集で、著者はノーベル文学賞を受賞しているフランスの女性作家です。簡潔で美しい文章で海や自然の描写は印象に残ります。人物も生き生きと描かれていて、映画の一場面のように主人公の人間像が浮かびます。
島に夜が降りてくる。
夜は窪みを満たし、畑と畑の間に浸み込んでくる。上げ潮のような闇が、しだいにすべてを覆ってしまう。時を同じくして、島には人がいなくなる。毎朝、旅行客が8時のフェリーで到着して、それまで閑散としていた空間を埋め、浜辺にたむろする。彼らは街道を、まら舗装されていない道を、汚水のように流れる。やがて夜が迫ると、水辺からふたたびいなくなる。後ずさりするように遠ざかっては姿を消す。船が彼らを運んでいく。そして夜の到来だ。
 
「ある作家の夕刻」
フィッツジェラルド後期作品集
 
スコット・フィッツジェラルド
村上春樹
2019年出版
(1930年代前半)
中央公論社
 スコット・フィッツジェラルドが残した1930年代以降の作品集。とはいえ、村上春樹による編集と翻訳によるものなので、単なる傑作選ではなく、作家フィッツジェラルドの落日を感じさせる長編小説のようになってもいます。
 特に後半に並ぶ作品は、彼の自伝的な小説とエッセイが選ばれていて、そのタイトルを見たただけでも彼の人生の黄昏時を感じさせます。 
自らの40歳前の日常を描いた「あす作家の午後」(1936年)、「アルコールに溺れて」
「失われた十年」(1939年)、「私の失われた都市」(1932年頃に書かれ死後に出版)、「若き日の成功」(1937年)・・・
 早すぎた成功とその崩壊、そして破れてなお、愛妻ゼルダと娘のためにも書き続けなければならない悲しい日々。それはまるで、1930年に訪れた世界恐慌で落日を迎えた若きアメリカの終焉のようです。
「異国の旅人」(1930年)、「ひとの犯す過ち」(1930年)、ハリウッドでの狂騒の日々を描いた「クレイジー・サンデー」(1932年)、竜巻に襲われた街と医師の再生を描いた「風の中の家族」(1932年)、謎の作家フィネガンとのすれ違いの日々「フィネガンの借金」(1938年)・・・
「アルファンウイ」Alfanhui ラファエル・サンチェス・フェルロシオ
渡辺マキ
1951年 未知谷
(絵)スズキ コージ
 スペインを代表する作家のデビュー作。
 これほど幻想的な少年の成長物語も珍しい。ビートニクが登場する1955年よりも前にこのサイケデリックなイメージを描いていたのは、さすがはピカソやミロを生んだ国です。スズキコージの絵も注目。
 あまりにも描写が奔放すぎるので、絵の存在がないと読者がついてゆけなくなりそうです。 
「イエメンで鮭釣りを」
Salmon Fishing in the Yemen
ポール・トーデイ
小竹由美子
2007年  白水社  
おバカ小説のようでいて、実は宗教的神秘体験を描いた感動の人生ドラマという異色の小説です。
中東イエメンの大富豪がイギリスの水産資源研究者にイエメンで鮭釣りができるような場所を作ってほしいと依頼します。
砂漠の真ん中、平均気温で50℃という酷暑の地に寒い地域の鮭が住めるわけがない・・・と研究者は依頼を笑い飛ばします。ところが、中東との関係を軍事以外の面で好転させるためにこのプロジェクトは利用できると考えた政府は、一人の研究者に対応するように指示。
主人公は嫌々ながらプロジェクトの依頼者であるシャイフという謎の富豪と面会。すると、そのカリスマ的な人物は、その一見バカげた計画が決して不可能ではないと語り始めます。
「釣りとは信じること」と考えると、この計画は挑むに値する、主人公はそう考え始めることになります。
「ブラックユーモア」小説かと思ったら、予想外に真面目で宗教的な作品であることに驚かされます。
人生に一度はこんな宗教的体験をしたいものです。そのためには、シャイフのような「グル」の存在が必要なのかもしれません。 
2011年ラッセ・ハルストレム監督によって映画化せれています。「砂漠でサーモン・フィッシング」(出)ユアン・マクレガー、エミリー・ブラント
「一句頂一万句」  劉 震雲
水野衛子 
2009年  彩流社 
 中国河南省を舞台にした大河小説。中国版「百年の孤独」と例えられる580ページの分厚い小説です。20世紀初め頃を描いた「出廷津記」と20世紀末の現代を描いた「回廷津記」の2部構成になっています。
 漢字の名前を覚えるのが大変だし、名前から性別がわからないして、読むのに苦労させられました。(ロシア人の名前の方が分かりやすいかも)
 一万の言葉に価する大切な「一言」を探そうとした2人の男の時間を隔てた人生と旅の物語です。70年の時間差があるのに、人々のメンタリティーはほとんど変わりません。その間には日中戦争があり、革命があり、文化大革命がありましたが、中国人のメンタリティーは意外に変わっていないのでしょう。中国人と日本人のメンタリティーの違いの方が大きいようです。
 二つの時代で大きく違うのは、そこに携帯電話が登場していることぐらいかもしれません。貧しい階層の中国人の生活は、それほど変わってはいないということでもあります。
 戦争も、革命も出てこない中国の人間ドラマを初めて読みました。だからこそ、中国の大衆に素直に受け入れられ、映画化、テレビドラマ化もされることになったのかもしれません。   
「インディアナ、インディアナ」Indiana,Indiana レアード・ハント
柴田元幸 
2005年 朝日新聞社 
 正直、100ページぐらいまでは、読むのに苦労させられました。それは物語の全体像が見えなかったからですが、ここは素直に美しい文章を楽しんでいただければと思います。
「日本製ペーパー・フラワーの美しさと儚さを味わいましょう」 「初めて見た映画、初めて乗った飛行機の思い出にほのぼのしましょう」 「戦死した息子を悼み、時計を土に埋めた祖父の悲しみに泣いてください」 「主人公のもつ超能力による犯罪捜査にワクワクしましょう」 「自宅に火をつけ夫の食卓に招く狂女にふるえましょう」
 精神を病み、施設に閉じ込められてしまった愛する女性を待ち続ける男の悲しくも美しい物語は、ずいぶん昔の出来事のようですが、実は20世紀の終わりまで続く長い物語でした。
 アメリカのインディアナ州に住む家族の物語でありながら、それは時代も場所も不確かな世界を舞台にした悲劇のファンタジー小説でもあります。ここで描かれているのは、小説でなければ描けない映像化困難な物語です。だからこそ、自らの脳内で映像化する価値があるし、読書の本当の喜びを味わえる貴重な作品なのだと思います。
 翻訳者の柴田氏が21世紀に入ってから注目しているアメリカの作家として一押しなのもわかる気がします。ちなみに著者は、1968年シンガポール生まれのアメリカ人。インディアナ大学卒業後、フランスソルボンヌ大学に入学、国連の報道官として日本、フランス、イギリスなどに住んだ後、作家になったという経歴の持ち主です。アジアが生んだ偉大な白人作家たちの系譜に彼も加わるのかもしれません。
ヴェネチアの出版人」El impresor de Venecia  ハビエル・アスペイティア
八重樫克彦・由貴子
2016年  作品社 
「何よりも本と出版のあり方を変えたところだと思う。技術と生産性を重視する職人と商人が印刷事業の実権を握り、菓子のごとく本を作っては売っていた時代に、アルドは絶えず文学的意義から良書を出版する方法を模索し、常軌を逸した試みをいくつも打ち出した。アリストテレスの全集をはじめとする、ギリシャ文学の原典にこだわったのもその一つだし、みずから出版物の選定をし、校正をしていたことも当時としては革新的だった。彼は本当の意味で最初の出版人だったと言っていい」
 アルド・マヌツィオ(1450年頃~1515年)は、15世紀に活躍した「商業印刷の父」と呼ばれた人物です。イタリアのヴェネツィアでキリスト教社会では異端として扱われていたギリシャ文学、哲学書を復活させました。
 キリスト教会、特にサヴォナローラなど過激な宗教者からの攻撃に耐え、不安定な社会・経済状況の中、出版業というバクチのような仕事を続け、利益追求だけではない信念に基づく出版を続けた伝統的出版者の伝記です。
 本が好きな方にはお薦めの作品です!  
「動きの悪魔」Demon Ruchu  ステファン・グラビンスキ
芝田文乃 
1919年  国書刊行会 
すべてが鉄道を舞台とするオカルト小説で、蒸気機関車とその運行者、乗客が主人公。同時代のアメリカ人作家H・P・ラブクロフトと比べ、「ポーランドのラブクロフト」とも呼ばれていましたが、雰囲気はそこまで不気味ではなくユーモアタッチの作品もあります。
「放浪列車(鉄道の伝説)」
 突如どこからか現れ、線路上を暴走し、事故目前で消えてしまう謎の放浪列車のお話
「待避線」
 運行中に消えた車両が、再び現れたものの、乗客は全員人間が変わってしまっているという現象が頻発。どうやら、その車両だけが謎の待避線に向かったらしいことがわかります。乗客の中の 一部がその車両に乗って謎の待避線に向かいます。
 興味深いのは、上記2作品が「放浪列車」を外と内から描いた作品らしいことです。短編小説にしてしまうのが惜しいぐらい様々なアイデアやドラマ、キャラクターが盛り込まれています。いくつかの作品を組み合わせて、ひとつにして映画化したら傑作になりそうです。
「シャテラの記憶痕跡」
 事件などの悲劇の記憶が突如、蘇る駅。そこで起きる大事故の犠牲となった女性の記憶に恋をしてしまった駅長。その女性に会うために彼はもう一度事故を起こそうと考えます。まるでデヴィッド・クローネンバーグの「クラッシュ」(1996年)を思わせる不気味でセクシーなスプラッタ小説。映像化は困難かもしれませんが、読者の頭の中には残虐で魅力的な美しい映像が浮かぶはずです。 
「カゲロボ」 Kagerobo  木皿泉 2019年  新潮社 
久々にしみじみと読める本でした。「心温まる不条理SF小説」と呼ぶべき不思議な小説です。
<カゲロボとは?>
 カゲロボには、人間型、猫型、金魚型、箱型など様々なタイプがあります。
オープニングの「はだ」とラストの「きず」に登場する人間型は小学校4年生の少女を見守るため、20年以上働き続けます。彼女は最後に心の傷を修復され、他人の心の傷を修復できるような本を世に出そうと決意します。
「あし」に登場するのは、猫型ロボット。いじめっ子に猫の足を切れと言われた主人公が足を切ったのが猫型ロボでした。彼は切った足を自らのリュックに縫い込み、生き方を変えて行きます。
「めえ」には金魚型と猫型、女子高生型が登場。一人暮らしの老女が認知症の女性を演じ、それを金魚は監視します。カゲロボは若者だけを守るのではないようです。
「こえ」に登場するのは、箱型ロボ。(いやおしっこをして食事をする箱?)わざわざ持ち主に迷惑をかけるロボ。迷惑をかける行為もまた人のためなのです。
「ゆび」には、主人公が入所した終末医療施設のケア・マネージャーがカゲロボ。
「かお」には、離婚した夫婦が子供を分け合うためにカゲロボが作られました。究極の身代わりロボです。
「あせ」だけには、カゲロボが登場しません。その代わり主人公の息子がSF小説を書いています。
「かげ」に登場するのは、何度も登場している猫型ロボ。その生い立ちがちょっとわかります。
<カゲロボ・サービス>
 カゲロボを扱うロボット企業は、単にロボットのレンタル・サービスをしているわけではありません。情報収集やトラブル対応、そして素晴らしいドラマの創造・演出まで行っているのです。時には、そのために人間に罰を与えたり、赦しを与えたり、癒しを与えたり、生きる目的を与えたりします。
 カゲロボはあなたのそばにもいるかも?
「奇跡の時代」The Age of Miracle カレン・トンプソン・ウォーカー
雨宮弘美
1997年  角川書店 
 かつてP・K・ディックの作品やJ・G・バラッドの終末SF、コーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」などの優れた作品を読んだ後、 しばらくの間自分が今生きている世界が信じられなくなったものです。
核戦争や宇宙人の侵略がもたらす世界の終わりはそう怖くないのですが、いつも通りの日常が少しずつ変化して滅亡への道をゆっくりと歩む展開は地味に恐ろしいものです。この作品は久しぶりにそんな恐怖を味あわせてくれました。
 あのころのわたしたちが気を取られていたのは天候や戦争。地球の自転のことなど、心の片隅にもなかった。遠い国々の町では爆撃が続いていた。ハリケーンが来て去った。夏が終わり、新学年がはじまった。時計はいつもどおりに時を刻んだ。・・・
大学時代に「もし地磁気が消えたら地球はどうなるか?」という問題を出されたことがあります。(地球物理の授業で)
その答えの多くは、この小説の中で起きることになりました。
過去に地上では地磁気の大変動が起きたという証拠も見つかっていて、将来この小説のような事態が起きる可能性は十分にあります。そう考えると、今我々がこうして普通に生きていることの奇跡に驚かざるを得えなくなってきます。
適度な太陽からの距離、適度な自転速度、適度な水の存在、適度なオゾン層の厚さ、適度な大気の濃度、すべての条件がそろったことで初めて人類はこの地球に誕生し、今なお繁栄を続けているのです。
これを「奇跡」と呼ばずしてなにが「奇跡」でしょう?
この小説のタイトル「奇跡の時代」とは、この小説の世界ではなく、今我々が生きている世界のことなのです。 
奇妙な孤島の物語」Atlas of Remote Island
私が行ったことのない、生涯行くことのないだろう
50の島 
ユーディット・シャランスキー
Judith Schalansky
鈴木仁子
2009年 河出書房新社
 行ったこともない孤島についての旅行記?です。名前も聞いたことのない場所で、読んで行きたくなる島よりも行きたくなくなる島の方が多いという異色の本です。
 先ずは「地図」の魅力について
 地図に向き合うことは、地図によってかき立てられるはるかな地への憧れをしずめ、旅をした気持ちにすらされてくれるけど、それは同時に美的な代償満足の域をはるかに越えるものである。地図帳を開く者は、エキゾチックな個々の土地を探しだすだけでは満たされない。法外なことに、ぜんぶがいっぺんに欲しいのだ - 全世界が。憧れはつねに大きい。希求したものと達成する満足感よりも、さらに大きい。いまでも私が好んで手にするのは、どんなガイドブックでもない、地図帳である。

 地図は具体的であるとともに、抽象的なものなのだ。そしてどれほど正確で客観的であろうとも、けっして現実ををありのままに写したものではない。地図は、敢然たるひとつの解釈なのである。

「本書に記載されたすべてのテクストは、調査にもとづいている。ディテールに至るまで一切の出所をたどることができる。けれどほんとうにそのとおりに起こったかとなると、これは、島がつねに現実の地理的座標を超えた、人心を投影する場所であるというそのことからしても、確認できないのだ。心を投影した場所は、学術的手法ではなく、文学的な手段によってしか捉えることができない」、と。孤島はやはり人間にとって、それだけですでに非日常的な、幻想の空間なのである。

 島は天国だ。地獄でもある。

 例えば、こんな感じです。
「ウェジネニア島」(ロシア領)
 北極海に浮かぶ島の名前「ウェジネニア」とはノルウェー語で「孤独」で、年間の平均気温がマイナス16度という極寒の島です。
 最後に人が住んだのは、1996年ソ連の測候所観測員で、彼は島を去る際こう記しています。
「1996年11月23日本日、撤収命令が下った。水を排出、ディーゼル発電機を停止。本測候所は・・・」
最後の一言は読み取れない。
ようこそ、孤独へ


 閉ざされた空間では、ときとして恐ろしい疫病が思うさま猛威をふるい、奇妙な慣習が幅をきかせる。セントキルダにおける謎めいた新生児の死、テイコピア島における恐ろしくもやむなしかと思わせる子殺しの習慣、その他にも強敵、殺人、人肉食、性的虐待・・・。
 その他にも島は、水爆を落とされたり、環境破壊によって海に消えたりもする。
・・・現実世界のでたらめさは、広い陸地では相対化されて見えなくなるが、島ではそれがむきだしになる。島は演劇的な空間である。ここで起こることは、凝縮されてほぼ必然的に物語となり、どこでもない場所の室内劇になり、文学の素材になる。それらの語りに固有なのは、真実と試作が分かちがたくなり、現実が虚構となり、虚構が現実となることだ。

 
「希望のかたわれ」 メヒティルト・ボルマン
赤坂桃子 
2014年 河出書房新社 
歴史ものと推理ものを組み合わせた深みのある小説です。「チェルノブイリ原発事故」と「第二次世界大戦」に東欧で起きている「人身売買」を組み合わせています。著者は日本版のあとがきで、この作品が福島で起きた原発事故をきっかけに生まれたものであると説明しています。そして、もしあの事故が起きなければ著者自身もまたチェルノブイリでの原発事故を忘れていたかもしれないとしています。
「この本は、今日までずっと大災害がもたらした結果とともに生きることを余儀なくされている人たちの存在を忘れないためのささやかな試みです。・・・」
 「記憶」を「記録」として残すだけでなく、「物語」として心にしみこませる、そんな小説が僕は大好きです。
<あらすじ>
 ウクライナからドイツへと短期留学のため旅立った少女二人が行方不明となります。その一人の母親から捜査を頼まれた刑事はドイツへと単身乗り込みます。すると彼は二人が東欧から人身売買によって売春婦を輸入する組織によって連れ去られたらしいことをつき留めます。
 同じ頃、誘拐された少女の一人が移動中に逃走し、ドイツ北部の農村に潜んでいました。しかし、彼女を追って現れた男がかくまわれていた家に侵入。その家に住む農夫は男を殺してしまいます。
 行方不明の少女を待つ母親は、チェルノブイリ原発事故以後立ち入り禁止区域になっている「ゾーン」に侵入し、そこに住み始めて、そこで娘への手紙を書き続けていました。事故当時の出来事、その後の生活、差別された日々、奇形の可能性を恐れての出産・・・
 母親と娘、彼女を救った農夫、そして刑事・・・それぞれを結ぶ運命の糸がしだいに明らかになって行きます。
「わたしのかわいいカテリーナ、わたしの理性をくもらせたのは希望でした。もっといい未来がきっとくる、という希望。でも気づくのが遅すぎたけれど、希望はわたしたちの感覚も麻痺させ、最後までがんばり抜かせてしまう毒薬だった。・・・」
 「希望」を「毒薬」と考えるしかないあまりにも悲しい人生の物語は、救いがなさすぎるのですが、それでもなお読者には「希望」が残るはず。「土地」を奪われ、「故郷」を奪われ、「家族」を奪われてもなお、残された「希望」は人を生き続けさせるだけの「麻薬」にすぎないのでしょうか?
 どんな状況にあってもなお「希望」を見つけようとする「意志」が残されていることこそ「希望」であり「未来」なのだと思います。 
「黒いダイヤモンド」Les Indes noires  ジュール・ヴェルヌ
新庄嘉章
1877年 文遊社
イギリス・スコットランドで発見された巨大な地下空間をめぐるSF冒険小説の先駆作
著者の地下世界への怖れと憧れをかなりリアリズムにこだわって作品化
石炭をめぐる「白鯨」的博物学小説で、19世紀イギリスの炭鉱文化を知るのにも最適
今読んでも、十分読み応えあり 
「欠落した写本 デデ・コルクトの失われた書」
The Incomplete Manuscript
デデ・コルクト
伊東一郎 
2013年 水声社 
 「失われた書」とか「消えた美術品」とかに魅かれる人にお薦めの書です。実在する「デデ・コルクトの書」という叙事詩をもとに、そこから当時の登場人物たちの物語を作り上げたという異色の小説です。それも、かつてオスマントルコ帝国の一部で、その後はソビエト連邦の一部となり、現在はアゼルバイジャン共和国として独立している地域の大昔が舞台になっています。
 ある文学・歴史研究者が、何者かによって持ち込まれたという「デデ・コルクトの書」に関わる写本の存在を知り、それを読むことで展開します。それは2つのパートから成っています。
(1)王国内で起きつつあった内紛の原因となったスパイが逮捕されたにも関わらず、なぜか大臣らの判断によって釈放されていたことがわかります。王は、「なぜスパイが釈放されたのか」その理由を探るため、関係者全員を呼び出し、尋問を行ってゆきます。しかし、その審問の裏には王の隠された思惑があり、質問された側にもそれぞれの事情がありました。
(2)トルコの王イスマーイール1世とその影武者の物語です。戦闘中、王の命によって、入れ替わることで王となってしまった影武者。ところが、その正体を知る唯一の人物が10年の後に生きて王のもとに現れます。二人の再会の結末は・・・。
 アゼルバイジャンの重要な歴史書でもある「デデ・コルクトの書」を研究する言語学者でもある人物がその知識を生かして書き上げた 大人向け歴史ファンタジー。ウンベルト・エーコの「薔薇の名前」と黒澤明の「羅生門」、「影武者」、そのイスラム版といった感じでしょうか。
 最初は少々読みにくいかもしれませんが、中盤からは一気に読めるはずです。 
「ゲリラ」Guerilla  ローラン・オベルトーヌ
臼井美子 
2016年  東京創元社 
 このサイトでは、ミシェル・ウェルベックの「服従」、サンサルの「2084」を特集しています。「服従」はイスラム系住民の増加から、フランスの最大与党がイスラム系政党となる近未来を描く小説。「2084」は、イスラム系指導者によって管理される「1984」のイスラム版ともいえる小説でした。この作品では、イスラム系移民と警察が衝突し、そこから内戦が始まり、フランス全土が崩壊して行く3日間が描かれています。 
 残虐な描写は、コーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」を思い出させます。日本人の感覚からは、そこまで人々が残虐になれるとは思えないのですが、イスラム圏で起きている宗教虐殺の現実はこの小説と変らないようです。
 マスコミ、インターネット、SNS、集団心理、宗教対立、移民差別・・・様々な要素が国民を丸ごとサイコパスに変身させてしまうのが現代社会の恐ろしさかもしれません。
「服従」、「2084」、「ゲリラ」3作のフランス現代小説が描く移民大国フランスの未来はあまりに暗いようです。 
「凍える海」
au pays de la mort blanche
 
ヴァレリアン・アルバーノフ
海津正彦
1928年  ヴィレッジ・ブックス 
 ノンフィクションの名著は、時代を越え、国境を越え、小説をも越えるほど面白い!この本は1928年に書かれた作品でありながら、まったく古さを感じさせず、スリルとサスペンス、感動に満ちた名作です。そうなり得た理由は何か?
 まず第一に実際にあった究極のサバイバルをその体験者であり生き残った人物が書いた日記をもとにしたリアリズム文学であること。日記がもとになっているので、ところどころ、書く暇がなかったり、紛失していたり、抜け落ちた部分があるのもリアルです。その部分を想像するのもまた楽しいし、結末も予想不能です。
<あらすじ>
 1912年北極海を横断しアジアへと向かっていたロシアの聖アレナ号は、23名の乗員と共に途中で流氷に囲まれて動けなくなりました。春になっても動けないことがわかった乗員の一部は、船を降り、スキーとカヤックを使って陸地へと救助を求めに向かくことになります。
 そのリーダーとなった航海士のアルバーノフは、隊員11名とのその旅を日記に書き続け、無事に島へと辿り着きます。
 メンバーは何人生き残れるのか?
 残された船はどうなったのか?
(アラスカの海をシーカヤックで旅した経験のある僕としては、じつに面白い冒険記でした) 
「古書泥棒という職業の男たち」
Thieves of Book Row
トラヴィス・マクデード
矢沢聖子
2013年  原書房 
 副題は「20世紀最大の希覯本盗難事件」(時代は、1920年代から戦後にかけて)
 かつて、アメリカにいた図書館や古本屋から希少本を盗み出して暮らす人々について調べたノンフィクション作品です。本についての知識。図書館や本屋の防犯システムについての知識。本の表紙の入れ替えや図書館印を消す技術。盗んだ本を売るためのルート確保・・それらを必要とするなかなか難しい仕事のわりに、儲けはそう多くなさそうです。
 それでも大掛かりな場合はチームによって、図書館内の非公開本すら盗み出す場合もあったとか。手下に盗み出させ、それを販売することでお金だけでなく地域の大物になった人物もいたといいます。
 様々な人々が登場し、図書館側の防犯の専門家も興味深いのですが、僕にとって一番魅力的だったのは、全米を旅しながら長年にわたり本を盗んで売っていたヒルダ―ウォルドという人物。大不況時代に彼はあのウディ・ガスリーの隣りに座って旅をしていたかもしれない、そう考えると・・・なんだかロマンを感じてしまいます。
 本好きには気になるノンフィクション作品です。 
「古書の来歴」People of the Book ジェラルディン・ブルックス
森嶋マリ
2008年 ランダムハウス講談社
<歴史ミステリーの傑作!>
 サラエボで発見されたユダヤ教の家族のための祈祷書(サラエボ・ハガター)には、正統的なユダヤ教では許されていなかったはずの美しい絵が添えられていました。歴史の流れの中でユダヤ人が迫害されるたびに、その書物は焚書となる危機に遭遇してきました。なぜ、21世紀までそれは残ることができたのか?そんな実在の書物の歴史を、明らかになっているいくつかの事実をもとに著者が想像の翼を羽ばたかせて作り上げたのがこの作品です。
 ヨーロッパにおけるユダヤ人迫害の歴史が第二次世界大戦以前にも長く続いていたことに驚かされるかもしれません。しかし、そこまで憎まれてきたユダヤの歴史においても、まだ美しい作品は守られる可能性があったわけです。それを守ったのがイスラム教徒だとしたら・・・主人公にそんなヨーロッパの歴史から離れたオーストラリア人が選ばれたのも、必然かもしれません。まあ、著者自身がオーストラリア出身でヨーロッパ、アメリカへと活動拠点を移した作家なのですが・・・。
「本と歴史が好きな人には、たまらない本」です。
「失踪者たちの画家」The Artist of the Missing  ポール・ラファージ
柴田元幸
1999年  中央公論
前衛的だけど面白い小説。めくるめく「都市のイメージ」の洪水に少々疲れますが、
半分ぐらいまで頑張って読んでください。そこからは一気に読めるでしょう。
普通の小説に飽きた人、完成された小説に飽きた人にお薦め!
「ジャッカルの日」The Day of the Jackal フレデリック・フォーサイス
篠原慎
1971年 角川文庫
<ドキュメンタリータッチの推理サスペンスの歴史的名作>
仏大統領ドゴールの暗殺未遂事件を題材にフレデリック・フォーサイスが描いたサスペンス小説
軍人、海外特派員出身の著者にとっての処女作でありながら世界的ベストセラーとなった代表作
フレッド・ジンネマン監督による映画化作品も、エドワード・フォックスのクールな魅力もあり大ヒット
ドキュメンタリー・タッチでありながら、読者を飽きさせない文章力にはまりました。
本作と「オデッサ・ファイル」「戦争の犬たち」と次々に映画化。どれも良かった!
エンターテイメント性と政治性を併せ持つ作風は、その後、多くの作家に影響を与えました。
イギリス人ならではの皮肉で反体制的な視点にも好感がもて、僕は大好きな作家でした。
彼の小説によって、ビアフラなどアフリカにおける内戦の複雑な構図を知ることができました。 
「呪術師と私 - ドン・ファンの教え -」 カルロス・カスタネダ
真崎義博
1968年 二見書房
<60年代エスニック・ドラッグ・カルチャーの聖典>
アメリカ人の文化人類学者によるヤキ・インディアンの呪術者との対話、修行のドキュメント
著者自身も含め、ほとんどが謎に包まれているため、どこまでが本当のことか?と疑問の声もあるが、そこは問題ではありません
人間の限界についての新たな視野を見せてくれたことで、その後のニューエイジ運動に大きな影響を与えました
ただし、それは1960年代末に区切りを迎えたサイケデリック・ムーブメントの新たな展開であり、挫折した学生運動の逃げ道でもあったようです。
僕自身は1980年代初めにアーティストの友人宅で出会い、大きな影響を受けることになりました。今思えば、そこから一歩間違うと「オウム真理教」への入り口になった可能性もありました。
「呪術の体験 - 分離したリアリティ」「呪師に成る - イクストランへの旅」 「未知の次元 - 呪術師ドン・ファンとの対話」「呪術の彼方へ - 力の第二の環」
シリーズはけっこうあるのですが、先ずはこの第一作をお読み下さい。全然、面白くないと思ったあなたは、残念ながら完全なる「大人」です。 
「巡礼」 橋本治  2009年  新潮社 
ゴミ屋敷のネタは、朝のワイドショーの定番のひとつです。そんなある意味陳腐この上ない題材を小説化。さすがは橋本治です。
ゴミ屋敷の主って、どんな人物なんだろう?ワイドショーでは変人としか扱わないけれど、もともとゴミ集めが趣味だったわけではないのでは?
著者は、そんなゴミ屋敷の主の人生を子供時代にまでさかのぼります。彼の人生からは、「昭和日本」の商店街の歴史と商人一家の家族史が見えてきます。ワイドショーの薄っぺらさ批判から、後半は「人間」の本質に迫る「巡礼」の旅へと発展します。  
「人生の真実」The Facts of Life グレアム・ジョイス
市田泉
2002年  東京創元社 
世界幻想文学賞受賞作ですが予想外の内容でした。それは幻想文学というよりも、1950年代の英国コベントリーの街を舞台にした家族の大河ドラマなのです。
 ちょっとした死者との交信能力をもつ母親とその子供たちの人生を描いたドラマは、悪魔との対決やオカルト的な事件が起きるわけではないのですが、まるでジョン・アーヴィングの小説のように個性的なキャラクターばかりで可笑しくてやがて悲しい人生ドラマを堪能できるはずです。 
「スウィングしなけりゃ意味がない」  佐藤亜紀 2017年  角川書店 
 文句なしに面白い小説です!
 もちろんジャズファンにはたまりませんし、映画化すたら世界的なヒットの可能性もありそうです。と思っていたら、1993年にこの題材が映画化されていました。トーマス・カーター監督によるドイツ映画「スウィング・キッズ」です。
 ドイツ第二の都市ハンブルグに住むお金持ちのボンボン。金と暇を持て余す彼らはアメリカからやってきたジャズにはまり、パーティーを開いたり、レコードを集めたり、バンドを組んだりしていました。しかし、ドイツは第二次世界大戦が深まり、混沌とした状態に陥り始めます。
 それでも人々は音楽を求めていたため、彼らはBBC放送を録音し、それをレコードにして販売を行い一儲けし始めます。悲惨になりがちなドラマをブラックでドライな物語に仕上げています。これはドイツ人ではない日本人作家だからこそ可能だったのかもしれません。
 ヨーロッパの文化を描かせたら日本一の作家による歴史エンターテイメント小説の傑作です! 
「スクープ」SCOOP  イヴリン・ウォー
高橋進
1938年  白水社 
 これぞ英国文学という作品です。
 北アフリカの架空の国で起きつつある内紛を取材するために派遣された記者がそこで巻き込まれるトラブルの数々を描いています。
 主人公は、田舎暮らしをしながら田園生活についてのエッセイを書いていたのですが、人違いで陰謀渦巻くアフリカへと向かうことになりました。著者は、エチオピアの皇帝ハイエセラシエを取材した経験があり、その時の混沌とバカバカしさを体感しています。
 同世代の作家であるジョージ・オーウェルが描いた救いのない世界とは異なり彼が描くのは、明るくのどかなブラック・ユーモア作品。
 その分、小説としては読みやすいため、時代を越える衝撃を与えることはできなかったのかもしれません。ただし、この小説は今読んでも、まったく古さを感じさせません。それは、この作品で描かれている世界が今でもアフリカに存在するからかもしれません。  
「スモール・イズ・ビューティフル」
small is beautiful
エルンスト・F・シューマッハー
小島慶三
・酒井懋共 
1973年 講談社文庫
<世界経済の未来を予見した歴史的名作>
オイルショックを予見し、未来のエネルギー危機に備えるために拡大する一方の経済政策を見直すことを宣言
2000年には、「スモール・イズ・ビューティフル再論」も出版され、未だに古さを感じさせない歴史的名著
経済、社会の未来を予見しただけでなく「人間の生き方」そのものにも影響を与えた点では哲学書でもある
著者はドイツ人で鉱山関連の経営顧問として働いた後、エネルギーの未来に疑問を感じ生き方を見直します
ビルマの仏教に影響を受け、仏教的な経済学の観点から執筆した経済学の書
実に読みやすくわかりやすく説得力があります。是非、一度お読みください! 
「ゼロからトースターを作ってみた結果」 トーマス・トウェイツ
村井理子 
2011年  新潮文庫 
 文字どうりトースターを構成する400以上の部品をその素材から作ろうという試みの書籍化作品。写真も多くわかしやすく説明してくれているので、理系が苦手、子供さんでも楽しめるでしょう。
 基本は「科学ドキュメント」ではありますが、鉄や銅を鉱山で掘るところからやろうというのですから、「冒険ドキュメント」でもあり、様々な失敗が楽しい「ユーモア青春ドキュメント」でもあります。しかし、最も重要なのは、わずか500円(日本円で)で売られているトースターがいかに多くの部品から、いかに多くの歴史的過程を経て、いかに環境を犠牲にして、いかに労力をかけて生み出されているのかがわかることです。これは是非学校の授業で使ってほしい本です。文庫になっているので、是非、手に取って見て下さい。 
「存在しない小説」
the Novel does not exist
いとうせいこう 2013年 講談社
6つの中短編小説からなる架空の作家による不思議な作品集
イタリア人、ペルー人、日本在住のマレーシア人、日本人、中国人、チェコ系ドイツ人による異なる国を舞台にした作品。
「作家の人生」を読者に想像させる仕掛けはさすが「いとうせいこう」
世界を旅した経験がないと書けない小説です。
僕的にはマレーシアの作家による作品「あたし」が好きです。 
「高い窓」The High Window レイモンド・チャンドラー
村上春樹(訳)
1942年  早川書房 
 訳者の村上春樹氏も書いているように、この作品は推理小説的色合いが濃い目。そのぶんハードボイルドなドラマとしての魅力が少なくなったのかもしれません。とはいえ、チャンドラー節ともいえる粋な文章が目白押しです。

・・・通路の終わったところにはコンクリート・ブロックがあり、その上には塗装された黒人の少年の像があった。白い乗馬用の短いズボンをはき、緑色の上衣を着て、赤い帽子をかぶっていた。鞭を手に持ち、その足もとのブロックには馬をつなぐための鉄の輪っかがついていた。少年はどことなく哀しげに見えた。あまりに長く、来ない客を待ち続け、さすがに気落ちしたのだろう。私は誰かが玄関に出てくるまでのあいだ、そこに行って彼の頭を叩いてやった。

「私がこの場所についてとても気に入っているのは、何もかもがそれらしく決まっていることだ」と私は言った。
「ゲートの警備員、黒人のドアマン、煙草売りの娘、クロークの娘、長身のつんつんした、いかにも退屈しているショーガールを同伴した、太って脂じみた好色そうなユダヤ人、酔っ払ってバーテンダーに当たり散らす、着こなしが良くて無礼きわまりない映画監督、拳銃を持った無口な男、B級映画の大根演技が身についた、ソフトな白髪のナイトクラブのオーナー、それから君だ。長身で黒髪の女性トーチ歌手、投げやりな冷笑、ハスキーな声色、ハードボイルドな科白」


 私がそこを辞去するとき、マールはエプロンをかけてパイの皮をのばしていた。粉のついた両手をエプロンで拭きながら戸口にやってきて、私の口にキスし、泣き出し、家の中に駆け戻っていった。しばらくのあいだ戸口には誰もいなくなったが、やがて彼女の母親がやってきて、裏のない広々とした笑みでその空白を埋めた。そして私が車で去って行くのを見送った。
 その家が視界から消えていくのを見ながら、私は不思議な気持ちを抱くことになった。どう言えばいいのだろう。詩をひとつ書き上げ、とても出来の良い詩だったのだが、それをなくしてしまい、思い出そうとしてもまるで思い出せないときのような気持ちだった。
 
「立花隆の本棚」 立花隆  2013年  中央公論 
  偉大なるノンフィクション・ライター立花隆の所蔵本を収めたネコ・ビルは、以前、爆笑問題のドキュメンタリー番組で見た方もいらっしゃるかもしれません。巨大な猫が描かれたビルの本棚を写真を収めたものに、所有者が解説を加えたのがこの本です。それはまるで「知の巨人」立花隆の脳内探検記です。
 彼のそれぞれの著作を生み出すために、どれだけの本が使われたか、気が遠くなります。よく考えると、このサイトもそのままネコ・ビルのネット版みたいなものなのですが・・・・・。あなたがもし、この本の全体を楽しめる人ならば、きっと生涯、人生に飽きることはないでしょう。
禁忌 TABU」  フェルディナント・フォン・シーラッハ
酒寄進一
2013年  東京創元社 
万物には、自分以外の人にも見える色の他にもこうした見えない色がついていたので、ゼバスティアンは脳内で独身にこの世界を秩序づけるようになった。しだいに色分けによる地図が出来上がった。その地図には無数の通りと広場と横丁があり、毎年、新たに領域を広げた。ゼバスティアンはこの地図の中でなら動くことができ、色彩を通して記憶を呼び覚ました。この色の地図は彼の子ども時代のすべてをあらわした。その地図では、家のほこりは時代の色を帯びる。つまり深くて、柔らかい緑色。
 正直、わかりずらいのですが、面白いのも確か。最後まで謎が残りますが、そんなモヤモヤ感が楽しめればお薦めです。 
「たゆたえども沈まず」
Flutuat Nec Mergitur 
原田マハ 2017年  幻冬舎 
 ゴッホと弟のテオの関係を描いた伝記本、伝記映画は今でも数多く生み出されてきました。しかし、原田さんのこの作品は、その二人の関係にもう二人、それも日本人の画商をからませたところがミソです。日本の浮世絵や美術品をヨーロッパに持ち込み、それを自らの画廊で販売。1900年のパリ万博でも日本側の責任者を任されて、ジャポニズム・ブームの仕掛け人として大活躍した人物です。彼は日本美術の販売だけではなく、印象派の作品の価値をいち早く見い出し、それらの作者たちと親しく付き合い、時には援助を惜しまなかったことが知られています。
 したがって、彼がゴッホとも何かのつながりあった可能性もあるだろう・・・。ということで、この作品は作られました。もしかしたらあり得たかもしれないゴッホのもう一つの物語ですが、僕的にはゴッホよりも脇役のはずの林忠正という人物のことをもっと知りたくなりました。
 もしタイムマシンがあったら、1900年のパリ万博に是非行ってみたい!

 包みを開いて作品を見せた瞬間、彼女が顔を輝かせて言ったひと言を、テオは忘れることができない。
- なんてすてきなんでしょう。この絵を部屋の中に飾ったら、まるでもうひとつの新しい窓ができるようだわ!
 その言葉こそがいまの芸術界を象徴していると、テオには感じられた。
- 新しい窓。そうだ、その通りだ。
 新しい時代に向かって開け放たれた、新しい窓。
 印象派の画家たちの作品は、まさにその「窓」なのだ。
「小さなおうち」  中島京子  2010年 文藝春秋
 この物語世界において、状況と状況は怖いほどすれ違っている。『小さいおうち』が私の雪崩体験と同じことを書いているというのは、そういう意味だ。私が何度も雪崩に遭って学んだことは、人間は状況を正しく理解する能力に欠けているということだ。自分の属する世界が危険な水域に突入しても、私たちはそのことに気づいていない。
(僕としては、「気づいていないと思い込ませている」という方が正確だと思いますが・・・)
 日々の連続的な「小状況」と、政治や経済、国際情勢などの「大状況」は私たちの認識のレベルにおいては基本的にずれている。そして考えておかなければならないことは、「大状況」を動かしている政府高官、政治家、経済人、役人などなどのベスト・アンド・ブライテストな人々も、自分たちの思惑や事情などといった「小状況」に取り囲まれながら「大状況」を動かしているという点だ。・・・ 
「血の探究」By Blood エレン・ウルマン
辻早苗
 2012年 東京創元社 
<ストーカー探偵ホロコーストに挑む>
異色の推理小説。推理小説には現場に行かずに推理を展開する名探偵がいますが、この小説の主人公は隣の部屋で盗み聞きをしながら推理を行い独自の捜査を行うことになります。ある意味、ストーカー探偵という設定だけでも十分面白いのですが、さらにそこに歴史小説の要素が加わります。ヨーロッパが最も混乱していた第二次世界大戦中のユダヤ人弾圧からイスラエル建国への歴史、そして1970年代のアメリカまで・・・
 多くのユダヤ人が抹殺された収容所で、なぜ生き残ることができたのか?その奇跡のドラマが1970年代のサンフランシスコにつながって行きます。
 大きなため息をつき、ミハルが続けた。ユダヤ人でなければ、パリのビストロに入り、食前酒のキールを飲み、臭い煙草を吸い、周囲を見まわして、ここにいるのはわたしたちを国外に追放するのにひと役買った人たちだろうか、なんて考える必要もない。
 エッフェル塔に上がり、シャンゼリゼ通りを歩く。そして、たいせつなパリを救うために、この人たちはあっという間に手のひらを返したのだ、なんて考えずにすむ。・・・

 ユダヤ人として迫害された過去をもつ人にとって、ヨーロッパは苦い思い出の土地なのかもしれません。だからこそ、彼らはヨーロッパを出てパレスチナの地に国を作りたかったのでしょう。だからといって、イスラエルがそこから先にしたことは・・・ 
<あらすじ>
主人公は大学で問題を起こして休職中の身。彼はカウンター・カルチャーの聖地、1970年初めのサンフランシスコに移住し、古いビルの中に部屋を借りて研究を続けようとします。
ところがある日、彼は隣の部屋が精神分析医のオフィスで、そこで診察を受ける女性患者に興味をもつようになります。
彼女は自分が養子だった事実を知り、本当の親が誰かを知りたいと育ての母親を問いただします。すると、自分がヨーロッパから連れてこられた子供で両親はユダヤ人だったことがわかります。本当の親は誰なのか?彼女のことが気になる主人公は自らの手で調査を開始。彼女の両親がユダヤ人収容所にいたことをつきとめます。しかし、ほとんどのユダヤ人が抹殺された中、なぜ彼女の母親は助かったのか?なぞはなぞを生む中、ついに母親らしき人物がイスラエルで生きていることをつきとめます。
しかし、その調査結果をどうやって彼女に伝えるか?ストーカー探偵の苦悩は続きます。 
「月と6ペンス」The Moon and Sixpence  サマセット・モーム
金原瑞人ほか
1919年 新潮文庫、岩波文庫

「どうしても三流画家でしかありえないとしても、すべてを投げすてる価値があると思うのですか。つまりですね、何かほかの分野でならば、あなたが大してうまくゆかなくても、あまり問題ではありません。ほどほどにやりさえすれば、それでうまく通ってゆきますよ。だが、芸術家となるとちがいます」
「きみは、見下げはてたばかだ」と彼は言った。
「明白なことをいうのは、ばかですか。ぼくにはわかりませんね」
「ぼくは、描かなけりゃならないんだ、といっているだろう。そうするよりほかないんだ。人が水の中へ落ちたら、どういう泳ぎ方をしようと、うまかろうが、まずかろうが、そんなことは問題でない。水からでなけりゃ、溺れてしまうだけだ」


・・・水に溺れたストリクランドが絵を描かなければならなかったのと同じように、たしかにあの時、私もまた生死の損得勘定を度外視してツァンポー峡谷を探検しなければならなかった。今振り返ると、それもまた表現というひとつの狂気のかたちであったと思う。 
「とても短い長い歳月」The Portable Futrukawa  古川日出男
三田村真(再編集)
DJ Ubusuna(Mix)
2018年  河出書房新社 
 古川日出男の様々な短編小説と長編小説からの絶妙な抜粋を編集することで生み出された「古川ワールド的」ベスト・アルバム。。
 ウィリアム・フォークナーの作品群から「ポータブル・フォークナー」(1946年)という作品が生み出されており、これはその古川版。
 確かにそれぞれの小説が次のキャラクターや題材にうまくつながっていて、一つの世界観の中で物語が進行して行くよう仕上がっています。しかし、重要なのは、それぞれの作品がどれも単品として力強く、魅力的であることです。「小説」とは、「面白い物語」を書くことではなく、「読ませる文章」を書くことが基本にある!そのことを強く感じさせる作品です。 
「ドローンランド」Drohnenland  トム・ヒレンブラント
赤坂桃子
2014年  河出書房新社 
 実に面白いSFハードボイルド推理小説です。「ブレードランナー」+「1984」+「マイノリティー・リポート」といった感じです。
 時代は21世紀後半。地球温暖化により、海面が上昇し、オランダは地図上から消えています。さらに37カ国からなるEUから英国は脱退しようとしていて、世界経済の中心はブラジルに移っています。人々はかつての携帯電話の代わりに「スペックス」と呼ばれるメガネ型端末を使用し、あらゆる情報のやり取りを行っています。ところが、そのスペックスによってもうひとつの仮想情報空間が構築され、それが国家情報機関によって利用されていました。
 そのもうひとつの世界である「ミラー・スペース」を利用すれば、捜査官はどんな場所にも、さらに過去にさかのぼった殺人現場にも行くことが可能です。(タイムマシンにもなりうるところが凄い!)
 かつてジョージ・オーウェルの「1984」で描かれた究極の管理社会がこの小説ではより具体的にそのシステムまで描かれています。
 誰がいつだったか言っていた。真実は9時から5時のあいだには明るみに出ないと。わたしにさらにつけくわえさせてもらえるなら、真実がオフィスビルんび迷い込むことも稀だし、まして最高裁判所の建物になんてありえない。真実か、少なくとも真実の照り返しは、公式な会議とか、事情聴取とか、ホロ会議とは別のところで見つかる。そうでなければ、なぜわれわれ刑事が夜通し居酒屋のカウンターに張り付いているのか、わからないじゃないか。警察ドローンの方がいい仕事をするのに、<リトルテヘラン>をこれといった目的もなしにパトロールするのはなぜなのか?それはわれわれがプロの探索者、真実の探索者だからだ。「探せ、一番よく知っているのはわれわれだ。なにかを見つけたいと思ったら、がんばってそれを探してなならない。


 遅かれ早かれ人は自分の従軍の行動パターンに陥ってしまう。
 わたしは指のあいだで易占いのコインをもてあそんでいた。パッツィもきっと同じような思考過程をたどったのかもしれない。そして自分の完全なデータ履歴が誰かの手に渡れば、迷宮に入れられたモルモットのように、すべては見通され予知されてしまうとはっきりわかったのではないだろうか。彼はそこから、予測的パターンから外れるにはたった一つの方法しかないという結論にいたった。彼はそこから、予測的パターンから外れるにはたった一つの方法しかないという結論にいたった。つまり偶然である。
内面からの報告書」Report from the Interior ポール・オースター
柴田元幸
2013年  新潮社 
 1947年生まれのオースター66歳の作品。自らの半生を振り返った自伝的作品ですが、単なる伝記ではなく当時の心の奥底にまで迫るまさに「内面からの報告書」になっています。
 「内面からの報告書」は、少年時代の自分がしたことへの、後悔、懺悔、謎の追及などを、優れた作家だからこそ可能な方法で描きます。
 「脳天に二発」は、二本の映画「縮みゆく人間」、「仮面の米国」の「あらすじ」と感想を描いた異色の作品です。 その「あらすじ」が下手な小説より全然面白いのです!偉大な作家が書けばB級映画でも名作に変身してしまうのです。
 「タイムカプセル」は、著者が学生時代から付き合っていた恋人リディア・デイヴィス(作家)に充てて書いた手紙とそれについてのコメントを並べた若き日の愛の物語です。薬物を使用しながら書いたとしか思えない手紙やニューヨークでのビートニク的暮らしを記した手紙などそれぞれの変化も楽しめます。
 読んでいると、なんだか自分の青春の思い出がよみがえって恥ずかしくなってきました。でも、そうして思い出せるうちに書いておかないと・・・ 
「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」
National Story Project
アメリカの人々
柴田元幸、岸本佐知子ほか
2001年 新潮社
 大好きな作家、ポール・オースターがラジオ番組に出演した際、ラジオで番組をやりませんか?と誘われ、原稿を書く時間がないから断ろうとしたら、奥さんに「リスナーに書いてもらえばいいじゃない」と言われて生まれた企画。アメリカの大衆が体験した出来事を短い文章でまとめ、それをオースターがラジオで朗読する番組が誕生。4000もの作品が寄せられ、そこから選ばれた179編が一冊の本にまとめられました。
 何だあり、笑いあり、驚きあり、?ありと様々な体験が語られまったく飽きません。オースターが手直しをした作品もあるのか、なんとなく彼の短編小説集を読んでいるように似たテイストが感じられます。
「私が読んだ4千の物語のうち、そのほとんどは最後の一語まで読みたくなるだけの力を備えていた。ほとんどはシンプルで率直な確信を込めて書かれていて、書き手にとって名誉にこそなれ少しも恥ではない出来だった。私たちにはみな内なる人生がある。我々はみな、自分を世界の一部と感じつつ、世界から追放されていると感じてもある。一人ひとりがみな、己の生の炎をたぎらせている。そして自分のなかにあるものを伝えるには言葉が要る。何度も何度も、私は投稿者から礼を言われた。物語を語るチャンスをくれてありがとう、と。」
ポール・オースター 
「ニグロ」(アンソロジー) Negro : Anthology  ナンシー・キュナード(編)
ヒュー・D・フォード 
1933年 日本版はなし 
英国の世界的な船会社「キュナード・ライン」創業者の曾孫ナンシー・キュナードは、ボヘミアンのミューズとして有名な存在でした。
ルイ・アラゴンらと付き合うと同時に黒人ジャズ・ピアニストのヘンリー・クラウダ―とに恋に落ちます。
33歳と時、ヘンリーと共にアメリカに渡り、「ハーレム・ルネッサンス」を体感。自らの出版社から黒人文化の集大成的アンソロジーとして発表したのがこの作品です。
「白熱光」Incandescence グレッグ・イーガン
山岸真
2008年  早川書房 
 これぞ究極のハードSF。宇宙論とか物理学に興味がない人は読んでも挫折しそうです。そうでなくても苦労するかもしれませんが、150ページまでがんばって読めば後は一気に読めるでしょう。
 スタニスワフ・レムの哲学的思弁SFにラリー・ニーブンのハードSFを合体させているのですから、理解が難しいのも仕方ないでしょう。
 人間を描くのが「小説」と言われますが、、この小説が描くのはある宇宙人の人間性です。知識を求める人間の本質的な性質は例え「人間」という生命体が消えても、次なる生命体に受け継がれるものか?それこそが人間の本質なのでしょうか?
 著者は1961年オーストラリア生まれ。数学が専門で1980年から作家活動を開始。
 本物のSFを読みたいなら是非挑戦してみて下さい。
<あらすじ>
 はるかな未来、人類ももはや消えてしまった「融合世界」と呼ばれる天体に住むラケシュのもとに未知なる存在である「孤高世界」からの旅人がやって来ます。彼はある惑星地殻のかけらから未知のDNA基盤をもつ生命が存在することがわかったことを教え、もしその気があるならその生命を探して欲しいとその世界への鍵を残し去って行きました。ラケシュは友人のパランザムと共に探索の旅に出ます。
 周囲を岩に囲まれた世界「スプリンター」。そこは「白熱光」が降りそそぐことでエネルギーと食料を生み出す小さな世界でした。そこで働くロイは、ある日、謎の老人ザックからその世界の地図を見せられ、その構造を解明する研究を手伝って欲しいと協力を求められます。 
「薔薇の名前」Il Nome Della Rosa ウンベルト・エーコ
河島英昭
1990年 東京創元社
<歴史サスペンスの枠を超えた歴史的超大作>
記号論哲学者による14世紀北イタリアのカトリック修道院を舞台にした分厚い推理小説
膨大な情報を盛り込んだ難解な作品でありながら推理小説としての面白さは十分あり大ヒットとなった
暗黒時代と呼ばれた時代、その中心に位置していた旧体制の象徴であるカトリックの修道院
そこで起きた殺人事件を解決するウィリアムは、「オッカムの剃刀」で有名なバスカビルのウィリアムがモデル
歴史的事実を深く研究している学者ならではの時代考証は、中世の歴史書としても価値が高い
膨大な情報を盛り込んだ小説を見事にまとめた映画版の監督ジャン=ジャック・アノーの手腕も凄い 
「ピアノ・レッスン」
AU PIANO
アリス・マンロー
谷昌親
2006年  集英社  
是枝監督の「ワンダフルライフ」のフランス版。ところが、この作品では死者は天国的なところに行くのではなく、それまでとは異なる人生を歩まされます。
ピアノを弾くことを禁じられたピアニストにとって、それは地獄ともいえる世界。そこで主人公は、その掟を破ってしまいますが、その結末は?
なんともフランス的で皮肉な展開です。 
「ヒューマン・ステイン」The Human Stain  フィリップ・ロス
上岡伸雄
2000年  集英社 
限りなく白人に近い黒人男性の悲劇の人生を描いた長編小説
南北戦争以前、奴隷だった男性が夫を亡くした白人女性と結婚し、その子供が歴史の中で白人と区別できない混血の一族を生み出しました
その子孫の一人が家族を捨て、白人として生きる道を選択。必死で勉強し、ついには私立大学の学長にまで上り詰め、白人女性と結婚します
しかし、自らの生い立ちは妻にも秘密のままでした。
そんな彼が、大学でちょっとした発言をきっかけに人種差別主義者のレッテルをはられ大学を離れることになります。
皮肉な運命は自分の嘘が招いたものなのか?
妻も死に人生をあきらめかけていた頃、夫からのDVから逃げてきた年下の女性と出会い、恋が生まれます。  
部族の誇り」L'honner de le tribu   ラシード・ミムニ
下境真由美
1989年  水戸社  
「部族の誇り」は、アルジェリア版「百年の孤独」と言われ高い評価を受けた作品です。しかし、寓話でありながらイスラム原理主義への批判は明らかです。(もちろんその他にもフランスの植民地主義や現代の資本主義社会に対する批判も含まれていますが・・)
 僕的には登場人物の名前が覚えにくく、途中で時代や場所がわからなくなることがありました。逆にいうとそこがマジック・リアリズム小説ならではの魅力と考えることもできるのですが・・・
<著者>
 著者のミムニは、1945年アルジェリアの首都アルジェから30km東のブードゥーアウという町の貧しい農家に生まれました。成績優秀だった彼は大学で化学の学士号を取得後、工学専門学校で教師となります。その後、カナダの、モントリオールで経営学を学んで帰国後はアルジェ大学で経営学を教える。
 1992年「一般的な野蛮から特殊な原理主義まで」を出版。その後、イスラム原理主義者に狙われ始めます。結局彼は家族と共にモロッコのタンジールに亡命。
 1995年2月12日パリの病院で肝炎が悪化してこの世を去りました。 
「プリティ・モンスターズ」Pretty Monsters  ケリー・リンク
柴田元幸
2008年  早川書房 
 素敵で奥深いSFファンタジー青春短編小説集 
 物語の全体像がつかみづらいのに細部まで映像が見える不思議な世界観の作品集
 いったい何の話なのか?結末はどうなるのか?
 最初はわけがわからないのに、なぜかページをめくる手は止まりません。そして何度も読めるのは、文章の魅力によるものでしょう。
 これが短編小説にとって最も重要な要素なのかもしれません。
「ブルックリン・フォリーズ」The Brooklyn Follies ポール・オースター
柴田元幸
2006年  新潮社 
 小説家としてのデビュー作「ガラスの街」(1985年)から、「幽霊たち」「鍵のかかった部屋」「最後の物たちの国で」までの作品で僕はすっかり彼のファンになりました。映画化された「スモーク」「ブルー・イン・ザ・フェイス」「ルル・オン・ザ・ブリッジ」も大好きです。しかし、映画ファンとしては、2002年の「幻影の書」こそ最高傑作だと思ったものです。ところが、あの「9・11同時多発テロ事件」により、彼は新たな傑作「闇の中の男」を生み出しました。
 そんな二つの傑作の間に書かれたこの幸福なる小説は、なんと9・11当日に終わります。彼の小説では珍しいハッピー・エンドなのに・・・
 ポール・オースターが、「ガープの世界」や「ホテル・ニューハンプシャー」のジョン・アーヴィングの物語に挑んだような「物語」の展開と個性的な「キャラクター」の魅力で読者を楽しませてくれます。カート・ヴォネガットからジョン・アーヴィングそしてポール・オースターへ、皮肉屋でありながら心優しき作家たちの系譜が生み出した「人間賛歌」をぜひお楽しみ下さい!
ペナンブラ氏の24時間書店」
Mr.Penumbra's 24-Hour Bookstore
ロビン・スローン
島村浩子
2012年  東京創元社 
 ウンベルト・エーコの名作「薔薇の名前」が好きでIT機器をいじるのが好きな人ならこの本は最高に面白いでしょう。ただし、この条件に当てはまる人はそれほど多くはないかもしれません。(ある意味正反対の趣味ですから・・・)
 物語のスタートは謎だらけの本屋さんです。(「はてしない物語」的な)ほとんど客がこないのに24時間営業なのはなぜか? ほとんどの本は貸出専用で従業員は読むことが許されていません。いったいそれらの本は何のためのどんな本なのか?
 その店でバイトをすることになった若者がITオタクの仲間やグーグルで働く彼女らと、その本に関わる謎を解くために動き出します。
 正直、ITに弱い僕ですが、この本は一気に読めました。世の中のハイテク化が進むほど、その対極に位置するOld Knowledghe、ローテク、職人技の価値が見直され、その融合から新しい何かが生まれることになるのかもしれない。
 そんなことを考えさせられました。 
「ヘミングウェイの妻」The Paris Wife ポーラ・マクレイン
高見浩
2011年  新潮社
 ヘミングウェイ最初の妻、ハドリーの結婚生活を描いた異色のドキュメント・ノベル。無名時代からブレイクするまでのヘミングウェイの交友関係を知ることができ、パリの黄金時代の人間模様を知ることもできます。特にスコット・フィッツジェラルドから得た助言の部分などは興味深いものがあります。
 あの頃、わたしたちはパリを”至高の場所”と呼んだ。そして、事実そうだったのだ。わたしたちはそんなパリを自から発明したのだとも言える。憧れとタバコとラム・セント・ジェームズで、わたしたちはパリをつくったタバコの紫煙や粋で野蛮な会話でパリをつくり、これがわたしたちのものではないと言えるなら言ってみろと、だれかれかまわず挑発した。わたしたちは手を携えてあらゆるものをつくり、そして最後には粉々に打ち砕いてしまった。・・・ 
「ポラロイド・コレクション アメリカ写真の世紀」 アメリカのカメラマンたち  2000年 淡交社 
 約80人のカメラマンによる159枚の写真からなるポラロイド・カメラによる写真集です。ジャンルは多岐にわたり、撮影者も様々です。
アンディ・ウォーホルのセルフ・ポートレイトから始まり、デヴィッド・ホックニーの合成写真、アイリーン・コーウィンのドラマチックな写真、シェルビー・アダムスがアパラチア山脈に住む人々を追ったドキュメント作品、KKKを追った危険な告発写真、アメリカの雄大な自然を収めた風景写真・・・1944年にアメリカ人、エドウィン・H・ランドが発明したポラロイド・カメラによる写真はフォトジャーナリズムを発展させただけでなく、アートとしての写真の新たなスタイルを生み出しました。そんなポラロイド写真の歴史とアメリカの歴史が重なって見えるような貴重な作品集です。

・・・今はもうないもの。過去の一定の位置にピンで留められたもの。それを見る時に感じる淋しさや喪失感には大きな意味があるとぼくは信じている。時は容赦なく流れる。後の世に残るのはこんな体温もない固いものでしかないと改めて思い知るのは、今という一瞬に酔っていい気になってうる者にはいい薬になる。・・・
池澤夏樹

・・・そして、1970年代からだろうか、アメリカ人はその裏のパレードの存在に気づいた。一度気づくともう知らぬふりはできない。特に鋭敏な感覚を持つアーティストたちがこの裏のパレードを表現しはじめた。彼らとて忌まわしいものをいきなり人に見せつけたりはしない。そんな品のないことはしない。しかし、それがそこにあることを思い出させる(remind)のが公認の手法になった。実際、そのきっかけは社会のいたるところにある。なにかにつけてその存在は人の目を引く。
 だからちょっと意図的に写真を構成しようと思えば、その中に恐怖の種子がいくつか紛れ込むのは当然で、その結果がたとえばこのコレクション。・・・
 いったんこの態勢に入ってしまうとものの背後に別のものが見える。ぼくはここに集められた写真のどの一枚の中にも怖いものを指摘できる。それだけの強烈なストーリー性をこれらの写真は持っている。一点づつがスティーブン・キングの短編のよう。

・・・
池澤夏樹「アメリカの脅え」より 
「迷子たちの街」Quartier Perdu パトリック・モディアノ
平中悠一
1984年  作品社 
2014年にノーベル文学賞を受賞したフランス人作家の作品。「記憶の芸術家」と呼ばれる著者の原点ともいえる作品では、「過去」と「現在」が美しくクロスオーバーされています。
<あらすじ>
 1950年代、パリで夜遊びを繰り返す謎のセレブたちと共に暮らした青年。しかし、パリの黄金期は終わりを迎えようとしており、彼自身も誤って男を射殺してしまった女性を助けることに・・・
 彼女を愛していた彼は、事件を迷宮入りにしようと、彼女を逃がした後、自らが罪を背負うようにパリを出てイギリスにわたります。そこで彼は英国人として生きる道を選択。推理小説を書き始め、有名作家となります。そんな彼が出版契約の為、20年ぶりにパリの街に帰ります。
 そこで再会した。かつての友人たちにより、20年前の出来事が明らかになります。 
「マザーズ」 金原ひとみ  2011年  新潮社 
・・・女は子供を産んだら変わるというのは、多くの先輩たちが口をそろえる世の真理らしい。その時に山に行きたいと言ったら、一体妻はどういう反応を示すか。・・・
 しかし『マザーズ』を読んだ今、私にはとっておきの言い訳の切り札がある。「どうして私だけ育児をして、あなたばかり自分の好きな山に行くの?」と詰問されたら、こう言って反論するつもりだ。
「だってしょうがないじゃないか。俺は子供が産みたくても産めないんだから。山に登らないと、生と死の秘密が分からないんだよ」
 だがもしかしたら、さらにこう反論されるかもしれない。
「それは矛盾してない?だって子供は自然そのものなんだから、もう山には行かなくていいはずよ」
 その時はもうしようがない。山登りは理屈じゃないのだ。
 
「真夜中のギャングたち」
Gangster Fables
バリー・ユアグロー
柴田元幸
2010年 ヴィレッジブックス
日本の「ヤクザ映画」、「北野映画」、「タランティーノ映画」、「フレンチノワール」・・・
のエピソード短縮版を見ているような映像的短編小説集
それぞれの作品が長編映画になりそうなイメージをもっているのがミソ
読者がそれぞれ自分が監督になって妄想の映画を撮りたくなる小説ばかりです
ちゃんとした落ちがないために、なおさら読者は先を考えさせられます。 
娘について
About My Daughter 
キム・ヘジン Kim Hyejin
古川綾子
2017年 亜紀書房
<あらすじ>
 夫の残した家を守りながら、老人介護施設で働く60代女性が主人公の韓国の小説です。彼女は、日に日に過去の記憶と人間性を失いゆく老女の世話をしています。 自分も少しづつ彼女のようになるのだと感じながら、将来への不安が増す毎日。その上、30歳を過ぎた一人娘は、定収入の非常勤講師で安定しない生活を続け、家賃が払えなくなって、同居を余儀なくされます。
 ところが、借金があるからと連れてきた彼女の同居人は、女性でした。同性愛に不寛容な韓国では、同性愛者であることが明らかになると仕事をも失いかねません。それどころか、このままだと娘は結婚もせず、将来も見えてきません。主人公は、その不安と怒りを娘の恋人にぶつけます。そんな中、娘は同性愛者であることを理由に仕事を失った仲間を救うための運動を開始。それにより、彼女もまた様々なトラブルに巻き込まれて行きます。

 貧困、老人介護、同性愛、失業問題・・・日本よりもひどいと言われる韓国社会の暗部を笑いで隠すこともなく、真正面から描いているにも関わらず、読み出すと一気に最後まで読まされました。著者の力強い文章は、苦難に巻き込まれていながらも、それぞれの人物にはその状況に負けないだけのパワーが感じられます。彼女たちなら、なんとかなりそうに思えてきます。この力強さは、やはり韓国と日本の違いかもしれません。
 重く暗いテーマなのに読む者を前向きにさせる素晴らしい作品です。
「明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか」 大島幹雄 2013年 祥伝社  
サーカス・プロモーターという特殊な仕事を持つ著者による明治のサーカス芸人の波乱の人生を描いたノンフィクション。
日本の伝統芸能を武器にロシアに渡った芸人たちが日露戦争、ロシア革命、第2次世界大戦を生き延び、その子供たちが21世紀までサーカスで仕事をしている!驚きの歴史ドキュメンタリーです。
まさか現在のジャグラーの持ち芸に日本伝統のパフォーマンスがあったなんて・・・。 
「予定日はジミー・ペイジ」 角田光代  2007年 白水社
てっきり著者の角田さんが子供を産んだ体験をもとに書いたのかと思いました!さすがは小説家、子供を産まなくっても、出産についての小説ぐらい書けないと・・・。男の読者としては、「ならば、男が想像力を働かせて読んでもいいのですね」と一安心。思えば、我が家の同じような時期、僕は夫として何も考えていなかったなあ・・と思います。その頃、うちの奥さんも夢を見たのか?と聞くとそんなことはなかったとのことでした。
 当時この本があったら一緒に読みたかった・・なんだかわが家の長男誕生時のことが懐かしく思い出されました。

 子どもを産むということは、時間を手に入れることかもしれない、と私はふと思い、思ったままを言ってみた。
「そうね、そうだ、ほんと」
Kはまじめな顔をして幾度もうなずく。「時間ってのはいつもいつも流れているんだけど、子ども産んだとたん、それが目に見えるようになる」
「そうか、ここには時間が詰まってるのか」突き出たおなかを神妙にさすると、Kは笑った。


 私がいま後生大事におなかに抱えているものは、未だ個人ではなくて、私という個人の子どもですらなくて、何かの一部なのかもしれない。海とか空とか木とか花とか、そういうものの。見知らぬ人がなんの垣根もなく話しかけてくれるのは、だからじゃないか。空とか花とかは、だれかひとりのものではない、みんなで愛でるものだから。

 母親たちのこの感覚に比べて、父親たちの感覚はお粗末なものです。
 そういえばそうか。この人は、一生わからないんだものな。
 この、「ひとりではない感」を味わうことはないんだものな。ベビー用品店で、異様なハイテンションだった男たちを思う。彼ら、ああして一生懸命わかろうとしていたんだな。
 自分はひとりではないんだという、一生に幾度感じられるかわからないあまやかな気持ちを。
 
「楽園のカンヴァス」La toile du paradis 原田マハ  2012年  新潮社
<あらすじ>
 ニューヨーク近代美術館の学芸員ティム・ブラウンはスイス在住の謎の大富豪に呼ばれ、そこでアンリ・ルソーの大作「夢」とそっくりの作品を見せられます。そして、それが本物かどうか鑑定するよう依頼されます。ただし、その鑑定は同時にもうひとり日本人研究者、早川という女性も行い、最終的により正確な鑑定を行なった方に作品の権利を与えるというのです。
 二人は鑑定を行う過程で与えられた当時のピカソなどフランス在住の画家たちによる歴史の再現が行われます。
<ルソーの謎>
 アンリ・ルソーは当時まったく評価されていませんでした。それでもなお彼が描き続けたのはなぜだったのか?
 彼を評価し続けたと言われるピカソはルソーからどんな影響を受けたのか?
 ルソーの代表作「夢」は描かれた女性は誰なのか?
 様々な謎が解き明かされて行く推理小説のような展開は読者を飽きさせません。もちろんそれは著者の推測ですが、MOMAで働き、フリーのキュレーターとして活躍していただけに説得力があります。美術史に興味がある方なら文句なしに面白い傑作です。
 それにしても、この作品の主人公のように海外で活躍する才能ある人材もまた日本の場合は「女性」の方がリアリティーをもつのが現代なのですね。 
「路 ルウ」 吉田修一  2012年  文藝春秋
 2006年に開業した台湾新幹線。その車両は日本の新幹線の技術を輸出した最初のプロジェクトでした。その受注から試運転、開業までの7年間をプロジェクト関係者を中心に様々な角度から描いた大河小説です。450ページ弱に及ぶ長編ですが一気に読めます。さすがは吉田修一です。
 読み出す前は「プロジェクトX」的な企業戦士ドラマかと思ったら、それはほんの一部でした。そこに描かれているのは、戦時中に台湾で育った日本人の後悔の物語や旅行中に出会った台湾人青年に恋してしまった女性の恋の物語、新幹線のプロジェクトに現地採用で関わることになった台湾人青年の青春物語などです。こうした人間ドラマが縦糸、横糸として張り巡らされ、ラストの新幹線での奇跡の出会いへと向かう展開は、予想どうりとはいえ感動です。
 映画「非情城市」に描かれていた昭和日本の懐かしい風景が今でも見ることができる台湾の街並みが目に浮かぶような描写。そして、香りや味が口の中に広がってくるような美味しそうなB級グルメの描写。台湾観光協会が泣いて喜びそうな小説です。 
「ロスト・シティ・レディオ」Lost City Radio ダニエル・アラルコン
藤井光
2007年  新潮クレスト・ブックス 
 革命勢力と政府による内戦が終わり、政府による支配体制が固まりつつある架空の国が舞台のディストピア小説。
内戦時代の記憶を消すために市町村名をすべて数字に変更し、反対勢力を誘拐し処刑しつつある国家体制は、ジョージ・オーウェルの「1984年」を思い出させます。
 著者ダニエル・アラルコンは、1977年にペルーの首都リマで生まれていますが、3歳の時にアメリカに移住。アラバマ州で育った後、教師になりますが、元々文学が好きだった彼は大学で創作のワークショップに参加し、作家を目指す決意を固めます。そして、短編小説を「ニューヨーカー」などに発表した後、2005年に短編集「War by Candelight」でデビュー。そして、2007年にこの小説で長編デビューを飾りました。この後、2013年にはこの作品の続編ともいえる長編小説「夜、僕らは輪になって歩く」を発表しています。
 1980年代から90年代にかけて、ペルーでは実際に内戦状態が続き、多くの市民が極左と政府軍によって命を落としました。この小説のアイデアも、この時代に行方不明になった知人のリストを実際に作家兼ジャーナリストとして活動していた彼が渡されたことで生まれたと言います。
 架空の国の物語とはいえ、この小説の中の物語は、現在、過去、未来、どの時代に起きても不思議ではないリアリティーをもっています。
<あらすじ>
 ラテン・アメリカ某国の首都でラジオのパーソナリティとして活躍するノーマ。彼女の番組「ロスト・シティ・レディオ」は、聴取者から送られてきた内戦中に行方不明になった人々の名前を読み上げ、居場所を見つけることで人気を獲得していました。
 ある日、彼女のもとに遠くの村から一人の少年が村人からのリストを携えてやって来ます。そして、そのリストの中に、行方不明になっているノーマの夫レイの名前がありました。なぜ、そこに夫がいたのか?その謎を解くために、彼女は少年を村から連れてきた元教師の男を訪ねます。その人物によると、実は少年が彼女の夫レイの子供だということがわかりました。 
「脇役本」  濱田研 2018年  ちくま書房 
「脇役本」=「脇役名鑑」と思って読み出すと、実は「脇役が書いた本」の本でした!なんともマニアックな本です。当然、有名な本は少なく自費出版に近い「私家版」がほとんどです。この本を書く苦労よりも、書かれている希少本を集めるための努力に感服です。
 著者は僕より若いので多くの俳優を見ていないはずなのに、彼らに向けた著者の愛情のなんと深いことか!たった一人で成し遂げた偉業に頭が下がります。
 古い映画、芝居がお好きな方にはお薦めですが、なかなかマニアックすぎてついていけないかもしれません。 
「ワールズ・エンド・ガーデン」 いとうせいこう 1991年 新潮社
<廃墟となった東京を舞台にした近未来SF小説>
その内容はラストにある<献辞>に登場しているアーティストたちの名前から予測可能
ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン(驚異のムスリム民謡歌手)
パブリック・エネミー(ブラック・ムスリムの過激なラッパー)
3ムスタファズ3(謎の無国籍ムスリム・ポップ・バンド)
P・I・Lのアルバム「Flowers of Romance」(ムスリム風パンク・ロック)
10CC(ブリティッシュ・映像・ポップ・ロック)
ルウ・ロウルズ「You'll never find another love like mine」(セクシー・ソウル・ヴォーカル)
江戸アケミ(ジャガタラ・元祖ジャパニーズ・アフリカン・ファンク)
 この時代、ちょっとしたムスリム系ポップ・ブームでした。ムスリム化した廃墟の中の東京
同時多発テロ事件の10年前、時代は確実に未来を予見していた気がします。
 それにしても、いとうせいこう氏の趣味は当時の僕とピタリと一致していました 
「笑う警官」The Laughing Policeman マイ・シューバル
ペール・バールー
高見浩(旧訳)
柳沢由美子
1968年 角川文庫
<ドキュメンタリータッチの傑作警察小説>
1960年代に北欧推理小説の一大ブームを巻き起こしたマルティン・ベック・シリーズの最高傑作
その後、日本も含め世界中の警察小説に影響を与えることになります。夫婦で書いていたのも異色
「ロゼアンナ」「蒸発した男」「バルコニーの男」「消えた消防車」「サボイ・ホテルの殺人」「唾棄すべき男」
「密室」「警官殺し」「テロリスト」
 僕は当時このシリーズの大ファンですべて読みました。「消えた消防車」「サボイ・ホテルの殺人」も傑作
このシリーズは、警察小説、推理小説としてだけでなくスウェーデンの1960年代を描いた風俗小説で、
シリーズも後半になるにつれて、政治色が強まり、社会派小説としても一級の作品になりました。
 登場人物、マルティン・ベック以外の警官たちの個性も際立ち、それぞれの警官たちに感情移入してしまうはず
先ずはこの作品を読んで気に入ったら、処女作「ロゼアンナ」から順番に読みましょう!
この作品は、ウォルター・マッソー主演の「マシンガン・パニック」としてアメリカを舞台に映画化もされています
映画版も悪くないです。(監督はスチュアート・ローゼンバーグ)
さらに「唾棄すべき男」も本国スウェーデンで「刑事マルティンベック」として映画化されています 

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