お薦め文学作品リスト

 ここには、情報不足などでページにこそできなかったものの、特にお薦めの作品を取り上げてみました。
 様々なジャンル、様々な時代の作品がありますが、どれも今読んで十分意味のある作品だと思います。
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作品名 作家名(国籍) 翻訳者  発表年 出版社 コメント
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「悪魔と博覧会」
The Devil in the White City
エリック・ラーソン
(アメリカ)
Erik Larson
野中邦子 2003年 文藝春秋   1893年に開催されたシカゴ万博を舞台に展開する様々な人間模様を描いた500ページを越える大作小説。でも、一気に読めるはずです。
 中心となる物語であるH・H・ホームズという名の連続殺人犯の恐るべき生活を描いた部分は、「羊たちの沈黙」を思わせるスリリングなサスペンス小説。 
 もうひとつはアメリカを代表する建築家ダニエル・H・バーナムを中心とした万博を成功させた人々の苦闘を描いた人間ドラマで、シカゴ万博のメイキング・ドキュメンタリー作品になっています。そこには、バーナム意外にも景観設計家のオームステッド、バーナムの盟友ジョン・ルート、イベント屋として盛り上げ役を担当したソル・ブルーム。ロバート・アルトマンの代表作の一つ「ビッグ・アメリカン」の主人公バッファッロー・ビル。、作家のセオドア・ドライサー、シカゴの名物市長カーター・ハリソンと彼を暗殺したプレンダーガスト、さらにはウォルト・ディズニーの父親もでもが登場します。これらの実在の人物たちの魅力的なキャラクターも読者を魅了するでしょう。
 歴史小説とサスペンス小説を合体させながら物語は違和感をまったぅ感じさせません。読者は、当時世界中の人々を驚かせ楽しませたシカゴ万博の裏話をじっくりと知ることができると同時に、その後シカゴを襲うことになる不況や火災など様々な不幸を知ることができます。歴史好きにはたまらない小説です。

「けちくさい設計図を描くな。小さなプランには人の血を沸きたたせる魔法がない」
ダニエル・H・バーナム
「嵐」
Tempete
ル・クレジオ(仏)
J.M.G.LeClezio
中地義和 2014年  作品社  「嵐」と「わたしは誰?」の2編を収録した中編小説集で、著者はノーベル文学賞を受賞しているフランスの女性作家です。簡潔で美しい文章で海や自然の描写は印象に残ります。人物も生き生きと描かれていて、映画の一場面のように主人公の人間像が浮かびます。
島に夜が降りてくる。
夜は窪みを満たし、畑と畑の間に浸み込んでくる。上げ潮のような闇が、しだいにすべてを覆ってしまう。時を同じくして、島には人がいなくなる。毎朝、旅行客が8時のフェリーで到着して、それまで閑散としていた空間を埋め、浜辺にたむろする。彼らは街道を、まら舗装されていない道を、汚水のように流れる。やがて夜が迫ると、水辺からふたたびいなくなる。後ずさりするように遠ざかっては姿を消す。船が彼らを運んでいく。そして夜の到来だ。
「アルファンウイ」
Alfanhui
ラファエル・サンチェス・フェルロシオ
(スペイン)
Rafael Sanchez Ferlosio
渡辺マキ
1951年 未知谷 (絵)スズキ コージ
 スペインを代表する作家のデビュー作。
 これほど幻想的な少年の成長物語も珍しい。ビートニクが登場する1955年よりも前にこのサイケデリックなイメージを描いていたのは、さすがはピカソやミロを生んだ国です。スズキコージの絵も注目。
 あまりにも描写が奔放すぎるので、絵の存在がないと読者がついてゆけなくなりそうです。
「イエメンで鮭釣りを」
Salmon Fishing in the Yemen
ポール・トーディ
(イギリス)
Paul Tordy
小竹由美子 2007年  白水社  おバカ小説のようでいて、実は宗教的神秘体験を描いた感動の人生ドラマという異色の小説です。
中東イエメンの大富豪がイギリスの水産資源研究者にイエメンで鮭釣りができるような場所を作ってほしいと依頼します。
砂漠の真ん中、平均気温で50℃という酷暑の地に寒い地域の鮭が住めるわけがない・・・と研究者は依頼を笑い飛ばします。ところが、中東との関係を軍事以外の面で好転させるためにこのプロジェクトは利用できると考えた政府は、一人の研究者に対応するように指示。
主人公は嫌々ながらプロジェクトの依頼者であるシャイフという謎の富豪と面会。すると、そのカリスマ的な人物は、その一見バカげた計画が決して不可能ではないと語り始めます。
「釣りとは信じること」と考えると、この計画は挑むに値する、主人公はそう考え始めることになります。
「ブラックユーモア」小説かと思ったら、予想外に真面目で宗教的な作品であることに驚かされます。
人生に一度はこんな宗教的体験をしたいものです。そのためには、シャイフのような「グル」の存在が必要なのかもしれません。 
「インディアナ、インダィアナ」
Indiana,Indiana
レアード・ハント
Laird Hunt 
柴田元幸  2005年 朝日新聞社   正直、100ページぐらいまでは、読むのに苦労させられました。それは物語の全体像が見えなかったからですが、ここは素直に美しい文章を楽しんでいただければと思います。
「日本製ペーパー・フラワーの美しさと儚さを味わいましょう」 「初めて見た映画、初めて乗った飛行機の思い出にほのぼのしましょう」 「戦死した息子を悼み、時計を土に埋めた祖父の悲しみに泣いてください」 「主人公のもつ超能力による犯罪捜査にワクワクしましょう」 「自宅に火をつけ夫の食卓に招く狂女にふるえましょう」
 精神を病み、施設に閉じ込められてしまった愛する女性を待ち続ける男の悲しくも美しい物語は、ずいぶん昔の出来事のようですが、実は20世紀の終わりまで続く長い物語でした。
 アメリカのインディアナ州に住む家族の物語でありながら、それは時代も場所も不確かな世界を舞台にした悲劇のファンタジー小説でもあります。ここで描かれているのは、小説でなければ描けない映像化困難な物語です。だからこそ、自らの脳内で映像化する価値があるし、読書の本当の喜びを味わえる貴重な作品なのだと思います。
 翻訳者の柴田氏が21世紀に入ってから注目しているアメリカの作家として一押しなのもわかる気がします。ちなみに著者は、1968年シンガポール生まれのアメリカ人。インディアナ大学卒業後、フランスソルボンヌ大学に入学、国連の報道官として日本、フランス、イギリスなどに住んだ後、作家になったという経歴の持ち主です。アジアが生んだ偉大な白人作家たちの系譜に彼も加わるのかもしれません。
「奇跡の時代」
The Age of Miracle
カレン・トンプソン・ウォーカー(アメリカ)KarenThompsonWaker 雨宮弘美 1997年  角川書店  かつてP・K・ディックの作品やJ・G・バラッドの終末SF、コーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」などの優れた作品を読んだ後、 しばらくの間自分が今生きている世界が信じられなくなったものです。
核戦争や宇宙人の侵略がもたらす世界の終わりはそう怖くないのですが、いつも通りの日常が少しずつ変化して滅亡への道をゆっくりと歩む展開は地味に恐ろしいものです。この作品は久しぶりにそんな恐怖を味あわせてくれました。
 あのころのわたしたちが気を取られていたのは天候や戦争。地球の自転のことなど、心の片隅にもなかった。遠い国々の町では爆撃が続いていた。ハリケーンが来て去った。夏が終わり、新学年がはじまった。時計はいつもどおりに時を刻んだ。・・・
大学時代に「もし地磁気が消えたら地球はどうなるか?」という問題を出されたことがあります。(地球物理の授業で)
その答えの多くは、この小説の中で起きることになりました。
過去に地上では地磁気の大変動が起きたという証拠も見つかっていて、将来この小説のような事態が起きる可能性は十分にあります。そう考えると、今我々がこうして普通に生きていることの奇跡に驚かざるを得えなくなってきます。
適度な太陽からの距離、適度な自転速度、適度な水の存在、適度なオゾン層の厚さ、適度な大気の濃度、すべての条件がそろったことで初めて人類はこの地球に誕生し、今なお繁栄を続けているのです。
これを「奇跡」と呼ばずしてなにが「奇跡」でしょう?
この小説のタイトル「奇跡の時代」とは、この小説の世界ではなく、今我々が生きている世界のことなのです。
「希望のかたわれ」 メヒティルト・ボルマン
(ドイツ)
Mechtild Bormann 
赤坂桃子  2014年 河出書房新社  歴史ものと推理ものを組み合わせた深みのある小説です。「チェルノブイリ原発事故」と「第二次世界大戦」に東欧で起きている「人身売買」を組み合わせています。著者は日本版のあとがきで、この作品が福島で起きた原発事故をきっかけに生まれたものであると説明しています。そして、もしあの事故が起きなければ著者自身もまたチェルノブイリでの原発事故を忘れていたかもしれないとしています。
「この本は、今日までずっと大災害がもたらした結果とともに生きることを余儀なくされている人たちの存在を忘れないためのささやかな試みです。・・・」
 「記憶」を「記録」として残すだけでなく、「物語」として心にしみこませる、そんな小説が僕は大好きです。
<あらすじ>
 ウクライナからドイツへと短期留学のため旅立った少女二人が行方不明となります。その一人の母親から捜査を頼まれた刑事はドイツへと単身乗り込みます。すると彼は二人が東欧から人身売買によって売春婦を輸入する組織によって連れ去られたらしいことをつき留めます。
 同じ頃、誘拐された少女の一人が移動中に逃走し、ドイツ北部の農村に潜んでいました。しかし、彼女を追って現れた男がかくまわれていた家に侵入。その家に住む農夫は男を殺してしまいます。
 行方不明の少女を待つ母親は、チェルノブイリ原発事故以後立ち入り禁止区域になっている「ゾーン」に侵入し、そこに住み始めて、そこで娘への手紙を書き続けていました。事故当時の出来事、その後の生活、差別された日々、奇形の可能性を恐れての出産・・・
 母親と娘、彼女を救った農夫、そして刑事・・・それぞれを結ぶ運命の糸がしだいに明らかになって行きます。
「わたしのかわいいカテリーナ、わたしの理性をくもらせたのは希望でした。もっといい未来がきっとくる、という希望。でも気づくのが遅すぎたけれど、希望はわたしたちの感覚も麻痺させ、最後までがんばり抜かせてしまう毒薬だった。・・・」
 「希望」を「毒薬」と考えるしかないあまりにも悲しい人生の物語は、救いがなさすぎるのですが、それでもなお読者には「希望」が残るはず。「土地」を奪われ、「故郷」を奪われ、「家族」を奪われてもなお、残された「希望」は人を生き続けさせるだけの「麻薬」にすぎないのでしょうか?
 どんな状況にあってもなお「希望」を見つけようとする「意志」が残されていることこそ「希望」であり「未来」なのだと思います。
「黒いダイヤモンド」
Les Indes noires 
ジュール・ヴェルヌ
(フランス)
Jules Verne
新庄嘉章 1877年 文遊社 イギリス・スコットランドで発見された巨大な地下空間をめぐるSF冒険小説の先駆作
著者の地下世界への怖れと憧れをかなりリアリズムにこだわって作品化
石炭をめぐる「白鯨」的博物学小説で、19世紀イギリスの炭鉱文化を知るのにも最適
今読んでも、十分読み応えあり
「古書泥棒という職業の男たち」
Thieves of Book Row
トラヴィス・マクデード
(アメリカ)
Travis McDade
矢沢聖子 2013年  原書房  副題は「20世紀最大の希覯本盗難事件」(時代は、1920年代から戦後にかけて)
 かつて、アメリカにいた図書館や古本屋から希少本を盗み出して暮らす人々について調べたノンフィクション作品です。本についての知識。図書館や本屋の防犯システムについての知識。本の表紙の入れ替えや図書館印を消す技術。盗んだ本を売るためのルート確保・・それらを必要とするなかなか難しい仕事のわりに、儲けはそう多くなさそうです。
 それでも大掛かりな場合はチームによって、図書館内の非公開本すら盗み出す場合もあったとか。手下に盗み出させ、それを販売することでお金だけでなく地域の大物になった人物もいたといいます。
 様々な人々が登場し、図書館側の防犯の専門家も興味深いのですが、僕にとって一番魅力的だったのは、全米を旅しながら長年にわたり本を盗んで売っていたヒルダ―ウォルドという人物。大不況時代に彼はあのウディ・ガスリーの隣りに座って旅をしていたかもしれない、そう考えると・・・なんだかロマンを感じてしまいます。
 本好きには気になるノンフィクション作品です。
「古書の来歴」
People of the Book
ジェラルディン・ブルックス
(オーストラリア)
Geraldine Brooks
森嶋マリ 2008年 ランダムハウス講談社 <歴史ミステリーの傑作!>
 サラエボで発見されたユダヤ教の家族のための祈祷書(サラエボ・ハガター)には、正統的なユダヤ教では許されていなかったはずの美しい絵が添えられていました。歴史の流れの中でユダヤ人が迫害されるたびに、その書物は焚書となる危機に遭遇してきました。なぜ、21世紀までそれは残ることができたのか?そんな実在の書物の歴史を、明らかになっているいくつかの事実をもとに著者が想像の翼を羽ばたかせて作り上げたのがこの作品です。
 ヨーロッパにおけるユダヤ人迫害の歴史が第二次世界大戦以前にも長く続いていたことに驚かされるかもしれません。しかし、そこまで憎まれてきたユダヤの歴史においても、まだ美しい作品は守られる可能性があったわけです。それを守ったのがイスラム教徒だとしたら・・・主人公にそんなヨーロッパの歴史から離れたオーストラリア人が選ばれたのも、必然かもしれません。まあ、著者自身がオーストラリア出身でヨーロッパ、アメリカへと活動拠点を移した作家なのですが・・・。
「本と歴史が好きな人には、たまらない本」です。
「失踪者たちの画家」
The Artist of the Missing 
ポール・ラファージ
(アメリカ)
Paul Lafarge
柴田元幸 1999年  中央公論 前衛的だけど面白い小説。めくるめく「都市のイメージ」の洪水に少々疲れますが、
半分ぐらいまで頑張って読んでください。そこからは一気に読めるでしょう。
普通の小説に飽きた人、完成された小説に飽きた人にお薦め!
「ジャッカルの日」
The Day of the Jackal
フレデリック・フォーサイス
(イギリス)
Frederick Forsyth 
篠原慎 1971年 角川文庫 <ドキュメンタリータッチの推理サスペンスの歴史的名作>
仏大統領ドゴールの暗殺未遂事件を題材にフレデリック・フォーサイスが描いたサスペンス小説
軍人、海外特派員出身の著者にとっての処女作でありながら世界的ベストセラーとなった代表作
フレッド・ジンネマン監督による映画化作品も、エドワード・フォックスのクールな魅力もあり大ヒット
ドキュメンタリー・タッチでありながら、読者を飽きさせない文章力にはまりました。
本作と「オデッサ・ファイル」「戦争の犬たち」と次々に映画化。どれも良かった!
エンターテイメント性と政治性を併せ持つ作風は、その後、多くの作家に影響を与えました。
イギリス人ならではの皮肉で反体制的な視点にも好感がもて、僕は大好きな作家でした。
彼の小説によって、ビアフラなどアフリカにおける内戦の複雑な構図を知ることができました。
「呪術師と私 - ドン・ファンの教え -」 カルロス・カスタネダ
Carlos Castaneda
真崎義博 1968年 二見書房 <60年代エスニック・ドラッグ・カルチャーの聖典>
アメリカ人の文化人類学者によるヤキ・インディアンの呪術者との対話、修行のドキュメント
著者自身も含め、ほとんどが謎に包まれているため、どこまでが本当のことか?と疑問の声もあるが、そこは問題ではありません
人間の限界についての新たな視野を見せてくれたことで、その後のニューエイジ運動に大きな影響を与えました
ただし、それは1960年代末に区切りを迎えたサイケデリック・ムーブメントの新たな展開であり、挫折した学生運動の逃げ道でもあったようです。
僕自身は1980年代初めにアーティストの友人宅で出会い、大きな影響を受けることになりました。今思えば、そこから一歩間違うと「オウム真理教」への入り口になった可能性もありました。
「呪術の体験 - 分離したリアリティ」「呪師に成る - イクストランへの旅」 「未知の次元 - 呪術師ドン・ファンとの対話」「呪術の彼方へ - 力の第二の環」
シリーズはけっこうあるのですが、先ずはこの第一作をお読み下さい。全然、面白くないと思ったあなたは、残念ながら完全なる「大人」です。
「巡礼」 橋本治   2009年  新潮社  ゴミ屋敷のネタは、朝のワイドショーの定番のひとつです。そんなある意味陳腐この上ない題材を小説化。さすがは橋本治です。
ゴミ屋敷の主って、どんな人物なんだろう?ワイドショーでは変人としか扱わないけれど、もともとゴミ集めが趣味だったわけではないのでは?
著者は、そんなゴミ屋敷の主の人生を子供時代にまでさかのぼります。彼の人生からは、「昭和日本」の商店街の歴史と商人一家の家族史が見えてきます。ワイドショーの薄っぺらさ批判から、後半は「人間」の本質に迫る「巡礼」の旅へと発展します。 
「人生の真実」
The Facts of Life
グレアム・ジョイス
Graham Joyce 
市田泉 2002年  東京創元社  世界幻想文学賞受賞作ですが予想外の内容でした。それは幻想文学というよりも、1950年代の英国コベントリーの街を舞台にした家族の大河ドラマなのです。
 ちょっとした死者との交信能力をもつ母親とその子供たちの人生を描いたドラマは、悪魔との対決やオカルト的な事件が起きるわけではないのですが、まるでジョン・アーヴィングの小説のように個性的なキャラクターばかりで可笑しくてやがて悲しい人生ドラマを堪能できるはずです。 
「スクープ」
SCOOP 
イーヴリン・ウォー
Evelyn Waugh
高橋進 1938年  白水社   これぞ英国文学という作品です。
 北アフリカの架空の国で起きつつある内紛を取材するために派遣された記者がそこで巻き込まれるトラブルの数々を描いています。
 主人公は、田舎暮らしをしながら田園生活についてのエッセイを書いていたのですが、人違いで陰謀渦巻くアフリカへと向かうことになりました。著者は、エチオピアの皇帝ハイエセラシエを取材した経験があり、その時の混沌とバカバカしさを体感しています。
 同世代の作家であるジョージ・オーウェルが描いた救いのない世界とは異なり彼が描くのは、明るくのどかなブラック・ユーモア作品。
 その分、小説としては読みやすいため、時代を越える衝撃を与えることはできなかったのかもしれません。ただし、この小説は今読んでも、まったく古さを感じさせません。それは、この作品で描かれている世界が今でもアフリカに存在するからかもしれません。 
「スモール・イズ・ビューティフル」
small is beautiful
E.F.シューマッハー
(ドイツ)
Ernst Schumacher
小島慶三
・酒井懋共 
1973年 講談社文庫 <世界経済の未来を予見した歴史的名作>
オイルショックを予見し、未来のエネルギー危機に備えるために拡大する一方の経済政策を見直すことを宣言
2000年には、「スモール・イズ・ビューティフル再論」も出版され、未だに古さを感じさせない歴史的名著
経済、社会の未来を予見しただけでなく「人間の生き方」そのものにも影響を与えた点では哲学書でもある
著者はドイツ人で鉱山関連の経営顧問として働いた後、エネルギーの未来に疑問を感じ生き方を見直します
ビルマの仏教に影響を受け、仏教的な経済学の観点から執筆した経済学の書
実に読みやすくわかりやすく説得力があります。是非、一度お読みください!
「ゼロからトースターを作ってみた結果」 トーマス・トウェイツ
(アメリカ)
Thomas Thaites 
村井理子  2011年  新潮文庫   文字どうりトースターを構成する400以上の部品をその素材から作ろうという試みの書籍化作品。写真も多くわかしやすく説明してくれているので、理系が苦手、子供さんでも楽しめるでしょう。
 基本は「科学ドキュメント」ではありますが、鉄や銅を鉱山で掘るところからやろうというのですから、「冒険ドキュメント」でもあり、様々な失敗が楽しい「ユーモア青春ドキュメント」でもあります。しかし、最も重要なのは、わずか500円(日本円で)で売られているトースターがいかに多くの部品から、いかに多くの歴史的過程を経て、いかに環境を犠牲にして、いかに労力をかけて生み出されているのかがわかることです。これは是非学校の授業で使ってほしい本です。文庫になっているので、是非、手に取って見て下さい。
「存在しない小説」
the Novel does not exist
(編)いとうせうこう
(日本)
Seiko ITO
2013年 講談社 6つの中短編小説からなる架空の作家による不思議な作品集
イタリア人、ペルー人、日本在住のマレーシア人、日本人、中国人、チェコ系ドイツ人による異なる国を舞台にした作品。
「作家の人生」を読者に想像させる仕掛けはさすが「いとうせいこう」
世界を旅した経験がないと書けない小説です。
僕的にはマレーシアの作家による作品「あたし」が好きです。
「高い窓」
The High Window
レイモンド・チャンドラー(アメリカ)
Raymond Chandler
村上春樹 1942年  早川書房  訳者の村上春樹氏も書いているように、この作品は推理小説的色合いが濃い目。そのぶんハードボイルドなドラマとしての魅力が少なくなったのかもしれません。とはいえ、チャンドラー節ともいえる粋な文章が目白押しです。

・・・通路の終わったところにはコンクリート・ブロックがあり、その上には塗装された黒人の少年の像があった。白い乗馬用の短いズボンをはき、緑色の上衣を着て、赤い帽子をかぶっていた。鞭を手に持ち、その足もとのブロックには馬をつなぐための鉄の輪っかがついていた。少年はどことなく哀しげに見えた。あまりに長く、来ない客を待ち続け、さすがに気落ちしたのだろう。私は誰かが玄関に出てくるまでのあいだ、そこに行って彼の頭を叩いてやった。

「私がこの場所についてとても気に入っているのは、何もかもがそれらしく決まっていることだ」と私は言った。
「ゲートの警備員、黒人のドアマン、煙草売りの娘、クロークの娘、長身のつんつんした、いかにも退屈しているショーガールを同伴した、太って脂じみた好色そうなユダヤ人、酔っ払ってバーテンダーに当たり散らす、着こなしが良くて無礼きわまりない映画監督、拳銃を持った無口な男、B級映画の大根演技が身についた、ソフトな白髪のナイトクラブのオーナー、それから君だ。長身で黒髪の女性トーチ歌手、投げやりな冷笑、ハスキーな声色、ハードボイルドな科白」


 私がそこを辞去するとき、マールはエプロンをかけてパイの皮をのばしていた。粉のついた両手をエプロンで拭きながら戸口にやってきて、私の口にキスし、泣き出し、家の中に駆け戻っていった。しばらくのあいだ戸口には誰もいなくなったが、やがて彼女の母親がやってきて、裏のない広々とした笑みでその空白を埋めた。そして私が車で去って行くのを見送った。
 その家が視界から消えていくのを見ながら、私は不思議な気持ちを抱くことになった。どう言えばいいのだろう。詩をひとつ書き上げ、とても出来の良い詩だったのだが、それをなくしてしまい、思い出そうとしてもまるで思い出せないときのような気持ちだった。
「立花隆の本棚」 立花隆(日本)
薈田純一(写真)
  2013年  中央公論   偉大なるノンフィクション・ライター立花隆の所蔵本を収めたネコ・ビルは、以前、爆笑問題のドキュメンタリー番組で見た方もいらっしゃるかもしれません。巨大な猫が描かれたビルの本棚を写真を収めたものに、所有者が解説を加えたのがこの本です。それはまるで「知の巨人」立花隆の脳内探検記です。
 彼のそれぞれの著作を生み出すために、どれだけの本が使われたか、気が遠くなります。よく考えると、このサイトもそのままネコ・ビルのネット版みたいなものなのですが・・・・・。あなたがもし、この本の全体を楽しめる人ならば、きっと生涯、人生に飽きることはないでしょう。
「血の探究」
By Blood
エレン・ウルマン
(アメリカ)
Ellen Ullman
辻早苗  2012年 東京創元社  <ストーカー探偵ホロコーストに挑む>
異色の推理小説。推理小説には現場に行かずに推理を展開する名探偵がいますが、この小説の主人公は隣の部屋で盗み聞きをしながら推理を行い独自の捜査を行うことになります。ある意味、ストーカー探偵という設定だけでも十分面白いのですが、さらにそこに歴史小説の要素が加わります。ヨーロッパが最も混乱していた第二次世界大戦中のユダヤ人弾圧からイスラエル建国への歴史、そして1970年代のアメリカまで・・・
 多くのユダヤ人が抹殺された収容所で、なぜ生き残ることができたのか?その奇跡のドラマが1970年代のサンフランシスコにつながって行きます。
 大きなため息をつき、ミハルが続けた。ユダヤ人でなければ、パリのビストロに入り、食前酒のキールを飲み、臭い煙草を吸い、周囲を見まわして、ここにいるのはわたしたちを国外に追放するのにひと役買った人たちだろうか、なんて考える必要もない。
 エッフェル塔に上がり、シャンゼリゼ通りを歩く。そして、たいせつなパリを救うために、この人たちはあっという間に手のひらを返したのだ、なんて考えずにすむ。・・・

 ユダヤ人として迫害された過去をもつ人にとって、ヨーロッパは苦い思い出の土地なのかもしれません。だからこそ、彼らはヨーロッパを出てパレスチナの地に国を作りたかったのでしょう。だからといって、イスラエルがそこから先にしたことは・・・ 
<あらすじ>
主人公は大学で問題を起こして休職中の身。彼はカウンター・カルチャーの聖地、1970年初めのサンフランシスコに移住し、古いビルの中に部屋を借りて研究を続けようとします。
ところがある日、彼は隣の部屋が精神分析医のオフィスで、そこで診察を受ける女性患者に興味をもつようになります。
彼女は自分が養子だった事実を知り、本当の親が誰かを知りたいと育ての母親を問いただします。すると、自分がヨーロッパから連れてこられた子供で両親はユダヤ人だったことがわかります。本当の親は誰なのか?彼女のことが気になる主人公は自らの手で調査を開始。彼女の両親がユダヤ人収容所にいたことをつきとめます。しかし、ほとんどのユダヤ人が抹殺された中、なぜ彼女の母親は助かったのか?なぞはなぞを生む中、ついに母親らしき人物がイスラエルで生きていることをつきとめます。
しかし、その調査結果をどうやって彼女に伝えるか?ストーカー探偵の苦悩は続きます。
内面からの報告書
Report from the Interior
ポール・オースター
Paul Auster
柴田元幸 2013年  新潮社   1947年生まれのオースター66歳の作品。自らの半生を振り返った自伝的作品ですが、単なる伝記ではなく当時の心の奥底にまで迫るまさに「内面からの報告書」になっています。
 「内面からの報告書」は、少年時代の自分がしたことへの、後悔、懺悔、謎の追及などを、優れた作家だからこそ可能な方法で描きます。
 「脳天に二発」は、二本の映画「縮みゆく人間」、「仮面の米国」の「あらすじ」と感想を描いた異色の作品です。 その「あらすじ」が下手な小説より全然面白いのです!偉大な作家が書けばB級映画でも名作に変身してしまうのです。
 「タイムカプセル」は、著者が学生時代から付き合っていた恋人リディア・デイヴィス(作家)に充てて書いた手紙とそれについてのコメントを並べた若き日の愛の物語です。薬物を使用しながら書いたとしか思えない手紙やニューヨークでのビートニク的暮らしを記した手紙などそれぞれの変化も楽しめます。
 読んでいると、なんだか自分の青春の思い出がよみがえって恥ずかしくなってきました。でも、そうして思い出せるうちに書いておかないと・・・
「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」
National Story Project
アメリカの大衆179名
(編)ポール・オースター(アメリカ)
Paul Auster
柴田元幸、岸本佐知子ほか 2001年 新潮社 大好きな作家、ポール・オースターがラジオ番組に出演した際、ラジオで番組をやりませんか?と誘われ、原稿を書く時間がないから断ろうとしたら、奥さんに「リスナーに書いてもらえばいいじゃない」と言われて生まれた企画。アメリカの大衆が体験した出来事を短い文章でまとめ、それをオースターがラジオで朗読する番組が誕生。4000もの作品が寄せられ、そこから選ばれた179編が一冊の本にまとめられました。
 何だあり、笑いあり、驚きあり、?ありと様々な体験が語られまったく飽きません。オースターが手直しをした作品もあるのか、なんとなく彼の短編小説集を読んでいるように似たテイストが感じられます。
「私が読んだ4千の物語のうち、そのほとんどは最後の一語まで読みたくなるだけの力を備えていた。ほとんどはシンプルで率直な確信を込めて書かれていて、書き手にとって名誉にこそなれ少しも恥ではない出来だった。私たちにはみな内なる人生がある。我々はみな、自分を世界の一部と感じつつ、世界から追放されていると感じてもある。一人ひとりがみな、己の生の炎をたぎらせている。そして自分のなかにあるものを伝えるには言葉が要る。何度も何度も、私は投稿者から礼を言われた。物語を語るチャンスをくれてありがとう、と。」
ポール・オースター
「白熱光」
Incandescence
グレッグ・イーガン
(オーストラリア)
Greg Egan
山岸真 2008年  早川書房  これぞ究極のハードSF。宇宙論とか物理学に興味がない人は読んでも挫折しそうです。そうでなくても苦労するかもしれませんが、150ページまでがんばって読めば後は一気に読めるでしょう。
 スタニスワフ・レムの哲学的思弁SFにラリー・ニーブンのハードSFを合体させているのですから、理解が難しいのも仕方ないでしょう。
 人間を描くのが「小説」と言われますが、、この小説が描くのはある宇宙人の人間性です。知識を求める人間の本質的な性質は例え「人間」という生命体が消えても、次なる生命体に受け継がれるものか?それこそが人間の本質なのでしょうか?
 著者は1961年オーストラリア生まれ。数学が専門で1980年から作家活動を開始。
 本物のSFを読みたいなら是非挑戦してみて下さい。
<あらすじ>
 はるかな未来、人類ももはや消えてしまった「融合世界」と呼ばれる天体に住むラケシュのもとに未知なる存在である「孤高世界」からの旅人がやって来ます。彼はある惑星地殻のかけらから未知のDNA基盤をもつ生命が存在することがわかったことを教え、もしその気があるならその生命を探して欲しいとその世界への鍵を残し去って行きました。ラケシュは友人のパランザムと共に探索の旅に出ます。
 周囲を岩に囲まれた世界「スプリンター」。そこは「白熱光」が降りそそぐことでエネルギーと食料を生み出す小さな世界でした。そこで働くロイは、ある日、謎の老人ザックからその世界の地図を見せられ、その構造を解明する研究を手伝って欲しいと協力を求められます。
「薔薇の名前」
Il Nome Della Rosa
ウンベルト・エーコ
(イタリア)
Umberto Eco
河島英昭 1990年 東京創元社 <歴史サスペンスの枠を超えた歴史的超大作>
記号論哲学者による14世紀北イタリアのカトリック修道院を舞台にした分厚い推理小説
膨大な情報を盛り込んだ難解な作品でありながら推理小説としての面白さは十分あり大ヒットとなった
暗黒時代と呼ばれた時代、その中心に位置していた旧体制の象徴であるカトリックの修道院
そこで起きた殺人事件を解決するウィリアムは、「オッカムの剃刀」で有名なバスカビルのウィリアムがモデル
歴史的事実を深く研究している学者ならではの時代考証は、中世の歴史書としても価値が高い
膨大な情報を盛り込んだ小説を見事にまとめた映画版の監督ジャン=ジャック・アノーの手腕も凄い
「ピアノ・レッスン」
AU PIANO
ジャン・エシュノーズ
(フランス)
Jean Echenoz
谷昌親 2006年  集英社  是枝監督の「ワンダフルライフ」のフランス版。ところが、この作品では死者は天国的なところに行くのではなく、それまでとは異なる人生を歩まされます。
ピアノを弾くことを禁じられたピアニストにとって、それは地獄ともいえる世界。そこで主人公は、その掟を破ってしまいますが、その結末は?
なんともフランス的で皮肉な展開です。 
「ヒューマン・ステイン」
The Human Stain 
フィリップ・ロス
(アメリカ)
Philip Roth
上岡伸雄 2000年  集英社  限りなく白人に近い黒人男性の悲劇の人生を描いた長編小説
南北戦争以前、奴隷だった男性が夫を亡くした白人女性と結婚し、その子供が歴史の中で白人と区別できない混血の一族を生み出しました
その子孫の一人が家族を捨て、白人として生きる道を選択。必死で勉強し、ついには私立大学の学長にまで上り詰め、白人女性と結婚します
しかし、自らの生い立ちは妻にも秘密のままでした。
そんな彼が、大学でちょっとした発言をきっかけに人種差別主義者のレッテルをはられ大学を離れることになります。
皮肉な運命は自分の嘘が招いたものなのか?
妻も死に人生をあきらめかけていた頃、夫からのDVから逃げてきた年下の女性と出会い、恋が生まれます。 
「ブルックリン・フォリーズ」
The Brooklyn Follies
ポール・オースター
(アメリカ)
Paul Auster
柴田元幸 2006年  新潮社   小説家としてのデビュー作「ガラスの街」(1985年)から、「幽霊たち」「鍵のかかった部屋」「最後の物たちの国で」までの作品で僕はすっかり彼のファンになりました。映画化された「スモーク」「ブルー・イン・ザ・フェイス」「ルル・オン・ザ・ブリッジ」も大好きです。しかし、映画ファンとしては、2002年の「幻影の書」こそ最高傑作だと思ったものです。ところが、あの「9・11同時多発テロ事件」により、彼は新たな傑作「闇の中の男」を生み出しました。
 そんな二つの傑作の間に書かれたこの幸福なる小説は、なんと9・11当日に終わります。彼の小説では珍しいハッピー・エンドなのに・・・
 ポール・オースターが、「ガープの世界」や「ホテル・ニューハンプシャー」のジョン・アーヴィングの物語に挑んだような「物語」の展開と個性的な「キャラクター」の魅力で読者を楽しませてくれます。カート・ヴォネガットからジョン・アーヴィングそしてポール・オースターへ、皮肉屋でありながら心優しき作家たちの系譜が生み出した「人間賛歌」をぜひお楽しみ下さい!
ペナンブラ氏の24時間書店」
Mr.Penumbra's 24-Hour Bookstore
ロビン・スローン
(アメリカ)
Robin Sloan
島村浩子 2012年  東京創元社   ウンベルト・エーコの名作「薔薇の名前」が好きでIT機器をいじるのが好きな人ならこの本は最高に面白いでしょう。ただし、この条件に当てはまる人はそれほど多くはないかもしれません。(ある意味正反対の趣味ですから・・・)
 物語のスタートは謎だらけの本屋さんです。(「はてしない物語」的な)ほとんど客がこないのに24時間営業なのはなぜか? ほとんどの本は貸出専用で従業員は読むことが許されていません。いったいそれらの本は何のためのどんな本なのか?
 その店でバイトをすることになった若者がITオタクの仲間やグーグルで働く彼女らと、その本に関わる謎を解くために動き出します。
 正直、ITに弱い僕ですが、この本は一気に読めました。世の中のハイテク化が進むほど、その対極に位置するOld Knowledghe、ローテク、職人技の価値が見直され、その融合から新しい何かが生まれることになるのかもしれない。
 そんなことを考えさせられました。
「ヘミングウェイの妻」
The Paris Wife
ポーラ・マクレイン
(アメリカ)
Paula Mclain
高見浩 2011年  新潮社  ヘミングウェイ最初の妻、ハドリーの結婚生活を描いた異色のドキュメント・ノベル。無名時代からブレイクするまでのヘミングウェイの交友関係を知ることができ、パリの黄金時代の人間模様を知ることもできます。特にスコット・フィッツジェラルドから得た助言の部分などは興味深いものがあります。
 あの頃、わたしたちはパリを”至高の場所”と呼んだ。そして、事実そうだったのだ。わたしたちはそんなパリを自から発明したのだとも言える。憧れとタバコとラム・セント・ジェームズで、わたしたちはパリをつくったタバコの紫煙や粋で野蛮な会話でパリをつくり、これがわたしたちのものではないと言えるなら言ってみろと、だれかれかまわず挑発した。わたしたちは手を携えてあらゆるものをつくり、そして最後には粉々に打ち砕いてしまった。・・・
「ポラロイド・コレクション アメリカ写真の世紀」 企画・監修
東京都写真美術館
  2000年 淡交社  約80人のカメラマンによる159枚の写真からなるポラロイド・カメラによる写真集です。ジャンルは多岐にわたり、撮影者も様々です。
アンディ・ウォーホルのセルフ・ポートレイトから始まり、デヴィッド・ホックニーの合成写真、アイリーン・コーウィンのドラマチックな写真、シェルビー・アダムスがアパラチア山脈に住む人々を追ったドキュメント作品、KKKを追った危険な告発写真、アメリカの雄大な自然を収めた風景写真・・・1944年にアメリカ人、エドウィン・H・ランドが発明したポラロイド・カメラによる写真はフォトジャーナリズムを発展させただけでなく、アートとしての写真の新たなスタイルを生み出しました。そんなポラロイド写真の歴史とアメリカの歴史が重なって見えるような貴重な作品集です。

・・・今はもうないもの。過去の一定の位置にピンで留められたもの。それを見る時に感じる淋しさや喪失感には大きな意味があるとぼくは信じている。時は容赦なく流れる。後の世に残るのはこんな体温もない固いものでしかないと改めて思い知るのは、今という一瞬に酔っていい気になってうる者にはいい薬になる。・・・
池澤夏樹

・・・そして、1970年代からだろうか、アメリカ人はその裏のパレードの存在に気づいた。一度気づくともう知らぬふりはできない。特に鋭敏な感覚を持つアーティストたちがこの裏のパレードを表現しはじめた。彼らとて忌まわしいものをいきなり人に見せつけたりはしない。そんな品のないことはしない。しかし、それがそこにあることを思い出させる(remind)のが公認の手法になった。実際、そのきっかけは社会のいたるところにある。なにかにつけてその存在は人の目を引く。
 だからちょっと意図的に写真を構成しようと思えば、その中に恐怖の種子がいくつか紛れ込むのは当然で、その結果がたとえばこのコレクション。・・・
 いったんこの態勢に入ってしまうとものの背後に別のものが見える。ぼくはここに集められた写真のどの一枚の中にも怖いものを指摘できる。それだけの強烈なストーリー性をこれらの写真は持っている。一点づつがスティーブン・キングの短編のよう。

・・・
池澤夏樹「アメリカの脅え」より
「迷子たちの街」
Quartier Perdu
パトリック・モディアノ
(フランス)
Patrick Modiano
平中悠一 1984年  作品社  2014年にノーベル文学賞を受賞したフランス人作家の作品。「記憶の芸術家」と呼ばれる著者の原点ともいえる作品では、「過去」と「現在」が美しくクロスオーバーされています。
<あらすじ>
 1950年代、パリで夜遊びを繰り返す謎のセレブたちと共に暮らした青年。しかし、パリの黄金期は終わりを迎えようとしており、彼自身も誤って男を射殺してしまった女性を助けることに・・・
 彼女を愛していた彼は、事件を迷宮入りにしようと、彼女を逃がした後、自らが罪を背負うようにパリを出てイギリスにわたります。そこで彼は英国人として生きる道を選択。推理小説を書き始め、有名作家となります。そんな彼が出版契約の為、20年ぶりにパリの街に帰ります。
 そこで再会した。かつての友人たちにより、20年前の出来事が明らかになります。
「真夜中のギャングたち」
Gangster Fables
バリー・ユアグロー
(アメリカ)
Barry Yourgrau
柴田元幸 2010年 ヴィレッジブックス 日本の「ヤクザ映画」、「北野映画」、「タランティーノ映画」、「フレンチノワール」・・・
のエピソード短縮版を見ているような映像的短編小説集
それぞれの作品が長編映画になりそうなイメージをもっているのがミソ
読者がそれぞれ自分が監督になって妄想の映画を撮りたくなる小説ばかりです
ちゃんとした落ちがないために、なおさら読者は先を考えさせられます。
「明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか」 大島幹雄(日本)   2013年 祥伝社 サーカス・プロモーターという特殊な仕事を持つ著者による明治のサーカス芸人の波乱の人生を描いたノンフィクション。
日本の伝統芸能を武器にロシアに渡った芸人たちが日露戦争、ロシア革命、第2次世界大戦を生き延び、その子供たちが21世紀までサーカスで仕事をしている!驚きの歴史ドキュメンタリーです。
まさか現在のジャグラーの持ち芸に日本伝統のパフォーマンスがあったなんて・・・。  
「予定日はジミー・ペイジ」 角田光代(日本)
Mitsyo Kakuta
  2007年 白水社 てっきり著者の角田さんが子供を産んだ体験をもとに書いたのかと思いました!さすがは小説家、子供を産まなくっても、出産についての小説ぐらい書けないと・・・。男の読者としては、「ならば、男が想像力を働かせて読んでもいいのですね」と一安心。思えば、我が家の同じような時期、僕は夫として何も考えていなかったなあ・・と思います。その頃、うちの奥さんも夢を見たのか?と聞くとそんなことはなかったとのことでした。
 当時この本があったら一緒に読みたかった・・なんだかわが家の長男誕生時のことが懐かしく思い出されました。

 子どもを産むということは、時間を手に入れることかもしれない、と私はふと思い、思ったままを言ってみた。
「そうね、そうだ、ほんと」
Kはまじめな顔をして幾度もうなずく。「時間ってのはいつもいつも流れているんだけど、子ども産んだとたん、それが目に見えるようになる」
「そうか、ここには時間が詰まってるのか」突き出たおなかを神妙にさすると、Kは笑った。


 私がいま後生大事におなかに抱えているものは、未だ個人ではなくて、私という個人の子どもですらなくて、何かの一部なのかもしれない。海とか空とか木とか花とか、そういうものの。見知らぬ人がなんの垣根もなく話しかけてくれるのは、だからじゃないか。空とか花とかは、だれかひとりのものではない、みんなで愛でるものだから。

 母親たちのこの感覚に比べて、父親たちの感覚はお粗末なものです。
 そういえばそうか。この人は、一生わからないんだものな。
 この、「ひとりではない感」を味わうことはないんだものな。ベビー用品店で、異様なハイテンションだった男たちを思う。彼ら、ああして一生懸命わかろうとしていたんだな。
 自分はひとりではないんだという、一生に幾度感じられるかわからないあまやかな気持ちを。
「楽園のカンヴァス」
La toile du paradis
原田マハ
(日本)
Maha Tanaka
  2012年  新潮社 <あらすじ>
 ニューヨーク近代美術館の学芸員ティム・ブラウンはスイス在住の謎の大富豪に呼ばれ、そこでアンリ・ルソーの大作「夢」とそっくりの作品を見せられます。そして、それが本物かどうか鑑定するよう依頼されます。ただし、その鑑定は同時にもうひとり日本人研究者、早川という女性も行い、最終的により正確な鑑定を行なった方に作品の権利を与えるというのです。
 二人は鑑定を行う過程で与えられた当時のピカソなどフランス在住の画家たちによる歴史の再現が行われます。
<ルソーの謎>
 アンリ・ルソーは当時まったく評価されていませんでした。それでもなお彼が描き続けたのはなぜだったのか?
 彼を評価し続けたと言われるピカソはルソーからどんな影響を受けたのか?
 ルソーの代表作「夢」は描かれた女性は誰なのか?
 様々な謎が解き明かされて行く推理小説のような展開は読者を飽きさせません。もちろんそれは著者の推測ですが、MOMAで働き、フリーのキュレーターとして活躍していただけに説得力があります。美術史に興味がある方なら文句なしに面白い傑作です。
 それにしても、この作品の主人公のように海外で活躍する才能ある人材もまた日本の場合は「女性」の方がリアリティーをもつのが現代なのですね。
「路 ルウ」 吉田修一(日本)
Shuichi Yoshida
  2012年  文藝春秋  2006年に開業した台湾新幹線。その車両は日本の新幹線の技術を輸出した最初のプロジェクトでした。その受注から試運転、開業までの7年間をプロジェクト関係者を中心に様々な角度から描いた大河小説です。450ページ弱に及ぶ長編ですが一気に読めます。さすがは吉田修一です。
 読み出す前は「プロジェクトX」的な企業戦士ドラマかと思ったら、それはほんの一部でした。そこに描かれているのは、戦時中に台湾で育った日本人の後悔の物語や旅行中に出会った台湾人青年に恋してしまった女性の恋の物語、新幹線のプロジェクトに現地採用で関わることになった台湾人青年の青春物語などです。こうした人間ドラマが縦糸、横糸として張り巡らされ、ラストの新幹線での奇跡の出会いへと向かう展開は、予想どうりとはいえ感動です。
 映画「非情城市」に描かれていた昭和日本の懐かしい風景が今でも見ることができる台湾の街並みが目に浮かぶような描写。そして、香りや味が口の中に広がってくるような美味しそうなB級グルメの描写。台湾観光協会が泣いて喜びそうな小説です。
「ワールズ・エンド・ガーデン」 いとうせいこう
(日本)
Seikoh Ito
1991年 新潮社 <廃墟となった東京を舞台にした近未来SF小説>
その内容はラストにある<献辞>に登場しているアーティストたちの名前から予測可能
ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン(驚異のムスリム民謡歌手)
パブリック・エネミー(ブラック・ムスリムの過激なラッパー)
3ムスタファズ3(謎の無国籍ムスリム・ポップ・バンド)
P・I・Lのアルバム「Flowers of Romance」(ムスリム風パンク・ロック)
10CC(ブリティッシュ・映像・ポップ・ロック)
ルウ・ロウルズ「You'll never find another love like mine」(セクシー・ソウル・ヴォーカル)
江戸アケミ(ジャガタラ・元祖ジャパニーズ・アフリカン・ファンク)
 この時代、ちょっとしたムスリム系ポップ・ブームでした。ムスリム化した廃墟の中の東京
同時多発テロ事件の10年前、時代は確実に未来を予見していた気がします。
 それにしても、いとうせいこう氏の趣味は当時の僕とピタリと一致していました
「笑う警官」
The Laughing Policeman
ペール・バールー、マイ・シューバル
(スウェーデン)
Per Fredrik Wahloo、Maj Sjowall
高見浩(旧約)
柳沢由美子
1968年 角川文庫 <ドキュメンタリータッチの傑作警察小説>
1960年代に北欧推理小説の一大ブームを巻き起こしたマルティン・ベック・シリーズの最高傑作
その後、日本も含め世界中の警察小説に影響を与えることになります。夫婦で書いていたのも異色
「ロゼアンナ」「蒸発した男」「バルコニーの男」「消えた消防車」「サボイ・ホテルの殺人」「唾棄すべき男」
「密室」「警官殺し」「テロリスト」
 僕は当時このシリーズの大ファンですべて読みました。「消えた消防車」「サボイ・ホテルの殺人」も傑作
このシリーズは、警察小説、推理小説としてだけでなくスウェーデンの1960年代を描いた風俗小説で、
シリーズも後半になるにつれて、政治色が強まり、社会派小説としても一級の作品になりました。
 登場人物、マルティン・ベック以外の警官たちの個性も際立ち、それぞれの警官たちに感情移入してしまうはず
先ずはこの作品を読んで気に入ったら、処女作「ロゼアンナ」から順番に読みましょう!
この作品は、ウォルター・マッソー主演の「マシンガン・パニック」としてアメリカを舞台に映画化もされています
映画版も悪くないです。(監督はスチュアート・ローゼンバーグ)
さらに「唾棄すべき男」も本国スウェーデンで「刑事マルティンベック」として映画化されています

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