「普通の人々 Ordinary People」 1980年

- ロバート・レッドフォード、ジョン・ベイリー -

<最も地味なアカデミー賞受賞作>
 アカデミー賞の作品賞を受賞した作品は、1928年の第一回目の受賞作「つばさ」以来、毎年一本ずつ増えていますが、歴代の作品賞受賞作の中で最も登場人物が少なく、地味で、製作費が安かったであろう作品、それはこの年の「普通の人々」ではないでしょうか。この映画には、殺人もレイプも強盗もマフィアも刑事も出てきません。かといって、歴史大作でも戦争映画でもSF映画でもミュージカル映画でも西部劇でもなく、現代のどこにでもありそうな普通の街に住む普通の人々が体験した普通の出来事を描いた作品。そういえるのではないでしょうか。(当時の日本では、まだまだ遠い世界の出来事だったかもしれませんが・・・)
 それは一歩間違えるとテレビのホーム・ドラマになってしまう内容でした。しかし、この作品は見始めるとすぐに観客の目を釘付けにする魅力を、今でも十分にもっています。サスペンス映画ではないにもかかわらず、3人の家族のドラマの結末がどうなるのか、まったく予測できない展開で観客をはらはらさせてくれるのです。
 なぜ、べスは長男を愛し、次男を愛せないのか?
 なぜ、カルビンは妻と息子をしかることができないのか?
 なぜ、コンラッドは兄の死に責任を感じているのか?
 数々の「なぜ?」が観客をひきつけます。フラッシュ・バックで挿入されるヨットにしがみつく兄弟の記憶、カルビンとベスの昔の思い出、兄が生きていた頃の兄弟げんかの思い出などの記憶の断片が、さらに観客の謎解きの興味を刺激します。地味な人間ドラマでありながら、それは観客を魅了する見事な娯楽映画に仕上がっているのです。初監督の作品とは思えない手腕です。それはたぶん、この映画の監督ロバート・レッドフォードがシドニー・ポラックやジョージ・ロイ・ヒルなど、娯楽性を併せ持つ社会派作品の名監督たちのもとで長年俳優として活躍しながら学び取ってきた成果なのでしょう。

<ロバート・レッドフォード>
 この映画の監督ロバート・レッドフォードは、1937年8月18日カリフォルニア州サンタ・モニカで生まれました。本名はチャールズ・ロバート・レッドフォード・Jrといい学生時代は野球に熱中し、野球選手としての奨学金を得てコロラド大学に入学しています。(彼が後に出演した「ナチュラル」ではその片鱗を見ることができます)しかし、彼はそのままスポーツの世界へは進まず、芸術家を目指して絵画を専攻。2年で大学を中退するとヨーロッパへ放浪の旅に出かけます。当時の多くの若者がそうだったように、彼もまたヨーロッパの芸術から刺激を受けて帰国。その後はニューヨークで舞台美術家になることを目指すようになります。その傍ら俳優として活動し始めましたが、二枚目だったこともあり、いつしか人気俳優となり、役者の道に転向します。1959年にはブロードウェイ・デビューを果たし、その後はテレビ・ドラマにも出演するようになります。「戦場の追跡」で1962年に映画俳優としてデビューしてからは、二枚目俳優として着実に人気を獲得して行きます。しかし、彼は俳優の仕事をしながらも自ら監督をしてみたいという思いがあり、常に監督業を意識しながら演じていたようです。特に彼が数多く組むことになった二人の監督、シドニー・ポラック(「雨のニューオーリンズ」1965年「大いなる勇者」1972年「コンドル」1975年)とジョージ・ロイ・ヒル(「明日に向かって撃て」1969年「スティング」1973年「華麗なるヒコーキ野郎」1975年)は、彼にとっての目標であり師匠ともいえる存在でした。二人の作品がもつ芸術性の高さと娯楽性の高さの見事なバランス感覚はレッドフォードの作品にそのままいかされているといえるでしょう。

<監督業の勉強>
 それともうひとついえるのは、彼が出演作を選びながら自分が将来撮ろうと考えて作品のための学習をしていたように思えることです。彼の監督作品「ミラグロ/奇跡の地」(1988年)では自然と人間の共生について描かれていますが、その映画の原点となったのは、彼が大自然の中で生きる伝説の男を演じた「大いなる勇者」といわれています。それ以前にも彼は「明日に向かって撃て」で得た出演料でユタ州コロラドの山中に土地を購入し、そこを基地として自らの映画プロダクション、サンダンス・プロを設立しており、大自然の中で生きることを実践していました。彼のこうした自然に対する思いは、その他にも「リバー・ランズ・スルー・イット」(1992年)や「モンタナの風に抱かれて」(1998年)など、自然の中で生きる人間を描いた素晴らしい作品を生み出すことになります。
 もうひとつ、彼は「自然」を描くのと同じように強い思いをこめて「政治」についても描いています。2007年の作品「大いなる陰謀」はそんな彼の思いが生んだ作品ですが、その原点となったのは、アラン・J・パクラ監督の「大統領の陰謀」、それと「候補者ビル・マッケイ」でしょう。大統領による民主党への盗聴疑惑(ウォーター・ゲイト事件)を暴いた新聞記者たちの闘いを描いたノンフィクションを映画化するにあたり、彼は自らその映画化権を買いプロデューサーを担当。さらに脚本家のウィリアム・ゴールドマンに対し地味になりがちな記者たちの捜査過程を観客に飽きずに見させるため、推理小説的な要素を取り入れるように進言。それが難しい内容にも関わらずヒットに結びつくことになりました。確かに「大統領の陰謀」にもこの映画「普通の人々」にも、謎解きの要素がうまく持ち込まれ、観客の興味をひきつけるようになっています。
 その頃、彼は自分で監督するための題材として、まったく無名の作家が書いたまだ出版すらされていない小説と出会います。ジュディス・ゲストという当時38歳の主婦が書いたその小説を出版前に読んだレッドフォードはすぐにその映画化権を買い取ります。そして、脚本家のアルビン・サ−ジェント(「ペーパー・ムーン」1973年「ジュリア」1977年「スパイダーマン2」2004年など)にその脚色を依頼。一年半かけて書かれたその脚本をもとに、ついに彼は念願だった監督としての初仕事に挑戦します。
<ジョン・ベイリーによる撮影>
 地味ながらこの映画の撮影も非常に魅力的です。そのカメラを担当したジョン・ベイリーにとっても、この作品は代表作となりました。彼は映画の撮影が始まる前、必ずその映画の監督とヴィットリオ・ストラーロが撮影した伝説の名画「暗殺の森」をいっしょに見て、これから撮る映画の撮影プランを練ることにしていたそうです。そんなアメリカを代表する職人気質のカメラマンが撮った映像は、この映画を魅力的なものにするのに大きな役割を果たしています。
 特に印象的なのは、バーガー医師によるカウンセリングが行われる診療所の場面です。この場面は、主人公のコンラッドが学校が終ってからそこにやって来るという設定なので時間的に4時から5時の時間帯という設定です。しかし、季節は紅葉が始まる9月頃から12月のクリスマスにかけてということで、カウンセリングの場面はそれぞれ少しずつ明るさを変えて撮影されているのです。初めて主人公が医師の元を訪れた時はまだ明るい時期だったのですが、季節の変化とともに場面は暗さを増してゆきます。それは彼らが話し合う内容がしだいに心の闇の奥へと迫ってゆくことを表現しているともいえます。(最後のカウンセリングは真っ暗な深夜に主人公が押しかけて行われています)逆に彼が恋人のジェニンを訪ね仲直りをする場面が早朝の家の前で、ラストに彼が父親と抱き合う場面も朝の庭と「明と暗」、「朝と夜」、「生と死」、「内と外」という区分けが実に明解に表現されているのです。
 ジョン・ベイリーは、その他ローレンス・キャスダンの「再会の時」(1983年)「シルバラード」(1985年)「偶然の旅行者」(1988年)やポール・シュレイダーの「アメリカン・ジゴロ」(1979年)「ミシマ」(1985年)「愛と栄光の日々」(1987年)なども撮っています。特に「アメリカン・ジゴロ」では明らかに「暗殺の森」を意識した光の演出を行うなど渋いながらも職人的な撮影を見せています。

<マーヴィン・ハムリッシュ>
 地味ながら印象深いこの映画の音楽を担当した作曲家 は1944年6月2日ニューヨークに生まれています。幼い頃から音楽が好きで、名門のジュリアード音楽院に入学し作曲とピアノを学びました。その後、クイーンズ大学に進んだ後、ブロードウェイ・ミュージカルのアレンジャーとして働き始めます。大ヒットしたミュージカル「ファニー・ガール」ではヴォーカル・アレンジを担当。1968年、サム・スピーゲルの依頼を受け「泳ぐひと」の音楽を担当し、映画音楽作家としてのスタートを切りました。彼は映画音楽というよりも、テーマ曲を得意としているようです。音楽賞も数多く獲得していて、「コッチおじさん」(1971年)ではゴールデン・グローブのベスト・ソング賞を受賞。「追憶」(1973年)では主題歌賞と劇音楽賞を獲り、「スティング」ではアカデミー編曲賞と同じ年に3つの音楽賞を独占するという快挙を成し遂げています。その他の作品としては、「第2章」(1979年)、「ソフィーの選択」(1982年)、「コーラスライン」(1985年)、「007/私を愛したスパイ」(1977年)などがあります。

<サンダンス映画祭>
 もうひとつロバート・レッドフォードといえば忘れてはいけないことがあります。今やアメリカを代表する映画祭のひとつとなったサンダンス映画祭。その母体となった映画作家を目指す若者たちのための研究施設サンダンス・フィルム・インスティテュートの設立もまたこの時1980年なのです。当初、サンダンス映画祭はインデペンデント映画の発表の場として、世界各地で活動する映画作家たちの発表、交流の場として、手作りの映画のお祭りとして始まりました。しかし、この映画祭で公開され話題を集めた作品が一般公開のチャンスを得て次々にヒットし始めると映画祭への参加者がどんどん増え、今では大手の映画会社が次なる大物監督を見つけ出すための重要なビジネス・チャンスの場になっています。
 かつて、ロジャー・コーマン率いるAIPはF・F・コッポラ、スティーブン・スピルバーグ、ジョナサン・デミ、ジョージ・ルーカス、ロン・ハワード、ジョナサン・カプラン、ジョー・ダンテ、ジョン・セイルズ、デニス・ホッパー、ジェームズ・キャメロン、ロバート・デ・ニーロらの監督、俳優たちを育てハリウッド復活の縁の下の力持ちとなりました。しかし、彼らの黄金時代は過ぎつつあります。一見ヒット作が多い21世紀以降のハリウッドですが、改めて見てみると、「パート3」などのシリーズ化作品、古い映画のリメイク作品、海外のヒット作のリメイク作品を除くとオリジナルのヒット作はほんのわずかしかないのです。そして、そのわずかの新しい作品を生み出している映像作家の中にはサンダンス映画祭で評価されてデビューした監督たちが何人もいるのです。(クエンティン・タランティーノ、スティーブン・ソダーバーグ、コーエン兄弟、ロバート・ロドリゲス、トッド・ヘインズなどは、サンダンス映画祭で賞をとり、一躍有名になっていった監督たちです)
 ロジャー・コーマンは、その貢献度の高さがほとんど知られていませんが、レッドフォードもまたあまりに評価されていないように思います。しかし、彼の仕事はまだまだこれからのはずです。「人と人」のつながりを描いた「普通の人々」から「人と自然」を描いた「リバー・ランズ・スルー・イット」や「ミラグロ」へ、そして「人とテレビ」を描いた「クイズショウ」を経て「政治と戦争」を描いた「大いなる陰謀」へと、より大きなテーマへと広がってきた彼の映画の今後にも期待したいと思います。きっと彼の青春はまだ終っていないはずです。「明日に向かって撃て!」

<家庭へ回帰するアメリカ映画>
 この作品の後、1980年代には多くのマイホーム・ドラマが作られます。その数は、70年代に数多く作られたヴェトナム戦争映画に匹敵するかもしれません。アメリカ人は、ヴェトナムでの失敗により、故郷へと帰郷し始めた。そう川本三郎さんは「映画の戦後」の中で書いています。

「普通の人々」(1980年)、「黄昏」(1981年)、「ET」(1982年)、「愛と追憶の日々」(1983年)、「プレイス・イン・ザ・ハート」(1984年)、「ガープの世界」(1982年)、「セコーカス・セブン」(1980年)、「スタンド・バイ・ミー」(1986年)、「再会の時」(1983年)・・・
 ここに挙げた80年代の映画はすべて家庭を描く内向きのホームドラマといっていい。30年代の大恐慌から始まり、第二次世界大戦、朝鮮戦争、そしてヴェトナム戦争とハードな時代が続いたアメリカでは、80年代にホームに帰ることが重要になった。・・・ただ50年代のように単純な家庭賛歌ではない。帰るべき家があるという積極的な考えではなく、もう帰る帰るところは家しかないという消極的な考えである。
川本三郎「映画と戦後」より

「普通の人々 Ordnary People」 1980年公開
(監)ロバート・レッドフォード
(製)ロナルド・・シュワリー
(原)ジュディス・ゲスト
(脚)アルヴィン・サージェント
(撮)ジョン・ベイリー
(音)マーヴィン・ハムリッシュ
(挿入曲)「パッヘルベルのカノン」この当時ピアノソロの映画音楽は珍しかったといいます。この曲はその後も多くの作品に使用されだれもが知るスタンダード曲になりました。「カスパー・ハウザーの謎」(ヴェルナー・ヘルツォーク監督作品)、「新世紀エヴァンゲリオン」など。
(出)ドナルド・サザーランド(カルビン)、メアリー・タイラー・ムーア(ベス)、ティモシー・ハットン(コンラッド)、ジャド・ハーシュ(バーガー医師)、エリザベス・マクガヴァン(ジェニン)

<あらすじ>
 自殺未遂を起こし退院したばかりの高校生コンラッド(ティモシー・ハットン)は、普通の家庭に育った普通の青年です。しかし、自殺未遂を起こしたのにはやはり理由がありました。それは彼の兄がヨットでの航海中に遭難し死んでしまったことがきっかけでした。事故の時、いっしょにヨットに乗っていたコンラッドは、優等生で母親のお気に入りだった兄が死に自分が生き残ったことに罪悪感を感じていました。彼のそんな気持ちに追い討ちをかけるように母親のベス(メアリー・タイラー・ムーア)は彼に冷たく接し、彼はそれに耐えられなくなっていたのでした。父親のカルビン(ドナルド・サザーランド)も、そんな妻の態度に気づいてはいたものの、長男の死のショックもあり言い出せずにいました。そこで彼はコンラッドを精神科の医師バーガーのもとへ通院させ始めます。初めは行きたがらなかったコンラッドも、バーガー医師の態度にしだいに心を開くようになり、少しずつ胸のうちを明かすようになります。そうして、彼の心の傷は癒えてゆき、コーラス隊で知り合ったジェニン(エリザベス・マクガヴァン)という恋人もできました。
 ところがそんなある日、彼に衝撃的な知らせが来ます。以前、彼が入院中に親しくなった同じ自殺未遂の女の子が再び自殺を試み、こんどこそ本当に死んでしまったというのです。自分もまた再び自殺を試み、こんどこそ死んでしまうのではないか?彼の心は再び乱れ始めました。彼はバーガー医師のもとに急ぎます。そして、父親のカルビンもまた彼のそんな混乱した気持ちを理解し、ついにある決断をします。このままでは、コンラッドが危ないと感じたカルビンは家庭の見せ掛けの平和を捨てる決意を固めたのです。その決断とは?

<1980年の映画>
「十三日の金曜日」(監)(製)ショーン・S・カニンガムが大ヒットし、シリーズが始まる

「アトランティック・シティー Atrantic City USA」(監)ルイ・マル(出)バート・ランカスター、スーザン・サランドン(ヴェネチア映画祭金獅子賞
「アメリカの伯父さん」(監)(脚)アラン・レネ(主)ジェラール・ド・パルデュー(カンヌ映画祭グランプリ、国際批評家連盟賞受賞)
「アレクサンダー大王」(監)テオ・アンゲロプロス(出)オメロ・アントヌッティー(ヴェネチア映画祭金獅子賞
「歌え!ロレッタ愛のために Coal Miner's Daughter」(監)マイケル・アプテッド(シシー・スペイセクがアカデミー主演女優賞受賞)
「エレファント・マンThe Elephant Man」(監)デヴィッド・リンチ(音)ジョン・モーリス(出)ジョン・ハート、アンソニー・ホプキンス
「9時から5時まで9to5」 (監)コリン・ヒギンズ(音)ドリー・パートン(作詞、作曲、歌)
「グロリア」(監)ジョン・カサベテス(出)ジナ・ローランズ(ヴェネチア映画祭金獅子賞
「シャイニング」(監)(製)(脚)スタンリー・キューブリック(原)スティーブン・キング(出)ジャック・ニコルソン、シェリー・デュバル(音)ベルリオーズ作曲「幻想交響曲」
「終電車」(監)(製)(脚)フランソワ・トリュフォー(撮)ネストール・アルメンドロス(出)カトリーヌ・ドヌーブ、ジェラール・ド・パルデユー
スター・ウォーズ 帝国の逆襲The Empire Strikes Back」(監)アーヴィン・カーシュナー(音)John Williams
「フェーム Fame」(音)マイクル・ゴア アカデミー作曲、歌曲賞アラン・パーカーの代表作のひとつ、ブロードウェイの根性もの、アイリーン・キャラ)
「普通の人々Ordinary People」(監)ロバート・レッドフォード(音)Jerry Goldsmith (アカデミー作品賞、監督賞、助演男優賞
ブルース・ブラザース The Blues Brothers」(監)(脚)ジョン・ランディス(出)ジョン・ベルーシ(出)(脚)ダン・エイクロイド
「レイジング・ブル Raging Bull」」(監)マーティン・スコセッシ(原)ジェイク・ラモッタ(脚)ポール・シュレーダー他(主)ロバート・デニーロ(アカデミー主演男優賞
(音)オープニングの音楽はピエトロ・マスカンニのオペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」(シチリアを舞台にしたヴェリズモ・オペラの代表作)

「お母さんのつうしんぼ」(監)武田一成(原)宮川ひろ(出)藤田弓子、久保田理恵(サレルノ映画祭特別賞
「海潮音」(監)(脚)橋浦方人(製)佐々木史朗(音)深町純(出)池辺良、荻野目慶子、山口果林
「影武者」(監)黒澤明(製作総)フランシス・フォード・コッポラ、スティーブン・スピルバーグ(カンヌ映画祭パルムドール
「神様のくれた赤ん坊」(監)(脚)前田陽一(脚)荒井晴彦、南部英夫(出)渡瀬恒彦、桃井かおり、河原崎長一郎
「狂い咲きサンダーロード」(監)(脚)石井聡互(製)(脚)秋田光彦(撮)笠松則通(音)パンタ&ハル(出)山田辰夫、大地雅光
「四季・奈津子」(監)東陽一(原)五木寛之(製)吉田達(音)田中未知(出)烏丸せつこ、阿木耀子、風間杜夫
「太陽の子 てだのふあ」(監)(脚)浦山桐郎(原)灰谷健次郎(撮)安藤庄平(出)原田春美、大空真弓、大竹しのぶ、河原崎長一郎
「父よ母よ!」(監)(脚)木下恵介(原)斉藤茂男(出)三原順子、滝沢美幸、吉田康子
ツィゴイネルワイゼン(監)鈴木清順(製)荒戸源次郎(脚)田中陽造(出)大谷直子、原田芳雄、大楠道代、藤田敏八
ベルリン映画祭審査員特別賞、国際アートシネマ連盟賞
「遥かなる山の呼び声」(監)(脚)山田洋次(製)島津清(脚)朝間義隆(撮)高羽哲夫(出)高倉健、倍賞千恵子、吉岡秀隆(モントリオール映画祭審査員特別賞
「ヒポクラテスたち」(監)(脚)大森一樹(製)佐々木史朗(出)古尾谷雅人、柄本明、伊藤蘭

嵐寛志寿郎(俳優)死去(77歳)
伊藤雄之介(俳優)死去(60歳)
稲垣浩志(監督)死去(74歳)
東山千栄子(俳優)死去(89歳)

<1980年の出来事>
イランにおけるアメリカ大使館占拠事件
ホメイニ氏の登場からイラン・イラク戦争の勃発
第6回主要先進国首脳会談(ヴェネチア・サミット開催)
国連世界婦人会議(婦人差別撤廃条約署名)
<アメリカ>
ヴォイジャー1号土星に再接近、探査成功
タカ派のロナルド・レーガンが大統領に就任
<ヨーロッパ>
ポーランドで自主管理労組「連帯」結成
ユーゴの指導者、非同盟諸国のリーダー、チトー死去
フランスの哲学者ジャンポール・サルトル死去
イギリスの映画監督アルフレッド・ヒッチコック死去
<アフリカ・中東>

ジンバブエ共和国完全独立
ナミビアに白人自治政府発足
エチオピア・ソマリア紛争再燃
<アジア>
インドで総選挙、ガンジー内閣成立
中国ヴェトナム国境紛争発生
韓国で光州事件発生
韓国、全大統領就任
<日本>
大平総理大臣の死により鈴木内閣成立
校内暴力、家庭内暴力が急増
日本車が生産台数世界一になる

<芸術、文化、商品関連>
「薔薇の名前」ウンベルト・エーコ著(伊)
「ソフィーの選択」ウィリアム・スタイロン著(全米図書賞)
ガープの世界ジョン・アーヴィング著(全米図書賞)
「死刑執行人:殺人者ケリー・ギルモアの物語」ノーマン・メイラー著(ピューリツァー賞受賞)
「通過儀礼」ウィリアム・ゴールディング著(ブッカー賞受賞)
映画「アメリカン・ジゴロ」のヒットでアルマーニのスーツがブームになる
向田邦子が「思い出トランプ」で直木賞を受賞
ナムコ「パックマン」発売
ルービック・キューブが大ブームになる
西友の「無印良品」ブランド展開開始
<音楽関連(海外)>
チャーリー・パルミェーリがN.Y.からプエルトリコへ帰る
ニューロマンティック、ジャングル・ビート、ファンカラティーナがブームに
<音楽関連(国内)>
山口百恵引退・結婚(「しあわせになります」の言葉を残し、三浦友和と結婚)
佐野元春が「アンジェリーナ」で華々しくデビュー
その他、ルースターズ、ヒカシュー、プラスチックス、サンディー、リザード、アナーキー、ハウンド・ドッグ、山下久美子がデビュー。RCサクセションがアルバム「ラプソディー」でブレイクし、山下達郎が「ライド・オン・タイム」でブレイク。ニューミュージックの時代からJ−ロックの時代への転換点だったのかもしれません。
日本初のレンタル・レコード店、東京三鷹市にオープン
<この年の音楽について>

 

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