「音楽」+「生命」を生み出した21世紀のフランケンシュタイン

「オルフェオ ORFEO」
「エコー・メイカー The Echo Maker」

- リチャード・パワーズ Richard Powers -
<SFファン、音楽ファン必読!>
 ちょっと難解ですが、面白い本と出会いました。どんな「あらすじ」かというと・・・
<あらすじ>
 かつて現代音楽の作曲家として活動していた人物が、評価されないまま年を重ね、大学の講師として余生を送ろうとしていました。ところが、あるきっかけから彼はかつて学んでいた化学の専門知識を生かして遺伝子操作により、ある種の細胞に「音楽」を埋め込み、永遠に生きる作品とする研究を始めます。
 ところが、研究の途中で飼い犬が突然倒れたため救急隊を読んだ際、彼の部屋の設備が怪しまれ、その後警察がやって来てしまいます。そして彼はバイオテロの容疑で指名手配されることになってしまいます。
 主人公はその場から逃げ出し、元の奥さんや子供たち、音楽仲間たちを訪ねます。主人公は、いったいどうするつもりなのでしょうか?

 SFファンで音楽ファンの方なら絶対に面白いはずです。
 主人公の人生は、クラシック音楽を学ぶ青春時代から現代音楽の時代へ、そして背景にはロックンロール、ロック、パンク、ニューウェーブへと続くポップ音楽も流れ、20世紀の音楽史としても楽しめます。ただし、少々読みづらい小説かもしれません。音楽的な知識があれば、さらに面白いはずなので、最後に参考となるリストを追記しておきます。

<科学と音楽>
 かつて科学と音楽は密接な関係にありました。天文学者のケプラーは天体と音楽の関係を重視し、天体音楽論とも呼べる理論に基づいて新たな天体の発見などを行いました。彼の考えでは宇宙のすべてのものは「音楽」に関わっているとされていました。実際、宇宙を構成する物質は一定の振動数をもつとされているので、ケプラーの考えは間違っていないのかもしれません。(振動数と音楽とはまた別ものではありますが・・・)
 またアインシュタインやファインマンなどの物理学者たちの多くが音楽の面でも才能を持っていたことも有名です。数学と音楽には共通する何かがあるのでしょう。ただし、そうした天才的な学者たちは「演奏者」としての才能はあっても「表現者」としてはその実力を発揮してはいなかったかもしれません。もし、彼らが「相対性理論」や「不確定性理論」に基づく交響曲や歌曲を作ったとしても、それを観客が理解できたのかどうか?それははなはだ疑問です。
 一応、大学で物理学を学んだ僕としては、彼ら天才学者たちの頭の中が少しだけ理解できる気がするのですが、彼らにとって宇宙をつかさどる法則はたぶん、数式ではなく、3次元の空間イメージのようなものだと思います。それは優れた音楽家が、音楽を色彩や形のイメージとしてとらえたり、逆に優れた画家が絵画や彫刻から音楽を聴くのに似ているかもしれません。
 ならば、優れた音楽家が生命工学の天才でもあったら、「音楽」を「生命」の基本である遺伝子に組み込むことも可能になるのではないか?
 もし、そうして新たな生命体と生み出すことができたとしたら・・・
 身体の模様が音階?固有の振動数で身体が振動する?見た目には何もわからない?
 様々な表現型が考えられますが、それが観客に理解されなければ何の意味もないかもしれません。

 思えば、かつて天才的音楽家が生み出した新しい音楽はその多くが観客の罵声を浴びることになりました。ストラビンスキーの「春の祭典」、ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリングストーン」、日本でもはっぴいえんどもシュガーベイブもサディスティック・ミカ・バンドもデビュー時点ではまったく評価されていませんでした。
 「遺伝子」に組み込まれた「生命音楽」となれば究極の前衛音楽となるので、いよいよ理解されない可能性が高いかもしれません。でも、その遺伝子がウイルスに組み込まれて人間に感染、そこから突然変異が誕生し、新人類となる。彼らはある種の音楽により精神的に結びついている特殊なグループを形成するかもしれません。彼らは、まるでカルト教団のように見えるかもしれません。・・・この小説はそんな妄想を刺激してくれるはずです。

 私は細胞を、十六歳のときに - 数時間ごとに新しい記念碑的な発見をしていた時期に - 愛した音楽みたいなものに仕立てようとした。私はそれを、五歳の娘がカラフルな積み木でリビングの床に記したメロディーみたいなものに仕立てようとした。

<危険な時代>
 科学の発展は原子爆弾のような究極の兵器を生み出しましたが、それはある程度は「管理可能な危険」といえました。しかし、小型の爆弾や化学兵器は個人でもテロ事件を起こせる存在として限りなく「管理困難な危険」を世に放ちつつあります。そこに新たな「生物兵器・細菌兵器」が登場しようものなら、いよいよ人類は絶滅の危機に追い込まれるかもしれません。
 主人公の指名手配を受けて、マスコミはその危険性をセンセーショナルに伝え始めます。

・・・通信販売の合成DNAと千ドルの機械を備えた台所があれば、素人でも新たな致死性病原体を作り出せるという点です。わが国にダメージを与えたいと思っている人間の数を考えれば、素人生物学者はわれわれが直面する最も大きな脅威の一つです。

 ただし、この小説はそんな危機を煽る現代社会のシステムを問題視しています。

 不安は今後もずっと成長産業であり続けるだろう。現代の経済は恐怖に依存している。

 アメリカは十年前からずっとパニック状態です。それにもし、パニックを広めた度合いが問題なら、ニュースを読むアナウンサーはみんなテロリストだ。

 今や、テレビをつけると「医療・医薬品もの」「事件もの」「住宅もの」「食事・ダイエットもの」「気象・地震もの」・・・視聴者の不安・危機感を煽る番組のいかに多いことか!
 昭和の時代、テレビは国民を「バカ」にすると言われましたが、平成の今、テレビは国民を「神経症」にしつつあります。

<「音楽」という名の病原菌への讃歌>
 この小説は遺伝子工学の危険性に警鐘を鳴らすとか、人類の科学がもたらす未来への不安を訴える従来型の近未来SF作品ではありません。ここが重要です。
 それは、「音楽」という名の魅力的かつ危険な病原菌が人類の歴史にどう関わってきたのか?そして、今後どう変えて行く可能性があるのか。そんな「音楽」という人類文化への讃歌と読むべき作品のようにも思えます。
 以下は、この小説の中に登場するの主人公の書き込みにもそんな意図が見えます。

 音楽はセラチア菌よりも多くの人を殺してきた。

 音楽は耳から流れ込む意識だ。そして、意識ほど恐ろしいものはない。

 私が書いた全ての曲が目指していたのは、現在という壁を突き破り、永遠へと抜けるトンネルを作ることだった。

 生命とは、相互感染以外の何ものでもない。そして全てのメッセージは感染する際、相手のメッセージを書き換えてしまう。

 ピカソいわく。「芸術は危険だ。芸術には節操がない」。
 エリントンいわく。「危険でない芸術などもはや無用だ」。


 そして、彼は人生の最後に大きな仕事をしようと決意します。

 残された日々は、形式においてどこまでのことが可能かを試し、そのついでに少しだけ、偉大なる生命の固執低温に耳を傾けてみよう。わずかの時間と忍耐、インターネットに接続し指示通りのことをする能力、そしてクレジットカードがあれば、再び曲を世に送り出せるかもしれない - 耳に聞こえない、誰にも知られることのない音楽をはるかに遠い未来に向けて、そしてあらゆる場所へと。時の終わりのための音楽。

 それでも、ラスト近く主人公エルズの娘が、弾くことをやめていたはずのピアノを再び弾き始めていたことを知った彼は、驚き、喜びます。考えてみると、彼の娘もまた彼の遺伝子を直接的に受け継いだ後継者のひとりだったのです。
 さらにいうと、この本を読んで感動したあなたもその一人なのかもしれません。「世界は聴かれるべき音楽で満ちている!」そう思えるあなたもまた遺伝子を受け継ぐ新たな生命体なのかもしれないのです。

<リチャード・パワーズ>
 この小説の著者リチャード・パワーズ Richard Powersは、1957年アメリカのイリノイ州エヴァンストン生まれています。父親が教師でインターナショナル・スクールの校長としてタイに赴任したことから、彼は11歳から16歳までの少年時代をタイの首都バンコクで過ごしています。それはちょうどアメリカがヴェトナム戦争の泥沼にはまっていた時代で、彼は撤退した米軍と共にアメリカに戻ったのでした。(1973年)
 1975年、帰国してイリノイ大学に入学し物理学を専攻しますが、途中で英文科に移り、文学修士号を得ています。その変更は、科学の世界があまりに専門化していることに疑問を感じたためだったようです。彼は大学卒業後、一度はプログラマーとして働き始めますが、ある日突然文学の道を志そうと仕事を辞め、デビュー作となった「舞踏会へ向かう三人の農夫」(1985年)を発表します。するといきなり高い評価を受け、2006年の「エコー・メイカー」では全米図書賞を受賞しています。
 彼は学生時代からジェイムス・ジョイス、マルセル・プルーストらの作家たちに憧れていたようで、「構造自体がテーマを反映するような構造」をもつ小説を目指しているといいます。

 驚いたことに著者は、この小説のアイデアを実際に起きた事件から得ているといいます。
 2004年にアメリカで起きた「スティーヴ・カーツ事件」がその一つ。それは、ニューヨーク州立大学のカーツ教授がFBIによって、バイオテロ容疑で逮捕されるという事件でした。
 微生物を用いたアートの領域を研究していたカーツ教授は「バイオアート」の先駆者と呼ばれていました。しかし、ある日彼の家で妻が突然呼吸停止により死亡。通報によって駆け付けた警察官は、教授の自宅が化学実験室のように様々な化学薬品であふれていることに疑問を持ちFBIに連絡。連絡を受けたFBIは、その部屋で作られた細菌が妻を殺したとして彼を殺人容疑で逮捕しました。4年後、彼は結局無罪となりますが、一個人による化学兵器製作の可能性に全米が衝撃を受けることになりました。
 どうやらスティーヴ・カーツ教授が目指していたのは、バイオ兵器の個人開発などではなく、そうした化学兵器への批判のためのアート活動で、その活動が反政府的なメッセージ性が強かったことから、時のブッシュ政権ににらまれて彼は無実の罪で逮捕されたのではないかとも言われています。
 それと彼の知り合いの作曲家が、独特の音楽を作り続けながら生涯まったく音楽界から評価されないままこの世を去ったという出来事もヒントになったとか。

<気にせず読み進もう>
 この小説の構成は、不思議な短文(後で主人公の書き込みなのが明らかになります)を区切りとして、主人公の現在進行形の物語と主人公の過去の物語が交互に展開します。
 現在進行形の部分は、時系列の順番に進むのでわかりやすいと思います。過去の物語も過去から現在へと進んでゆくので、そう思って読むとわかりやすいと思います。
 気になるのは、次々と登場するクラシックやロックなどのミュージシャン、それに曲の数々です。ジャンルの幅も広いので、すべて知っているという人はいないのではないかと思います。(僕もです)知らない名前が多いと、置いて行かれた気分になってしまいますが、そこはあまり気にせず読み進んでください。物語の本筋には関係ないので。ただし、ここに登場するアーティストや曲の数々は、やはり作者の意図によって選ばれたはず。そこで、ここでは登場するアーティストをリストアップ。ちょっとした解説とページがある場合はリンクを張っておきました。読み終わった後、改めて見てみて下さい。なるほど!と思える選び方をしていると思います。
 以下のリストは、この本の最後にあるリストの順に有名どころを抜粋したものです。

<クラシック・現代音楽系>
アントニオ・ヴィヴァルディ「四季」
リヒャルト・ワーグナー(1813年~1883年)「タンホイザー」
(機能和声のシステムを限界まで推し進め、巨大なオーケストラ・サウンドによるオペラを完成の域に高めた)

エドワード・エルガー「エニグマ変奏曲」、「チェロ協奏曲」
ロベルト・シューマン「子供の情景」、「見知らぬ国と人々について」、「月の夜」
ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト「ジュピター」、「きらきら星変奏曲」、「ピアノ協奏曲第17番ト長調」、「ソナチネ第1番ハ長調」
アミルカレ・ポンキエッリ「時の踊り」(ディズニー映画「ファンタジア」)

グスタフ・マーラー(1869年~1911年)「亡き子をしのぶ歌」、「魚に説教するパドヴァの聖人アントニウス」、「大地の歌」、「交響曲第5番」
(交響曲に「声楽」を持ち込み、既存の民謡や自分の別の曲を引用・転用。ギターやマンドリン、打楽器など、それまでのオーケストラにはなかった楽器を持ち込んで大きな変化をもたらした)

ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン「交響曲第3番”英雄”」
フランツ・シューベルト「交響曲第7番”未完成交響曲”」
リヒャルト・シュトラウス「四つの最後の歌」
イゴール・ストラヴィンスキー(1882年~1871年)「火の鳥」、「春の祭典」、「放蕩息子の遍歴」
(ロシアの土俗的民話を激しいリズムや不協和音で描き出し、「バーバリズム」とも呼ばれた。「春の祭典」初演でヤジや怒号が飛び交った。ロシア革命で亡命したアメリカでは、ジャズの影響を受けるなど時代によって変化を続け、「カメレオン」とも呼ばれた)

ドミートリィ・ショスタコーヴィッチ(1906年~1975年)「弦楽四重奏曲第3番」、「交響曲第5番ニ短調」
(スターリンによる独裁体制のソ連で、体制賛美の音楽を作りながら、そこにギリギリの新たな音楽性や体制批判を盛り込んだ苦悩の作曲家)

ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685年~1750年)「平均律クラヴィーア曲集」「G線上のアリア」
(オルガン奏者、作曲家として宮廷・教会のために声楽・器楽・管弦楽・宗教曲などオペラ以外の分野すべての作曲を行ったが、19世紀に再発見されるまで忘れられた存在だった)

ピョートル・チャイコフスキー「交響曲第6番”悲愴”」
モデスト・ムソルグスキー「ボリス・ゴドゥノフ」
アーノルト・シェーンベルク(1874年~1951年)「月に憑かれたピエロ」
(長調・短調などの調性を無くした「無調」の音楽を生み出し、そのシステムとして「相互の関係のみに依存する12の音による作曲法」=十二音技法を完成させた。具体的には、オクターブの中の12の音をランダムに並べた音列を作り、これをもとに作曲を行う手法で、12の音が平等な関係にあるところが重要。現代音楽の原点となった)

オリヴィエ・メシアン「時の終わりのための四重奏曲」
カミーユ・サン=サーンス「動物たちの謝肉祭」
ジョージ・ガーシュイン(1898年~1937年)「ファッシネイティン・リズム」、「オー・ケイ!」、「サムバディ・ラブズ・ミー」
(ユダヤ系ロシア移民の子でニューヨークで黒人音楽(ジャズ)から大きな影響を受けクラシックとの融合を行った作曲家)

リゲティ・ジョルジュ「レクイエム」
ジョン・ケージ(1912年~1992年)「プリペアドピアノのための協奏曲」、「ミュージサーカス」
(現代音楽界の巨人。現代音楽の枠をも超え、ロック、映画、ダンス、小説、演劇など様々なジャンルに影響を与え続けている)

フレデリック・ショパン「前奏曲第4番ホ短調”窒息”」「子犬のワルツ」
セルゲイ・プロコフィエフ「束の間の幻影」、「炎の天使」
テリー・ライリー「インC」
ベーラ・バルトーク(1881年~1945年)「ミクロコスモス」「管弦楽のための協奏曲」
(故国ハンガリーの民謡を調査・研究し、そこから独自の音楽を生み出した作曲家)

クシシュトフ・ペンデレツキ「広島の犠牲者に捧げる哀歌」
スティーヴ・ライヒ(1936年~)「プロヴァーグ」
(1960年代に登場したミニマル・ミュージックの中心的作曲家。アフリカのパーカッションやバリ島のガムランなどの研究者でもある。「ゆるやかに移りゆくプロセスとしての音楽」を追及するため複数の打楽器によるリズムを反復させ、重ねることでポリフォニック(多声的)な音楽スタイルを生み出した)

ゲオルク・フリードリッヒ・ヘンデル「セルセ」
ジュゼッペ・ヴェルディ「マクベス」
ジョン・アダムズ「中国のニクソン」、「クリングホッファーの死」
エクトル・ベルリオーズ「ファウストの劫罰」
フランツ・リスト「ファウスト交響曲」

<ロック・ポップ系>
フレッド・アステア「お上品な恋 A Fine Romance」
ヴェルヴェット・アンダーグラウンド「ヘロイン」、「毛皮のヴィーナス」
チャック・ベリー「メイ・バリーン」
ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツ「ロック・アラウンド・ザ・クロック」
ザ・プラターズ「ザ・グレート・プリテンダー」
エルヴィス・プレスリー「ブルー・スウェード・シューズ」
ジュディ・ガーランド「ハウ・アバウト・ユー?」
ジミー・ドッド「ミッキー・マウス・クラブ・マーチ」
ボブ・ディラン「廃墟の街 Desoletion Row」
ザ・ビートルズ「サージェント・ペパーズ・ロンリー・クラブ・ハーツ・クラブ・バンド」
ザ・ブラック・キーズ「ハウリング・フォー・ユー」
マイ・ケミカル・ロマンス「スリー・チアーズ・フォー・スウィート・リベンジ」
カーペンターズ「ふたりの誓い」
エミネム「シング・フォー・ザ・モーメント」
リンキン・パーク「ウェイティング・フォー・ジ・エンド」
ザ・バーズ「ホワイ」
エラ・フィッツジェラルド「ベスト・オブ・ヴァーヴ・ソングス」
アン・スラックス「フィストフル・オブ・メタル」
ザ・クラッシュ「ロンドン・コーリング」
ニルヴァーナ「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」
レディオ・ヘッド「ファウスト・アープ」

 彼は音楽が好きなだけでなく、チェロ、ギター、クラリネット、サックスなどの演奏者でもあるようです。


「オルフェオ ORFEO」 2014年
(著)リチャード・パワーズ Richard Powers
(訳)木原善彦
新潮社

<追記>
「エコー・メイカー The Echo Maker」 2006年
(著)リチャード・パワーズ Richard Powers
(訳)黒原敏行
新潮社
全米図書賞受賞
<あらすじ>
 弟マークが交通事故に遭ったことを知った姉のカリンは、鶴で飛来地として有名なネブラスカ州の田舎町カーニーに久しぶりに帰郷します。そして奇跡的に生還した弟の世話をするため、彼女は仕事もやめ、故郷で暮らし始めます。ところが、意識を取り戻したマークは、彼女のことを姉のフリをした偽物だと言い出します。それはカプグラ症候群と呼ばれる脳の障害が原因らしいとわかります。カリンは脳障害による様々な症状を研究する専門家ジェラルド・ウェーバー博士に手紙を書き助けを求めます。脳の研究者として一般向けの著書を書き有名人となっていたウェーバーは、自分の仕事の方向性に悩んでいましたが、珍しい症状に興味を持ち、さっそくマークの元にやって来ます。
 なぜ、マークは真夜中に一人で事故を起こしたのか?当日の記憶を失った彼は、並行して走っていたはずの車のことも思い出せずにいました。さらに謎だったのは、事故の夜に彼のもとに残されたメッセージの意味とそれを誰が書いたのかでした。
 同じ頃、カリンの元カレでもあったダニエルは、町で動き出していた観光開発事業のことが気になりつつあり、彼の活動にカリンも協力するようになります。ところが、回復しつつあったマークの症状が悪化し始めます。彼はカリンが偽物だというだけでなく、彼の周囲の人々も陰謀に協力していると言い始めたのです。
 なぜ彼は姉を偽物だと思うのか?
 謎のメッセージの作者は誰なのか?
 彼が事故を起こした原因は何だったのか?
 すべての謎は、マークの脳の中に刻まれていました。そして、それらがすべて明らかになる時が訪れます。

 「オルフェオ」には、SF的要素も多分に含まれていましたが、この小説はフィクションとはいえSF的要素は含まれていません。それは現実に起こり得る範囲で書かれています。
 しかし、読者の多くはラストまで、SF的な結末を予想していたのではないでしょうか?なぜなら、到底論理的な結末が待っているとは思えないからです。
 日本人の読者なら、それは「鶴の恩返し」のアメリカ版に思えるかもしれません。
 それともUFOが事故死したマークの元に着陸し、彼にウルトラマンのように乗り移ったとも思えます。
 事故の衝撃によって、彼の意識が鶴と入れ替わってしまった。そう考えるかもしれません。
 いろいろな考え方があり得るのですが、とにかく気になってしまい、ページをめくる手が止まらなくなるはずです。
 カリン、マーク、ウェーバー、それぞれの視点から語られる物語は結構入り組んでいるのですが、そこで示された謎がラストで見事にひとつの結論にまとめられる気持ちよさを是非体験して下さい!

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