性と時の壁を越えた「永遠」の名作 |
<トランス・ジェンダー映画の傑作>
この作品は、主人公の性が映画の中で変わってしまうという異色のファンタジー映画です。その意味では、まさに性を越えた「トランス・ジェンダー」映画の傑作です。
この作品は、このサイト内でも紹介しているLGBT映画の傑作選(英国の雑誌「Time Out London」が2016年に発表)の中で第10位に選ばれています。
その魅力の秘密はどこにあるのでしょうか?
<コスチューム・プレイの傑作>
映画には「コスチューム・プレイ」と呼ばれるジャンルがあります。中世ヨーロッパを舞台に当時の豪華な衣装を着た貴族、王族を中心にした歴史・風俗・恋愛映画のことです。この作品も、そんなコスチューム・プレイ映画の一つと言えますが、それだけではありません。確かにこの映画の物語は、エリザベス1世の時代(1600年)から始まっているのですが、そこから400年に及ぶ物語が続く長い歴史ファンタジー作品でもあるのです。
その意味で、この作品は時間を越えた「トランス・タイム」映画でもあるわけです。さらに言うと、この映画の主人公は画面の向こう側から、何度もこちらに話しかけたり、目線を送って来ます。その意味では、この映画「トランス・スクリーン」映画でもあります。
<サリー・ポッター>
この作品の監督サリー・ポッター Sally Potter は、1949年9月19日ロンドン生まれです。彼女は映画の監督であると同時に、コンテンポラリー・ダンスの教師でもあり、ダンサーでもありました。この映画の中のダンス・シーンもそうですが、巨大なスカートをはいて歩く主人公の動きや様々な儀式などの動きにも彼女のセンスが生かされているはずです。
彼女が映画を撮り始めたのは、14歳の時、8mmカメラをもらったことがきっかけでした。その後、アマチュアの映像作家として数多くの作品を撮り、フィルムメーカーCOOPに所属します。
1968年頃からは8mmや16mmの映画を撮り始め、1979年に短編映画「スリラー」を撮り、フィルムノワールとオペラ「ラ・ボエーム」を融合させた独自の世界を描き出しました。
1983年、ジュリー・クリスティーを主演に迎えて、スタッフ全員が女性という異色作「ゴールドディガーズ」を撮り、フェミニスト映画の作家として知られることになりました。その後、彼女はテレビ向けの短編作品をシリーズで撮った後、2作目となる長編映画の準備に入ります。それがこの作品「オルランド」でした。
この映画の原作である小説「オルランド」は、1928年に発表されたトランス・ジェンダーを扱った異色のファンタジー小説で、その作者は文学史における最初のフェミニスト作家とも言われるヴァージニア・ウルフでした。小説のあらすじは、ほぼ映画と同じですが、原作が1600年から1928年までを描いていたのに対し、映画版では映画に合わせて1990年代まで続いています。
<苦難の映画化>
元々映画化困難と言われていた小説の映画化に挑んだ彼女は、舞台になっているトルコの代わりにウズベキスタンでの撮影を実施。乾燥地帯での過酷なロケを含め、20週間という期間でなんとか無事に撮影を終えました。厳しい予算の中で、素晴らしい衣装をデザインし作り上げた衣装担当のサンディ・パウエルは実にいい仕事をしています。
撮影中、ウズベキスタンの関係者から現地スタッフへの賃金の値上げを要求された製作者は、予算不足からそれを断るしかありませんでした。そして彼女は、この作品の特典メイキング映像のことを説明。この場面でのあなた方の判断は映像化されて、世界各地に発信されるのできっと今後の映画製作誘致の良い宣伝になるはずと説得します。ちゅっと脅迫めいてはいましたが、まさかメイキング映像にこんな役割があったとは?!
しかし結局その後、この映画は製作費がつきてしまい大幅に完成・公開が遅れてしまいます。それでも、7年の歳月をかけて公開にこぎつけると、この作品は世界中で高い評価を受け、彼女は世界的な監督となりました。
<ティルダ・スウィントン>
この映画の最大の魅力は、主演のティルダ・スウィントンの存在かもしれません。白く美しくその人間離れした容姿は、性も時も超越してしまった主人公のオルランドのイメージそのままです。
ティルダ・スウィントン Tilda Swinton は、1960年11月5日ロンドンに生まれています。父方がスコットランドの名家の出で、早くから演劇界入りし、本格的なシェークスピア劇で活躍していました。
26歳の時、鬼才デレク・ジャーマンの代表作「カラヴァッジオ」で映画デビューを果たします。その後も「ラスト・オブ・イングランド」(1988年)、「エドワードⅢ」(1991年)などの作品に出演。「エドワードⅢ」では、ヴェネチア国際映画祭女優賞を獲得しています。
中でも、この映画におけるオルランドの特異なキャラクターは、彼女を象徴するイメージとなり、その後の彼女の役どころに大きな影響を与えることになります。魔女的、カリスマ的、両性具有的な個性は、彼女の得意キャラクターとなり、多くの作品でそれを活かすことになります。
「コンスタンティン」(2005年)
地球滅亡の危機を描いたキアヌ・リーヴス主演の作品では、大天使ガブリエル。
「ナルニア物語第一章/ライオンと魔女」(2005年)
C・S・ルイスのファンタジー小説を映画化したこのシリーズでは、まさに彼女のぴったりの「白い魔女」を演じています。(シリーズ3作品共に出演)
「ベンジャミン・バトン数奇な運命」(2008年)
スコット・フィッツジェラルドによる異色のファンタジー小説で、彼女は主人公と愛し合う謎の女性を演じました。「オルランド」とは異なる「時間」を越える物語です。
「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」(2013年)
ジム・シャームッシュ監督の傑作ドラキュラ映画で彼女が演じたのは、オルランドに匹敵する適役。日差しを浴びることのない永遠に生き続けるドラキュラ、イヴです。「オルランド」のドラキュラ版とも言える作品でした。
「ドクター・ストレンジ」(2017年)
マーベル・シリーズものの中の快作で、彼女が演じたのは、700歳を越えたケルトの魔術師でした。
「オルランド Orlando」 1992年
(監)(脚)(音)サリー・ポッター Sally Potter
(製)クリストファー・シェパード
(原)ヴァージニア・ウルフ
(撮)アレクサンダー・ロジオーノフ
(美)ベン・ヴァン・オズ、ヤン・ロールフス
(衣)サンディ・パウエル
(音)デヴィッド・モーション
(出)ティルダ・スウィントン、シャルロット・ヴァランドレイ、ヒースコート・ウィリアムズ、ロテール・ブリトー、ビリー・ゼイン(タイタニック号の卑劣な生き残りカル)
<あらすじ>
主人公のオルランド卿は、英国の女王エリザベス一世から遺産の相続を許す代わりに永遠に生き続けるよう命じられます。1600年、女王はこの世を去り、オルランドの永遠の人生が始まることになります。ロンドンが歴史的寒波に襲われた年、ロシアからやってきたコサックの娘と恋に落ちた彼は婚約者を捨ててその娘サーシャに愛を告白します。ところが彼はサーシャに裏切られてしまいます。その後、彼はイギリスの大使として、トルコのイスタンブールに赴任し、そこで東方の国の王子と親しくなり、彼から依頼され戦場に向かいます。ところが、その戦場で彼は7日間眠り続けたのち、目覚めると女性になっていました。
女性になったオルランドは、10年ぶりにイギリスに帰国。詩作に目覚めまた彼女は、アメリカから来た男性と恋に落ち、セックスの喜びを知ります。ところが、彼もまたアメリカに帰ってしまいます。
彼女はその後も二つの大戦を生き延び、子どもを生み育てながら自らの人生を振り返り、それを文章化して行きます。
「選ばなかったみち」 THE ROADS NOT TAKEN (監)(脚)(編)(音)サリー・ポッター(イギリス)
(製)クリストファー・シェパード(撮)ロビー・ライアン(PD)カルロス・コンティ(衣)キャサリン・ジョージ
(編)エミリー・オスリーニ、ジェイソン・レイトン
(出)ハビエル・バルデム、エル・ファニング、サルマ・ハエック、ローラ・ニーリー、ブランカ・カティッチ、ミレーナ・ツァルントケ<あらすじ>
メキシコからアメリカに移住しNYに住む作家レオは50歳で認知症を発症。分かれた妻との間の娘が介護をしています。
ある日、彼を歯科と眼科に連れて行くためにタクシーで外出しますが、症状が進んでいるレオは次々にトラブルを起こします。
その間、彼の頭の中では、かつて彼が選ばなかったもう一つの人生が展開していました。
メキシコで最初の恋人との間に生まれた子供を失った時のこと。
作家に専念するためにギリシャに渡り、妻と子を置き去りにした時のこと。
娘はそんな父親の思いを必死で知ろうとしますが、一緒に暮らしていなかった彼の心のうちを理解することは困難でした。
ついには彼女は仕事を失うことになろうとしていましたが、・・・救いのない物語のようですが、ラストに父と娘の間にささやかな奇跡が起きることで救いがあります。
ハビエル・バルデムにとっては役者冥利につきる役どころだったはず。見事に異なる人格を演じ分けています。
エル・ファニングも相変わらず素晴らし演技。サルマ・ハエック、ローラ・ニーリーもいい味出してます。