- イビチャ・オシム Ivica Osim(前編)-

<オシム語録とサッカー>
 「オシム語録」という言葉が生まれるほど、サッカー日本代表元監督イビチャ・オシムが残した名言の数々は日本人に大きな影響を与えました。それはサッカー・ファンだけでなく日本人全体にまで及んだといえます。しかし、ブームに弱い日本人がどこまで彼の言葉を憶え、それを実践してゆけるのかは、ちょっと疑問です。そこでこのコーナーでは、前半では彼が目指す理想のサッカーについて、彼の言葉から追ってみます。っして、後半でそんな彼のサッカー論が生まれた原点を彼の波乱の人生から探ってみたいと思います。
「サッカーとは人生と同じだ」とはよく言われるセリフです。しかし、彼の生まれ故郷サラエボの混乱の歴史とそこに生きた彼の人生を知ると、その言葉の意味はさらに重みを増すはずです。(オシム監督の人生については後編で)

<オシムの目指すサッカー>
 彼が目指したサッカーは「ムービング・サッカー」とも言われています。ボールを常に動かし、選手もまた常に動きながら敵陣へと攻め入る。そして、その動きには「速さ」が求められます。ここでいう「速さ」について、彼のこんな言葉があります。

「ジェフの選手には大きな敬意を払っています。彼らはよく走るし、非常に速い」
 ガンバ大阪、西野監督のこの言葉に対して、オシム監督はこう語ったそうです。
「それは思い違いです。ジェフの選手は速く走っているのではなく、速くプレーしているのです」
 この言葉について、こんな彼自身の解説もあります。
「私が意味するところの『スピード』とは素早く考えて、迅速に判断することである。これもひとつの『速さ』だ」

 しかし、日本人選手には個人技としてのテクニックはあっても「速く」ボールをまわすための判断力が不足していると彼は見ていたようです。

「日本人選手に欠けているのは、コレクティブ(集団的、協力的)なテクニックである。若いうちに体得でき、また体得しておくべきは、まさにこの技術だ」

 だからこそ、彼は「試合が最高の練習だ」と言い、練習においても常に試合形式の練習を重視しているのです。もちろん、どんなに試合形式の練習をしても、選手個々の判断力が優れていなければ連動した良いプレーは生み出せません。すべての選手にゲーム・メーカーとしての能力を身につけさせることが重要でそうした選手を11人そろえることこそが理想であろうと彼は考えていました。

「私の哲学としては、『ゲームを指揮するようにプレーしろ』だ。ディフェンスが4枚の場合、相手選手が全くいない、あるいはひとりしかいない状況でも4人揃って後方に残っていることがあるが、これは全く不可解だ。・・・・・」

「オシムは0−0で引き分けるくらいなら、4−5で負ける方がずっとましだという考え方を持っている。彼が創造しようとしているのは、全ての選手が何でもこなせるチームである。全選手が全ポジション可能という、スペシャリストのいないオールラウンド・プレーヤーだけのチームだ。そうすれば試合では全てを意のままにできる。・・・・・」
ルパート・マルコ

 そのため、個々の選手に求められることとして、長く走ることができる体力を身に着けること、があります。(長友はまさにその見本のような選手といえます)日本人選手は特に体格的に海外の選手に当たり負けする場合が多いだけに、彼はジェフの選手たちにより「走る」能力を求めました。

レーニンは『勉強して、勉強して、勉強しろ』と言った。私は選手に『走って、走って、走れ』と言っている」
(さすがは共産圏出身の監督です)

 「速い」サッカーの基礎となる「速い判断力」、それを実行するには、そのための根拠となる豊富なアイデアをもつことが必要です。様々なアイデアをもっていて初めて、あらゆる状況に対応する判断を下せるのですから。彼は、こうしたアイデアを身に着けることはサッカーの練習だけでは習得できないとも考えていました。そこには、もっと根本的な選手自身の「ものの考え方」が関わってくるので、ただ闇雲に練習して得た経験とは異なる何かが必要なのです。

「ある選手が、そういったアイデアを身につけているかどうかは、サッカーのプレーを見なくても、普段の言動を見ていれば予想できる」

 優れた判断力と豊富なアイデア、そして強靭な体力をもつ選手が揃っただけでもなお、最強チームとはなりえないことは、銀河系軍団と呼ばれたレアル・マドリードがスペイン・リーグで優勝を逃し続けたことからも明らかでしょう。そこにもうひとつ必要だったのは、自分のプレーをするだけでなく、チームのメンバーと情報を交換し合うことによって、チーム内の連動性を向上させ「1+1=3」を実現するもうひとつの能力でした。
 オシム監督はジェフ市原にやってきてすぐ、当時まだ若手でユースから上がってきたばかりだった阿部勇樹をいきなりキャプテンに抜擢しました。実は、阿部選手は能力があるゆえに常に自分よりも上の年代の選手とプレーをしてきていました。そのため、彼はチームメイトに指示を出したり、叱ったりするという経験がほとんどなかったそうです。そんな彼がキャプテンを任されてどうなったのか?

「・・・キャプテンをやったから、自動的に声も出た。今となっては、なんで前からもっと声を出さなかったんだろうという思いもあるんです。気付かせてくれたのはオシム監督です。ユースの時から、僕があのチームでもっと声を出していたら、もっとチームが良くなったかもしれない。チームのことを考えたら、ああ、なんてもったいないことをしていたのかなと思うんです」
阿部勇樹(元ジェフユナイテッド市原)

<リスクを冒せ!>
 こうして鍛えられた選手たちに、彼はさらにもうひとつ重要なことを要求しています。それはリスクを冒したプレーをせよ、ということです。

「サッカーとは危険を冒さないといけないスポーツ。それがなければ例えば塩とコショウのないスープになってしまう」

 監督としての彼は、リスクを冒した選手がもしミスをした場合、そのことを当然叱ります。しかし、だからといって、彼は次の試合でその選手をはずすことはしません。

「ミスをした選手を使わないと、彼らは怖がってリスクを冒さなくなってしまう」

 もちろん、リスクを冒すのは勝負に勝つために有効な手段だからですが、だからといって、それがベストの戦術だというわけではない。そう彼は考えています。リスクを冒すのは、勝つことを目的とするよりも、究極的にはエンターテイメントとして観客を喜ばせるために有効だから、そう彼は考えています。

「私が思考するのは、観客やサポーターがいったい何を望んでいるのか、そして何が目的なのかということだ。サッカーとは攻撃と守備から成り立っているもの。その要素の中でいろいろな方法論をとることができるが、私としては、いる選手がやれる最大限のことをして、魅力的なサッカーを展開したいと考えている。そういうサッカーを目指すには、リスクが付きものだ。しかし、現代サッカーがビジネス化し大きなお金が動くからといって、そのリスクを狭め、大きなお金のためにサッカーをしていたら、そのサッカーは面白いものになるのだろうか?すべてのチームがそういうサッカーを展開し、ほとんどの試合が0−0になったらどうか?・・・・・」

 もちろん、誰もが彼のようなやり方を好むとは限りません。イタリアの「カテナチオ・サッカー」を好む人も多いのです。そこまでゆくとサッカーに対するその人それぞれの嗜好の問題であり、人生観の問題になってくるのでしょう。しかし、彼ははっきりとこうも語っています。

「イタリアの計算し尽くされたサッカーを好きな人も多いようだ。誰が、どこで、どんな理由からプレーするか分かるし、誰がいつミスを犯すか、そしてその原因まではっきりと読み取ることができるからだ。私にとってサッカーはそういうものではない。人は人生の目標をはっきりと自覚しなければならない。・・・・・」

 こうして、最終的にサッカーの戦術には人生観が反映されてくるわけです。そして、彼が選んだのがリスクを冒し失点する危険を覚悟してでも攻撃するサッカーだったわけです。

「・・・家を建てるのは難しいが、崩すのは一瞬。サッカーもそうでしょう。攻撃的ないいサッカーをしようとする。それはいい家を建てようとする意味。ただ、それを壊すのは簡単です。戦術的なファウルをしたり、引いて守ったりして、相手のいいプレーをブチ壊せばいい。作り上げる、つまり攻めることは難しい。でもね、作り上げることのほうがいい人生でしょう。そう思いませんか?」

 驚くべきことに、彼は現役時代、一度もイエロー・カードを出されなかったといいます。攻撃の選手だったとはいえ、それは常識的にはありえないことです。しかし、このことは、彼が監督として目指すことになるサッカーのスタイルを現役時代すでに自ら実践していたことの証明なのかもしれません。

 リスクを冒すサッカーをよしとする彼のサッカー哲学は、彼がかつて仕事としてサッカーを選んだ時から始まっていた。そう彼は語っています。

「・・・プロとしてプレーする時も、最初は大学で数学を専攻していて、数学の教授にもなれたし医学の道に行けた。でも自分がサッカー選手として、この先やっていけるかどうか分からない状態でも、私はリスクを背負ってサッカーの世界へと飛び込んだんだ。だから最初から、私はサッカー人としてリスクを背負っている。・・・」

<サッカーの戦術について>
 彼のサッカーについての教えは、戦術面にも及びます。

「サッカーは基本的に三つの要素から構成されるパズルだと私は考える。プレー、戦術、フィジカル・コンディションの三つのうち、ひとつしか満たさないのでは少な過ぎるだろう。ただし、「戦術」はちょっとした特別な位置を占めている。つまり、戦術はふたつのチームの違いを引き立てるし、弱い方のチームが勝つことに貢献することもできる」

 個の優れた能力ありきとはいえ、それを戦術によって強めることは可能とした上で、彼はその戦術についてもそれが個を生かせないなら意味がないと指摘しています。

「どのフォーメーションでプレーさせるかということは私には重要ではない。むしろ重要なのは、どんな選手を手の内に持っているかということだ」

「・・・普通、守備が得意な選手は攻撃が苦手で、攻撃が得意な選手は守備が苦手なわけだ。その意味では両方の質を持った選手が必要になる。それがいい選手の条件だろう」

 さらに彼は個々の選手のコンディションを把握することの重要性についても語っています。

「・・・実際、観客には絶対に分からないことだが、選手といっても人間だから、奥さんと喧嘩している、両親とうまくいっていない、そういう細かいプライベートの繊細なことがサッカーには影響してくる。練習場に来た時にやる気があるのか、と感じる人間もいる。毎日の中でそんなことを読み取っていく。・・・・・
 だって、私の仕事はスイカを売ることではなく、そういう生きている人間と接しているわけだから(笑)」


<サッカーとマスコミ、地域社会>
 ここまでこだわる監督だからこそ、彼はマスコミにまで注文をつけています。

「皆さんも新聞を読む時に行と行の間、書かれていない部門を読もうとするでしょう?サッカーのゲームもそのような気持ちで見て欲しい」

「シュートは外れる時もある。それよりあの時間帯にボランチがあそこまで走っていたことをなぜほめてあげないのか」


 さらに彼の言葉は深い部分にまで言及しています。それはスポーツを評論するマスコミの役割をも越えたところである「マスコミの存在意義」にまで及ぶものです。そして、この言葉にリアリティーをもたせることができるのは、イビチャ・オシムという人物が生きた波乱に満ちた人生あればこそなのかもしれません。

「言葉は極めて重要だ。そして銃器のように危険でもある。私は記者を観察している。このメディアは正しい質問をしているのか。ジェフを応援しているのか。そうでないのか。新聞記者は戦争を始めることができる。意図を持てば世の中を危険な方向に導けるのだから。ユーゴの戦争だってそこから始まった部分がある」(このことについては、後半をご覧ください)
 そして、彼はまたジェフを支える地域社会の問題にまで言及しています。この指摘は、ジェフだけのことではなくJリーグ全てのチームにあてはまると同時に日本のサッカー界全体に対する意見でもあるのでしょう。

「ジェフは中間順位にいた時期が長すぎて、選手はそこで満足するっていうのが染み付いている。でも、それは選手だけじゃない。この街全体もそうだ。・・・・・だから、ジェフがカップ戦で決勝まで行っているのに、リーグ戦も6位で必死に戦っているのに、昨日でもお客が3000人しか来ない。・・・・・」

 「オシム語録」は確かに素晴らしい。しかし、彼の人生のすべてがその語録のもとになっていることを知ると、その重さはさらに増すはずです。いかなる人生が彼の目指すサッカーを作り上げたのか?
 後編では、彼の生い立ちにまでさかのぼってみたいと思います。

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