「旅芸人の記録 O Thiassos」 1975年

- テオ・アンゲロプロス Theodoros Angelopoulos -

<長回し撮影の傑作>
 優れた映画は、観客に旅をさせ、もうひとつの人生を生きさせ見知らぬ国に住まわせ、遥かなる歴史を体験させてくれ最後に感動というおまけまでつけてくれます。この年、1975年に公開されたギリシャ映画「旅芸人の記録」は「2001年宇宙の旅」に匹敵する衝撃的な歴史の旅を僕にさせてくれた忘れられない作品のひとつです。
 上映時間3時間52分という長さからして、それまで映画館では体験したことのない新鮮さでしたが、これだけ長い映画をあえて公開してくれた岩波ホールという素晴らしい映画館の存在自体も映画ファンの僕にとっては大きな感動でした。
 たぶん、この映画を見る方の多くは前半部のゆったりとした展開に眠くなるのではないでしょうか。この映画の監督テオ・アンゲロプロスの十八番でもある超長回しの撮影がさらにその眠気に追い討ちをかけるかもしれません。しかし、そこでぐっとこらえてそのカメラの動きに慣れてくると、その後、後半戦はいっきにドラマに引き込まれるはずです。長回しの撮影は観客に客観的に画面をとらえさせる余裕を与えるため、どうしても登場人物への感情移入がしずらくなるそうです。(ハリウッド映画のめまぐるしいカット割りは、その対極に位置し、観客をいっきにドラマの中に感情移入させる効果があります)そのため、観客は自らの意思でドラマに感情移入してゆくか、時間をかけてゆっくりとドラマに参加してゆかなければならないわけです。しかし、感情移入に苦労する分、後半ドラマが激しく展開する頃には観客はどっぷりと旅芸人たちの仲間入りをすることになり、その後映画が終ってもその旅の経験は心に深く残ることになるのです。
 この映画が描いているのは、1939年第二次世界大戦開戦前から終戦後の1952年まで13年間にわたるギリシャ混乱期の歴史です。しかし、この映画は当時の歴史的事実を再現したドキュメンタリー的な社会派作品というわけではありません。この作品は旅芸人の一座が時空を越えてギリシャの混乱時代を旅するロード・ムービーといった方がよいでしょう。それがこの映画の主題のひとつです。
 この映画にはもうひとつ重要な柱があります。それはこのドラマの主人公たち、旅芸人の一座がギリシャ神話「オレイティア」の登場人物の名をもち、それぞれが映画の中で神話と同じような役割を果たしていることです。ギリシャの現代史と重ねて演じられる古代ギリシャの神話、そしてそんな旅芸人たちが映画の中で演じる19世紀末に作られたというギリシャの芝居「羊飼いの少女ゴルフォ」。

<複雑な構造>
 歴史と神話と大衆演劇、そして映画が巧みに組み合わされたこの映画は、その構造もまた複雑になっています。
 例えば、あるシーンでは1945年の大晦日にダンスホールで騒ぐ王党派(右派勢力)の男たちが外に出ると、そのままカットが変わらないまま時代は1952年右派政治家の選挙演説会のシーンに変わっています。これはワンシーン・ワンカットの手法を通り越した2シーン・ワン・カットという時間軸をも無視した新しい演出法です。こうなると、観客は眠くなっているわけには行きません。

<ポリティカル・フィルム>
 20世紀の歴史とともに歩んできた映画の歴史には、歴史的事件を体験した作家によって生み出された傑作が数多く存在します。
 ロシア革命から生まれた「戦艦ポチョムキン」(1925年)、第一次世界大戦から生まれた「西部戦線異状なし」(1930年)、ファシスト政権が生み出した魅惑的な国粋主義映画「意志の勝利」(1935年)、そして反ファシズム宣言ともいえる歴史的傑作「独裁者」(1940年)、第二次世界大戦末期に戦場の瓦礫の中で撮られたネオ・リアリズモの傑作「無防備都市」(1945年)、鉄のカーテンのもとで撮られた反軍事政権の政治サスペンス映画の傑作「Z](1969年)、ポーランドにおける民主化運動が生んだ歴史的な作品「鉄の男」(1981年)、ベルリンの壁崩壊の歴史的事件の元で生まれた「ベルリン天使の詩」(1987年)、ユーゴ紛争の悲惨な状況をとらえた「ユリシーズの瞳」(1995年)・・・それぞれの国、それぞれの事件について、傑作が生まれているこには驚かされます。
 しかし、そうした政治的な作品(ポリティカル・フィルム)の中でも特に傑作が多いのは、事件と同時進行に近い期間に撮られたもののように思います。上記の作品はどれも、ほぼ取り上げられている事件と同じ時期に作られています。事件に当事者として関わった人々を中心に、事件に関った人々からの圧力に耐えながら撮られた作品は、スタッフの映画にかける思いの強さが違うのは当然でしょう。映画全体に感じられる緊張感は、冷静な視点で事件のほとぼりが冷めてから撮られた作品とは自ずと違ったものになるのです。
 厳しい状況の中、危険を犯しながら撮られた作品のもつ力は、そう簡単に越えられるものではありません。そして、この映画もまたそんな高い緊張感の元で撮られた作品です。

<危険の中での撮影>
 この映画の撮影が始まった1974年の2月、ギリシャは右派の軍事政権による支配下にありました。この映画の内容が1930年代から1950年代かけての混乱を描きながら右派政権に対する批判をこめたものとなっていたため、監督自身の生命だけでなくスタッフ、キャストにも命の危険が迫る可能性がありました。そのため、撮影前には関係者が集まって会議が行われ危険を覚悟して撮影を行うことを確認したうえでのスタートになったといいます。
 幸い同年7月に軍事政権は崩壊し、無事撮影を行うことができましたが、こうした撮影時の緊張感が映画にもたらした効果の大きさはワンシーン・ワン・ショットという彼独自の撮影方法がもたらす緊張感以上のものだったはずです。

<テオ・アンゲロプロスとギリシャ現代史>
 この映画の監督テオ・アンゲロプロス Theodoros Angelopoulosの人生は、この映画の撮影期間以外にも何度となくギリシャの激動の歴史に翻弄されており、それがまた彼の作品作りにおける大きなモチベーションになっているようです。
 1935年4月27日ギリシャの首都アテネで生まれた彼は、1957年アテネ大学の法学科を卒業した秀才です。兵役についた後、彼はパリのソルボンヌ大学に入学。しかし、途中で映画の魅力にとりつかれてしまい、大学をやめて1962年映画高等学院(IDHEC)に入学します。その当時のフランスは、まさにヌーヴェル・ヴァーグのまっただ中で、彼はその影響を受けながら映画の基礎を身につけてゆきました。1964年、ギリシャに戻った彼は、左翼系の日刊紙「アラギ」に映画批評を4年間連載。その後、いよいよ自らの手で映画を撮り始めます。
 この時期、ギリシャの政治体制はどうなっていたのかというと、彼が生まれた1930年代から1940年代にかけては、メタクサス将軍による軍事独裁政権の時代でした。(この映画の始まりは、ちょうどこの時期にあたります)
 その後、1940年に第二次世界大戦が始まるとギリシャはドイツの占領下におかれます。そして、1945年戦争終了後は連合軍(英国)による管理体制下におかれ、1946年の独立後は右派と左派が対立する内戦の時代が始まり、不安定な状況が長く続き、1967年再び右派軍事政権による支配が始まります。その状況の下で、彼は「旅芸人の記録」を撮らざるをえなかったわけです。こうした彼の危険に満ちた生き方は、政治と人生、そして家族を分かちがたく結びつけるものとなります。
 1968年短編映画「I Ekpombi」でデビューした彼は、1970年に初の長編映画「再生」を撮り、それが注目を集めるきっかけとなります。そして、4年の歳月をかけたこの作品でベネチア映画祭の金獅子賞を受賞。彼はこの作品と1972年の「1936年の日々」、1977年の「狩人たち」の3本によって、彼が生まれ生きてきたギリシャの混乱期を描ききり、その後は新たな段階へと進んでゆきます。
 「アレクサンダー大王」(1980年、ヴェネチア映画祭金獅子賞)、「シテール島への船出」(1984年)、「霧の中の風景」(1988年)、「こうのとり、たちずさんで」(1991年)「ユリシーズの瞳」(1995年、カンヌ映画祭審査員特別大賞)「永遠の一日」(1998年、カンヌ映画祭パルムドール)など、まったくそのパワーは衰えていません。
 テオ・アンゲロプロス、重くずっしりとした見ごたえのある映画を作り続けた彼のような存在を生み出したのが、演劇の故郷ともいえるギリシャだったというのは偶然ではないのかもしれません。悲劇に満ちた激動の歴史とギリシャの伝統である演劇のコラボレーションを成し遂げた映画人生。これが彼にとって本当に幸福なことだったのか?これはかなり難しい問いです。苦悩なきところに芸術は生まれないのであれば、このジレンマは解消されることはないのでしょうが、だからこそ「苦しみばかりの人生」でも、そこには大いなる価値が生まれうるのです。芸術家として、これほど幸福なことはないでしょう。
 「旅芸人の記録」は、観客に悲劇に満ちた仮想の人生を体験させてくれますが、それでもなお明日には再び人生という舞台劇の幕は開くのだということ、そして、その舞台に立つあなたに観客は暖かい拍手を送ってくれるだろう、そう確信させてくれるポジティブな作品です。

<「オレステイア」概略>
 「オレステイア」は、古代ギリシャ三大悲劇作家のひとりアイスキュロスの作品。「アガメムノン」、「コエポロイ」、「エウメニデス」の三部から構成されています。

 トロイ戦争におけるギリシャの総大将アガメムノンの妻クリュタイムネストラは、夫が戦略にいる間にアイギストスという愛人をつくります。10年以上続いた戦争を終えて帰ってきた夫は、そのことを知らず、二人によって殺されてしまいます。アガメムノンの長女エレクトラは、母とアイギストスとの関係を知り二人に復讐するため、弟のオレステスに事実を教えます。そして、大人になったオレステスは母と情夫を殺し復讐を果たしますが、母親殺しの罪に苦しんだ末、精神を病んでしまいギリシャ中を放浪します。しかし、神々による裁判を受けた彼は父の復讐であったことを考慮され許されることになります。

<「羊飼いの少女ゴルフォ」概略>
 時代は18世紀末ごろ。ギリシャの山中の小さな村の羊飼いの娘ゴルフォと同じように貧しい青年タソスは愛し合う関係でした。しかし、金持ちの娘スタヴルーラもまたタソスに恋をしていました。
 ある日、タソスはイギリス人の貴族の命を救ったことから、大金を手に入れますが、逆にお金の魅力にとりつかれてしまいます。そして、金持ちの娘スタヴーラの誘惑に負けて彼女との結婚に同意してしまいます。結婚式の当日、タソスはゴルフォのことを思っているうちに自分が取り返しのつかない間違いを犯していることに気づき、ゴルフォの元へと向かいます。
 しかし、ゴルフォはすでに悲しみのあまり毒を飲み自殺を図っていました。タソスはその毒を見て、自らも短剣で胸を突き、そこに駆けつけた自分の父親とゴルフォの母親に二人を同じ墓に埋めてくれるよう頼み息絶えました。

「旅芸人の記録 O Thiassos」 1975年公開
(監)(脚)テオ・アンゲロプロス
(製)ヨルゴス・パパリオス
(撮)ヨルゴス・アルヴァニティス
(音)ルキアノス・キアイニドス
(字幕翻訳)池澤夏樹
(出)エヴァ・コタヴァニドゥ、ペトロス・ザルカディス、ストラトス・パヒス、キリアトス・カトリヴァノス

<あらすじ>
 1939年秋、ギリシャ南部の小さな町に旅芸人の一座やってきました。座長は父アガメムノンとその妻クリュタイムネストラ、長女エレクトラ、次女クリュソテミ、それに数名の劇団員と子供たちから構成されていました。小さな一座ではありながら、実は団員の一人アイギストスは、クリュタイムネストラと不倫関係にありました。そのうえ彼は左翼思想を憎んでいたため、左翼のシンパだった劇団の看板スター、ピュラデスを警察に密告し逮捕させてしまいました。さらに第二次世界対戦が始まると、ギリシャに侵攻してきたドイツ軍の兵士に座長の息子オレステスが対独ゲリラに参加していると密告。座長のアガメムノンはオレステスの身代わりとなって銃殺され、アイギストスは座長に成り代わります。
 なんとかドイツ占領下の厳しい時代を生き延びた彼らでしたが、戦後のギリシャは右派、左派それに占領軍(英国)が入り乱れる混乱状態が続きます。1945年、劇団に戻ってきたオレステスは劇中、父親の復讐を果たすため、アイギストスと母親を射殺してしまいます。彼はその後再びゲリラとなって山にこもり右派勢力と闘い続けますが、1949年ついに逮捕され死刑になってしまいます。
 1952年秋、次女クリュテミソスの息子がかつてオレステスが演じるはずだったタソス役で初舞台を踏んでいました。長女エレクトラの目にその姿は今は亡き弟のオレステスを思わせました。そして、今日もまた「羊飼いの少女ゴルフォ」の幕が開こうとしていました。

<この年の映画>
「アデルの恋の物語」(監)(脚)フランソワ・トリュフォー(原)フランセス・V・ギール(撮)ネストール・アルメンドロス(出)イザベル・アジャーニ
「イノセント」(監)ルキノ・ヴィスコンティ(原)ティガブリエレ・ダヌンツィオ(脚)スージ・チェッキ・ダミーコ(出)ジャンカルロ・ジャンニーニ、ジェニファー・オニール
「狼たちの午後」(監)シドニー・ルメット(脚)フランク・ピアソン(出)アル・パチーノ、ジョン・カザール、チャールズ・ダーニング、クリス・サランドン
「カスパー・ハウザーの謎」(監)ヴェルナー・ヘルツォーク(カンヌ映画祭グランプリ、国際批評家連盟賞受賞)
風とライオンThe Wind and the Lion」(監)ジョン・ミリアス(音)ジェリー・ゴールドスミス(アラブ人がヒーローに!格好良かった。ジョン・ミリアス、この頃は良かった)
「カッコーの巣の上でOne Flew over the Cuckoo's Nest」(監)ミロシュ・フォアマン(音)ジャック・ニッチェ(出)ジャック・ニコルソン、ルイーズ・フレッチャー
(60年代カルト小説の映画化、アカデミー作品賞、監督賞、主演男優、主演女優賞
「さらば愛しき女よFarewell ,My Lovely(監)ディック・リチャーズ(出)ロバート・ミッチャム、シャーロット・ランプリング(音)David Shire
(フィリップ・マーローものの傑作、音楽もゴージャス)
”The Sunshine Boys ”(監)ハル・アシュビー(脚)ニール・サイモン(出)ウォルター・マッソー(ジョージ・バーンズがアカデミー助演男優賞受賞)
「ジャニス JANIS」(監)ハワード・オーク、シートン・フィンドレイ(ジャニス・ジョップリンの貴重なドキュメンタリー)
「シャンプー Shampoo」(監)ハル・アシュビー(出)ウォーレン・ビーティ、ジュリー・クリスティー
(赤狩りによって消されかけていた女優リー・グラントがアカデミー助演女優賞
「ジュ・テーム Je T'aime Moi Non Plus」(監)(脚)(音)セルジュ・ゲンズブール(ジェーン・バーキン主演のゲンズブールの出世作)
「ジョーズJaws」(監)スティーブン・スピルバーグ(音)John Williams アカデミー作曲賞(出)ロイ・シェイダー、ロバート・ショー、リチャード・ドレファス
(大ヒット・恐怖映画?スピルバーグの出世作。音楽がまた実に怖かった)
「旅芸人の記録」(監)テオ・アンゲロプロス(歴史を超えた旅の記録!まさに歴史的超大作、カンヌ映画祭国際批評家連盟賞受賞)
「弾丸を噛め Bite the Bullet」(監)(脚)(製)リチャード・ブルックス(出)ジーン・ハックマン
「デルス・ウザーラ」(監)(脚)黒澤明(脚)ユーリー・ナヴィーギン(出)ユーリー・サローミン、マキシム・ムンズク(アカデミー外国語映画賞モスクワ国際映画祭金賞
「TOMMY トミー」(監)(製)(脚)ケン・ラッセル(原)(音)ピート・タウンゼント (豪華キャストによるロック・ミュージカル)
ナッシュビルNashvill」 "I'm Easy" キース・キャラダインアカデミー歌曲賞ロバート・アルトマンの代表作のひとつ、カントリー&ウエスタンの舞台裏)
「バリー・リンドンBarry Lyndon」(監)(脚)スタンリー・キューブリック(音)Leonard Rosenman アカデミー編曲賞(貴族社会をリアルに描いた美しい作品)
 (音)シューベルト作曲「ピアノ三重奏曲第二番」第二楽章
「ヒンデンブルグThe Hindenburg」(監)ロバート・ワイズ(音)David Shire (実際のヒンデンブルグ墜落事故実況中継を使用)
ロッキー・ホラー・ショー The Rocky Horror Show」(監)ジム・シャーマン(音)リチャード・オブライエン(カルト的ロック・ミュージカルの代表作)

この年、初めて洋画の配給収入が邦画のそれを初めて上回る

「ある映画監督の生涯 溝口健二の記録」(監)(構成)(台本)(インタビュー)新藤兼人(撮)三宅義行
「男はつらいよ 寅次郎相合傘」(監)(脚)山田洋次(製)島津清(脚)朝間義隆(出)渥美清、浅丘ルリ子
「化石」(監)小林正樹(原)井上靖(脚)稲垣俊、よしだたけし(音)武満徹(出)佐分利信、岸恵子、井川比佐志
「金環蝕」(監)山本薩夫(製)伊藤武郎(原)石川達三(脚)田坂啓(撮)小林節雄(出)宇野重吉、仲代達矢、三国連太郎
「新幹線大爆破」(監)(脚)佐藤純弥(原)加藤阿礼(脚)小野竜之介(撮)飯村雅彦(出)高倉健、山本圭、織田あきら
「田園に死す」(監)(製)(原)(脚)寺山修司(製)九条映子、ユミ・ゴヴァース(出)八千草薫、高野浩之、原田芳雄
「本陣殺人事件」(監)(脚)高林陽一(撮)森田富士郎(出)中尾彬、田村高広、高沢順子(横溝正史ブーム始まる)
「祭りの準備」(監)黒木和雄(原)(脚)中島丈博(製)大塚和、三浦波夫(出)江藤潤、ハナ肇、原田芳雄

加藤大介(俳優)死去(64歳)

<この年の出来事>

国際婦人年世界会議
先進6カ国首脳ランブイエ会議(日、米、英、仏、西独、伊)第一回サミット
<アメリカ>
米ソ宇宙船のドッキング成功
サイゴン陥落、ヴェトナム戦争が終結
<ヨーロッパ>
ソ連の作曲家ショスタコービッチ死去
サハロフ氏にノーベル平和賞、ソ連が授賞式への出国許可せず
<アフリカ>
モザンビーク、アンゴラが独立
エチオピアの元皇帝ハイエセラシエ死去
ナイジェリアでクーデター
<アジア>
中国新憲法発表(党主導による国家体制確立)
ラオス人民民主共和国が成立
<日本>
沖縄海洋博覧会開催

<芸術、文化、商品関連>
「最後の一球」マイケル・シャーラ著(ピューリツァー賞受賞)
「これからの一生」エミール・アジャール著(仏ゴンクール賞受賞)
アレックス・ヘイリーの「ルーツ」がベストセラーとなる
「法王の身代金」ジョン・クリアリー著(エドガー賞)
コム・デ・ギャルソンが東京コレクション・デビュー
ヴィヴィアン・ウエストウッドとマルコム・マクラーレンがブティック「セックス」をオープンさせる
第一回ミラノ・コレクション
<音楽関連(海外)>
ボブ・ディランのローリング・サンダー・レビューが行われる
ベイシティ・ローラーズ、英国で人気爆発
ロン・ウッドがローリング・ストーンズの新ギタリストとなる
ロッド・スチュアートが、フェイセスから独立しソロとなる。
<音楽関連(国内)>
サディスティック・ミカ・バンドがイギリス・ツアーで大人気、彼ら以外にもミッキー・カーチスのザ・サムライ、村八分、フラワートラベリンバンド、クリエイション、YMOなど、海外に活躍の場を求めるロック・バンドが多かった。それだけロックは喰えない音楽だったということでしょう。
アーテイストによる初のレコード会社フォーライフ・レコード(小室等、吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげる)
大滝詠一はナイアガラ・レーベル設立
キャロルが解散し、矢沢永吉がソロ・デビュー
吉田拓郎、かぐや姫、つま恋でのライブに6万人の観客を集める 
西城秀樹、野口五郎、郷ひろみ、御三家の黄金時代

<この年の洋楽>この年の音楽・ヒット曲については、ここから!

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