地球を生み出した木を巡る壮大な物語


「オーバーストーリーズ The Overstory」

- リチャード・パワーズ Richard Powers -

<祝ピューリッツァー賞受賞!>
 このサイトお薦めの作家リチャード・パワーズによる2018年作品です。そして、この作品で彼はピューリッツァー賞を受賞しています。以前から、ノーベル文学賞の候補と言われていましたが、ちょっと嬉しいです。さらに書評家の豊崎由美さんが選ぶ2019年度の「鮭児文学賞作品賞」にも選ばれています!
 今回もまた663ページの分厚い本ですが、一気に読めました。
 今回のテーマは、「木と人間、その歴史と未来」です。あくまでも物語を重視していて、科学的なSF的な部分は控えめです。しかし、植物が持つと考えられる意識や他者との交信などの最新情報が取り入れられ、地球温暖化問題もテーマとなっています。
 地球上の植物が巨大なネットワークを形成する人類以上の長い歴史をもつ知性の集合体であるならば、そんな木々と関りをもつ人々もまた巨大なネットワークの一部なのかもしれません。そんな壮大な発想がこの物語の基礎になっています。
 この作品では、人種も住む場所も仕事も異なるアメリカ人数名が異なる人生を歩みながら、木との関りによって運命的につながってゆく過程を1960年代から現代までのアメリカ現代史を絡ませながら描いてゆきます。
 様々な登場人物たちは・・・
<ニコラス・ホーエル>
 ニコラス・ホーエルは、アメリカにわずかに残った栗の木を守り、その写真を撮り続けた一族の末裔です。彼はアーティストになるため美術学校に入学しますが、そこで彼は自分の目指すべき目標を見失ってしまいます。そして、木を守るための新たな芸術へ、過激なパフォーマンスの世界へと向かうことになります。

 フランク・ジュニアは結局、父と祖父が撮った百六十枚に加え、巨木の写真を755枚撮る。ベッドに寝たきりとなったフランク・ジュニアの生涯最後の4月21日、息子のエリックが、40分離れた家から農場まで出掛け、小山にカメラをセットし、また一枚、白黒写真を撮る。今では、生い茂った枝がフレームいっぱいに伸びている。エリックは、プリントした写真を老人に見せる。その方が、「僕は父さんを愛している」と口にするより簡単だ。

 シカゴの学校では多くのことを学んだ。
1 人類の歴史はますます方向を見失う飢餓の物語である。
2 芸術は彼が思っていたようなものではない。
3 人類は思い付くものをほとんど何でも作る。鉛筆の芯の先に細かく彫刻された胸像。ポリウレタンでコーティングした犬の糞。小さな国として通用しそうなアース・アート。
4 これのおかげで、物事が違って見えてくるだろう?


<ミミ・マー>
 中国からアメリカへと亡命した父親によって育てられた中国系の女性ミミ・マーは、その父親から古くから伝わる絵を受け継いでいて、そこには不思議な神々が描かれています。彼女の家の庭には父親の分身のような木もあって、その風景と絵のことが彼女の記憶に深く刻みこまれていました。

「中国にはこんなことわざがある。『木はいつ植えるのが一番いいか?20年前』ってなね」
中国人技師はほほ笑む。
「面白いね、それ」
「その次にいいのはいつか?今日」


<ダグラス・パヴリチェク>
 東欧系移民の青年のダグラスはベトナム戦争の戦場で悲惨な体験をして帰国。撃墜された飛行機から落下した彼はジャングルの木によって命を救われました。
 帰国後、PTSDに苦しみ、社会に適応できず、山の中での孤独な仕事となる植林作業を始めます。一本一本木を植えて行く仕事に生きがいを見つけていた彼は、ある日、その作業が行われているのは、全国的に巨大な規模で進められる森林伐採のアリバイ作りに過ぎないことを知りショックを受け、森林伐採を止める運動に参加することになります。

 ダグラス・パヴリチェクは、ユージーンの繁華街ほどもある皆伐地で、一本一本の苗木に別れを告げながら作業をする。
 頑張れよ。わずか百年か二百年のこと。おまえたちにとっては朝飯前だろ。俺たちより長生きするだけでいい。俺たちさえいなくなれば、誰もおまえたちに手出しをするやつはいない。


<レイ・ブリックマンとドロシー・カザリー>
 法律家のレイ・ブリックマンは、精神的に不安定な妻で元女優のドロシーを支えながら静かな生活を送っていました。二人の暮らしは、誰とも関りをもたないものでしたが、人生の最後に近ずく頃、森林伐採の問題と出会い、自分たちだけの闘いを始めることになります。

 毎年、結婚記念日の前後に、種苗屋に行って、何か庭に植えるものを探そう。僕は植物のことは何も分からない。名前も知らないし、世話の仕方もさっぱりだ。木なんてただ緑のものというだけで、見分けも付かない。でも、学ぶことはできる - 自分のこと、ものの好き嫌い、自分の生きている場所の広さ、高さ、奥行きなど、今まで君と一緒にあらゆるものを学び直してきたように。
 植えたものが全部根付くわけではないだろう。どの植物も元気に生い茂るというわけではないだろう。でも、それらが庭を埋めていく様子を、僕らは二人で眺めることができる。


<アダム・アピチ>
 アダム・アピチは、少年時代から昆虫や植物の観察に熱中する変わり者の子供でした。勉強も上の空で、クラスでも浮いた存在となった彼は進学する道も選択できずにいました。それでも彼は大学受験で心理学を学ぼうと決意し、目指す大学の教授に直接会いに行きます。こうして、彼は運命を大きく変える心理学の道に進むことになります。

・・・そのときアダムは、人間が病に深く冒されていることを悟る。人間が長く生き延びることはないだろう。それは逸脱的な実験だ。もうすぐ健全な知性が世界を取り戻すだろう。ハチやアリの集団に見られるような、集団的な知性が。

<ニーレイ・メータ>
 ニーレイ・メータは、インド系の移民でソフトウェア開発の業界でやり手のキャリア・ウーマンとして活躍しています。彼女にとって故郷のインドも、そこに立っていた木々も忘れられた存在になりつつありました。しかし、ある日、会社の前にあった森が伐採業者によって切り倒されたことをきっかけに森林保護の活動に関わり始めることになります。

・・・彼がひとりきりになるのはわずか数秒だ。しかし、その間に、異星からの侵入者たちは彼の大脳辺縁系に一つの思考を直接挿入する。世界中にいる無数の人々が同時にプレーできる。今までに作られたどんなものよりも十億倍豊かなゲーム。ニーレイがそのゲームを生み出さなければならない。彼は数十年をかけて、進化の段階をいくつも経ながら、それを作り上げるだろう。ゲームはプレーヤーたちを、数百万の異なった種に満たされた生きた世界 - 息をし、生命と魂にあふれる世界 - のただ中に置く。その世界は絶望的と言っていいほど、プレーヤーの助力を必要としている。プレーヤーは絶望的な状況にある新しい世界に対して自分が何をできるかを考えなければならない。

<オリヴィア・ヴァンダーグリフ>
 オリヴィア・ヴァンダーグリフは、大学で経済学を学んでいましたが、経済学に何の意味があるのか?納得できず、次第に学校にもまともに通わない学生になっていました。そんなある日、彼女はシャワーを浴びていて感電事故を起こしてしまい臨死状態となります。しかし、その瞬間彼女は何か大きな生命体のようなものからメッセージを受けとり、奇跡の回復を遂げました。

 オリヴィアは動けなくなる。車の中で彼女に不意打ちを食わせた光の精霊たちが再び周りに集い、これだ、これだ、と言う。しかし、話しをよく聞かなくてはと思った瞬間に、そのカットは終わり、画面が変わる。
 彼女はそこに立ったまま、火炎放射器が憲法修正第二条によって所得を保障される銃器に該当するかどうかの議論を見つめる。光の精霊を消す。啓示がただの、電化製品の光に変わる。



 複数の登場人物のそれぞれの人生を描きながら、何か巨大な存在に運命を操られているようにお互いが関わり合うようになって行きます。そして、彼らは行動は一つの意志、一つの目的に収束して行くことになります。
 それはまるで離れた場所にある枝先を辿ってゆくと、そこには木の幹があり、さらに辿って行けば木の根に達するのに似ています。この物語の構造は、そもまま地球上に存在する生命体が「ガイア」という巨大な生命体としてつながっていることとも似ているし、「地球」という「運命共同体」の「歴史」もまた長い目で見ると長い長い「物語」としてつながっていると考えられます。
 この本のタイトル「オーバーストーリー Overstory」は、すべてを結びつける巨大な物語という意味です。ある意味、彼が今まで書いてきた作品の中でも集大成と呼べるのかもしれません。今時珍しい大作文学作品をじっくりとお読みください! 

<参考>
SF小説「地球の長い午後」
植物に支配された未来の地球 
ノンフィクション「地球を変えた植物たち」
現在の地球環境を作り上げたのは植物
その過程を研究した科学書 
グレタ・トゥーンベリの言葉
植物の環境を守ること
気候温暖化問題と結びつきます


「オーバーストーリー The Overstory」 2018年
(著)リチャード・パワーズ Richard Powers
(原)木原善彦
新潮社

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